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6.守りたいもの
11話
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シオンの体は震えていた。
冷え切った空気にさらされ続けたせいなのか、目の前に佇む圧倒的な存在のせいなのか。
呼吸が乱れ、目の奥が熱くなる。
竜の手が血だまりに伏せるユウリの首を掴み、そのまま顔の高さへと持ち上げる。
ずるり、とユウリの腹部から長い爪が滑るように抜け落ちた。
は……と小さな呻きが響く。
その声に、竜は僅かに眉を顰めた。
まるで、不快だ、と表明するように。
そのままぱっと手を離すと、ユウリの華奢な体が落下し地面を転がった。
シオンは冷たい格子に体を押し付け、必死に魔力を絞り出す。
その目の前を遮るように、細く青白い手が伸びた。
小さな鱗が浮かぶ少女の手が、シオンの胸元のネックレスに触れる。
一瞬、星のまたたきのように鮮烈な光がさし、シオンの目をくらませた。
「……セレス……さん?」
魔法石が光を取り戻す。
無色透明で、どこかひんやりとした輝き。
はっとしてシオンはその魔法石を握りしめると、ありったけの魔力を指先に集めてユウリへと流し込んだ。
傷が、深い。
直しても直しても、血が抜けていく。
それでもとにかく、どんなに細い糸だったとしても、彼の命をつなぎ留めることが出来るように。
シオンは目を閉じて祈りながら、ユウリに魔力を注ぎ続けた。
――バチン、という破裂音。
それから、体の周辺を焦がすような強い熱を感じる。
顔を上げると、そこにはひしゃげて千切れた鉄の鎖と、高温で変形した鉄格子があった。
降りしきる雨を熱で蒸発させながら、両手を前に突き出すセレスが佇んでいる。
ぞくり、と。
シオンはその少女から、確かに火竜の気配を感じ取った。
「……ここに、いてください」
セレスはふわりと振り返り、シオンにそう告げた。
それは初めて見る、彼女の微笑みだった。
涙の痕が残る彼女の顔には、揺るぎない決意の色が滲んでいる。
駄目、と伝えようとして開いた唇に、何かがぎゅっと押し込まれる。
それは甘くて、酸っぱい。
シオンがセレスに手渡した、あの時のお菓子。
「うれしかった」
そう言ってはにかむように笑うと、セレスは小さな裂け目から檻を抜けて一歩踏み出す。
冷たい双眸をこちらに向ける、竜のもとへ――ゆっくりと。
青白い彼女の顔が上を向き、雨を受けながら微動だにせず竜の顔を見つめた。
色を失った唇から、歌うような言葉が漏れる。
「火竜さま、どうぞ私をもらってください。どうか村をお助け下さい」
少しの恐れも感じさせない、その声が雨の中で真っすぐに響いた。
竜はその言葉に僅かに目を伏せる。
眼下にただ静かに佇む少女の姿に視線を落とすように。
「……差し上げられるようなものは、村にはありません。だから……」
セレスは細い首をきゅっと伸ばすように、白い喉元を竜の眼前に晒した。
捕食者であろう存在の前に、自ら肌を差し出したのだ。
火竜はその腕をセレスへと伸ばす。
長い指の先を飾る鋭い爪で、彼女の肌を裂くのは容易いだろう。
大きな手のひらが彼女の顔をゆっくりと覆い隠す。
その最後の瞬間まで、セレスは瞬き一つせずに火竜の顔を見つめていた。
「やめて……っ」
シオンは、檻の中で声を上げることしかできない自分を呪った。
いつもこうだ。
誰一人守る力も無いくせに、誰かが傷つくことが怖い。
私は、誰のことも守れない。
火竜の手のひらが淡く光る。
やがてその光が小さく収束し光の粒が消える頃、ゆらりとセレスの体が傾いた。
硬い地面に倒れる寸前。
……火竜の腕が、小さな体を受け止めた。
火竜は軽々とその体を横抱きにし、じろりとシオンの方を見やる。
赤い鱗が整然と並ぶ腕の中で、セレスは目を閉じて眠っているようだった。
先ほどまで青ざめていた頬が、赤く火照っているように見える。
雨にうたれ、熱が上がっているのだろう。
「……女子供を差し出して願い事……下劣なことだ」
低く冷たい声で吐き捨てるように呟く。
彼の氷のような視線から読み取ることが出来るのは侮蔑と、圧倒的な無関心だ。
憐れみの目でもなく、嫌悪とも違う。
その目は、少しの熱も持っていない。
「火竜……ストラウド様、ですか」
雨に濡れて艶を放つ黒髪が、セレスの髪と溶け合うように揺れている。
闇を溶かしたような、揃いの黒髪。
つい、とシオンから視線を外すと、火竜は強い雨足に煙る山頂の方を仰ぎ見た。
「いい迷惑だ……連れ帰れ」
腕に抱くセレスを突き出すようにするその姿に、シオンの胸はざわめいた。
ピタリとピースがはまるように重なったふたりの姿に、都合の良い願いを抱いていた。
「その子は……竜の血を引いているのではないですか」
まだ微かに熱を持つ鉄格子に体を押し付けながら、シオンは火竜に問いかけた。
気づいていないはずがない。
それほどに、セレスは火竜の面影を濃く残していた。
彼女の運命が、変わるのではないか。
彼女の帰る場所は、ここではないのか。
身勝手な思いが募っていく。
しかし、その思いはあっさりと断たれた。
「だから、なんだ」
指の隙間から砂が零れ落ちていくような感覚。
シオンの耳を、火竜の切り捨てるような言葉と降りやまない雨の音が冷たく打った。
「血……? 煩わしいものを押し付けるな」
言葉の端に苛立ちの気配を感じる。
火竜はゆっくりとした足取りで、檻へと近づく。
得体の知れない圧迫感に息を詰まらせながら、シオンはぎゅっと唇を噛む。
煩わしい。
シオンは、どうしてもその言葉が飲み込めなかった。
その煩わしいものに生まれた時から縛られて、弄ばれ続ける彼女を前にして、それだけは認められない。
「彼女を置いて姿を消した竜は、あなたの血縁でしょう」
あまりにも強大な存在を、足元から見上げ責め立てているような感覚。
腕も肩も、唇も震えている。
竜の手のひらが、鉄格子に触れる。
肌を焼くような高温があたりに一瞬広がると、格子があっけなくぐにゃりと歪んだ。
竜は視線だけで、出ろ、と命じてくる。
その傲慢な態度が、まさにふさわしいと思わせるだけの威圧感。
シオンは体を縮めながら、格子の隙間を抜けて外に出る。
ゆっくり立ち上がると、枷の重さに肩がずきりと痛んだ。
何度も格子に打ち付けたせいで、肩は真紫に変色して腫れている。
「……巣立った竜とは関わらない。血縁であろうとも、それまでだ」
彼は興味も無さげに言い捨てる。
それから、腕の中の少女を僅かに抱きなおした。
雨に濡れないよう、無意識のしぐさで。
シオンは、その姿から目を離すことが出来なかった。
『煩わしい』
その言葉は、彼自身をも切りつけているように思えた。
――突然。
シオンの背後で、空気が爆ぜた。
なんの叫びも無く、パイロリザードの首が宙を舞う。
炎も上がらなかった。
それから泥の中に、ただ倒れた。
眼前の火竜が、瞬きのうちにパイロリザードを絶命させていた。
土を引きずる音がする。
見れば、倒れ伏すユウリが僅かに地面を這っていた。
ぼろぼろの指先が、こちらを目指して伸びている。
竜はそれを無言で一瞥すると、セレスを抱えたまま檻の中へと歩いた。
少女の身を横たえ、雨が掛からない位置へと僅かにずらす。
呼吸をするのも憚られる静寂。
「厄介ごとを持ち込むな、と――魔王に伝えろ」
瞬間、風が巻き起こり、雨が逆巻く。
視界が開けた時には、もう竜の姿は無かった。
冷え切った空気にさらされ続けたせいなのか、目の前に佇む圧倒的な存在のせいなのか。
呼吸が乱れ、目の奥が熱くなる。
竜の手が血だまりに伏せるユウリの首を掴み、そのまま顔の高さへと持ち上げる。
ずるり、とユウリの腹部から長い爪が滑るように抜け落ちた。
は……と小さな呻きが響く。
その声に、竜は僅かに眉を顰めた。
まるで、不快だ、と表明するように。
そのままぱっと手を離すと、ユウリの華奢な体が落下し地面を転がった。
シオンは冷たい格子に体を押し付け、必死に魔力を絞り出す。
その目の前を遮るように、細く青白い手が伸びた。
小さな鱗が浮かぶ少女の手が、シオンの胸元のネックレスに触れる。
一瞬、星のまたたきのように鮮烈な光がさし、シオンの目をくらませた。
「……セレス……さん?」
魔法石が光を取り戻す。
無色透明で、どこかひんやりとした輝き。
はっとしてシオンはその魔法石を握りしめると、ありったけの魔力を指先に集めてユウリへと流し込んだ。
傷が、深い。
直しても直しても、血が抜けていく。
それでもとにかく、どんなに細い糸だったとしても、彼の命をつなぎ留めることが出来るように。
シオンは目を閉じて祈りながら、ユウリに魔力を注ぎ続けた。
――バチン、という破裂音。
それから、体の周辺を焦がすような強い熱を感じる。
顔を上げると、そこにはひしゃげて千切れた鉄の鎖と、高温で変形した鉄格子があった。
降りしきる雨を熱で蒸発させながら、両手を前に突き出すセレスが佇んでいる。
ぞくり、と。
シオンはその少女から、確かに火竜の気配を感じ取った。
「……ここに、いてください」
セレスはふわりと振り返り、シオンにそう告げた。
それは初めて見る、彼女の微笑みだった。
涙の痕が残る彼女の顔には、揺るぎない決意の色が滲んでいる。
駄目、と伝えようとして開いた唇に、何かがぎゅっと押し込まれる。
それは甘くて、酸っぱい。
シオンがセレスに手渡した、あの時のお菓子。
「うれしかった」
そう言ってはにかむように笑うと、セレスは小さな裂け目から檻を抜けて一歩踏み出す。
冷たい双眸をこちらに向ける、竜のもとへ――ゆっくりと。
青白い彼女の顔が上を向き、雨を受けながら微動だにせず竜の顔を見つめた。
色を失った唇から、歌うような言葉が漏れる。
「火竜さま、どうぞ私をもらってください。どうか村をお助け下さい」
少しの恐れも感じさせない、その声が雨の中で真っすぐに響いた。
竜はその言葉に僅かに目を伏せる。
眼下にただ静かに佇む少女の姿に視線を落とすように。
「……差し上げられるようなものは、村にはありません。だから……」
セレスは細い首をきゅっと伸ばすように、白い喉元を竜の眼前に晒した。
捕食者であろう存在の前に、自ら肌を差し出したのだ。
火竜はその腕をセレスへと伸ばす。
長い指の先を飾る鋭い爪で、彼女の肌を裂くのは容易いだろう。
大きな手のひらが彼女の顔をゆっくりと覆い隠す。
その最後の瞬間まで、セレスは瞬き一つせずに火竜の顔を見つめていた。
「やめて……っ」
シオンは、檻の中で声を上げることしかできない自分を呪った。
いつもこうだ。
誰一人守る力も無いくせに、誰かが傷つくことが怖い。
私は、誰のことも守れない。
火竜の手のひらが淡く光る。
やがてその光が小さく収束し光の粒が消える頃、ゆらりとセレスの体が傾いた。
硬い地面に倒れる寸前。
……火竜の腕が、小さな体を受け止めた。
火竜は軽々とその体を横抱きにし、じろりとシオンの方を見やる。
赤い鱗が整然と並ぶ腕の中で、セレスは目を閉じて眠っているようだった。
先ほどまで青ざめていた頬が、赤く火照っているように見える。
雨にうたれ、熱が上がっているのだろう。
「……女子供を差し出して願い事……下劣なことだ」
低く冷たい声で吐き捨てるように呟く。
彼の氷のような視線から読み取ることが出来るのは侮蔑と、圧倒的な無関心だ。
憐れみの目でもなく、嫌悪とも違う。
その目は、少しの熱も持っていない。
「火竜……ストラウド様、ですか」
雨に濡れて艶を放つ黒髪が、セレスの髪と溶け合うように揺れている。
闇を溶かしたような、揃いの黒髪。
つい、とシオンから視線を外すと、火竜は強い雨足に煙る山頂の方を仰ぎ見た。
「いい迷惑だ……連れ帰れ」
腕に抱くセレスを突き出すようにするその姿に、シオンの胸はざわめいた。
ピタリとピースがはまるように重なったふたりの姿に、都合の良い願いを抱いていた。
「その子は……竜の血を引いているのではないですか」
まだ微かに熱を持つ鉄格子に体を押し付けながら、シオンは火竜に問いかけた。
気づいていないはずがない。
それほどに、セレスは火竜の面影を濃く残していた。
彼女の運命が、変わるのではないか。
彼女の帰る場所は、ここではないのか。
身勝手な思いが募っていく。
しかし、その思いはあっさりと断たれた。
「だから、なんだ」
指の隙間から砂が零れ落ちていくような感覚。
シオンの耳を、火竜の切り捨てるような言葉と降りやまない雨の音が冷たく打った。
「血……? 煩わしいものを押し付けるな」
言葉の端に苛立ちの気配を感じる。
火竜はゆっくりとした足取りで、檻へと近づく。
得体の知れない圧迫感に息を詰まらせながら、シオンはぎゅっと唇を噛む。
煩わしい。
シオンは、どうしてもその言葉が飲み込めなかった。
その煩わしいものに生まれた時から縛られて、弄ばれ続ける彼女を前にして、それだけは認められない。
「彼女を置いて姿を消した竜は、あなたの血縁でしょう」
あまりにも強大な存在を、足元から見上げ責め立てているような感覚。
腕も肩も、唇も震えている。
竜の手のひらが、鉄格子に触れる。
肌を焼くような高温があたりに一瞬広がると、格子があっけなくぐにゃりと歪んだ。
竜は視線だけで、出ろ、と命じてくる。
その傲慢な態度が、まさにふさわしいと思わせるだけの威圧感。
シオンは体を縮めながら、格子の隙間を抜けて外に出る。
ゆっくり立ち上がると、枷の重さに肩がずきりと痛んだ。
何度も格子に打ち付けたせいで、肩は真紫に変色して腫れている。
「……巣立った竜とは関わらない。血縁であろうとも、それまでだ」
彼は興味も無さげに言い捨てる。
それから、腕の中の少女を僅かに抱きなおした。
雨に濡れないよう、無意識のしぐさで。
シオンは、その姿から目を離すことが出来なかった。
『煩わしい』
その言葉は、彼自身をも切りつけているように思えた。
――突然。
シオンの背後で、空気が爆ぜた。
なんの叫びも無く、パイロリザードの首が宙を舞う。
炎も上がらなかった。
それから泥の中に、ただ倒れた。
眼前の火竜が、瞬きのうちにパイロリザードを絶命させていた。
土を引きずる音がする。
見れば、倒れ伏すユウリが僅かに地面を這っていた。
ぼろぼろの指先が、こちらを目指して伸びている。
竜はそれを無言で一瞥すると、セレスを抱えたまま檻の中へと歩いた。
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