魔王城すこや課、本日も無事社畜です!

ハルタカ

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4.魔王城の闇医者

6話

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 シオンの声が、殺気立った冷たい空間に真っすぐに響く。
 
 音もなく、まるで時間が止まったかのようだった。

「……あるはずのない毒を排出する器官……サンドワームの自己修復能力……」

 ぽつり、ぽつり……と。
 その場にパイプの煙を細く立ち上らせながら、シンシアが何かを呟く。
 
「生息区域外……転移か狩場の拡大……他の筒状生物……」

 煙の向こうに何かを見るかのように、シンシアの目は一点を静かに見つめていた。
 シオンは、息をひそめながらその様子を見守る。

 しばらくして。
 思考が終わった合図かのように、彼女はくるりとパイプを指先で一度回した。
 
「……寝起きで気が立ってるの。噛み殺されたくなきゃ、お帰んなさいな」

 手でしっしと払うようにしながら、シンシアがシオンとレヴィアスを追い払う。
 急激な緊張感の落差に、シオンは膝から崩れ落ちそうになった。

 いけない。このまま追い返されてしまっては、何の成果も得られない。

「シンシアさんっ……!」

 追いすがるように、シオンはシンシアの名前を呼ぶ。
 すると、シンシアの妖艶な瞳が刃のように鋭く歪んだ。
 彼女が横なぎに振り払った手から、信じられないほどの突風が走る。

「あっ……!」

 思わず身をすくませて、顔を伏せる。
 ぐっと何かに手を引かれ、バランスを崩したその瞬間、シオンの頬に、チリッとした痛みが走った。

 そっと目を開けると、目の前にはレヴィアスの姿があった。
 シンシアが放った突風から守るように、シオンを自分の後ろに引き入れたのだ。

「……はく製にでもしてほしいのかしら」

 放たれているこの気配が殺気なのだと、息を飲む。
 ぞっとするような彼女の低い声に、シオンはそれ以上何も言葉を返せない。
 唇を噛み、頬から一筋流れた血を手で拭う。
 
「サンドワームの出現から討伐、解体結果を示した報告書だ」

 レヴィアスが、封筒をシンシアに差し出す。
 シンシアはそれを見ても、微動だにしなかった。

「要らない」

「お前の仕業ではないという証拠がない」

 その言葉を聞いて、シオンはえっ?と息を飲む。

「あら、脅し?」

 シンシアはこちらを蔑むような冷たい笑みを浮かべた。
 レヴィアスの言葉に、シンシアは動揺も激高もしなかった。

「もう私、研究なんてやめたの。起きたのだって最近よ」

 気だるげに長い金髪をかきあげて、パイプをひと吸い。
 吐き出される煙の甘さに、シオンはくらりと酔いそうになる。

「起きてみたら崖下の町はえらく栄えているじゃない?うるさいったらないわ」

「……毎年続いている、とあるお医者様の功績を称えるお祭りの最中だそうです」

 恐怖に負けてしまったら、立ち上がれなくなるような気がして。
 シオンは平静を装ってシンシアに言葉を投げた。

「疫病でくたばりかけてたあの町がねえ……」

 シンシアが遠い目をする。
 一体どのくらいの年月、彼女は眠っていたのだろうか。
 宿屋のゴーストが言っていた『ここしばらく話をきかない』の理由が分かった気がする。
 館を閉ざし、長い眠りについていたのだ。

 しかし、いったいなぜ?

「その疫病から救ってくれたお医者様なんだそうです。えっと……確か」

 馬車の中で気のいい奥さんが教えてくれたはずだ。
 そう、名前は……

「オリヴィエ……」

 シオンが口にしたその名を耳にしたとき、シンシアは一瞬大きく眼を見開いた。
 それから、ひときわ濃い煙をふー、と吐き出す。

「気分が悪いわ、出ていってちょうだい」

 レヴィアスの手から封筒を乱暴に奪い取る。
 まるでこれでおしまい、というように館の中の明りがふっと一斉に消え、背後の扉がギイイと開いた。

 本格的に、帰れという意思表示なのだろう。
 いつの間にか、シンシアの姿も忽然と消えてなくなっていた。


 ◇

 日暮れ近く、二人は宿に戻り、二階の一角にある談話スペースでソファに腰かけていた。

 シオンは、切れてしまった頬にヴァルター商会謹製の軟膏を薄く塗り込む。

「痛みますか」

 レヴィアスが、その様子を見ながら静かに問いかけてきた。
 
「いえ、そんなに気にするほどではないです、大丈夫ですよ」

 切り傷特有の、チリチリと熱を持ったような痛みがあるが、意識しなければ気にならない。
 レヴィアスに笑顔を向けるが、シオンの心中は少々落ち込んでいた。
 怪我をしたことによるものではない。

 ……余りにも自分が何もできなかったということを痛感しているからだった。

「……どうしたらいいんでしょう。その、シンシアさんがサンドワームの異変に関わっている可能性もあるんですか?」

「いえ、あれは彼女が言っていた通り、ただの脅しです。しかしあの反応を見ると、技術的には可能なのでしょう」

 モンスターを、意図的に変異させる技術。
 そんなことを考えただけでぞっとする。
 そうなのだとしたら、いったい誰が、何のために?

「何にせよ、シンシアの協力が必要です」

「はい……私、シンシアさんを怒らせてしまったんでしょうか」

 今更どうしようも無いことだけれど、もっとうまい言い方があったのだろうか。
 わざわざレヴィアスを同行させてまで、自分がここに訪れた意味は、いったいどこにあるのだろうか。
 私にできる事は、何だろうか。
 
 思考が勝手にぐるぐると渦を巻いて沈んでいく。

「大人しく話を聞くような人物なら、城を追われていません」

 それは、そうなのかもしれない。
 それに、ここで勝手に一人暗い顔をしていても、何も変わらない。

「そう、ですね。もともと、一度で話がつくとは思っていなかったですし……すみません、落ち込んじゃって」

「明日、もう一度館へ向かいましょう」

 シオンはこくりと頷いた。

「そういえば、お祭りの話をした時からシンシアさんの様子が少し変わりましたね」

 気分が悪いと言っていたけれど、バルドラッドの名前が出た時のような嫌悪感は纏っていなかった。
 どちらかというと、驚きと戸惑いの表情に見えたのだ。
 それにしても……
 
「……バルドラッドさんは、シンシアさんにすごく嫌われてましたね」

「お互いに虫の居所が悪かった時期だったのでしょう」

 虫の居所の悪いバルドラッド。それはもう、災害なのではないか。
 ぶるっと身震いしながら、窓の向こうの夕日を眺める。

 昼間は太陽に照らされたバルーンが活気を演出していたが、この時間は花のアーチがランタンに照らされて、しっとりと幻想的だ。
 
「見て回りますか?」

 同じように窓の外を眺めていたレヴィアスが、視線をこちらに寄こして尋ねてきた。
 
「……はいっ!」

 沈んだ気持ちを置き去る様に、シオンは思い切り笑った。
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