魔王城すこや課、本日も無事社畜です!

ハルタカ

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4.魔王城の闇医者

9話

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 シオンはじわりと汗ばんだ手をぎゅっと握ってエリオルを見据えていた。
 レヴィアスの名を知るこの男が、人間なのか魔物なのか……敵なのか味方なのか。
 それを見定めるには、あまりにもエリオルは悠然、飄々としていた。

「そんなに警戒しなくて大丈夫、なにもとって食おうなんて事はしないよ」

 くすくすと笑うエリオルは、悪びれもせず再びシオンに手を差し出した。
 さすがにその手をとる勇気は、シオンには無かった。
 
 行き場を失った手をおどけてひらひら振りながら、エリオルはゆっくりと歩き出す。
 こちらがついてくるのを待つように、一歩一歩ゆっくりと。

「まあ、まずはお墓参りをしよう。僕がオリヴィエ氏のファンなのは本当だよ」

「……あなたは、何者なんですか」

 危害を加える意志があるのなら、とっくに路地裏に引き込まれているに違いない。
 だから、こちらに向けられているのはおそらく『敵意』ではない。
 ――けれど。

 人を疑うのはあまり得意ではないが、まるっきり信じるには彼の存在はあまりにも異質だった。

「僕や君が何者かっていう話は、ここでしない方がいいんじゃない?」

 ふと、我に返って周囲を見る。
 出店が並ぶメインストリートとは離れているとはいえ、観光客や町の住人が祭りを楽しみながら時折近くを通り過ぎていく。
 悔しいが、エリオルの言う通り今ここですべき会話ではなさそうだ。

「人の少ない、眺めのいいところに行った方がいいよね?」

 そういって、エリオルは艶やかな唇の端を引き上げた。

 少し距離を取りながら歩くこと数分。
 町を一望する高台に、オリヴィエの墓があった。

 リヴィオたちが丁寧に手入れをしているのだろう。
 墓石は磨かれ、その周囲の花壇には色とりどりの花が咲いていた。

 エリオルは丁寧な手つきで、墓前に花束を供える。

 シオンはその姿を一歩離れたところから見つめていた。

「オリヴィエのことについて調べていたの?」

 くるりと振り返って、エリオルはシオンに尋ねた。
 口調は変わらず柔らかく、声が甘く響く。
 耳の奥に留まるような、頭の中にするりと入り込むような声だ。

 「……町のお祭りについて、興味があったので」

 これは決して嘘ではない。
 エリオルはふうん、となにかを探るかのようにシオンを見つめた。
 
「驚いたよ、あのレヴィアスが祭りの夜店に出歩くなんてね」

 くすくす笑いながら言うその言葉のどこかに、棘を感じる。
 警戒心を高めるシオンの心を見透かし、まるで試すようにエリオルが一歩近づいた。

「オリヴィエは、シンシアの研究仲間だったんだよ」

 エリオルの口からシンシアの名が出たことに、シオンは小さく息を飲む。
 ここで迂闊に返事をしてしまったら、自分たちとシンシアの接点を認めることになってしまう。
 相手の立ち位置が分からない以上、余計な情報を与えたくはなかった。

「疫病騒ぎが起こる前、若き日のオリヴィエとシンシアは、彼女の館で日夜研究に没頭していた。人間とヴァンパイアが、だよ」

 面白いよね、とエリオルは微笑んだ。
 先ほどまでのきらきらとした美しさとは異なる、少し妖しい微笑み。

「それが、ある日を境にぱったりとオリヴィエがシンシアの館に来なくなった。シンシアは館の門を閉ざして、内にこもる様に眠りについたのさ」
 
 何があったんだと思う?
 クイズのつもりなのか、それとも彼自身もその答えを知らないのか。
 恐らく問うても彼は答えはしないのだろう。

「さっきの研究ノートには、シンシアが生み出した技術や知識、実験の結果まで詳細に書き記されていたよ。まだ、リヴィオには分からないだろうけれど」

 まさか。
 技術の持ち逃げ、裏切り……。
 
 そんな言葉がシオンの頭の中を駆け抜ける。
 いや、要らぬことを想像するべきではない、とシオンは一つ深呼吸する。

「もう一度聞かせてください。あなたは一体何者なんですか?」

 真っすぐに尋ねるシオンを見て、エリオルは再び薄く微笑んだ。

「僕はレヴィアスの古い友人でね」

 一歩、一歩、シオンの方に歩いてくる。
 何故だか、シオンはその場から動くことが出来なかった。

「君みたいな子が、彼のそばにいるなんて知らなかった」

 エリオルがゆっくりとシオンに向かって手を伸ばす。
 手のひらがするりと、シオンの頬に触れた。

 拒みたいはずなのに、体が動かない。
 恐怖のせいではなく、なにか不思議な力にからめとられたような感覚だった。
 頭では抵抗を示しているのに、体は心地よさを覚えて動かない、不気味な感覚。
 
「僕のところでゆっくり話そうか? 君の知らない世界の話、君が知らないレヴィアスの話」

 ぞくぞく、と体が粟立つ。
 エリオルの声が体に入り込み、まるで内側から肌を撫でているようだ。
 体中を緩衝材で包まれたかのように、全ての感覚が鈍く、ぼんやりと温かい。
 
「僕と一緒に来るかい?」

 いつの間にか、シオンの頬はエリオルの両手のひらでそっと包まれていた。
 ぼうっとした心地でその声を聞いていたシオンは、ぽつり、と口を開く。

 
「……仕事中ですので」


 途端に、ぷつりと何かの糸が切れたように全身の感覚が戻ってきた。
 はっとして、目の前のエリオルから距離をとる。

(いま私……何かされていた?)

 まるで自分の体が自分の物ではなくなったかのようだった。
 
「ふふっ……そっか、仕事中か」

 楽しそうに笑うエリオルは、それ以上距離を詰めようとはしてこない。
 やがて興味深そうにシオンのことをじっと見ると、ふうん、と唸る。
 
「ただの人間って訳じゃないんだね」

 エリオルがそうこぼした途端に、シオンの視界が白い何かに覆われる。
 それは、大きく、美しい純白の翼だ。
 あまりにも見事なその姿に、シオンは息を飲む。

 そして、はっきりと悟った。
 これが、天使の姿なのだ、と。
 
「ねえシオン。天使にとって一番大きな罪は何か知っている?」

 どうして名前を知っているんだろう。
 そんなことすらどうでもよくなるほどに、エリオスの姿、その神秘性は圧倒的だった。


「それはね……同族殺し、だよ」

 真っすぐに、エリオルはシオンの瞳を見据えている。
 シオンが何か言おうとしたその時、

「まって……!」

 エリオルはいかにも天使然とした優美な微笑みを浮かべて、大空へと消えていった。

 同族殺し。

 その言葉をエリオルが残した意味は一体何なのか。
 シオンは、胸がつぶされてしまいそうなその思考から逃げるように、青空を見上げた。
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