魔王城すこや課、本日も無事社畜です!

ハルタカ

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4.魔王城の闇医者

10話

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 心の内側に手を突っ込まれ、かき混ぜられたような心地悪さを伴ったまま、シオンは宿への帰路についていた。

 帰り道で簡単に昼食を済ませたが、頭の中がエリオルの言葉で埋め尽くされ、まるで味がしなかった。
 とぼとぼと交互に出される自分の足先を見つめるように俯いて、ただ歩く。
 
 午後にはシンシアの館に向かう予定だ。
 レヴィアスは、もう宿に戻っているだろうか。

 実のところ、今朝レヴィアスと顔を合わせずに済んだのはシオンにとって有難いことだった。
 昨夜レヴィアスに対する特別な感情にはっきりと気付いてしまったために、正面から顔を見る事が出来るか不安だったのだ。

 けれど、足取り重く宿に向かう今、心の中は全く違う感情で支配されていた。

「私の知らない、レヴィアスさん……」

 もちろん、ぽっと出の自分が知らないことなんて山ほどある。
 だからこそ、向き合って、会話をして、分かり合うことを大切にしてきたつもりだ。
 けれど……。

 得体の知れない恐怖が、シオンの背後から体を包むように襲ってくる。
 今まで積み重ねてきた彼に対する信頼が崩れることは無い。
 それでも、ぬかるみに足を取られるように、じわじわとエリオルの言葉が心を侵食するのだ。

(……駄目、今はシンシアさんのことを考えるのが先)

 無理やり頭を仕事モードに引き戻し、気づけば目の前には宿の扉が佇んでいた。
 ひとつ大きく深呼吸をして、その扉を押し開ける。

 ふわりと漂うコーヒーの香り。
 窓から差し込む日の光が淡く照らす先に、レヴィアスの姿があった。

 いつもと変わらないその姿に、シオンはほっと息をつく。
 エリオルの言葉一つで、目の前のレヴィアスが変貌するはずもない。
 ……大切なものを、見誤ってはいけない。

 パチン!とシオンは両手で頬を叩いて、レヴィアスに向かって微笑んだ。

「お待たせしました!」
「いえ……大丈夫ですか?」
「気合を!入れました!」

 そうですか、と呟くレヴィアスの表情が僅かに曇る。
 あまりにも不審な行動だっただろうか?
 
(全部の気持ちを飲み込もう。……とにかく、今は)

 シオンはもう一度、笑顔を顔に貼り付ける。
 じん、と頬が痛んだ。
 
 ◇

「それは何ですか?」

 馬に二人乗りしながら、再びシンシアの館への道のりを進む。
 シオンの手には、風船がひとつ。

「町のお祭りで、この風船を飛ばしていたんです。ほら、紐の根元にお花が結ばれているんですよ」

 さあ出発、というタイミングで木に引っかかっていたのを発見し、シオンが救出したものだ。
 手土産にもならないけれど、話のタネになればと持ってきた。

「この花、オリヴィエさんゆかりのものだそうで。シンシアさんにも馴染があるのかなって」

 先ほど、宿で出発の準備をしながら、オリヴィエとシンシアの関係性についてかいつまんでレヴィアスに共有した。
 エリオルと遭遇したことについては、話すべきか悩んだが今のところは伏せている。
 レヴィアスの古い友人と名乗っていたが、好意的な態度とは思えなかったからだ。
 それに、何の話をしたのか尋ねられた時に、エリオルの口から出た『同族殺し』という言葉をうまく濁せる自信がなかった。

(何も、レヴィアスさんのことをそう言ったと決まったわけでもないのに)

 再び渦を巻きそうになる思考を断ち切るように、シオンは周囲の景色に目をやる。
 森はどんどん深くなり、もう少しでシンシアの館の門扉の前というところで、ふとシオンは気が付いた。

「あ……ここにも、同じ花が咲いていますね」

 錆びた門の傍らに、ひとかたまりの紫の花。
 まるで誰かがそこを選んで植えたような、不自然な華やかさを感じる。

 馬を降り、昨日のように姿を隠す魔法を施した。
 見るからにおどろおどろしいヴァンパイアの館に踏み込もうという時に、シオンの隣にはぷかぷかと風船が浮かんでいる。

(私、もしかして凄い間抜けなことしてる?)

 改めて不安に駆られるが、レヴィアスが何かを言う様子も特にない。
 思いつきで持ってきてしまったが、何となく引っ込みもつかずそのまま手に紐をもって向かうことにした。

 「……シンシアさん、開けてください!」

 扉の前でシオンが叫ぶ。
 しん、とした森に、その呼び声がじわりと溶ける。

 さわさわと耳をくすぐるような、風に揺れる枝の音。
 時折聞こえる獲物を狙うカラスたちの声。

 それらのただ中に、シオンとレヴィアスは立ち尽くしていた。

 やがて。

 ガチャ、という重い金属が動く音が響き、閉ざされていたドアが微かに動いた。

「開けてくれました……!」

 それは対話の意志なのか、改めて追い返そうとされているだけなのか、まだ分からない。
 それでも、細く空いたそのドアの向こうに、何とかして希望を見出さなければいけないのだ。
 レヴィアスはいつものごとく、つかつかとそのドアをくぐって暗闇の中へと進んでいく。
 
 よしっ、とシオンは頷いて、遅れずその背を追いかけた。

「……あなたたちも、懲りないわね」

 昨日よりも僅かにリラックスした装いで、シンシアが二人の前に現れた。
 片手に携えたグラスには、深紅の液体が揺らめいている。

(血っ!?)

 シオンは一瞬身構えるが、ゆらゆらと軽やかに揺れるその液体に、血液のような粘度はないようだった。
 近くのテーブルに、数本のワインボトルが置かれている。
 それを見て、シオンは小さく息をついた。

「お嬢さん、それは何?」

「あっ……手土産です!」

 おずおずと風船を差し出す。
 その姿に、シンシアは氷のように冷たく笑った。

(うっ……やっぱり変だったよね)
 
 焦る心をごまかすように、シオンはへらりと笑った。
 
 シンシアの緩やかな動きにあわせて、ふわっと酒の匂いが漂う。
 一体、どれだけ飲んでいたのだろう?
 
「レヴィアス、あなたどういう教育してるのよ」
「彼女は私の部下ではありません」

(うう、それはそうなんですけど、どういう意味ですか、レヴィアスさん……)

 シンシアは呆れたような目をしながら、興味なさげに手を伸ばした。
 風船の紐を手繰るシンシアの指が、シオンの手に微かに触れる。
 酔いが回っているのだろうか。
 思いのほか、その手は温かい。
 
 風船の紐を指先でつまむと、その先の部分にシンシアの目が留まった。

 「……これは」

「お祭りで、風船を空に飛ばす時に、この花を結わい付けるのだそうで……その、オリヴィエさんにゆかりのある花だとか」

 そう、とシンシアは小さく呟く。
 いつもの強気で冷たい声とは異なる、僅かに震えるような声。
 思わずちらりとシンシアの顔を盗み見るが、彼女の長い金髪に遮られてその表情を読み取ることはできなかった。

「ねえ、オリヴィエは……どうしているの?」
 
 シンシアの問いに、一瞬シオンの喉が詰まる。
 事実をありのままに伝える。
 それだけのことのはずなのに、なぜか言葉に出すのがひどくためらわれた。
 
 それは、シオンが二人の間になにかの特別な関係性を想像してしまっているからなのだろう。

「すでに亡くなって、今は彼の子と孫が家業を継いでいる」

 レヴィアスが淡々とシンシアに向けて語る。
 
「そう」

 それを聞いて呟いたシンシアの声に、動揺は見られなかった。
 まるで、何度もこれをシミュレーションしてきたかのような、自然な呟き。
 
「あの……シンシアさんとオリヴィエさんは、長年一緒にここで研究をされていたんですよね?」

 一歩踏み込んで、シオンが尋ねる。
 その瞬間、シンシアの表情がぴしりと凍り付いたように見えた。

「あら、誰から聞いたのか知らないけれど、あなたが想像するような甘~い関係じゃないわよ」
 
 くい、とグラスに残ったワインをあおり、シンシアが再び冷たい笑みを浮かべる。
 ワインに似たルージュの赤が艶めかしい。

「あの子は私のモルモット。私の研究に弄ばれただけの、可哀想な男よ」

「モルモット……?」

 ぞく、とシオンの体に悪寒が走る。
 シンシアの研究とは、いったいなんだっただろうか。
 魔王城から追放されるほど、恐れられ、忌避された研究。
 
 不意に、シオンの足元を何かが走り抜けるような気配がした。

「きゃっ……!」

 驚いて僅かに飛びのくと、そこには大きな黒猫の姿があった。
 ニャー、とあくびをしながら鳴くその姿に、シオンは安堵の息を吐く。

 が、その腹部に異様なものを見つけて戦慄した。

 猫の腹部には切り裂かれたような傷が走り、まるでその傷を埋めるように蛇の鱗状の皮膚が張り巡らされている。
 それは飾りではなく、猫の鼓動に合わせて確かに脈打っているようだった。

 息を飲んで、シオンは数歩後ずさりする。
 とん、と背中にレヴィアスの腕が振れた。
 驚きに震えるシオンの体を、そっと支えてくれているようだった。
 
 気付けば薄ぼんやりとランプに照らされている館のあちこちに、どこか違和感のある動物たちのはく製が飾られている。
 竜のたてがみのような背びれを持った大きな魚。
 不自然な骨の継ぎ目から蝙蝠の羽根の骨格が伸びる、狼の標本。

「何……これ……」
 
 一瞬、呆けたように言葉が漏れる。
 それから、おぞましいものに囲まれていることを一瞬にして理解し、シオンはぎゅっと目を閉じた。

 ――オリヴィエは、シンシアの研究に弄ばれた――
 
 その言葉の意味を理解することを、脳が激しく拒絶している。

 「恐ろしさがわかったかい?オリヴィエの子供たちだか知らないが、その子らに決して伝えちゃいけないよ」

 オリヴィエがどんな目にあったか……なんてね。
 妖しさをまとう唇を歪ませて、シンシアがそう忠告した。

 その不気味さが館の空気を一瞬にして凍り付かせる。
 漂うはずのない血の匂いすら感じさせるかのように、彼女のその言葉がずしりとシオンの心にのしかかった。
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