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6.守りたいもの
12話
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強烈な圧迫感から解放され、シオンは膝から崩れ落ちるようにその場にしゃがみ込む。
それからすぐに我に帰ると、冷たい土に体を横たえているユウリの元へと駆け寄った。
枷がはめられたままの足がふらつき、もつれそうになる。
ほとんど転がるようにしながらユウリの前に座り込むと、雨から守るように抱き寄せた。
「ユウリっ、ユウリ……ごめんね、私……っ」
冷えてしまった頬に手を添える。
乾き切らない血を拭ってやると、ユウリのまつ毛がふるりと揺れた。
ゆっくりと、ユウリの腕が僅かに持ち上がり、ゆらゆらと空を指差す。
震えるその指の先を追って空を見ると、雨雲の切れ目から一直線にこちらへ降下するいくつかの影があった。
「……お説教、……あとでって……言っといてください」
か細いけれど、幾分か安定した呼吸が雨音の中静かに響く。
空を仰ぐシオンの目に大粒の雨が流れ込んで、溢れていく。
その中に数粒、温かいものが混じって筋を描いた。
◇
到着した救援によってシオンの手足の枷は外され、温かな毛布とレインコートに包まれたまま飛竜に乗り込んだ。
先頭に立って飛竜に乗り、救援を誘導していたのはベルだった。
着陸するなり大泣きしながら抱きついてきたベルは、まだ眠ったままのセレスを抱えて再び飛竜に跨っている。
セレスを城に連れ帰ると伝えたとき、ベルはとても複雑そうな顔をしていた。
それでも、セレスのワンピースのポケットに大切にしまわれていたお菓子に気付くと、顔をくしゃりと歪めて小さな体をぎゅっと抱いた。
緊張が解けて急速に襲ってくる眠気の中で、シオンはユウリの周りに駆けつける医療班の姿を見つけて安堵する。
雨で視界が煙る中、ゆったりとした浮遊感に体が包まれた。
忘れていた体の痛みが戻ってきて、じわじわとした熱っぽさが全身を襲う。
それでも、なんとか生きている。
そして。
――次に目が覚めたのは、魔王城の私室だった。
耳に響く雨の音に、まだ自分があの村にいるのではないかと一瞬錯覚する。
けれど、ぎしりと軋んだベッドの音や、窓を飾るカーテンの見覚えに、ほっと息を吐く。
「……目が覚めた?」
ちょうど様子を見にきてくれたのだろうか。
ナナリーが穏やかな声でこちらに呼びかけた。
雨模様の空から差し込む薄い光を受けながら、ナナリーがこちらを覗き込んで微笑んだ。
「あっ……はい、……いたた……」
体を起こそうとして、力を入れた肩がみしっと痛む。
そっと介助しベッドに座らせてくれながら、ナナリーは手早く肩の打撲の様子を見た。
「だいぶ腫れはひいたんだけど……凄い色してる」
こまごまとついた擦り傷の様子もついでに見ながら、ナナリーはてきぱきと包帯を取り替えた。
ベッドサイドのテーブルに、お菓子が山盛りになった籠を見つけ、思わず「えっ」と声が出る。
「ああ、これ……ベルよ。しょっちゅうここに顔を出してたんだけど、さっきユウリの意識がもどったっていうので走っていったわ」
「本当ですか? よかった……」
胸をなでおろしたシオンの姿を見て、ナナリーは呆れたようにため息をついた。
「人の心配もいいけれど、あなたも大概な状態だったんだからね。何回魔力を枯渇させたの」
打撲より重症なのはそっち!と叱られる。
ちらりとネックレスを見ると、セレスが込めてくれた魔力もしっかりと使い果たし、石は暗く沈黙している。
その視線に気が付いたのか、ナナリーが少し苦い顔をした。
「ギフト、使ったんでしょう」
どきり、とシオンの心臓が跳ねる。
「は……はい」
ナナリーは、はあーっと大きなため息をついた。
どきどきしながら、その様子をじっと見つめる。
それからすぐに、彼女はこちらに視線を移して小さく微笑んだ。
「ごめんなさい、責めてるわけじゃないの。そうしなきゃユウリは死んでたから」
パタン、と治療のための道具を入れた小さなトランクの蓋を閉める音が響いた。
シオンは、少し前にナナリーから向けられた射るような視線のことを思い出していた。
「使ってほしくないっていうのが本音だけれどね。あんな奇跡見ちゃったら、『奪いたくなる』でしょう?」
訪れた沈黙の隙間に、窓を打つ雨の音が響く。
「それに、このとおり……あなたの体にかかる負荷も半端じゃないから」
仰る通りだった。
休ませてもらったおかげで体に力は入るようになったが、未だに全体が気怠く、思考もうまく回らない。
そんな中でも、ふたつ、気がかりなことがある。
「あの……セレスさんはどうしていますか?」
「ええ……バルドラッド様が、それはもう苦い顔をしていたけれど……今は医療班で預かっているわ」
ケアも必要だしね、と呟くナナリーの表情は暗い。
高熱を出していたことも気がかりだが、シオンにはそれ以上に心配していたことがあった。
彼女のこれからの居場所を、自分が勝手に決めてしまった。
そのことが、シオンに重くのしかかっていたのだ。
「魔王城にいれば幸せ、なんて軽々しくは言えませんから」
少し乾燥した指先を、そっと擦る。
服の裾から覗く手首には、まだ赤く擦れた手枷の跡が残っていた。
「……全部自分で選択して生きてきた、なんて人はいないわよ」
ナナリーの言葉が、ぽつりとベッドサイドに落ちて消えた。
「毎日、今私は幸せ? なんてじっと考えてる暇はないでしょう? ……生きる場所が変わった。そして、ちゃんと生きてる」
それだけ、とため息混じりに言いながら、ナナリーはすっと立ち上がった。
淡白にも聞こえる言葉が、シオンの耳にじわりと染みた。
「あと……バルドラッドさんにも報告しないと」
ことの詳細を知っているのは、シオンとユウリだ。
怪我人も出してしまったし、竜とも接触があった。
きちんと説明しなければ、とシオンは冷や汗をかいた。
「ああ……それもそうだけど」
気まずそうに、ナナリーはシオンから視線を逸らす。
何だろう、とシオンがいぶかしむと、観念したようにナナリーが苦笑いした。
「もうひとり、何とかしてあげてほしい人がいる……のよねえ」
含みを持たせたナナリーが、ちょん、とシオンのネックレスに触れる。
暗い色をしたままの魔法石が、ゆらゆら揺れた。
それからすぐに我に帰ると、冷たい土に体を横たえているユウリの元へと駆け寄った。
枷がはめられたままの足がふらつき、もつれそうになる。
ほとんど転がるようにしながらユウリの前に座り込むと、雨から守るように抱き寄せた。
「ユウリっ、ユウリ……ごめんね、私……っ」
冷えてしまった頬に手を添える。
乾き切らない血を拭ってやると、ユウリのまつ毛がふるりと揺れた。
ゆっくりと、ユウリの腕が僅かに持ち上がり、ゆらゆらと空を指差す。
震えるその指の先を追って空を見ると、雨雲の切れ目から一直線にこちらへ降下するいくつかの影があった。
「……お説教、……あとでって……言っといてください」
か細いけれど、幾分か安定した呼吸が雨音の中静かに響く。
空を仰ぐシオンの目に大粒の雨が流れ込んで、溢れていく。
その中に数粒、温かいものが混じって筋を描いた。
◇
到着した救援によってシオンの手足の枷は外され、温かな毛布とレインコートに包まれたまま飛竜に乗り込んだ。
先頭に立って飛竜に乗り、救援を誘導していたのはベルだった。
着陸するなり大泣きしながら抱きついてきたベルは、まだ眠ったままのセレスを抱えて再び飛竜に跨っている。
セレスを城に連れ帰ると伝えたとき、ベルはとても複雑そうな顔をしていた。
それでも、セレスのワンピースのポケットに大切にしまわれていたお菓子に気付くと、顔をくしゃりと歪めて小さな体をぎゅっと抱いた。
緊張が解けて急速に襲ってくる眠気の中で、シオンはユウリの周りに駆けつける医療班の姿を見つけて安堵する。
雨で視界が煙る中、ゆったりとした浮遊感に体が包まれた。
忘れていた体の痛みが戻ってきて、じわじわとした熱っぽさが全身を襲う。
それでも、なんとか生きている。
そして。
――次に目が覚めたのは、魔王城の私室だった。
耳に響く雨の音に、まだ自分があの村にいるのではないかと一瞬錯覚する。
けれど、ぎしりと軋んだベッドの音や、窓を飾るカーテンの見覚えに、ほっと息を吐く。
「……目が覚めた?」
ちょうど様子を見にきてくれたのだろうか。
ナナリーが穏やかな声でこちらに呼びかけた。
雨模様の空から差し込む薄い光を受けながら、ナナリーがこちらを覗き込んで微笑んだ。
「あっ……はい、……いたた……」
体を起こそうとして、力を入れた肩がみしっと痛む。
そっと介助しベッドに座らせてくれながら、ナナリーは手早く肩の打撲の様子を見た。
「だいぶ腫れはひいたんだけど……凄い色してる」
こまごまとついた擦り傷の様子もついでに見ながら、ナナリーはてきぱきと包帯を取り替えた。
ベッドサイドのテーブルに、お菓子が山盛りになった籠を見つけ、思わず「えっ」と声が出る。
「ああ、これ……ベルよ。しょっちゅうここに顔を出してたんだけど、さっきユウリの意識がもどったっていうので走っていったわ」
「本当ですか? よかった……」
胸をなでおろしたシオンの姿を見て、ナナリーは呆れたようにため息をついた。
「人の心配もいいけれど、あなたも大概な状態だったんだからね。何回魔力を枯渇させたの」
打撲より重症なのはそっち!と叱られる。
ちらりとネックレスを見ると、セレスが込めてくれた魔力もしっかりと使い果たし、石は暗く沈黙している。
その視線に気が付いたのか、ナナリーが少し苦い顔をした。
「ギフト、使ったんでしょう」
どきり、とシオンの心臓が跳ねる。
「は……はい」
ナナリーは、はあーっと大きなため息をついた。
どきどきしながら、その様子をじっと見つめる。
それからすぐに、彼女はこちらに視線を移して小さく微笑んだ。
「ごめんなさい、責めてるわけじゃないの。そうしなきゃユウリは死んでたから」
パタン、と治療のための道具を入れた小さなトランクの蓋を閉める音が響いた。
シオンは、少し前にナナリーから向けられた射るような視線のことを思い出していた。
「使ってほしくないっていうのが本音だけれどね。あんな奇跡見ちゃったら、『奪いたくなる』でしょう?」
訪れた沈黙の隙間に、窓を打つ雨の音が響く。
「それに、このとおり……あなたの体にかかる負荷も半端じゃないから」
仰る通りだった。
休ませてもらったおかげで体に力は入るようになったが、未だに全体が気怠く、思考もうまく回らない。
そんな中でも、ふたつ、気がかりなことがある。
「あの……セレスさんはどうしていますか?」
「ええ……バルドラッド様が、それはもう苦い顔をしていたけれど……今は医療班で預かっているわ」
ケアも必要だしね、と呟くナナリーの表情は暗い。
高熱を出していたことも気がかりだが、シオンにはそれ以上に心配していたことがあった。
彼女のこれからの居場所を、自分が勝手に決めてしまった。
そのことが、シオンに重くのしかかっていたのだ。
「魔王城にいれば幸せ、なんて軽々しくは言えませんから」
少し乾燥した指先を、そっと擦る。
服の裾から覗く手首には、まだ赤く擦れた手枷の跡が残っていた。
「……全部自分で選択して生きてきた、なんて人はいないわよ」
ナナリーの言葉が、ぽつりとベッドサイドに落ちて消えた。
「毎日、今私は幸せ? なんてじっと考えてる暇はないでしょう? ……生きる場所が変わった。そして、ちゃんと生きてる」
それだけ、とため息混じりに言いながら、ナナリーはすっと立ち上がった。
淡白にも聞こえる言葉が、シオンの耳にじわりと染みた。
「あと……バルドラッドさんにも報告しないと」
ことの詳細を知っているのは、シオンとユウリだ。
怪我人も出してしまったし、竜とも接触があった。
きちんと説明しなければ、とシオンは冷や汗をかいた。
「ああ……それもそうだけど」
気まずそうに、ナナリーはシオンから視線を逸らす。
何だろう、とシオンがいぶかしむと、観念したようにナナリーが苦笑いした。
「もうひとり、何とかしてあげてほしい人がいる……のよねえ」
含みを持たせたナナリーが、ちょん、とシオンのネックレスに触れる。
暗い色をしたままの魔法石が、ゆらゆら揺れた。
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