魔王城すこや課、本日も無事社畜です!

ハルタカ

文字の大きさ
38 / 84
4.魔王城の闇医者

6話

しおりを挟む
 シオンの声が、殺気立った冷たい空間に真っすぐに響く。
 
 音もなく、まるで時間が止まったかのようだった。

「……あるはずのない毒を排出する器官……サンドワームの自己修復能力……」

 ぽつり、ぽつり……と。
 その場にパイプの煙を細く立ち上らせながら、シンシアが何かを呟く。
 
「生息区域外……転移か狩場の拡大……他の筒状生物……」

 煙の向こうに何かを見るかのように、シンシアの目は一点を静かに見つめていた。
 シオンは、息をひそめながらその様子を見守る。

 しばらくして。
 思考が終わった合図かのように、彼女はくるりとパイプを指先で一度回した。
 
「……寝起きで気が立ってるの。噛み殺されたくなきゃ、お帰んなさいな」

 手でしっしと払うようにしながら、シンシアがシオンとレヴィアスを追い払う。
 急激な緊張感の落差に、シオンは膝から崩れ落ちそうになった。

 いけない。このまま追い返されてしまっては、何の成果も得られない。

「シンシアさんっ……!」

 追いすがるように、シオンはシンシアの名前を呼ぶ。
 すると、シンシアの妖艶な瞳が刃のように鋭く歪んだ。
 彼女が横なぎに振り払った手から、信じられないほどの突風が走る。

「あっ……!」

 思わず身をすくませて、顔を伏せる。
 ぐっと何かに手を引かれ、バランスを崩したその瞬間、シオンの頬に、チリッとした痛みが走った。

 そっと目を開けると、目の前にはレヴィアスの姿があった。
 シンシアが放った突風から守るように、シオンを自分の後ろに引き入れたのだ。

「……はく製にでもしてほしいのかしら」

 放たれているこの気配が殺気なのだと、息を飲む。
 ぞっとするような彼女の低い声に、シオンはそれ以上何も言葉を返せない。
 唇を噛み、頬から一筋流れた血を手で拭う。
 
「サンドワームの出現から討伐、解体結果を示した報告書だ」

 レヴィアスが、封筒をシンシアに差し出す。
 シンシアはそれを見ても、微動だにしなかった。

「要らない」

「お前の仕業ではないという証拠がない」

 その言葉を聞いて、シオンはえっ?と息を飲む。

「あら、脅し?」

 シンシアはこちらを蔑むような冷たい笑みを浮かべた。
 レヴィアスの言葉に、シンシアは動揺も激高もしなかった。

「もう私、研究なんてやめたの。起きたのだって最近よ」

 気だるげに長い金髪をかきあげて、パイプをひと吸い。
 吐き出される煙の甘さに、シオンはくらりと酔いそうになる。

「起きてみたら崖下の町はえらく栄えているじゃない?うるさいったらないわ」

「……毎年続いている、とあるお医者様の功績を称えるお祭りの最中だそうです」

 恐怖に負けてしまったら、立ち上がれなくなるような気がして。
 シオンは平静を装ってシンシアに言葉を投げた。

「疫病でくたばりかけてたあの町がねえ……」

 シンシアが遠い目をする。
 一体どのくらいの年月、彼女は眠っていたのだろうか。
 宿屋のゴーストが言っていた『ここしばらく話をきかない』の理由が分かった気がする。
 館を閉ざし、長い眠りについていたのだ。

 しかし、いったいなぜ?

「その疫病から救ってくれたお医者様なんだそうです。えっと……確か」

 馬車の中で気のいい奥さんが教えてくれたはずだ。
 そう、名前は……

「オリヴィエ……」

 シオンが口にしたその名を耳にしたとき、シンシアは一瞬大きく眼を見開いた。
 それから、ひときわ濃い煙をふー、と吐き出す。

「気分が悪いわ、出ていってちょうだい」

 レヴィアスの手から封筒を乱暴に奪い取る。
 まるでこれでおしまい、というように館の中の明りがふっと一斉に消え、背後の扉がギイイと開いた。

 本格的に、帰れという意思表示なのだろう。
 いつの間にか、シンシアの姿も忽然と消えてなくなっていた。


 ◇

 日暮れ近く、二人は宿に戻り、二階の一角にある談話スペースでソファに腰かけていた。

 シオンは、切れてしまった頬にヴァルター商会謹製の軟膏を薄く塗り込む。

「痛みますか」

 レヴィアスが、その様子を見ながら静かに問いかけてきた。
 
「いえ、そんなに気にするほどではないです、大丈夫ですよ」

 切り傷特有の、チリチリと熱を持ったような痛みがあるが、意識しなければ気にならない。
 レヴィアスに笑顔を向けるが、シオンの心中は少々落ち込んでいた。
 怪我をしたことによるものではない。

 ……余りにも自分が何もできなかったということを痛感しているからだった。

「……どうしたらいいんでしょう。その、シンシアさんがサンドワームの異変に関わっている可能性もあるんですか?」

「いえ、あれは彼女が言っていた通り、ただの脅しです。しかしあの反応を見ると、技術的には可能なのでしょう」

 モンスターを、意図的に変異させる技術。
 そんなことを考えただけでぞっとする。
 そうなのだとしたら、いったい誰が、何のために?

「何にせよ、シンシアの協力が必要です」

「はい……私、シンシアさんを怒らせてしまったんでしょうか」

 今更どうしようも無いことだけれど、もっとうまい言い方があったのだろうか。
 わざわざレヴィアスを同行させてまで、自分がここに訪れた意味は、いったいどこにあるのだろうか。
 私にできる事は、何だろうか。
 
 思考が勝手にぐるぐると渦を巻いて沈んでいく。

「大人しく話を聞くような人物なら、城を追われていません」

 それは、そうなのかもしれない。
 それに、ここで勝手に一人暗い顔をしていても、何も変わらない。

「そう、ですね。もともと、一度で話がつくとは思っていなかったですし……すみません、落ち込んじゃって」

「明日、もう一度館へ向かいましょう」

 シオンはこくりと頷いた。

「そういえば、お祭りの話をした時からシンシアさんの様子が少し変わりましたね」

 気分が悪いと言っていたけれど、バルドラッドの名前が出た時のような嫌悪感は纏っていなかった。
 どちらかというと、驚きと戸惑いの表情に見えたのだ。
 それにしても……
 
「……バルドラッドさんは、シンシアさんにすごく嫌われてましたね」

「お互いに虫の居所が悪かった時期だったのでしょう」

 虫の居所の悪いバルドラッド。それはもう、災害なのではないか。
 ぶるっと身震いしながら、窓の向こうの夕日を眺める。

 昼間は太陽に照らされたバルーンが活気を演出していたが、この時間は花のアーチがランタンに照らされて、しっとりと幻想的だ。
 
「見て回りますか?」

 同じように窓の外を眺めていたレヴィアスが、視線をこちらに寄こして尋ねてきた。
 
「……はいっ!」

 沈んだ気持ちを置き去る様に、シオンは思い切り笑った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

凡夫転生〜異世界行ったらあまりにも普通すぎた件〜

小林一咲
ファンタジー
「普通がいちばん」と教え込まれてきた佐藤啓二は、日本の平均寿命である81歳で平凡な一生を終えた。 死因は癌だった。 癌による全死亡者を占める割合は24.6パーセントと第一位である。 そんな彼にも唯一「普通では無いこと」が起きた。 死後の世界へ導かれ、女神の御前にやってくると突然異世界への転生を言い渡される。 それも生前の魂、記憶や未来の可能性すらも次の世界へと引き継ぐと言うのだ。 啓二は前世でもそれなりにアニメや漫画を嗜んでいたが、こんな展開には覚えがない。 挙げ句の果てには「質問は一切受け付けない」と言われる始末で、あれよあれよという間に異世界へと転生を果たしたのだった。 インヒター王国の外、漁業が盛んな街オームで平凡な家庭に産まれ落ちた啓二は『バルト・クラスト』という新しい名を受けた。 そうして、しばらく経った頃に自身の平凡すぎるステータスとおかしなスキルがある事に気がつく――。 これはある平凡すぎる男が異世界へ転生し、その普通で非凡な力で人生を謳歌する物語である。

異世界でゆるゆるスローライフ!~小さな波乱とチートを添えて~

イノナかノかワズ
ファンタジー
 助けて、刺されて、死亡した主人公。神様に会ったりなんやかんやあったけど、社畜だった前世から一転、ゆるいスローライフを送る……筈であるが、そこは知識チートと能力チートを持った主人公。波乱に巻き込まれたりしそうになるが、そこはのんびり暮らしたいと持っている主人公。波乱に逆らい、世界に名が知れ渡ることはなくなり、知る人ぞ知る感じに収まる。まぁ、それは置いといて、主人公の新たな人生は、温かな家族とのんびりした自然、そしてちょっとした研究生活が彩りを与え、幸せに溢れています。  *話はとてもゆっくりに進みます。また、序盤はややこしい設定が多々あるので、流しても構いません。  *他の小説や漫画、ゲームの影響が見え隠れします。作者の願望も見え隠れします。ご了承下さい。  *頑張って週一で投稿しますが、基本不定期です。  *本作の無断転載、無断翻訳、無断利用を禁止します。   小説家になろうにて先行公開中です。主にそっちを優先して投稿します。 カクヨムにても公開しています。 更新は不定期です。

『規格外の薬師、追放されて辺境スローライフを始める。〜作ったポーションが国家機密級なのは秘密です〜』

雛月 らん
ファンタジー
俺、黒田 蓮(くろだ れん)35歳は前世でブラック企業の社畜だった。過労死寸前で倒れ、次に目覚めたとき、そこは剣と魔法の異世界。しかも、幼少期の俺は、とある大貴族の私生児、アレン・クロイツェルとして生まれ変わっていた。 前世の記憶と、この世界では「外れスキル」とされる『万物鑑定』と『薬草栽培(ハイレベル)』。そして、誰にも知られていない規格外の莫大な魔力を持っていた。 しかし、俺は決意する。「今世こそ、誰にも邪魔されない、のんびりしたスローライフを送る!」と。 これは、スローライフを死守したい天才薬師のアレンと、彼の作る規格外の薬に振り回される異世界の物語。 平穏を愛する(自称)凡人薬師の、のんびりだけど実は波乱万丈な辺境スローライフファンタジー。

転生したみたいなので異世界生活を楽しみます

さっちさん
ファンタジー
又々、題名変更しました。 内容がどんどんかけ離れていくので… 沢山のコメントありがとうございます。対応出来なくてすいません。 誤字脱字申し訳ございません。気がついたら直していきます。 感傷的表現は無しでお願いしたいと思います😢 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ありきたりな転生ものの予定です。 主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。 一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。 まっ、なんとかなるっしょ。

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
 お人好しで動物好きな最上悠は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏も、寿命から静かに息を引き取ろうとする。 「助けたいなら異世界に来てくれない」と少し残念な神様と出会う。  転移先では半ば強引に、死にかけていた犬を助けたことで、能力を失いそのひっそりとスローライフを送ることになってしまうが  迷い込んだ、訪問者次々とやってきて異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

『三度目の滅びを阻止せよ ―サラリーマン係長の異世界再建記―』

KAORUwithAI
ファンタジー
45歳、胃薬が手放せない大手総合商社営業部係長・佐藤悠真。 ある日、横断歩道で子供を助け、トラックに轢かれて死んでしまう。 目を覚ますと、目の前に現れたのは“おじさんっぽい神”。 「この世界を何とかしてほしい」と頼まれるが、悠真は「ただのサラリーマンに何ができる」と拒否。 しかし神は、「ならこの世界は三度目の滅びで終わりだな」と冷徹に突き放す。 結局、悠真は渋々承諾。 与えられたのは“現実知識”と“ワールドサーチ”――地球の知識すら検索できる探索魔法。 さらに肉体は20歳に若返り、滅びかけの異世界に送り込まれた。 衛生観念もなく、食糧も乏しく、二度の滅びで人々は絶望の淵にある。 だが、係長として培った経験と知識を武器に、悠真は人々をまとめ、再び世界を立て直そうと奮闘する。 ――これは、“三度目の滅び”を阻止するために挑む、ひとりの中年係長の異世界再建記である。

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

転生魔竜~異世界ライフを謳歌してたら世界最強最悪の覇者となってた?~

アズドラ
ファンタジー
主人公タカトはテンプレ通り事故で死亡、運よく異世界転生できることになり神様にドラゴンになりたいとお願いした。 夢にまで見た異世界生活をドラゴンパワーと現代地球の知識で全力満喫! 仲間を増やして夢を叶える王道、テンプレ、モリモリファンタジー。

処理中です...