魔王城すこや課、本日も無事社畜です!

ハルタカ

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6.守りたいもの

3話

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「で、シオンはレヴィアスの部屋の前で何してたの?」

 そういえば、というようにバルドラッドが首をかしげる。
 シオンは慌てて両手を振った。

「あ、急ぎの要件ではなかったんです。ちょっと過去のこの時期の降雨量とか……そのあたりを調べようかと」

「それ、情報ほしいかも。必要な資料だけもって、アカデミーの生徒にやらせられない?」

 なるほど、自分でまとめようと思っていたが、アカデミーの新人たちに任せるにはちょうどいい。
 バルドラッドに「そうします」と短く伝えて、シオンは忘れないようにノートに書き込む。
 ここ数日で生徒の人数が増えている。
 読み書きが不慣れな子もいるから、練習にもなるだろう。
 
「じゃ、頼んだね」

 そう言ってバルドラッドはつかつかと廊下を歩いていく。
 ……相変わらず、嵐のような人だ。

 その後ろ姿を見送ると、あっという間にあたりはしんと静まり返った。
 城内の人気のなさが、やはりこの天候の異常事態を物語っているようだ。

「それでは、資料を」

 静かにそう言って、レヴィアスは執務室のドアを開いた。
 彼もこの後すぐに、災害が起きている現場へと向かうのだろう。
 その前に、ひと目見ることが出来て良かった、とシオンはほっと息を吐いた。
 
 後ろ手にドアを閉め、資料棚へと向かう。
 先日の資料整理のかいあって、お目当てのものはすぐに見つかった。

 ぱらぱら、とその場で紙をめくり、簡単に中身を確認する。
 すると、レヴィアスがこちらをじっと見ていることに気が付いた。

 視線が何だかくすぐったくて、シオンはふふっと笑う。

「どうしましたか?」

「いえ……あまり、危ないことはしないでいただきたい、と思っていました」

 レヴィアスの顔はどこか曇ったままで、それがどうやら自分に向けられた心配のせいだ、とシオンは気付く。
 存外、レヴィアスは過保護だ。

 うぬぼれでは、と囁く自分の心に今だけは少し蓋をして、曇ったレヴィアスの表情をじっと見つめる。
 
 ――愛おしい、と思った。

「大丈夫です、巡視隊の皆さんにはご負担お掛けしますが、しっかり協力して頑張ってきますね」

 持てる限りの自信を、精いっぱい表に見せてシオンは笑う。
 それでも、レヴィアスの眉間にはしわが走ったままだ。

「……ギフトを、使いましたね?」

 どきり、とシオンの心臓が跳ねた。
 決して責める口調でないことは、理解している。
 
 静かな確認。
 それが、まだ迷いのあるシオンの心には重たく響いた。

「は……い、巡視隊員のかたの怪我に、少しだけ」

 シオンが呟くと、レヴィアスは小さく息をついた。
 悪いことをした、とは思っていない。
 それでも、何故だか気まずさが心の中に渦巻いている。

「ナナリーが見かけて、報告をしてくれました。……わかっているとは思いますが、その力はあなたを危険に巻き込みかねません」

 あの時感じたナナリーの視線。
 見えないようにそっと治したつもりだったけれど、彼女には気付かれていたのだ。

「……でも、後悔はしていません」

 少し視線を彷徨わせながら、シオンはレヴィアスの瞳をゆっくりと見つめた。
 彼の言わんとしていることは理解できる。
 あの、ナナリーから送られた視線の鋭さも、恐らくは同じ理由からくるものだろう。

「ひけらかすつもりもありません。信頼できる医療班がいますから」

 この力は、シオンにとってのお守りなのだ。
 自分の存在価値を、もしかしたらわかりやすく証明してくれるかもしれない頼みの綱。

 突然降ってわいたこの力にすがりたくはないと思う自分と、どこかで安心している自分。
 そのはざまで、シオンの心はずっと、静かに揺れていた。

「それでも、……もしもの時には、こんな私でも役に立つことが出来るのかも、って」

 カタカタ、と一瞬の突風で窓が揺れる音がする。
 
 忘れようとしていた気持ちが、シオンの心の奥から湧き出てくる。
 どうしようもない劣等感と、無力感。
 とても正視できなかった無価値な自分。

 これ以上こぼれ出ないでと願い、シオンは口を引き結ぶ。

「あなたは……勘違いをしています」

 レヴィアスが呟いた。
 頭上から降る彼の声は、温かい雨のようだ。

「あなたが『ここ』にいるのは、ギフトがあるからではありません」

 彼はいつも、欲しい言葉を与えてくれる。
 シオンは目の奥がツンとするのを感じていた。

 胸がじわりと温かくなる。
 それでも背後には、あのひやりとした焦燥感が張り付いているのだ。

 ――もう少し。
 もう少しで、背中から手を伸ばす自分の亡霊を置き去りにできそうなのに。

「ふたりのときなら、いいですよね?」

 きゅっとつまった喉を少し震わせながら、シオンはレヴィアスに向かって微笑んだ。
 少し赤く充血して見える彼の目元に、シオンはそっと手を添えた。

 それからじわりと、自らの体温をそっと体外に押し広げるかのように空気を震わせる。
 
 ほんの数秒。
 窓を叩く雨の音と、手元の紙がかさりと鳴る小さな音が、柔らかに広がった。

 シオンはそっと手を離す。
 指の隙間から、まるで冬の空のように青い彼の瞳が見えた。

 長いまつ毛が、指先に触れる微かな感触。
 
 抑えきれない感情があふれてしまわないように、シオンはさっと手を引き、もう一度微笑んだ。
 
 彼が傷を負うのなら、全てなげうって癒してあげたい。
 大きな、冷たい手を取って、体温全てを使って温めてあげたい。

 こんなにも私は貪欲な生き物だったのか。

「……それじゃあ、行きますね」

 わざと少し大きな音を立てて書類を持ち直し、シオンはレヴィアスにむかって一礼する。
 ぴくりとレヴィアスの腕が動くのを察知して、それから逃げるように体を翻してドアへと向かった。

 これ以上触れてはいけない。
 シオンはぎゅっと書類を抱きしめ、レヴィアスの執務室を後にした。
 
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