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7. 籠の鳥
1話
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「だいぶ考えが纏まりました、ありがとうございます」
シオンはにこやかに礼を言った。
目の前では、執務室の椅子に腰掛けながら中年の男性が顔をほころばせていた。
魔王城に出入りする商人の、ヴァルターだ。
「いえいえ、これも商売ですから。お役に立てたなら、何よりですよ」
シオンは、ヴァルターにアカデミーで実施する授業へのアドバイスを求めたのだ。
人間社会での商売や流通、計算や帳簿の付け方など、知っておいて損がない最低限のこと。
その講義を監修してもらうのに、この上ない人選だと思ったのだ。
それに、彼とは驚きの縁があった。
「びっくりしましたよ……まさか、カイレンの育ての親が、ヴァルターさんだったなんて」
「ははは、商売に影響をだすのも良くないと思いまして、伏せていたんですが」
先日、偶然にも調査帰りのカイレンとヴァルターが一緒にいるところを目撃したのだ。
やけに親しげだったので尋ねたところ、カイレンがはにかみながら、
「ちょうど帰り道でパパと一緒になりまして……」
と教えてくれた。
真面目なカイレンらしく、公私混同しないように魔王城では『ヴァルターさん』と呼び、見かけても会話をし過ぎないようにしていたらしい。
どうりで、カイレンが数字に強く、事務方で活躍していた訳だ、と合点がいった。
「言ってくれれば執務室で面会の時間も作れたのに……」
シオンがそう言うと、ヴァルターはにっこりわらって首を振った。
「ところで、なかなか物騒な世の中になってきましたね。人間社会のほうでも、未知のモンスターへの備えとして武器を揃えるところが増えてきました」
真剣な顔をして、ヴァルターが言う。
じわりと、変異モンスターに関する情報が人間社会にも広がっているのだろう。
「そうですね、魔王城でも装備の入れ替えが進んでいます」
おかげで、ドランの工房は大忙しだ。
新しく仲間入りした鬼の双子も、フルスロットルで働いてくれている。
「両手をあげては喜べませんが、良い商売をさせていただいています。よければシオンさんも一度、私達の倉庫を視察にいらしてください」
いつも笑い皺が浮かぶ、彼の柔和な眼差しが、ぎゅっと強くなる。
「奪われない為には、力が必要です。命も、土地も」
その言葉が、シオンの心に深く沈んでいく。
今回、それを身をもって理解したとも言えるかもしれない。
それでも、なんとなく喉に引っかかった棘が抜けないような異物感。
「そうですね……一度お伺いしたいのは、やまやまなんですが……」
歯切れの悪いシオンの様子に、ヴァルターがおや?と首を傾げる。
「実は今、外出を禁じられていまして……」
◇
数日前、シオンはバルドラッドにことの顛末を報告する場に立っていた。
今回の成果は、不可抗力の事態が発生したとはいえ十分なものとは言えなかった。
少なくともパイロリザードの変異に魔王城として関わっていない、ということは伝わったはずだが、村の人間たちと対話が出来るような関係性を築くことは結局出来なかったのだ。
ありのままに出来事と結果を報告すると、バルドラッドはため息をついた。
「まあ、ハナから対話が出来るような連中じゃなかったってことでしょ」
彼の目には、呆れと、冷え切った怒りが滲んでいる。
その横に並び立つレヴィアスもまた、表情こそ変えないが、澄んだ青色の瞳にいつにも増して凍てついた光を宿しているようだった。
「正直、村のひとつくらい焼いたって良いんだけど……」
すっと部屋の温度を下げるように、バルドラッドの声が冷たく響く。
降り止まない雨のせいで、ただでさえ彼の機嫌は悪い。
どう止めるべきか、と悩んでいると、唐突にバルドラッドが笑った。
「まあでも、自分より怒ってるやつを見るとなんか落ち着くっていうか?」
バルドラッドは、ぱっと両手を開いてひらひらと振ると、ちらりと隣のレヴィアスを見やった。
レヴィアスは微動だにせず、一瞬口を開こうとして、やめたようだった。
……先ほどからレヴィアスと視線が合わない。
雨の色を受けて幾分か暗く艶めく銀髪が揺れる。
彼の姿はいつも通りに見えるのに、シオンの心は僅かに不安に揺れ、きゅうと絞られているように痛んだ。
「ここであの村焼いちゃったら、流石に風向きが悪くなるしね。それに、そのゲスお香?特産品だって言うなら、多分王都にも流れてる」
シオンはこくりと頷いた。
かなりの濃度で嗅がされ続けていたとはいえ、その効果は絶大だった。
それこそ、エルフ族のベルが昏睡する程に。
「お香で大儲け……という様子はありませんでしたから、恐らく商人を介さず、王都に直接買い上げられているんじゃないかと思います」
シオンの言葉に、バルドラッドは再度ため息をついた。
お香の燃えかすでも、もって帰ってくればよかったと後悔する。
「オーケー、とにかく生きて帰ってきただけ上等。で、ここからは次の指示ね」
「あ……はい」
ぴっと指を刺されて、シオンは心もち背筋を伸ばす。
「当面の間、シオンは魔王城外への外出禁止。視察の仕事からも外すから」
「ええっ!?」
突然の宣告に、思わず声が出る。
パイロリザードも全て討伐出来たわけではないし、長雨被害の現地調査の手伝いだってしたい。
「悪いけど、決定事項だからね」
「で、でも物資の補給とか、現地の要望調査とか……」
「なんとか後任育てて。良い機会じゃない? みんな働き過ぎなんだし」
話は終わり、と言わんばかりにバルドラッドがパン、と机を軽く叩く。
どうやら完全に聞く耳を持つ気は無さそうだ。
「文句言われても俺は対応できないよ。……後はなんとかして」
バルドラッドはそう言うとじろり、レヴィアスを横目で睨んだ。
シオンはにこやかに礼を言った。
目の前では、執務室の椅子に腰掛けながら中年の男性が顔をほころばせていた。
魔王城に出入りする商人の、ヴァルターだ。
「いえいえ、これも商売ですから。お役に立てたなら、何よりですよ」
シオンは、ヴァルターにアカデミーで実施する授業へのアドバイスを求めたのだ。
人間社会での商売や流通、計算や帳簿の付け方など、知っておいて損がない最低限のこと。
その講義を監修してもらうのに、この上ない人選だと思ったのだ。
それに、彼とは驚きの縁があった。
「びっくりしましたよ……まさか、カイレンの育ての親が、ヴァルターさんだったなんて」
「ははは、商売に影響をだすのも良くないと思いまして、伏せていたんですが」
先日、偶然にも調査帰りのカイレンとヴァルターが一緒にいるところを目撃したのだ。
やけに親しげだったので尋ねたところ、カイレンがはにかみながら、
「ちょうど帰り道でパパと一緒になりまして……」
と教えてくれた。
真面目なカイレンらしく、公私混同しないように魔王城では『ヴァルターさん』と呼び、見かけても会話をし過ぎないようにしていたらしい。
どうりで、カイレンが数字に強く、事務方で活躍していた訳だ、と合点がいった。
「言ってくれれば執務室で面会の時間も作れたのに……」
シオンがそう言うと、ヴァルターはにっこりわらって首を振った。
「ところで、なかなか物騒な世の中になってきましたね。人間社会のほうでも、未知のモンスターへの備えとして武器を揃えるところが増えてきました」
真剣な顔をして、ヴァルターが言う。
じわりと、変異モンスターに関する情報が人間社会にも広がっているのだろう。
「そうですね、魔王城でも装備の入れ替えが進んでいます」
おかげで、ドランの工房は大忙しだ。
新しく仲間入りした鬼の双子も、フルスロットルで働いてくれている。
「両手をあげては喜べませんが、良い商売をさせていただいています。よければシオンさんも一度、私達の倉庫を視察にいらしてください」
いつも笑い皺が浮かぶ、彼の柔和な眼差しが、ぎゅっと強くなる。
「奪われない為には、力が必要です。命も、土地も」
その言葉が、シオンの心に深く沈んでいく。
今回、それを身をもって理解したとも言えるかもしれない。
それでも、なんとなく喉に引っかかった棘が抜けないような異物感。
「そうですね……一度お伺いしたいのは、やまやまなんですが……」
歯切れの悪いシオンの様子に、ヴァルターがおや?と首を傾げる。
「実は今、外出を禁じられていまして……」
◇
数日前、シオンはバルドラッドにことの顛末を報告する場に立っていた。
今回の成果は、不可抗力の事態が発生したとはいえ十分なものとは言えなかった。
少なくともパイロリザードの変異に魔王城として関わっていない、ということは伝わったはずだが、村の人間たちと対話が出来るような関係性を築くことは結局出来なかったのだ。
ありのままに出来事と結果を報告すると、バルドラッドはため息をついた。
「まあ、ハナから対話が出来るような連中じゃなかったってことでしょ」
彼の目には、呆れと、冷え切った怒りが滲んでいる。
その横に並び立つレヴィアスもまた、表情こそ変えないが、澄んだ青色の瞳にいつにも増して凍てついた光を宿しているようだった。
「正直、村のひとつくらい焼いたって良いんだけど……」
すっと部屋の温度を下げるように、バルドラッドの声が冷たく響く。
降り止まない雨のせいで、ただでさえ彼の機嫌は悪い。
どう止めるべきか、と悩んでいると、唐突にバルドラッドが笑った。
「まあでも、自分より怒ってるやつを見るとなんか落ち着くっていうか?」
バルドラッドは、ぱっと両手を開いてひらひらと振ると、ちらりと隣のレヴィアスを見やった。
レヴィアスは微動だにせず、一瞬口を開こうとして、やめたようだった。
……先ほどからレヴィアスと視線が合わない。
雨の色を受けて幾分か暗く艶めく銀髪が揺れる。
彼の姿はいつも通りに見えるのに、シオンの心は僅かに不安に揺れ、きゅうと絞られているように痛んだ。
「ここであの村焼いちゃったら、流石に風向きが悪くなるしね。それに、そのゲスお香?特産品だって言うなら、多分王都にも流れてる」
シオンはこくりと頷いた。
かなりの濃度で嗅がされ続けていたとはいえ、その効果は絶大だった。
それこそ、エルフ族のベルが昏睡する程に。
「お香で大儲け……という様子はありませんでしたから、恐らく商人を介さず、王都に直接買い上げられているんじゃないかと思います」
シオンの言葉に、バルドラッドは再度ため息をついた。
お香の燃えかすでも、もって帰ってくればよかったと後悔する。
「オーケー、とにかく生きて帰ってきただけ上等。で、ここからは次の指示ね」
「あ……はい」
ぴっと指を刺されて、シオンは心もち背筋を伸ばす。
「当面の間、シオンは魔王城外への外出禁止。視察の仕事からも外すから」
「ええっ!?」
突然の宣告に、思わず声が出る。
パイロリザードも全て討伐出来たわけではないし、長雨被害の現地調査の手伝いだってしたい。
「悪いけど、決定事項だからね」
「で、でも物資の補給とか、現地の要望調査とか……」
「なんとか後任育てて。良い機会じゃない? みんな働き過ぎなんだし」
話は終わり、と言わんばかりにバルドラッドがパン、と机を軽く叩く。
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