63 / 96
6.守りたいもの
4話
しおりを挟む
パタパタパタ、雨が勢いよく体を叩く音がする。
何とかぬれずにすんでいるのは、ドラン工房謹製のレインコートのお陰だ。
「思ったより暖かいですね」
雨に濡れてじわじわと体を冷やすことを想像していたのだが、一流の仕事はいつだって期待以上だ。
頭からくるぶしまですっぽりと覆い隠してくれるレインコートをしげしげと眺めながら、シオンは同行者のふたりに声をかけた。
「それに、裾の葉っぱ柄が可愛いですっ」
うきうきと声を弾ませて微笑む彼女は、エルフ族のベル。
大きめのフードの中で、彼女のふわふわとした茶色い髪が揺れている。
「村が見えてきています。ちょっと、しゃっきりしてくださいね!」
先頭を歩く小柄な青年が元気よくこちらを振り向いた。
小さな角を黒髪で隠しているが、彼は立派な鬼族だ。
「はーい、ユウリ先生」
ベルがぴっと手をあげて笑う。
それを見たユウリはわかりやすく頭を抱え、ため息をついた。
目的地の少し手前で飛竜を降り、出来るだけ威圧感を与えないように雨の中を三人で歩く。
大きな武器を持たず、ユウリは手甲と腰の短刀だけ。
ベルはスズランの花を模した可愛らしい杖を携えている。
「大丈夫ですよっ、私たち可愛い属性ですから、人間もメロメロですっ」
「そ、そうかな?」
謎の自信をのぞかせるベルの言葉にシオンは曖昧に笑う。
それでも彼ら二人の実力は確かなもので、和やかながらも周囲の警戒は決して怠っていない。
「それにしても、やっぱり雨の被害はひどいですね」
真面目な顔をしてユウリが呟く。
その言葉に、シオンも静かに頷いた。
川が氾濫した跡が見られたり、山の一部が崩れ落ちていたり……この分では、村の田畑も使いものにはならないだろう。
王都から離れた、言い方は悪いが辺鄙な村だ。
食糧事情やライフラインも、自力で何とかしなければいけないのであろうことを想像すると心が痛む。
「……ちょっと変わった建物が多いですね?」
手で双眼鏡を作るようにしながら、ベルが不思議そうな声を上げた。
確かに、ここから見える建物は木造建築が多く、どこか古い日本家屋を思わせた。
「本当ね。以前見た港町の建物は、レンガ造りのものも多かったけれど……」
天気も相まって、どこかさびれた、物寂しい雰囲気が漂っている。
ゴロゴロ、と山の方から雷の音が響き始めた。
「わっ、やだやだ、早く村に行きましょう!屋根の下にくらい入れてくれるんじゃないですか?」
ベルが雷鳴に飛び跳ねながら、足を速める。
一層強まる雨足に体を打たれ、水を滴らせながら、三人はいそいそと村へと向かった。
◇
「入口まで来ましたけど……誰もいませんね」
ぐるりと、形ばかりに村の周りを囲う木の柵をポンポンと触りながら、ユウリは目を細めて村の中をきょろきょろと探っている。
手近な村人に声をかけて村長を呼んでもらおうなどと思っていたが、あまりにも人の姿が見えない。
民家もすっかり戸を閉め切って、中の様子をうかがうのは難しそうだ。
「手近なところを訪ねてみますか?」
困った様子でユウリがシオンを振り返った。
そうね……とシオンが一歩村の中に踏み入れようとしたその時、ベルがあっ!と声を上げた。
「あそこ、女の子がいる」
指をさしたその先には、なぜか体をずぶ濡れにさせながら、小さな櫓の上に座り込む黒髪の少女の姿があった。
「何してるんでしょう……人間ならあっという間に風邪ひいちゃいますよ」
怪訝な顔をして、ユウリが首を傾げた。
座り込んだ少女は何をするでもなく、ただ時折空を見上げては俯いて、を繰り返している。
櫓の四隅には紫陽花に似た花が活けられており、よく見るとそれは何かの祭壇のようにも思えた。
「……他に人もいないものね。声をかけてみましょう」
周囲をきょろきょろと確認しながら、シオン達はゆっくりと村の中へ足を踏み入れた。
舗装もされていない、何年もかけて踏み固められてきたのであろう土の道を歩く。
古びた建物も多いが手入れはされており、人の姿は無いものの生活感は残されている。
それでも、この村は少し不気味な静けさをまとっているように感じられた。
「あの……こんにちは」
櫓の上で目を閉じる少女に、シオンが声をかける。
雨のせいで足音も聞こえなかったのだろう。
少女はびくっと体を震わせて、勢いよくこちらを見た。
「……た、旅の方ですか……?」
か細い、怯えたような声。
フードを目深にかぶっている三人は、一見すると魔物だとは分からないはずだ。
それでも異様に人目を気にするようにして体を震わせる少女の姿に、シオンは違和感を覚えた。
「はい。この村の代表者の方……村長さんは、いらっしゃいますか?」
彼女の緊張をほぐすように、シオンはゆっくりと、できるだけ穏やかに語り掛けた。
その長い黒髪や身にまとったワンピースは絞れば水が流れ出るほどにぐっしょりと濡れている。
体は小さく震えているようだった。
「風邪をひいてしまいますよ。一緒にコートに入りませんか?」
シオンが両手を差し出すと、少女の瞳が大きく見開かれ、動揺したように揺れた。
少女は素早く櫓から降りると、小さな声で「人を呼んできます」と言ってから村の奥へと駆けて行った。
「……どうしたのかしら」
ぽつりと呟くシオンの手を、くいっとベルが引っ張った。
振り返ってみると、彼女の表情はすっと陰り、あどけない笑顔は消えていた。
「あの子……混血だよ」
その声を聞いて、ユウリもきゅっと眉をひそめる。
――混血。
つまり、人間と何かの、という事だろうか。
様々な考えがシオンの脳裏を駆け巡る。
それはやがて、彼女がこのひどい雨の中誰にも見守られることなく、櫓にひとり座り込んでいた光景と結びつく。
シオンは、自分の肌がぞわりと粟立つのを感じていた。
何とかぬれずにすんでいるのは、ドラン工房謹製のレインコートのお陰だ。
「思ったより暖かいですね」
雨に濡れてじわじわと体を冷やすことを想像していたのだが、一流の仕事はいつだって期待以上だ。
頭からくるぶしまですっぽりと覆い隠してくれるレインコートをしげしげと眺めながら、シオンは同行者のふたりに声をかけた。
「それに、裾の葉っぱ柄が可愛いですっ」
うきうきと声を弾ませて微笑む彼女は、エルフ族のベル。
大きめのフードの中で、彼女のふわふわとした茶色い髪が揺れている。
「村が見えてきています。ちょっと、しゃっきりしてくださいね!」
先頭を歩く小柄な青年が元気よくこちらを振り向いた。
小さな角を黒髪で隠しているが、彼は立派な鬼族だ。
「はーい、ユウリ先生」
ベルがぴっと手をあげて笑う。
それを見たユウリはわかりやすく頭を抱え、ため息をついた。
目的地の少し手前で飛竜を降り、出来るだけ威圧感を与えないように雨の中を三人で歩く。
大きな武器を持たず、ユウリは手甲と腰の短刀だけ。
ベルはスズランの花を模した可愛らしい杖を携えている。
「大丈夫ですよっ、私たち可愛い属性ですから、人間もメロメロですっ」
「そ、そうかな?」
謎の自信をのぞかせるベルの言葉にシオンは曖昧に笑う。
それでも彼ら二人の実力は確かなもので、和やかながらも周囲の警戒は決して怠っていない。
「それにしても、やっぱり雨の被害はひどいですね」
真面目な顔をしてユウリが呟く。
その言葉に、シオンも静かに頷いた。
川が氾濫した跡が見られたり、山の一部が崩れ落ちていたり……この分では、村の田畑も使いものにはならないだろう。
王都から離れた、言い方は悪いが辺鄙な村だ。
食糧事情やライフラインも、自力で何とかしなければいけないのであろうことを想像すると心が痛む。
「……ちょっと変わった建物が多いですね?」
手で双眼鏡を作るようにしながら、ベルが不思議そうな声を上げた。
確かに、ここから見える建物は木造建築が多く、どこか古い日本家屋を思わせた。
「本当ね。以前見た港町の建物は、レンガ造りのものも多かったけれど……」
天気も相まって、どこかさびれた、物寂しい雰囲気が漂っている。
ゴロゴロ、と山の方から雷の音が響き始めた。
「わっ、やだやだ、早く村に行きましょう!屋根の下にくらい入れてくれるんじゃないですか?」
ベルが雷鳴に飛び跳ねながら、足を速める。
一層強まる雨足に体を打たれ、水を滴らせながら、三人はいそいそと村へと向かった。
◇
「入口まで来ましたけど……誰もいませんね」
ぐるりと、形ばかりに村の周りを囲う木の柵をポンポンと触りながら、ユウリは目を細めて村の中をきょろきょろと探っている。
手近な村人に声をかけて村長を呼んでもらおうなどと思っていたが、あまりにも人の姿が見えない。
民家もすっかり戸を閉め切って、中の様子をうかがうのは難しそうだ。
「手近なところを訪ねてみますか?」
困った様子でユウリがシオンを振り返った。
そうね……とシオンが一歩村の中に踏み入れようとしたその時、ベルがあっ!と声を上げた。
「あそこ、女の子がいる」
指をさしたその先には、なぜか体をずぶ濡れにさせながら、小さな櫓の上に座り込む黒髪の少女の姿があった。
「何してるんでしょう……人間ならあっという間に風邪ひいちゃいますよ」
怪訝な顔をして、ユウリが首を傾げた。
座り込んだ少女は何をするでもなく、ただ時折空を見上げては俯いて、を繰り返している。
櫓の四隅には紫陽花に似た花が活けられており、よく見るとそれは何かの祭壇のようにも思えた。
「……他に人もいないものね。声をかけてみましょう」
周囲をきょろきょろと確認しながら、シオン達はゆっくりと村の中へ足を踏み入れた。
舗装もされていない、何年もかけて踏み固められてきたのであろう土の道を歩く。
古びた建物も多いが手入れはされており、人の姿は無いものの生活感は残されている。
それでも、この村は少し不気味な静けさをまとっているように感じられた。
「あの……こんにちは」
櫓の上で目を閉じる少女に、シオンが声をかける。
雨のせいで足音も聞こえなかったのだろう。
少女はびくっと体を震わせて、勢いよくこちらを見た。
「……た、旅の方ですか……?」
か細い、怯えたような声。
フードを目深にかぶっている三人は、一見すると魔物だとは分からないはずだ。
それでも異様に人目を気にするようにして体を震わせる少女の姿に、シオンは違和感を覚えた。
「はい。この村の代表者の方……村長さんは、いらっしゃいますか?」
彼女の緊張をほぐすように、シオンはゆっくりと、できるだけ穏やかに語り掛けた。
その長い黒髪や身にまとったワンピースは絞れば水が流れ出るほどにぐっしょりと濡れている。
体は小さく震えているようだった。
「風邪をひいてしまいますよ。一緒にコートに入りませんか?」
シオンが両手を差し出すと、少女の瞳が大きく見開かれ、動揺したように揺れた。
少女は素早く櫓から降りると、小さな声で「人を呼んできます」と言ってから村の奥へと駆けて行った。
「……どうしたのかしら」
ぽつりと呟くシオンの手を、くいっとベルが引っ張った。
振り返ってみると、彼女の表情はすっと陰り、あどけない笑顔は消えていた。
「あの子……混血だよ」
その声を聞いて、ユウリもきゅっと眉をひそめる。
――混血。
つまり、人間と何かの、という事だろうか。
様々な考えがシオンの脳裏を駆け巡る。
それはやがて、彼女がこのひどい雨の中誰にも見守られることなく、櫓にひとり座り込んでいた光景と結びつく。
シオンは、自分の肌がぞわりと粟立つのを感じていた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
【最強モブの努力無双】~ゲームで名前も登場しないようなモブに転生したオレ、一途な努力とゲーム知識で最強になる~
くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
アベル・ヴィアラットは、五歳の時、ベッドから転げ落ちてその拍子に前世の記憶を思い出した。
大人気ゲーム『ヒーローズ・ジャーニー』の世界に転生したアベルは、ゲームの知識を使って全男の子の憧れである“最強”になることを決意する。
そのために努力を続け、順調に強くなっていくアベル。
しかしこの世界にはゲームには無かった知識ばかり。
戦闘もただスキルをブッパすればいいだけのゲームとはまったく違っていた。
「面白いじゃん?」
アベルはめげることなく、辺境最強の父と優しい母に見守られてすくすくと成長していくのだった。
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
伯爵令嬢アンマリアのダイエット大作戦
未羊
ファンタジー
気が付くとまん丸と太った少女だった?!
痩せたいのに食事を制限しても運動をしても太っていってしまう。
一体私が何をしたというのよーっ!
驚愕の異世界転生、始まり始まり。
魔晶石ハンター ~ 転生チート少女の数奇な職業活動の軌跡
サクラ近衛将監
ファンタジー
女神様のミスで事故死したOLの大滝留美は、地球世界での転生が難しいために、神々の伝手により異世界アスレオールに転生し、シルヴィ・デルトンとして生を受けるが、前世の記憶は11歳の成人の儀まで封印され、その儀式の最中に前世の記憶ととともに職業を神から告げられた。
シルヴィの与えられた職業は魔晶石採掘師と魔晶石加工師の二つだったが、シルヴィはその職業を知らなかった。
シルヴィの将来や如何に?
毎週木曜日午後10時に投稿予定です。
【完結】憧れの異世界転移が現実になったのですが何か思ってたのと違います
Debby
ファンタジー
【全話投稿済み】
私、山下星良(せいら)はファンタジー系の小説を読むのが大好きなお姉さん。
好きが高じて真剣に考えて作ったのが『異世界でやってみたい50のこと』のリストなのだけど、やっぱり人生はじめからやり直す転生より、転移。転移先の条件として『★剣と魔法の世界に転移してみたい』は絶対に外せない。
そして今の身体じゃ体力的に異世界攻略は難しいのでちょっと若返りもお願いしたい。
更にもうひとつの条件が『★出来れば日本の乙女ゲームか物語の世界に転移してみたい(モブで)』だ。
これにはちゃんとした理由があって、必要なのは乙女ゲームの世界観のみで攻略対象とかヒロインは必要ないし、もちろんゲームに巻き込まれると面倒くさいので、ちゃんと「(モブで)」と注釈を入れることも忘れていない。
──そして本当に転移してしまった私は、頼もしい仲間と共に、自身の作ったやりたいことリストを消化していくことになる。
いい年の大人が本気で考え、万全を期したハズの『異世界でやりたいことリスト』。
なんで私が転移することになったのか。謎はいっぱいあるし、理想通りだったり、思っていたのと違ったりもするけれど、折角の異世界を楽しみたいと思います。
----------
覗いて下さり、ありがとうございます!
2025.4.26
女性向けHOTランキングに入りました!ありがとうございます(๑•̀ㅂ•́)و✧
7時、13時、19時更新。
全48話、予約投稿しています。
★このお話は旧『憧れの異世界転移が現実になったのでやりたいことリストを消化したいと思います~異世界でやってみたい50のこと』を大幅に加筆修正したものです(かなり内容も変わってます)。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる