魔王城すこや課、本日も無事社畜です!

ハルタカ

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6.守りたいもの

2話

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「レヴィアスさん」

 執務室のドアをノックし、声をかける。
 しばらくじっと待つが、あいにく返事は無いようだ。
 ここ最近の幹部たちの忙しさは際立っていて、不在にしていても不思議はない。
 仕方ない、とシオンがドアの前から立ち去ろうとすると、ちょうど廊下の向こうにバルドラッドと並び立つレヴィアスの姿が見えた。
 
 一瞬、声をかけようかと口を開く。
 しかし、二人の表情は固く、城内のぴりついた空気と相まって何とも呼びかけ難い。

(私の用事は、急ぐものじゃないし……)

 時間を改めよう、と彼らに背を向けた時だった。

「シオン、ちょっといいかな?」

 バルドラッドに呼び止められて、一歩踏み出そうとした足をピタリと止める。
 外から持ち込まれた雨水でところどころ濡れている床が、きゅっと音を立てた。

「はい、なんでしょうか」

 顔をあげてふたりを振り返る。
 ふとレヴィアスと目線が合い、顔を見ると先ほどまでの氷のような表情が少し和らいでいるように見えた。
 それに合わせて、切れ長の目尻に疲労の色が滲んでいるのに気が付く。

「ひとつ仕事を頼まれてくれない?」

「……バルドラッド様、ですからそれは……」

 軽い調子でシオンに近づいてくるバルドラッドを、レヴィアスが鋭い声で制そうとする。
 しかし、それに怯むような魔王様ではない。

「何でしょう?」

 シオンはそんなレヴィアスの様子を不思議に思いながら、バルドラッドに視線を向けた。
 バルドラッドの笑顔は、いつも軽やかで妖しく、いたずらにこちらの警戒心をくすぐってくる。

「人間の村に、交渉に行ってほしい」

「それは、もしかして……」

 このタイミングで指示が出るとしたら、思い当たる場所はひとつ。
 
「そう、パイロリザードの姿が発見されている地域にある、小さな村」

 バルドラッドの言葉を聞いて、レヴィアスが眉間に深いしわを刻んだ。
 それを横目に見たバルドラッドが、唇の端をにやりと引き上げる。

「レヴィ、嫌だって言ってもきけないよ。どう考えても適任でしょ」

 からかうような口調が、いつの間にか激しくなった雨音の中で妙に軽快に響いた。
 人間との交渉役として、同じ人間のシオンが出向くのはある意味自然なことで、納得感がある。
 
「交渉というか……事情の説明に近いイメージでしょうか?」

 シオンは、頭の中でぼんやりと筋書きをなぞりながらバルドラッドに問う。
 圧力をかけたい交渉ならば、シオンではなく獣人や悪魔など、わかりやすく強そうな人材を送り込むだろう。

「そういうこと。正直このタイミングで人間と揉めたくないんだよね」

 やれやれ、という顔をして、バルドラッドは廊下の大窓の外を指さした。
 ぼたりと落ちてきそうな程重たい黒雲が、山の向こうまで続いている。
 青々としていた森の頭には、ここのところ毎日のように白い靄がかかっていた。
 ……よく見ればそれが木々を打つ激しい雨粒が生んだ飛沫だと気付く。

 やはり、この天候は魔物たちにとっても異常事態なのだ。

 「パイロリザードの討伐に出てもいいんだけどさあ……正直この雨で被害が出てる地域の手当ての方が急務でしょ」
 
 こうしている間にも、窓の外で巡回隊員たちが物資をもって出発していく姿が後を絶たない。
 たしかにこの状況で人手を分散させながら、パイロリザードや下手をすれば人間とも対立を深める……というのは避けたい。

「ま、最悪パイロリザードの討伐はうちで持つって宣言してきてもいいから、とりあえず雨が止むまで落ち着けって言ってきてほしいんだよね」

「そ……そんな適当な感じですか」

 ありていに言えばその通りなのだが、なんだか気が抜ける。
 ははは、と愛想笑いをしながら、シオンはふとひとつ思い出す。

「そういえば、山岳地帯にすむ竜族というのは……」

 ――火竜ストラウド。
 魔王城内で聴いたことは無い名前だ。
 バルドラッドにむかって尋ねると、彼はうーん、と表情を曇らせた。

「竜族の中でもじいちゃんでね、俺、苦手なんだよね……」

「交流はあるんですね」

 魔王城の中でも竜族の扱いは特殊だ。
 希少な種族で力は強大、自分の縄張り以外には興味を示さず、群れも作らない。
 長い間ただ眠るものもいれば、いたずらに人里を荒らすものもいる。

 魔王城に属している竜族は厳密にはいない。
 
「ずーっと昔だよ。まあ正直、今回の件で言うと人間と揉めたくないっていうか、火竜のじいちゃんと揉めたくないっていうか……」

「珍しくしどろもどろですね……」

 頬を掻きながら遠い目をするバルドラッドに、思わずシオンは苦笑いする。
 なるほど、やりたい放題の魔王様にも苦手なものは存在するようだ。

「パイロリザード云々が火竜のせいだって機運が盛り上がって、まかり間違って山に攻め入るとか、火を放つとか、そいういう阿呆なことはさせられないね」

 とばっちりでじいちゃんに魔王城焼かれかねないよ、とバルドラッドは肩を竦めた。

(むむ……そうなると、なんだかちょっと責任重大なのでは……)

 じわりと背中に汗をかき始めたシオンの様子を見て、レヴィアスが口を開く。

「バルドラッド様、やはり私が……」

「駄目だっての」

 人差し指を立てて、バルドラッドがぴしゃりとレヴィアスを制する。

「レヴィは長雨の被害の復旧指揮を執ってもらわないと困る」

「それは……バルドラッド様が直接」

「やだ、濡れるもん」

 レヴィアスの眉間のしわが更に増えた。
 そのふたりのやり取りに、シオンは思わず噴き出した。
 緊張で硬直しそうだったからだが、その勢いで少しだけほぐれる。

「大丈夫です、しっかり準備していってきますね」

 分かりやすく顔を曇らせているレヴィアスをなだめるように、シオンは笑顔を浮かべた。
 普段はほとんど変わらない彼の表情が、ここのところよく動くようになった気がしてどこかくすぐったさを感じる。

「頼むよお~、護衛は巡視隊のなかから、なるべく相手を威圧しないタイプの子で出して」

「……わかりました」

 渋々、という様子でレヴィアスが頷くと、バルドラッドは満足そうに笑った。
 邪悪の化身のような笑顔を浮かべることもあるけれど、バルドラッドにはやはりこの少年のような顔が良く似合う。

 ……大丈夫。
 シオンは心の中で自分を鼓舞した。
 自分にもできる事がある……ここにいる意味がある。
 そう唱えてから、窓の外を見る。

 ずっしりと山にもたれかかるような分厚い雲の向こうに、きっと太陽が待っている。
 今はそう信じるしかないのだ。
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