魔王城すこや課、本日も無事社畜です!

ハルタカ

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7. 籠の鳥

2話

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 押しつぶされそうな静寂の中、シオンはレヴィアスと並んで城内を歩いていた。
 時折つきりと痛む足首には、硬い金属の足枷で擦れた横長の傷が残っている。

 足を少し庇うようにしながらゆっくりと歩くと、レヴィアスはそれに合わせて歩調を緩める。
 細かいところの配慮は随所に感じるのに、なぜだか目だけがずっと合わないのだ。

 半ば付き添われるような形で、シオンは自分の執務室にまで帰ってきた。
 目的地に到着して緊張感が少し薄らぎ、そっとレヴィアスの表情を仰ぎ見る。
 真っ直ぐに前を向いていた彼の視線が、ようやく自分の頭上に降ってきたことに気付き、シオンは僅かにほっとした。

「レヴィアスさん、良ければ少し中でお話しませんか」

 なんとなく避けられたまま離れるのが苦しくて、思わず声をかけた。
 レヴィアスはそれを聞いて一度ゆっくりと瞬きをした。

「体の具合は大丈夫なのですか」

「はい。ナナリーさんたちのおかげで、動かすと時々痛いくらいです」

 本当に、大分良くなった体感がある。
 慣れない怪我に最初は心細さがあったのだが、熱心に治療してくれた医療班に感謝が尽きない。

 シオンが促すと、レヴィアスは少しだけ、と返した。
 お茶の準備をしていると、レヴィアスが軽くそれを制する。

「私が」

「えっ、いえいえ、お招きしたのはこっちですから」

「お願いですから、座っていてください」

 妙に強く言われて、申し訳なさを感じながらもシオンは椅子に腰かける。
 すこや課の執務室でお茶を淹れてくれるレヴィアスの姿が何だか新鮮でくすぐったい。

 目の前に差し出されたカップが、ゆらりと湯気を立ち上らせた。

「ありがとうございます」

 カップに指をかけ、一口。
 良い香りと温かさを味わいながら、シオンはちらりと正面に座るレヴィアスの表情を盗み見た。
 同じようにカップを口元に運ぶ姿。
 目の前に佇むレヴィアスの体温を感じて、少しだけ心が弛緩した。
  
 ふと、シオンはナナリーの言葉を思い出す。

 『もうひとり、何とかしてあげてほしい人がいる』

 あの含みの持たせ方。
 恐らくレヴィアスのことを指したものだろう。
 ……自惚れでなければ、彼は自分のことを心配をしてくれていた、ということなのだろう。

「あの……レヴィアスさん、ご心配いただいていました……か?」

 なんと尋ねればよいのか分からず、おずおずと首をかしげながらレヴィアスの顔を覗き込む。
 すると、すっとレヴィアスの瞳が冷えた色を浮かべた。

 その視線に心臓が跳ね、シオンは思わず少し身を引く。
 レヴィアスは手を伸ばし、シオンの手首を引き寄せた。

「……愚問ですね」

 氷のような視線を手首に向けながら、レヴィアスはシオンの肌に残った赤い摩擦痕を指でそっとなぞる。
 ぴり、とした痛みが走り、シオンは小さく息を飲んだ。
 自分に向けられた怒りではないと理解していても、彼から発せられる静かな嫌悪の感情が部屋の空気を重く冷たくしていく。
 
「痕が残らなければ良いのですが」

 それでも、触れる指先は柔らかい。
 普段はあまり感じない彼の感情の波を身に受けながらも、シオンは不思議と怖いとは感じなかった。

「どうして、」

 シオンはレヴィアスの顔を正面から見据えて口を開いた。

「魔王城から出てはいけないんでしょうか」

 バルドラッドの言葉が胸に引っかかる。
 明らかな、仕事内容と行動範囲の制限。
 自らだけでなく、巡視隊員も危険な目に晒してしまったという自覚と反省はある。
 
 それでも、魔王城のためにできる事はやり続けたい。

 じっとレヴィアスの瞳を見つめる。
 すると、レヴィアスはふいと顔を逸らし、シオンの胸元の魔法石に視線を落とした。
 そっとそれに触れて、魔力を込める。

 その仕草はあまりにも静かで、どこか祈るようにも見えた。

 レヴィアスの瞳の色と同じ輝きを湛えた魔法石を、シオンは指でそっとなぞる。

「……指示は、必ず守ってください」

 事務的な口調でそう言うと、レヴィアスは席を立った。

「レヴィアスさん……?」

 呼びかけに反応せず、そのまま部屋を出ていく後姿を見つめながら、シオンは小さくため息をついた。
 

 それから、許可された範囲での仕事をシオンはひたすらにこなし続けた。
 雨は止む気配もなく、あの村がどうなったのかも気がかりだった。
 恨みがないわけではない。
 それでも、村人が飢えに苦しむ姿を望んだりもしない。

 晴れない気持ちを抱えたまま、日々書類と向き合っていた。

「シオンさん、少し城内を散歩して気分転換しませんか?」

 浮かない顔で黙々と作業をする姿を気遣ってくれたのだろう。
 時折、カイレンが遠慮がちに声をかけてくれる。
 それでもどこか気乗りがせず、お礼だけ伝えてまた仕事に戻る生活。

 やりたかったことは何だったのか。
 仕事は進んでいるはずなのに、この満たされない感覚は何なのか。

 私は、信頼を失ってしまったのか。

 忘れかけていた、足元の昏い影が手を伸ばしてくるようだった。

 時折、城内でレヴィアスとすれ違う。
 一瞬心に温かくあかりが灯るような心地がするが、繰り返されるのは事務的な確認だけ。

 通りがかった城門には、いつも馴染の衛兵が雨の中に立っていた。
 挨拶をしようと近づくと、表情柔らかにさりげなく門の前を封鎖される。
 シオンは戸惑いながら部屋へと戻り、ひとり窓の外を眺めた。
  
 雨で少しずつ削られていく山肌のように――シオンは心がじわりと影に侵食されていくのを感じていた。
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