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4.魔王城の闇医者
5話
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◇
荷物の片付けなど一通りのことを済ませ、簡単に食事をとる。
みずみずしい野菜と、グリルした魚の身が挟まれたサンドウィッチだ。
「わあ、おいしそうです!」
ゴーストはニコニコしながら一礼し、奥の厨房へと去っていった。
早速一口かじりつくと、ぱりぱりとした葉野菜と、ほくほくとした魚から滲む油が心地よく、食が進む。
くう、最高。
そして、料理の端々にクレックの面影を感じる。
あれだけの規模の厨房を、高いクオリティで切り盛りするクレックは、やはり偉大なのだと思う。
「はあ……ほっとする」
もぐもぐとサンドウィッチの最期の一片を口に入れ、途中でゴーストが持ってきてくれたコーヒーで一息つく。
ふと視線を上げると、対面で食事をとっていたレヴィアスも同様にコーヒーカップを傾けていた。
そういえば、レヴィアスは普段食堂で姿を見かけない。
「レヴィアスさんは、いつも自室で食事をとっているんですか?」
「時々……ですね。悪魔は、あまり食事を必要としませんから」
そういうものなのか。
確かに、ノイルも気づけば食事をとらずに働いていて、周囲の研究員が時折食べ物を届けに行っていた気がする。
(そうか、人間の感覚とは違うのか……)
それでも、レヴィアスの目の前に置かれていたサンドウィッチはきれいに無くなっていた。
「あ、もしかして無理に付き合わせてしまいましたか?」
不安になったシオンがおずおずとたずねる。
レヴィアスは、コーヒーカップを置きながら、ゆるゆると首を振った。
不思議とそこには遠慮も嘘もないと感じられて、シオンはニコリと微笑んだ。
◇
港町で借りた馬に乗り、二時間ほど走らせた頃。
木に覆われた断崖をぐるりと回るように緩やかに斜面を登り続ける。
やがて、回るたびに深さを増していく鬱蒼とした木々の奥に、古い洋館の姿が見えてきた。
手前にはさび付いた立派な門、その奥にも木々が生い茂っており、館の壁には蔦が幾重にも這っている。
まだ昼間だというのに、日の光は木々に遮られ、辺りは薄暗く少し肌寒い。
「ここが、シンシアさんの館ですね」
なんなら魔王城よりも怪しい雰囲気がある。
正直一人で来ていたら回れ右をしていたかもしれないな、と、シオンはじっとり嫌な汗をかく。
「一度で話が付くとは思っていませんが……そもそも会話が出来るのかどうか」
そう言いながら、レヴィアスは二人乗りしてきた馬を木につなぎ、周囲から姿を隠す魔法を施した。
この辺りまでくる町の人間はいないだろう。
しかし、シンシアのもとを訪れている姿を目撃されて要らぬ騒ぎを起こしたくはない。
ブルル、と鼻を鳴らす馬の顔をそっと撫でて、シオンは異様なまでの威圧感を放つその鉄の門に向き合った。
どうやら施錠はされていない。
盗人だとしても、この屋敷に立ち入るのは御免被るところだろう。
「恐らく既に私達に気付いているでしょう。このまま館へ向かいます」
金属が擦れる悲鳴のような音。
レヴィアスが鉄の門を押し開けたのだ。
ぱらぱら、と枯れた蔦が門から剥がれ落ちて床に転がる。
どのくらいの長い間、この門は開けられていなかったのだろうか。
港町の人間も、話題にすることが無くなるほどの、長い間。
そこは、外の世界とは遠く隔たれた空間のように思えた。
「ここが、入口ですね……」
おっかなびっくり、館の正面玄関の前に立つ。
玄関の明かりを採るためのランプには蜘蛛の巣が張り、いつから使っていないのか想像もつかない。
「い……一応、一声かけた方がいいんでしょうか?」
レヴィアスの方をちらりと見やる。
すると、ガチャリ、という鈍い音がその場に響く。
ギイイ……と扉が開くか細い音と共に、館の入口が薄く開いた。
「必要ないようですね」
レヴィアスは事も無げにそう言うと、シオンを少し後ろ手に下がらせてから扉をくぐった。
その背から離れないように、ちょこちょことシオンも館の中へと歩み入る。
数歩、玄関ホールと思われる場所を進んでいくと、背後でガチャン、と再び鈍い金属音がした。
恐らく、鍵が閉められたのだろう。
先ほど本物のお化けに会ったばかりのはずなのだが。
まるでお化け屋敷のようなこの空間に、シオンは心底恐怖していた。
すると、ぽっ……とひとつ、青白い炎が目の前に現れる。
ゆらめくその光に誘われるように連鎖して、館の各所に青い炎が灯りはじめた。
古い絵画、ぞっとするような恐ろしい生き物の彫刻、古びた花瓶。
青い光に照らされて、洋館の装いがじわりと浮き上がる。
「へえ……誰かと思ったら、レヴィアスじゃない」
少し低い、妖艶な女性の声。
カツ、カツ、と床を打つ靴音が、少しずつ近づいてくる。
引きずりそうなほど長い丈の、黒いロングスカート。
胸元にフリルがたっぷりとついた、深紅のブラウス。
青い炎の光を反射する、色素の薄い金髪が、彼女の歩みに合わせてふわりと揺れた。
「解体されに来たの?」
にっこりと笑む唇は、血のように赤く染まっている。
その色が、彼女の青白い肌を引き立てているようだった。
「……バルドラッド様からの用向きだ。ひとつ仕事を依頼したい」
硬い声色でレヴィアスがシンシアに告げる。
カツン。
彼女の靴音が、館の静寂をピリピリと揺らす。
そして彼女の歩みが止まった、その時だった。
鋭く風を切る音がシオンの耳をかすめて通り過ぎる。
何?と振り向く暇もなく、背後で何かがパンッと弾ける音がした。
恐る恐る、音がした方に首を回す。
そこには、入り口近くに飾られていた大きな花瓶が真っ二つに割れて転がっていた。
「ひっ……!?」
「そのお嬢ちゃんは私へのお土産かしら」
気付けば、目の前にシンシアが立っている。
音もなく接近されたことに恐怖し、シオンは背筋に汗が伝うのを感じていた。
「生憎、手土産の用意は無い」
レヴィアスは冷たくそう言うと、いつの間にか抜いた剣をシンシアの首元にあてていた。
「誰だって?バルドラッド?……どうして、私がそいつの言うことを聞いてやらないといけないの?」
その剣を指先で押し戻すようにして、シンシアは苦いものを噛んだような顔をした。
胸元からパイプを取り出して火をつけると、さもつまらなさそうに煙をくゆらせる。
「あっ……あの……お願いしたいのは、突然変異したサンドワームの解剖と、分析ですっ」
震える声を何とかお腹で支えながら、シオンは言葉を続ける。
「生息区域外に突然現れたサンドワームが、彼らが通常生成しえない毒素を排出したんです」
シンシアが、ひとつ、大きくパイプを吸う。
で?というような冷たい目で、こちらを見つめている。
(うう……お腹痛くなるプレッシャーだ……これ……)
小さく息を吐いて、覚悟を決めてからシオンは口を開いた。
「魔王城では、生体の解剖をしても、その専門家がおらず、変異の有無や原因について調査するのに限界があります。だから……力を貸してください」
氷のような視線を向けるシンシアから、目を逸らさずに。
ありのままを伝える事しかできないのだから、せめて真っすぐに。
シオンは両手を握りしめて、シンシアに向き合った。
荷物の片付けなど一通りのことを済ませ、簡単に食事をとる。
みずみずしい野菜と、グリルした魚の身が挟まれたサンドウィッチだ。
「わあ、おいしそうです!」
ゴーストはニコニコしながら一礼し、奥の厨房へと去っていった。
早速一口かじりつくと、ぱりぱりとした葉野菜と、ほくほくとした魚から滲む油が心地よく、食が進む。
くう、最高。
そして、料理の端々にクレックの面影を感じる。
あれだけの規模の厨房を、高いクオリティで切り盛りするクレックは、やはり偉大なのだと思う。
「はあ……ほっとする」
もぐもぐとサンドウィッチの最期の一片を口に入れ、途中でゴーストが持ってきてくれたコーヒーで一息つく。
ふと視線を上げると、対面で食事をとっていたレヴィアスも同様にコーヒーカップを傾けていた。
そういえば、レヴィアスは普段食堂で姿を見かけない。
「レヴィアスさんは、いつも自室で食事をとっているんですか?」
「時々……ですね。悪魔は、あまり食事を必要としませんから」
そういうものなのか。
確かに、ノイルも気づけば食事をとらずに働いていて、周囲の研究員が時折食べ物を届けに行っていた気がする。
(そうか、人間の感覚とは違うのか……)
それでも、レヴィアスの目の前に置かれていたサンドウィッチはきれいに無くなっていた。
「あ、もしかして無理に付き合わせてしまいましたか?」
不安になったシオンがおずおずとたずねる。
レヴィアスは、コーヒーカップを置きながら、ゆるゆると首を振った。
不思議とそこには遠慮も嘘もないと感じられて、シオンはニコリと微笑んだ。
◇
港町で借りた馬に乗り、二時間ほど走らせた頃。
木に覆われた断崖をぐるりと回るように緩やかに斜面を登り続ける。
やがて、回るたびに深さを増していく鬱蒼とした木々の奥に、古い洋館の姿が見えてきた。
手前にはさび付いた立派な門、その奥にも木々が生い茂っており、館の壁には蔦が幾重にも這っている。
まだ昼間だというのに、日の光は木々に遮られ、辺りは薄暗く少し肌寒い。
「ここが、シンシアさんの館ですね」
なんなら魔王城よりも怪しい雰囲気がある。
正直一人で来ていたら回れ右をしていたかもしれないな、と、シオンはじっとり嫌な汗をかく。
「一度で話が付くとは思っていませんが……そもそも会話が出来るのかどうか」
そう言いながら、レヴィアスは二人乗りしてきた馬を木につなぎ、周囲から姿を隠す魔法を施した。
この辺りまでくる町の人間はいないだろう。
しかし、シンシアのもとを訪れている姿を目撃されて要らぬ騒ぎを起こしたくはない。
ブルル、と鼻を鳴らす馬の顔をそっと撫でて、シオンは異様なまでの威圧感を放つその鉄の門に向き合った。
どうやら施錠はされていない。
盗人だとしても、この屋敷に立ち入るのは御免被るところだろう。
「恐らく既に私達に気付いているでしょう。このまま館へ向かいます」
金属が擦れる悲鳴のような音。
レヴィアスが鉄の門を押し開けたのだ。
ぱらぱら、と枯れた蔦が門から剥がれ落ちて床に転がる。
どのくらいの長い間、この門は開けられていなかったのだろうか。
港町の人間も、話題にすることが無くなるほどの、長い間。
そこは、外の世界とは遠く隔たれた空間のように思えた。
「ここが、入口ですね……」
おっかなびっくり、館の正面玄関の前に立つ。
玄関の明かりを採るためのランプには蜘蛛の巣が張り、いつから使っていないのか想像もつかない。
「い……一応、一声かけた方がいいんでしょうか?」
レヴィアスの方をちらりと見やる。
すると、ガチャリ、という鈍い音がその場に響く。
ギイイ……と扉が開くか細い音と共に、館の入口が薄く開いた。
「必要ないようですね」
レヴィアスは事も無げにそう言うと、シオンを少し後ろ手に下がらせてから扉をくぐった。
その背から離れないように、ちょこちょことシオンも館の中へと歩み入る。
数歩、玄関ホールと思われる場所を進んでいくと、背後でガチャン、と再び鈍い金属音がした。
恐らく、鍵が閉められたのだろう。
先ほど本物のお化けに会ったばかりのはずなのだが。
まるでお化け屋敷のようなこの空間に、シオンは心底恐怖していた。
すると、ぽっ……とひとつ、青白い炎が目の前に現れる。
ゆらめくその光に誘われるように連鎖して、館の各所に青い炎が灯りはじめた。
古い絵画、ぞっとするような恐ろしい生き物の彫刻、古びた花瓶。
青い光に照らされて、洋館の装いがじわりと浮き上がる。
「へえ……誰かと思ったら、レヴィアスじゃない」
少し低い、妖艶な女性の声。
カツ、カツ、と床を打つ靴音が、少しずつ近づいてくる。
引きずりそうなほど長い丈の、黒いロングスカート。
胸元にフリルがたっぷりとついた、深紅のブラウス。
青い炎の光を反射する、色素の薄い金髪が、彼女の歩みに合わせてふわりと揺れた。
「解体されに来たの?」
にっこりと笑む唇は、血のように赤く染まっている。
その色が、彼女の青白い肌を引き立てているようだった。
「……バルドラッド様からの用向きだ。ひとつ仕事を依頼したい」
硬い声色でレヴィアスがシンシアに告げる。
カツン。
彼女の靴音が、館の静寂をピリピリと揺らす。
そして彼女の歩みが止まった、その時だった。
鋭く風を切る音がシオンの耳をかすめて通り過ぎる。
何?と振り向く暇もなく、背後で何かがパンッと弾ける音がした。
恐る恐る、音がした方に首を回す。
そこには、入り口近くに飾られていた大きな花瓶が真っ二つに割れて転がっていた。
「ひっ……!?」
「そのお嬢ちゃんは私へのお土産かしら」
気付けば、目の前にシンシアが立っている。
音もなく接近されたことに恐怖し、シオンは背筋に汗が伝うのを感じていた。
「生憎、手土産の用意は無い」
レヴィアスは冷たくそう言うと、いつの間にか抜いた剣をシンシアの首元にあてていた。
「誰だって?バルドラッド?……どうして、私がそいつの言うことを聞いてやらないといけないの?」
その剣を指先で押し戻すようにして、シンシアは苦いものを噛んだような顔をした。
胸元からパイプを取り出して火をつけると、さもつまらなさそうに煙をくゆらせる。
「あっ……あの……お願いしたいのは、突然変異したサンドワームの解剖と、分析ですっ」
震える声を何とかお腹で支えながら、シオンは言葉を続ける。
「生息区域外に突然現れたサンドワームが、彼らが通常生成しえない毒素を排出したんです」
シンシアが、ひとつ、大きくパイプを吸う。
で?というような冷たい目で、こちらを見つめている。
(うう……お腹痛くなるプレッシャーだ……これ……)
小さく息を吐いて、覚悟を決めてからシオンは口を開いた。
「魔王城では、生体の解剖をしても、その専門家がおらず、変異の有無や原因について調査するのに限界があります。だから……力を貸してください」
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