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2.すこや課、現場入りします
8話
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正直なところ、シオンは自分が体調を崩したことで、これだけアニタやクレックを始め、周囲の人たちに心配をかけてしまうとは思っていなかった。
むしろ、自分で管理できなかったことが情けない……というくらいの気持ちだったのだ。
スパイシーで、ほんのり甘い香りのするカレーがのった盆を受け取る。
クレックに挨拶をしてから、シオンとカイレンは人だかりから少し離れたところに設置されたベンチに腰かけた。
ふうふうと息を吹きかけて冷ましながら、出来立てのカレーをほおばる。
もといた世界とは違う食文化のはずなのに、どこか懐かしい味がするから不思議だ。
温かさとスパイスの香りに食欲を後押しされて、皿の半分ほどを平らげた頃。
ベンチに誰かが近づいてくる気配を感じ、後ろを振り返る。
「……こんにちは、ガルオンさん」
シオンが振り返ると、バツの悪そうな顔をした、青毛のワーウルフがそこに立っていた。
それに気づいたカイレンが、シオンよりも少し前に出るように体をのりだした。
さりげなくシオンを守ろうとするそのカイレンの行動を見て、ガルオンは所在なさげにぷらん、と立派な尾を下げた。
「……あー……具合は大丈夫なのか」
「はい、すっかり。すみません、きっとびっくりさせてしまいましたよね」
その場に漂う空気の重苦しさはあるものの、シオンは自分が思ったよりも明るい声で彼に話しかけることが出来ていることに内心びっくりする。
昨夜のような強烈な圧迫感が感じられないからだろうか。
むしろ、ガルオンの方がひどく元気がなさそうで、なんだか心配になってしまう。
「あの……良かったら座りませんか?」
長いベンチの片隅、自分の隣を指さして手招きする。
「いや、でも俺のこと怖いだろ。また具合が悪くなったら……」
鋭い爪が光る両手を体の前で軽く振り、ガルオンはシオンの申し出を拒んだ。
「誤解です、あなたのことが怖かったわけじゃないんです。その……昔ちょっと、怖い思いをしたことがあって、それと重なってしまっただけで」
どうぞ、と再度促すと、ガルオンは素直にそれに従ってちょこんとシオンの横に腰かけた。
立派なお尻が半分はみ出しているんじゃないか?と思うような遠慮深い座り方に、シオンは思わず噴き出した。
「もっとこっちに来て大丈夫ですよ、そんな端っこじゃ、椅子から落っこちちゃいますよ?」
「……」
何秒か、ガルオンは悩んでいるような、困惑しているような顔つきで黙り込む。
そして、バッと風でも吹きそうなくらいの勢いで深く頭を下げた。
「悪かった!」
「うわっ!?」
急に大きな声で謝罪され、シオンは反射的に小さく叫ぶ。
それを見たガルオンはまた慌てて視線をウロウロとさせ、今度は小さな声で「悪い……」と呟いた。
「あんたを困らせてやろうとか、弱らせてやろうとか……そういうつもりじゃなかったんだ」
立派な青い毛並みの耳が、ペタリと下を向く。
その姿にいつもの威圧感は無く、彼がすっかり困り果てていることが滲んでいた。
それに、こうして話してみると、彼は想像よりも若いワーウルフなのだということが感じられた。
「その……人間は弱いし、魔王城の中も周りも危険な場所だ」
だから、ここにいない方がいいんだって教えてやりたかった。
ガルオンは、小さな声でそう言った。
「私が気に入らないんじゃなくて、危ないから出ていった方がいいって伝えたかったんですね」
シオンが、確認するように彼に言葉を返す。
するとガルオンは、こくりと頷いた。
「弱い奴は、すぐに死んじまう。どんなに良い奴でも、頑張ってても」
グルル、と彼の喉から鳴る音は、どこか寂しげに聞こえた。
するとカイレンが、はっとしたようにガルオンを振り返る。
「あなたは……人間の、治癒師の男性と一緒に働いていた部隊の方でしたか……?」
ガルオンは、カイレンを一瞥すると、「そうだ」と短く返した。
カイレンは表情を曇らせ、シオンに向き直った。
シオンに伝えたい事があるようだが、言いにくいことなのだろう。
「その治癒師の男性が、どうしたの?」
促すようにシオンが尋ねると、カイレンはちらりとガルオンの顔を見ながら、ぽつりぽつりと語り始めた。
「以前、人間の街を追われて放浪していた男性が、魔王城にたどり着いたことがありました」
彼は人間の街ではそれなりに名の知れた治癒しだったのだそうだ。
だが、彼が勝ち取った信頼や名声をよく思わない人間に目をつけられてしまった。
無実の罪を着せられて、処刑されそうになったところを命からがら逃げだしてきたのだという。
治癒の魔法を使える存在は魔王城の中では貴重で、彼からは魔物に対する偏見や敵意も感じられなかった。
……そして何より、彼には行く場所がなかったのだ。
彼はその能力を生かして魔王城内で暮らすことにした。
生活の場を提供してもらう代わりに、治癒魔法の力を魔物たちにふるうことを仕事にしたのだ。
ガルオンが苦し気に話しはじめる。
「現場仕事でも会うことが増えて……あいつ、気の良い奴だったんだ。こんなおっかない見た目の俺たちにも、丁寧に治癒魔法をかけてくれて」
でも……と、カイレンが何かを言おうとして、口ごもった。
ガルオンは、何かの痛みをこらえるようにしながら呟いた。
「気が立ったモンスターの群れに、俺たちの駐留地が襲われた時、あいつ……巻き込まれて……」
助けられなかった。
そう言って、ガルオンが奥歯を嚙み締めた。
「だから、人間はここにいない方がいいんだって思ったんだ」
ゆっくりと、ガルオンはシオンの目を見る。
その瞳は、何かに迷うように揺れていた。
「こんなところにいて死んじまうくらいなら……無理やりでもここから遠ざけた方がいいんだって思って」
「それで私に、出ていけって言っていたんですね」
シオンはガルオンの目を見つめながら、そっと頷いた。
むしろ、自分で管理できなかったことが情けない……というくらいの気持ちだったのだ。
スパイシーで、ほんのり甘い香りのするカレーがのった盆を受け取る。
クレックに挨拶をしてから、シオンとカイレンは人だかりから少し離れたところに設置されたベンチに腰かけた。
ふうふうと息を吹きかけて冷ましながら、出来立てのカレーをほおばる。
もといた世界とは違う食文化のはずなのに、どこか懐かしい味がするから不思議だ。
温かさとスパイスの香りに食欲を後押しされて、皿の半分ほどを平らげた頃。
ベンチに誰かが近づいてくる気配を感じ、後ろを振り返る。
「……こんにちは、ガルオンさん」
シオンが振り返ると、バツの悪そうな顔をした、青毛のワーウルフがそこに立っていた。
それに気づいたカイレンが、シオンよりも少し前に出るように体をのりだした。
さりげなくシオンを守ろうとするそのカイレンの行動を見て、ガルオンは所在なさげにぷらん、と立派な尾を下げた。
「……あー……具合は大丈夫なのか」
「はい、すっかり。すみません、きっとびっくりさせてしまいましたよね」
その場に漂う空気の重苦しさはあるものの、シオンは自分が思ったよりも明るい声で彼に話しかけることが出来ていることに内心びっくりする。
昨夜のような強烈な圧迫感が感じられないからだろうか。
むしろ、ガルオンの方がひどく元気がなさそうで、なんだか心配になってしまう。
「あの……良かったら座りませんか?」
長いベンチの片隅、自分の隣を指さして手招きする。
「いや、でも俺のこと怖いだろ。また具合が悪くなったら……」
鋭い爪が光る両手を体の前で軽く振り、ガルオンはシオンの申し出を拒んだ。
「誤解です、あなたのことが怖かったわけじゃないんです。その……昔ちょっと、怖い思いをしたことがあって、それと重なってしまっただけで」
どうぞ、と再度促すと、ガルオンは素直にそれに従ってちょこんとシオンの横に腰かけた。
立派なお尻が半分はみ出しているんじゃないか?と思うような遠慮深い座り方に、シオンは思わず噴き出した。
「もっとこっちに来て大丈夫ですよ、そんな端っこじゃ、椅子から落っこちちゃいますよ?」
「……」
何秒か、ガルオンは悩んでいるような、困惑しているような顔つきで黙り込む。
そして、バッと風でも吹きそうなくらいの勢いで深く頭を下げた。
「悪かった!」
「うわっ!?」
急に大きな声で謝罪され、シオンは反射的に小さく叫ぶ。
それを見たガルオンはまた慌てて視線をウロウロとさせ、今度は小さな声で「悪い……」と呟いた。
「あんたを困らせてやろうとか、弱らせてやろうとか……そういうつもりじゃなかったんだ」
立派な青い毛並みの耳が、ペタリと下を向く。
その姿にいつもの威圧感は無く、彼がすっかり困り果てていることが滲んでいた。
それに、こうして話してみると、彼は想像よりも若いワーウルフなのだということが感じられた。
「その……人間は弱いし、魔王城の中も周りも危険な場所だ」
だから、ここにいない方がいいんだって教えてやりたかった。
ガルオンは、小さな声でそう言った。
「私が気に入らないんじゃなくて、危ないから出ていった方がいいって伝えたかったんですね」
シオンが、確認するように彼に言葉を返す。
するとガルオンは、こくりと頷いた。
「弱い奴は、すぐに死んじまう。どんなに良い奴でも、頑張ってても」
グルル、と彼の喉から鳴る音は、どこか寂しげに聞こえた。
するとカイレンが、はっとしたようにガルオンを振り返る。
「あなたは……人間の、治癒師の男性と一緒に働いていた部隊の方でしたか……?」
ガルオンは、カイレンを一瞥すると、「そうだ」と短く返した。
カイレンは表情を曇らせ、シオンに向き直った。
シオンに伝えたい事があるようだが、言いにくいことなのだろう。
「その治癒師の男性が、どうしたの?」
促すようにシオンが尋ねると、カイレンはちらりとガルオンの顔を見ながら、ぽつりぽつりと語り始めた。
「以前、人間の街を追われて放浪していた男性が、魔王城にたどり着いたことがありました」
彼は人間の街ではそれなりに名の知れた治癒しだったのだそうだ。
だが、彼が勝ち取った信頼や名声をよく思わない人間に目をつけられてしまった。
無実の罪を着せられて、処刑されそうになったところを命からがら逃げだしてきたのだという。
治癒の魔法を使える存在は魔王城の中では貴重で、彼からは魔物に対する偏見や敵意も感じられなかった。
……そして何より、彼には行く場所がなかったのだ。
彼はその能力を生かして魔王城内で暮らすことにした。
生活の場を提供してもらう代わりに、治癒魔法の力を魔物たちにふるうことを仕事にしたのだ。
ガルオンが苦し気に話しはじめる。
「現場仕事でも会うことが増えて……あいつ、気の良い奴だったんだ。こんなおっかない見た目の俺たちにも、丁寧に治癒魔法をかけてくれて」
でも……と、カイレンが何かを言おうとして、口ごもった。
ガルオンは、何かの痛みをこらえるようにしながら呟いた。
「気が立ったモンスターの群れに、俺たちの駐留地が襲われた時、あいつ……巻き込まれて……」
助けられなかった。
そう言って、ガルオンが奥歯を嚙み締めた。
「だから、人間はここにいない方がいいんだって思ったんだ」
ゆっくりと、ガルオンはシオンの目を見る。
その瞳は、何かに迷うように揺れていた。
「こんなところにいて死んじまうくらいなら……無理やりでもここから遠ざけた方がいいんだって思って」
「それで私に、出ていけって言っていたんですね」
シオンはガルオンの目を見つめながら、そっと頷いた。
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