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4.魔王城の闇医者
8話
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◇
翌朝、シオンは食堂で遅い朝食をとっていた。
パリッとした葉野菜に色とりどりのフルーツを和えたサラダが、疲れた体に染みるようで有難い。
窓の外では、これから営業を始めるのであろう屋台の主たちがいそいそと準備を始めている姿が見える。
宿屋のゴーストから、祭りは今日で3日目、明日で最後なのだと聞いた。
この華やかな町の雰囲気も、祭りと共に様変わりするのだろうか。
シンシアが言っていた、『疫病でくたばりかけてたあの町』という言葉がシオンの胸に引っかかっていた。
「あの……この町で昔流行していたという疫病のこと、何かご存じですか?」
食後の紅茶を持ってきてくれたゴーストが、おやっと驚いたような顔をした。
「そうか、ご存じありませんよね。四十年ほど前のお話なので、私達もここに店を構える前のことです」
「かなりひどかったんですか?」
「話に聞くと、海の向こうから運ばれてきた病気で、あっという間に町中に広がって死者もかなり出たとか」
数も少ない町中の医者が総出で対応したが、とんでもない勢いで増えていく感染者になすすべもなく。
同時期に、王都の方でも飢饉からくる治安の悪化が問題となっており、海辺の小さな町にまで割ける人手も無かったのだという。
想像するだけで恐ろしい話だ。
人々の恐怖と、それに奔走した町医者たちの苦労はどれほどのものだっただろうか。
強靭な体を持つ魔物たちに囲まれて暮らしていると、こういった病の恐怖を感じることはほとんど無い。
分かっていたはずの『人間の脆さ』を、どこかに置き忘れていた気がして、ちくりと心が痛む。
「このお祭りで称えられているオリヴィエという医者が、事態を鎮静したと聞きました」
「ええ、そうです。彼が開発した特効薬のお陰で、多くの命が救われました。この町の領主家族の命も」
なるほど、領主家族も救ったとあれば、これほど盛大な祭りが開かれるのにも頷ける。
外を眺めると、ちょうど祭りの三日目が始まるセレモニーが行われていた。
色とりどりの風船の紐に、一輪ずつ紫色の花が結わえ付けられている。
そういえば、町を飾る花のアーチにもこの花が多く用いられていたような気がした。
「……シンシアさんが、オリヴィエという名前に反応したんです」
こそっとゴーストに耳打ちする。
厨房にいる奥さんに聞こえたら、また皿を割ってしまいかねないからだ。
「そうなのですか?……ちょっと関係性は分からないですね。彼女が祭りに現れたこともありません」
「うーん、そうなんですね。何か会話のきっかけになればと思ったんですが」
四十年前というと、シンシアが魔王城を追われた少し後の出来事だ。
そのころには恐らく、シンシアもこの町の近くの館に居を構えていただろう。
「オリヴィエの子孫は今もこの町に暮らしていますよ。何か聞けることがあるか……保証はできませんが」
何せ、魔物と人間のことですから。とゴーストは神妙な顔をしていった。
魔王城で、人間であるシオンがなんとかうまくやれているのはほとんど奇跡のようなものなのだと思う。
この町のどこにも、魔物の気配は感じられない。
長年ここに店を構えるゴーストですら、人間のふりをして町に溶け込もうと注意を払っているくらいだ。
賑やかな祭りの輝きの陰で、シオンは改めて種族間の境界線を色濃く感じていた。
◇
朝食を食べた後、シオンは街中を散策していた。
レヴィアスは別件で朝のうちに動きたいことがあるとかで、シオンが起きるころには既に宿屋に姿は無かった。
「ここが……オリヴィエさんの生家ね」
年季の入った母屋と、その周りに増築されたらしい比較的新しい建物たちが並んでいる。
そこは診療所と薬屋からなる、いわば医療モールのような区画となっていた。
運よく家人と話が出来ないだろうか?と思いながら、薬屋の一角に立ち寄り、何となく薬瓶たちを眺める。
店の入り口に飾られた鉢には、町のあちらこちらで見られる、百合のような形をした紫色の花が植えられていた。
「いらっしゃいませ。観光客の方ですか?このあたりは屋台のように賑やかではないでしょう」
ぼんやりと薬を眺めるシオンに、青年が明るく声をかけた。
年のころは十八、九だろうか。
店の看板と同じマークがついたエプロンを着て、商品を並べるところだったようだ。
「ここが、オリヴィエさんの生家ときいて、興味をもちまして」
シオンが微笑んでそういうと、青年はぱっと顔を輝かせた。
「祖父に興味を持ってくださったんですね!」
「オリヴィエさんのお孫さんなんですか?」
これは有難いチャンスだ。
足を運んだ甲斐があった、とシオンは心中でガッツポーズをする。
「ええ。今はもうすっかり賑やかなばかりのお祭りになっていますから、祖父を知る旅行客は少なくて」
なるほど、そんなものなのかもしれない。
かくいうシオンも散々屋台で飲み食いをしていたのに、祭りの起源についてはよくわかっていなかった。
それでも、これだけの規模の屋敷と店だ。
この町ではしっかりとオリヴィエの威光が保たれていることが伝わってくる。
「オリヴィエさんは、今は……?」
「既に亡くなっていて、僕の父が医者業を継いでいます」
なるほど、彼は既にこの世を去っているのか。
直接話を聞くことは難しいだろうと覚悟はしていたが、そうなるとシンシアとの関係を聞き出すのは余計に難しい。
「あなたはお医者様の修行中なんですか?」
「ええ……ただ、僕はどちらかというと、祖父がやっていた薬なんかの研究に興味があるんです」
すると、カランコロン、と薬屋のドアにつけられた鐘の軽やかな音が鳴る。
「いらっしゃ……ああ、あなたでしたか」
青年が、開いたドアの方を見て笑った。
シオンもつられてその視線の先のほうを振り返ると、そこには羽根を模した銀糸の刺繍が目を引く美しいローブを纏った男性の姿があった。
ぞっとするような、近づきがたいほどの美貌。
さらりとフードをかぶっていてもなおその隙間から光が雪のように舞う、その姿に心がざわついた。
「やあ、リヴィオくん。おや、逢引の最中だった?」
甘やかな声と、中性的な顔立ちを華やかに引き立てるサラサラとした金髪。
(天使みたいだ……)
レヴィアスをはじめて見た時に近い、芸術的な美を感じる。
金髪の男性はニコリとこちらに笑いかけてから、青年……リヴィオへと何かを差し出した。
「エリオルさん、こちらは観光客のかたですよ。恋人と一緒だったら絶対にエリオルさんに会わせません、マジで」
苦笑いしながら、リヴィオがそれを受け取った。
古びた、ノートのように見える。
思わずシオンがじっとそれを見つめていると、その視線に気が付いたリヴィオが微笑んだ。
「これ、祖父の研究ノートなんです」
「僕はオリヴィエ氏のファンでね。時々遺品を鑑賞させてもらっているのさ」
お墓参りもしてもらっちゃって……とリヴィオがはにかみながら言う。
本当に、祖父のことが大好きなのだろう。
「オリヴィエさんはいつお亡くなりになったんですか?」
「十年ほど前ですね。もう少し長生きしてくれていたら、一緒に研究できたかもしれないのに」
「そうだったんですか……」
十年前。
シンシアの屋敷の感じからすると、彼女はそのころ、恐らく眠っていたのだろう。
どんな縁かは分からないが、シンシアに知らせてあげた方が良いのだろうか。
「君もオリヴィエ氏に興味があるのかな? 良ければ僕と一緒に墓参りしようか」
案内するよ、と差し出された手を、シオンは思わず訝し気な目で見てしまう。
妙に距離が近いような……気のせいだろうか。
「ははっ、エリオルさんには注意してくださいね! たまにこの町に立ち寄っては、女の子を騒がせて去っていくんです」
近づき過ぎたらファンの子に刺されかねないですよ、とリヴィオが笑う。
これは冗談……、だよね?
「でも、本当に良ければ祖父に会っていってやってください。町の高台にある墓地に眠っています」
そういうと、リヴィオは店の奥から小さな花束を持ってきた。
あの、紫色の可憐な花だ。
「エリオルさん、お願いできますか?」
「もちろんだとも」
受け取った花束を、エリオルは胸に抱いた。
花の美しさすら、彼を引き立てる一要素に過ぎない。
そう感じるほど、エリオルは神聖な美しさを纏っていた。
(中身は軽薄な感じなのに……)
そんな失礼なことを考えながら、シオンは紫色の花束に目をやった。
「町中が、この花で溢れていますよね。なにかゆかりのある花なんですか?」
「ある時から、祖父がこの花を庭で育てるようになったそうです。それが増えて、だんだんと町中に」
「オリヴィエさんが育てていた花なんですね」
「ええ、薬草でもないものを育てるなんて、祖父にしては珍しいから……純粋に、好きだったのかなって」
オリヴィエが育てていた花が、いつの間にか町中を彩るようになった。
そのことだけでも、オリヴィエがいかに町の人々から慕われていたかがうかがえる。
「さあ、お嬢さん。エスコートするよ」
「え?えっと……」
気付けばあれよあれよという間に手をとられ、挨拶もそこそこにエリオルとシオンは店を出る。
強引なように見えて、昨夜の男のように手を強く引く様子はない。
あくまでも自然に導かれているような手の取り方に、シオンは戸惑いを隠せなかった。
「あの、エリオルさん」
往来をすたすたと通り抜けていく間にも、人の目がちらちらとこちらを向いているのが分かる。
昨日に引き続き、余りにもきれいな人の隣に並んでいる自分。
……やっぱりシオンは、少しいたたまれない気分になるのだ。
「エリオルさん、手を放してもらえませんか……?」
おずおずとシオンが言うと、エリオルはにっこりと微笑んでその手を解放する。
ふわりと、彼が手にする花束の香りが鼻先をくすぐった。
みずみずしく清廉で、甘い香り。
まるで、目の前にいる彼を、象徴するかのようだ。
シオンを見る彼の目は、笑んでいるようでいて、どこか感情を読ませない僅かな圧を感じさせる。
なぜか、シオンの背中にひやりとした汗がにじんだ。
ぎゅっと心臓を掴まれるような、体が危機を知らせている感覚。
それから、すっと屈むようにして、エリオルはシオンの耳に小さく囁く。
「……レヴィアスは元気?」
「っ!?」
シオンは、驚きのあまりその場で体を硬直させた。
翌朝、シオンは食堂で遅い朝食をとっていた。
パリッとした葉野菜に色とりどりのフルーツを和えたサラダが、疲れた体に染みるようで有難い。
窓の外では、これから営業を始めるのであろう屋台の主たちがいそいそと準備を始めている姿が見える。
宿屋のゴーストから、祭りは今日で3日目、明日で最後なのだと聞いた。
この華やかな町の雰囲気も、祭りと共に様変わりするのだろうか。
シンシアが言っていた、『疫病でくたばりかけてたあの町』という言葉がシオンの胸に引っかかっていた。
「あの……この町で昔流行していたという疫病のこと、何かご存じですか?」
食後の紅茶を持ってきてくれたゴーストが、おやっと驚いたような顔をした。
「そうか、ご存じありませんよね。四十年ほど前のお話なので、私達もここに店を構える前のことです」
「かなりひどかったんですか?」
「話に聞くと、海の向こうから運ばれてきた病気で、あっという間に町中に広がって死者もかなり出たとか」
数も少ない町中の医者が総出で対応したが、とんでもない勢いで増えていく感染者になすすべもなく。
同時期に、王都の方でも飢饉からくる治安の悪化が問題となっており、海辺の小さな町にまで割ける人手も無かったのだという。
想像するだけで恐ろしい話だ。
人々の恐怖と、それに奔走した町医者たちの苦労はどれほどのものだっただろうか。
強靭な体を持つ魔物たちに囲まれて暮らしていると、こういった病の恐怖を感じることはほとんど無い。
分かっていたはずの『人間の脆さ』を、どこかに置き忘れていた気がして、ちくりと心が痛む。
「このお祭りで称えられているオリヴィエという医者が、事態を鎮静したと聞きました」
「ええ、そうです。彼が開発した特効薬のお陰で、多くの命が救われました。この町の領主家族の命も」
なるほど、領主家族も救ったとあれば、これほど盛大な祭りが開かれるのにも頷ける。
外を眺めると、ちょうど祭りの三日目が始まるセレモニーが行われていた。
色とりどりの風船の紐に、一輪ずつ紫色の花が結わえ付けられている。
そういえば、町を飾る花のアーチにもこの花が多く用いられていたような気がした。
「……シンシアさんが、オリヴィエという名前に反応したんです」
こそっとゴーストに耳打ちする。
厨房にいる奥さんに聞こえたら、また皿を割ってしまいかねないからだ。
「そうなのですか?……ちょっと関係性は分からないですね。彼女が祭りに現れたこともありません」
「うーん、そうなんですね。何か会話のきっかけになればと思ったんですが」
四十年前というと、シンシアが魔王城を追われた少し後の出来事だ。
そのころには恐らく、シンシアもこの町の近くの館に居を構えていただろう。
「オリヴィエの子孫は今もこの町に暮らしていますよ。何か聞けることがあるか……保証はできませんが」
何せ、魔物と人間のことですから。とゴーストは神妙な顔をしていった。
魔王城で、人間であるシオンがなんとかうまくやれているのはほとんど奇跡のようなものなのだと思う。
この町のどこにも、魔物の気配は感じられない。
長年ここに店を構えるゴーストですら、人間のふりをして町に溶け込もうと注意を払っているくらいだ。
賑やかな祭りの輝きの陰で、シオンは改めて種族間の境界線を色濃く感じていた。
◇
朝食を食べた後、シオンは街中を散策していた。
レヴィアスは別件で朝のうちに動きたいことがあるとかで、シオンが起きるころには既に宿屋に姿は無かった。
「ここが……オリヴィエさんの生家ね」
年季の入った母屋と、その周りに増築されたらしい比較的新しい建物たちが並んでいる。
そこは診療所と薬屋からなる、いわば医療モールのような区画となっていた。
運よく家人と話が出来ないだろうか?と思いながら、薬屋の一角に立ち寄り、何となく薬瓶たちを眺める。
店の入り口に飾られた鉢には、町のあちらこちらで見られる、百合のような形をした紫色の花が植えられていた。
「いらっしゃいませ。観光客の方ですか?このあたりは屋台のように賑やかではないでしょう」
ぼんやりと薬を眺めるシオンに、青年が明るく声をかけた。
年のころは十八、九だろうか。
店の看板と同じマークがついたエプロンを着て、商品を並べるところだったようだ。
「ここが、オリヴィエさんの生家ときいて、興味をもちまして」
シオンが微笑んでそういうと、青年はぱっと顔を輝かせた。
「祖父に興味を持ってくださったんですね!」
「オリヴィエさんのお孫さんなんですか?」
これは有難いチャンスだ。
足を運んだ甲斐があった、とシオンは心中でガッツポーズをする。
「ええ。今はもうすっかり賑やかなばかりのお祭りになっていますから、祖父を知る旅行客は少なくて」
なるほど、そんなものなのかもしれない。
かくいうシオンも散々屋台で飲み食いをしていたのに、祭りの起源についてはよくわかっていなかった。
それでも、これだけの規模の屋敷と店だ。
この町ではしっかりとオリヴィエの威光が保たれていることが伝わってくる。
「オリヴィエさんは、今は……?」
「既に亡くなっていて、僕の父が医者業を継いでいます」
なるほど、彼は既にこの世を去っているのか。
直接話を聞くことは難しいだろうと覚悟はしていたが、そうなるとシンシアとの関係を聞き出すのは余計に難しい。
「あなたはお医者様の修行中なんですか?」
「ええ……ただ、僕はどちらかというと、祖父がやっていた薬なんかの研究に興味があるんです」
すると、カランコロン、と薬屋のドアにつけられた鐘の軽やかな音が鳴る。
「いらっしゃ……ああ、あなたでしたか」
青年が、開いたドアの方を見て笑った。
シオンもつられてその視線の先のほうを振り返ると、そこには羽根を模した銀糸の刺繍が目を引く美しいローブを纏った男性の姿があった。
ぞっとするような、近づきがたいほどの美貌。
さらりとフードをかぶっていてもなおその隙間から光が雪のように舞う、その姿に心がざわついた。
「やあ、リヴィオくん。おや、逢引の最中だった?」
甘やかな声と、中性的な顔立ちを華やかに引き立てるサラサラとした金髪。
(天使みたいだ……)
レヴィアスをはじめて見た時に近い、芸術的な美を感じる。
金髪の男性はニコリとこちらに笑いかけてから、青年……リヴィオへと何かを差し出した。
「エリオルさん、こちらは観光客のかたですよ。恋人と一緒だったら絶対にエリオルさんに会わせません、マジで」
苦笑いしながら、リヴィオがそれを受け取った。
古びた、ノートのように見える。
思わずシオンがじっとそれを見つめていると、その視線に気が付いたリヴィオが微笑んだ。
「これ、祖父の研究ノートなんです」
「僕はオリヴィエ氏のファンでね。時々遺品を鑑賞させてもらっているのさ」
お墓参りもしてもらっちゃって……とリヴィオがはにかみながら言う。
本当に、祖父のことが大好きなのだろう。
「オリヴィエさんはいつお亡くなりになったんですか?」
「十年ほど前ですね。もう少し長生きしてくれていたら、一緒に研究できたかもしれないのに」
「そうだったんですか……」
十年前。
シンシアの屋敷の感じからすると、彼女はそのころ、恐らく眠っていたのだろう。
どんな縁かは分からないが、シンシアに知らせてあげた方が良いのだろうか。
「君もオリヴィエ氏に興味があるのかな? 良ければ僕と一緒に墓参りしようか」
案内するよ、と差し出された手を、シオンは思わず訝し気な目で見てしまう。
妙に距離が近いような……気のせいだろうか。
「ははっ、エリオルさんには注意してくださいね! たまにこの町に立ち寄っては、女の子を騒がせて去っていくんです」
近づき過ぎたらファンの子に刺されかねないですよ、とリヴィオが笑う。
これは冗談……、だよね?
「でも、本当に良ければ祖父に会っていってやってください。町の高台にある墓地に眠っています」
そういうと、リヴィオは店の奥から小さな花束を持ってきた。
あの、紫色の可憐な花だ。
「エリオルさん、お願いできますか?」
「もちろんだとも」
受け取った花束を、エリオルは胸に抱いた。
花の美しさすら、彼を引き立てる一要素に過ぎない。
そう感じるほど、エリオルは神聖な美しさを纏っていた。
(中身は軽薄な感じなのに……)
そんな失礼なことを考えながら、シオンは紫色の花束に目をやった。
「町中が、この花で溢れていますよね。なにかゆかりのある花なんですか?」
「ある時から、祖父がこの花を庭で育てるようになったそうです。それが増えて、だんだんと町中に」
「オリヴィエさんが育てていた花なんですね」
「ええ、薬草でもないものを育てるなんて、祖父にしては珍しいから……純粋に、好きだったのかなって」
オリヴィエが育てていた花が、いつの間にか町中を彩るようになった。
そのことだけでも、オリヴィエがいかに町の人々から慕われていたかがうかがえる。
「さあ、お嬢さん。エスコートするよ」
「え?えっと……」
気付けばあれよあれよという間に手をとられ、挨拶もそこそこにエリオルとシオンは店を出る。
強引なように見えて、昨夜の男のように手を強く引く様子はない。
あくまでも自然に導かれているような手の取り方に、シオンは戸惑いを隠せなかった。
「あの、エリオルさん」
往来をすたすたと通り抜けていく間にも、人の目がちらちらとこちらを向いているのが分かる。
昨日に引き続き、余りにもきれいな人の隣に並んでいる自分。
……やっぱりシオンは、少しいたたまれない気分になるのだ。
「エリオルさん、手を放してもらえませんか……?」
おずおずとシオンが言うと、エリオルはにっこりと微笑んでその手を解放する。
ふわりと、彼が手にする花束の香りが鼻先をくすぐった。
みずみずしく清廉で、甘い香り。
まるで、目の前にいる彼を、象徴するかのようだ。
シオンを見る彼の目は、笑んでいるようでいて、どこか感情を読ませない僅かな圧を感じさせる。
なぜか、シオンの背中にひやりとした汗がにじんだ。
ぎゅっと心臓を掴まれるような、体が危機を知らせている感覚。
それから、すっと屈むようにして、エリオルはシオンの耳に小さく囁く。
「……レヴィアスは元気?」
「っ!?」
シオンは、驚きのあまりその場で体を硬直させた。
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