魔王城すこや課、本日も無事社畜です!

ハルタカ

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6.守りたいもの

9話

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 両手足にはめられた金属の枷が芯から冷え、シオンの体温がじわじわと奪われていく。
 息を殺しながら耳をそばだて、周囲の様子をじっとうかがう。
 
 ――怖い。

 背後から忍び寄るような恐怖の影が、思考にブレーキをかけさせようと手を伸ばす。
 それを振り払うように、シオンは必死に漏れ聞こえる外の音を拾っていた。

 コト、と。
 戸に掛けられた閂を抜く音だろうか。
 雨に混じって、小さなその音が、シオンの鼓膜を揺らした。

 さらりとした衣擦れの音が、ゆっくりと近づいてくる。
 目の前に現れた小さな人影に、シオンは息を飲んだ。

「……セレス、さん」

 シオンの呼びかけに彼女は反応しない。
 ただ無感情に、シオンと彼女とを隔てる格子の前でそっと正座し、シオンに背を向けると、静かに目を閉じる。
 小さな彼女の背中はそこから微動だにしなかった。

 ――祈っているのだろうか。
 この村のために。

 いつの間にか香は燃え尽き、甘ったるさを鼻の奥に残しながら煙が少しずつ薄れていく。

「……熱は無い?」

 何故だか、そんな言葉がシオンの口をついて出た。
 長い髪の隙間から覗くセレスの頬は青白いのに、耳は少しだけ赤く火照っているように見えた。

 セレスは動かない。
 伝わっていなくても、構わないと思った。

「昨夜はほとんどお話できなかったですね。……もう少し、あなたのことを知りたかった」

 ふ……とセレスが小さく息を吐く音が聞こえる。
 細く頼りない首。
 その肌に、ところどころ艶やかな鱗が光った。

「雨……止んだら、あなたも寒い思いをしなくて済むのにね」

 パタパタパタ、と、ひと際大きく雨の音が響く。

「――懐柔しようとしても無駄ですよ」

 鋭い男性の声が部屋に響いた。
 その声を合図に、どかどかと足音を立てて数人の村人が部屋の中へと押し入ってくる。

「彼女は忠実に『役目』を果たしている」

 氷のような目。
 それは、村長の鋭いまなざしを彷彿とさせた。

 村人はそう言うと、じゃらりと金属音を鳴らしながらセレスの手を取った。
 そこには、シオンの手を拘束している枷と同じものが握られている。

「……何、を」

 シオンは動揺し、絞り出すように声を上げた。
 重たく冷たい金属の枷が、セレスの両腕と足に容赦なくはめられる。

 セレスは僅かにも表情を変えず、その様子をじっと見ていた。

「この長雨……このままじゃ、村はおしまいだ。火竜様にすがるしかない」

 枷が外れないことを入念に確認したあと、村人はセレスの手を引いた。
 従順に、彼女は導かれるままに男の後についていく。
 一言も発することなく、静かに瞬きだけを繰り返しながら。

 シオンが閉じ込められている狭い箱に押し込まれるようにして、セレスはシオンの横に座り込んだ。
 ほどなくして、一切の容赦なく鉄の格子に鍵が掛けられる。

 シオンは絶句した。
 すぐ隣で小さく呼吸をする少女は、ただぼんやりと宙を眺めている。
 彼女の高い体温が、シオンの肌をじわりと熱くさせた。


 ◇

 ゴトゴトと台車が揺れている。
 格子がはめられた狭い箱の中に、セレスとふたりで小さくなって座る。
 台車を引く村人は一言も発さず、雨でぬかるむ道を必死に歩き進めている。
 その姿に滲み出るのは、害意でも嫌悪でもない。

 彼らもまた、祈っているようだった。

 体を左右に揺らしながら目を閉じるセレスの体を、シオンはそっと引き寄せた。
 彼女の顔を覗き込むことはせず、視線は台車が進んでいく先に注いでいる。
 火龍が住むという山を目指しているのであろうことは、うっすらと想像できた。

 シオンはゆっくりと意識を集中させ、僅かにでも魔力の回復が早まるように目を閉じた。
 恐怖に嘆いても仕方がない。
 体の中に僅かに残る魔法石からの魔力に、静かにレヴィアスを想った。

 山道に揺られていた台車がぴたりと止まり、ぐわんと体の傾きを感じる。
 檻が荷台から下ろされたのだと理解する。
 そっとあたりを見回すと、そこはゴツゴツとした岩肌がのぞく山の途中に削り出された踊り場のようだ。
 山頂を臨むことができるこの場所は、彼らにとっての祭壇なのだろう。

 空になった台車をひきながら、村人のひとりがつぶやいた。

「務めを果たせ」

 抑揚も、何の感情もなく言い放たれたその言葉が、雨に打たれて泥まみれの道にボタリと落ちた。

 やがて台車のがたつく音も遠ざかり、耳に入るのは地面をひたすらに叩く雨の音だけだ。

 檻に屋根が付いているのがせめてもの救いだろうか。
 シオンは冷え込んだ空気に震えながら、セレスの体を包むように体を傾けた。

 セレスの体が緊張で強張るのを感じる。
 目を閉じながら、シオンはゆっくりと覚悟を固めていた。
 少し屈むようにして、セレスの顔を見る。
 真っ直ぐに、視線を合わせるためだ。

「セレスさん」

 呼びかけると、セレスはそっと目を開けた。
 彼女の瞳は昏く影をまとっているが、どこにも濁りを感じさせない。

「私とあなたは、ここで火竜を待つのね?」

 雨の音だけがふたりを包む空間で、シオンは柔らかに問いかけた。

「はい」

 セレスの声はほんの僅かに震えていた。
 それでも彼女は決して、シオンの顔を見ようとはしない。

「あなたは、それでいいの?」

 彼女の心がわからなかった。
 シオンはそっと、手のひらで触れるように問いかける。
 セレスの表情は揺らがない。

「そう決まっていることです」

 言い切る声に一切の迷いはない。
 それならば、なぜ彼女はかすかに声を震わせたのだろう。

「もしかして……私のことを、思ってくれたの?」

 セレスの顔色が、さっと変わった。
 ぶわりと瞳が潤み、大粒の涙がとめどなく落ちる。

「ごめんなさい……っ、ごめんなさい……」

 瞬きもせず、彼女は泣いていた。

 シオンはそっと、小さな彼女の頭に頬を寄せた。
 
 ふと、遠くで何かが草木をかき分ける音がした。
 雨音を裂くようなうなり声。
 バキバキと、木を薙ぎ倒すような音と小さな地響き。

 迫り来る何かに備えるように、シオンはセレスを自らの背に隠す。
 雨の飛沫で煙る山道の向こうを、目を細めて凝視する。
 最悪の想像を頭から追い出すように、シオンはゆっくりと息を吐いた。
 
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