魔王城すこや課、本日も無事社畜です!

ハルタカ

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5.魔王城アカデミー

4話

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 翌日、朝食もそこそこにシオンは執務室で資料を作っていた。
 スマホもパソコンも無い世界で資料を作るのは骨が折れる。

 指はインクで真っ黒になり、学生時代以来のペンだこも出来てきた。
 心なしか、罫線が無い紙にも真っすぐに文字を書くのが上手くなってきた気がする。

「はあ……」

 ペンを動かす手を止めて、シオンはひとつため息をついた。
 ガチガチに固まった体を軽くストレッチして伸ばす。
 ぱきぱき、と体のどこかで骨が鳴る音がした。
 
 結局ほとんど眠れずに、夜通し紙とペンを前にうんうんなっていたのだ。
 窓から差し込む朝日に目がくらむ。
 棺から出たヴァンパイアは、こんな気分なのかもしれない。

 気分転換に、机の上に積まれている書類の一つを手に取る。
 仕事の気分転換は、別の種類の仕事と相場が決まっているのだ。

「カイレンの報告書……か」

 レヴィアスの負傷のニュースで騒がしくなっていた城内は、変異モンスターの散発的な発生によりあわただしさを増していた。
 シンシアの解析により、サンドワームの変異箇所にも不自然な……つまりは誰かが意図して設計した変異が確認できたのだ。

 加えてここ数日、はっきりと遭遇したわけではないものの、変異したモンスターと思しき生物の目撃情報が増えている。
 カイレンの報告書には、その目撃情報があった地域周辺の見回り報告や、変異元と思しきモンスターの生体などが丁寧にまとめられていた。

「今回は、爪と牙が異常に発達したパイロリザード……」

 いわゆる火吹きトカゲとして、砂漠地帯や火山帯に生息するモンスターだ。
 別の報告書で、既にカイレンが生態調査を行っており、その時点で特別な変異は見られなかったとある。

 パイロリザードの変異体と思われる生物が目撃されたと一報を受けた時の、カイレンの落ち込みようと言ったらひどかった。 
 自分が調査して、問題ないと判断したモンスターが立て続けに変異体となって発見されるのだ。

 私の目は節穴ですう……と真っ青になりながら壁に向かって項垂れる姿は、可愛らしくも、痛々しくもある。
 カイレンの調査の丁寧さは誰もが知るところであり、ぬかりがあったとは思われていない。
 それでも、こうも事が続くと、さすがに本人は気が滅入るだろう。
 
「うーん、本来生息するはずのない、人間の集落に近い森林地帯で目撃の声……か」

 魔王城としてどこまで事態に介入するかは悩ましいところだ、とバルドラッドが漏らしていた。
 人間がこの事態に気が付いているのかは分からない。

 かつ、気が付いていたとして、鎮圧することが出来るのだろうか。
 シオン達が訪れた港町でさえ、変異し狂暴化したモンスターとやりあえる戦力が揃っているとは思えなかった。

 王都から派遣されてくる騎士団を待っているうちに、集落がパイロリザードに焼き払われる可能性は高そうだ。

(とはいえ、人間の集落を魔王城が守る理由は無いんだよね……)

 前回の土蜘蛛は、レヴィアスとシオンが突発的に変異体と遭遇し、原因不明の変異の詳細を知るためのサンプルとして討伐した側面が大きい。
 
 今回パイロリザードの目撃情報が出ている森林地帯を、主たる生息域にしている魔物は存在しない。
 魔物達が受ける影響はゼロとはいいがたいが、人里に近いところで積極的に介入して、危険を冒して討伐する必要があるかというと、微妙なところなのだ。

 とはいえ、変異モンスターが魔物の生息域に与える影響は計り知れない。
 いつ、住処を追われた魔物たちが魔王城に押し寄せるともわからない状態なのだから、受け入れに備えることは無駄にならないはずだ。

 シオンが再び手元のノートと睨めっこを始めようとした時、執務室の扉がノックされた。

「やあシオン、いる?」

「はい! どうぞ」

 手をひらひらと振りながら、執務室に姿を見せたのは、ノイルだった。
 サンドワームの一件がひとまず終息したこともあり、魔塔の面々を引き連れてノイルも魔王城へ帰還しているとは聞いていた。

「ノイルさん、お疲れ様です。魔塔の皆さん、忙しくて体を壊したりしていませんか?」

 ノイルの顔色は、ハーピーの里にいた頃よりも血色よく見える。
 それでも目の下に常駐しているクマは、今日も青くノイルの幼げな顔立ちに影を落としていた。

「んー、シオンの提言のおかげでね。皆で交代しながら休暇を取ることにしたみたいだよ」

「そうですか! 皆さんの疲れが和らぐと良いですね」

 バルドラッドに掛け合ってみてよかった、とシオンは胸をなでおろす。
 魔塔に関して言うと、人員増加は簡単ではない。
 マンパワーがあればいい、という訳にもいかず、やはり専門性やセンスが物を言うところが大きいからだ。

「……いずれは、魔塔の人材育成も整備したいと思っているんですけどね」
 
「人が増えるのは有難いけど、結構注文つけちゃうかもな~」

 ノイルは、ふにゃりとした笑顔を浮かべながらも、きっぱりとそう言った。
 魔塔の人材ハードルを越えるのは、なかなか難しそうだ。

「ところで、今日はどうされたんですか?」

 シオンの方から魔塔に出向くことは度々あったが、ノイルが自らすこや課の執務室を訪れることはほとんどなかった。
 応接セットのソファに腰かけるノイルの姿が新鮮だ。
 
 折角なのでコーヒーでも……とシオンが湯を沸かし始める。
 
「バルドラッドに言われてきたんだけど……君が持っているギフトの使い方、知りたい?」

 それは意外な言葉だった。
 バルドラッドとのやり取りの中では、具体的なギフトの説明があったわけでもなく、半分はぐらかされたように感じていたからだ。

「教えていただけるんですか?」

 思わず前のめりになりながら、淹れたばかりのコーヒーをノイルの目の前にコトッと置く。
 ノイルはコーヒーカップを手に取って、くん、と香りを楽しんでいるようだ。

「僕が直接ってわけじゃないけどね、魔塔のメンバーひとり貸してあげるよ」

「それはありがたいです! けど、お仕事の方は大丈夫なんでしょうか?」

「魔塔の新人なんだよね~。研究のメインどころはまだ任せていないから、スケジュールは融通きくよ」
 
 ずず、とコーヒーを一口すすって、ノイルはぽちゃんぽちゃんと角砂糖を三つ、四つと入れていく。
 シオンはミルクを彼に勧めながら、思いがけぬ提案に喜びをあらわにした。

「ぜひお願いします!」

 シオンが差し出したミルクをたぷたぷとカップに注ぎながら、ノイルは上目遣いにシオンを見つめている。
 長いまつ毛がふわふわと、瞬きのたびに揺れる。
 その目に険はないものの、何かを見定めるような目つきのように感じた。

「力の使い方は任せるけど……、僕はべつに君が戦場に出る必要は無いと思うな」

「え……?」

「んー……まあ、いいやあ。じゃあ、用事はそれだけ。後で連絡させるし、本人同士で日程決めてすすめていいよ」

 大量のミルクでほとんど真っ白になったコーヒーを、グイっと飲み干す。
 ごちそうさま~、といかにもおっとりした口調で告げると、ノイルはさっさと執務室の出口へと歩いて行った。

「あ、そうそう」

「はい?」

 くるっと振り返ったノイルが、自分の目の下を指さす。

「クマ、凄いよ」

 そう指摘されて、シオンは慌てて目の下を指で押さえる。
 そっとマッサージするようにくるくると刺激すると、じわりと温まって血行が良くなっていくような気がした。

「ご指摘ありがとうございます……でも、ノイルさんの方がひどいですよ」

 シオンが笑うと、ノイルもつられて微笑んだ。

「僕のは年季がはいってるからねえ」

 年齢不詳の悪魔にそう言われてしまうと、シオンにはもう言い返す言葉も見つからなかった。
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