魔王城すこや課、本日も無事社畜です!

ハルタカ

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7. 籠の鳥

6話

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 シオンの執務室は窓が開いたままだった。
 雨が吹き込むその窓を抜けて、そっとふたりは城内へと戻る。
 
 雨雲と夕暮れ時の薄暗さが、その姿をそっと隠していた。

 雨と血に濡れた服を魔法を使って簡単に乾かす。
 それから、レヴィアスの傷を見てもらうために、シオンはナナリーを呼びに走った。
 ギフトを使って治療した痕跡が残る体を医療班にそのまま見せるのは、ためらわれたからだ。

 途中、血の色が染みた服を自室で簡単に着替え、ナナリーを訪ねた。

「シオン! あなた、天使に連れて行かれたって聞いたけど……」

 ……やっぱり、噂になっていたか。
 けれど、それなら話は早い。

「私の執務室に来ていただけますか? レヴィアスさんの怪我を見てもらいたくて」

 ナナリーは一瞬驚いたような顔をしてから、すぐに荷物を持って立ち上がった。

 
「……で、ボロボロになったって訳ね」

 執務室のソファに腰掛けて治療をしながら、ナナリーは顔を顰めた。
 シオンの力では、大きな傷をなんとか塞ぐだけで精一杯だったのだ。
 
 ナナリーは相変わらずの手際で傷を確認しながら処置をしていく。
 すると、次第に彼女の表情が険しくなった。

「あなた……放っておいた傷、結構あるでしょう」

「ええっ!?」

 シオンが驚いて声を上げると、レヴィアスは少々きまりの悪そうな顔で目を逸らした。
 無茶な仕事の仕方をしているとは聞いていたが、どうやら想像を超えていたようだ。

「はい、これでおしまい。シオンのお陰で大事には至らなかったのと……大きな傷も、急所は避けられていたみたいね」

 その言葉に、シオンはふ、と口を閉じた。
 雨の中、レヴィアスを見下ろしていたエリオルの顔が浮かぶ。

「喧嘩の手当はもう御免だから」

 釘を刺すような口調でそう言った後、ナナリーはシオンに毛布、レヴィアスに着替えを手渡した。
 すっかり冷え切っていた体に、毛足の長い毛布のぬくもりがじわりと染みる。

「今日はもう仕事は終わりにすること、数日安静。それじゃあ」

 それだけ言うと、ナナリーはつかつかと部屋から出ていった。
 改めて、ナナリーは怒らせると怖い。

 彼女が出ていった後の執務室が、一気にしん、と静まりかえった。

 レヴィアスに背を向けてもぞもぞと毛布にくるまる。

「あの、あっちを向いていますので、着替えをどうぞ」

 さすがに血まみれの服で城内を歩くのはまずいだろう。
 するするという衣擦れの音に少しだけドキッとしながら、シオンは毛布の中で目を閉じていた。

「……あなたに怪我は有りませんでしたか」

 着替えを済ませたレヴィアスが口を開く。
 シオンはそっと振り返って、頷いた。

「私は、雨に濡れただけです」

「エリオルにされたことは?」

「え?」

 一瞬、何のことか分からずに首をひねる。
 じっとこちらを見つめるレヴィアスの表情は、何故だか少し不機嫌そうだ。

「あっ……」

 思い当たることがあり、シオンは小さく声を上げた。
 レヴィアスがシオンを抱える直前の、エリオルとの接触のことだろうか。

「な、……何にもないです」

 何もないのは事実なのに、なぜか含みを持たせたような響きになってしまった。
 レヴィアスの眉間にしわが刻まれる。
 シオンの背に、ひやりとした汗が伝った。

「本当に。……エリオルさんに、そんなつもりが無いのはわかっていましたから」

 これも事実だった。
 エリオルは積極的に触れてくるが、そこに特別な心は無い。
 シオンに対する接触は、彼にとって何かを引き起こすための『引き金』でしかないのだ。

「そうですか」

 ぽつ、とそう呟き、レヴィアスは瞳を伏せた。
 再び訪れる静寂を、シオンは不思議と心地よく感じながら――

「何があったのか、教えてもらえますか?」

 意思を持って、踏み込む。
 レヴィアスも、それを理解しているかのように、静かに頷いた。

「私が、エリオルの恋人を殺したというのは事実です」

 ……覚悟はしているつもりだった。 
 それでも、心が少しざわついた。
 動揺を見せないように、シオンは毛布の中で両手をぎゅっと握る。

「私とエリオル、……その恋人のサーラは、幼馴染でした」

 淡々と、それでも幾分かゆっくりとしたレヴィアスの口調に、シオンは彼の葛藤を見た気がした。
 レヴィアスの言葉と、ふたり分の息遣いが部屋に静かに響いている。

「私に、サーラを殺す理由などなかった。……彼女からの頼みでなければ」

「頼み……?」

 じわりと肌を焦がすような言葉に、シオンは乾いた声で呟いた。
 数回、静かに呼吸して、レヴィアスは再び口を開く。

「天使だけが侵される奇病があります。一度かかると、じわじわと症状が進行し、治癒は見込めない」

 そう言って、そっと目を伏せる。
 
「天使にとっては致命的な病――そして、『死に至ることはできない病』です」

「どういうことですか……?」

「肌が硬く、木の皮のように変質していきます。髪はすすがかかったようにくすみ、翼は……羽根が抜け落ち、やがて壊死する」

 シオンは、エリオルの言葉を思い出していた。
 彼はどこか忌々し気に語っていたのだ。
 天界のことを、『美しさと力だけが物を言うような社会』だと。

 それが意味することが、今はっきりと分かった。

「病に侵された天使は隔離され、一生涯を石造りの塔に幽閉されながら過ごします。……気の遠くなるような、長い時間を」

 ぐっ、とシオンは息を飲む。
 それから、大切なことをひとつ尋ねた。

「サーラさんが、その病にかかってしまったんですね?」

 レヴィアスは静かに肯定した。

「サーラは私に言いました。……殺してほしいと」

 そう言うレヴィアスの瞳に、感情の揺らぎは見られなかった。

「エリオルには決して悟られたくないと、それだけが彼女の願いでした」

 シオンは、はっきりと理解した。
 ――彼は、サーラを手に掛けたことを後悔していない。
 背負うことを覚悟したのだ。

「そう……でしたか」

 彼の判断を否定も、肯定もすることができなかった。
 彼女を手に掛けたその咎を引き受け、レヴィアスは天界から堕ちた。

 サーラの選択は残酷なものだった。
 彼女はエリオルを守りたかった。
 だから、エリオルを『選ばなかった』。

 こみ上げる感情を何とか飲み込もうと、シオンは喉に力を籠める。
 掛ける言葉が見つからないぶん、シオンはレヴィアスの手に触れた。

 沢山のものを手放した彼と、少しでも何かを分かち合えたなら。
 理解が及ばないぶん、包んであげられたなら。

 シオンはくるまっていた毛布を脱ぎ、勢いよくレヴィアスに向かって広げた。
 スポッと頭から毛布をかぶるような格好になったレヴィアスが、一瞬目を見開く。

 胸でつっかえている気持ちを解きほぐす。
 そんな思いで、シオンはまるで大型犬をタオルで拭くように、レヴィアスの頭をガシガシと撫でた。

「っ……シオン?」

 ぐらぐらと揺れながら、レヴィアスが戸惑ったようにこちらを見上げる。
 その目は、やはり大きな犬を思わせて、シオンは思わずくすっと笑った。

 視線を合わせるように顔を近づけ、精いっぱいの笑顔を浮かべる。

「……話してくれて、ありがとうございます」

 それから、毛布越しにそっと彼の体を抱きしめる。

「私が、……そばにいてもいいですか?」

 伝えるのが、少しだけ怖かった。
 すぐに自信を失ってしまう自分の弱さも、嫌というほど自覚したからだ。

 それでも伝えずにはいられなかった。

 シオンは背中に、大きな手のひらの温度を感じた。
 そして――

 ゆっくりと、その手がシオンの背を抱いた。
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