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アリアナの茶会を終えた頃には七月になっていた。
夏期休暇まであと一月、サラは六十階まで行けるようになっていた。
とはいえ、まだ一泊しても帰宅時間ギリギリに到達できるくらいであったので、ボス討伐にかかる時間を考慮すると、まだまだ修行が必要であった。
王太子は八月半ばから休暇が取れるといい、サラがAランクに上がったら、残りの日数は六十一階からの攻略に当てよう、という話になっていた。
「カイルさん達も参加できそうなの?」
「ああ、二人とも休暇を取るらしい」
「そっか。カイルさんとリディアさん、久しぶりに会えるね」
「攻略に合流することになってる。ボス戦は殿下と俺と、リアムさんがAランクで規定人数。サラと残りBランク二名…どうするかな。必要か?」
「六名いた方がいいんでしょう?」
「そうとも言い切れない」
「そうなの?でも同ランクメンバーで組むなら、十二人までのパーティーが必要だよね。強いんでしょう?」
学園へと登校途中の馬車の中で、ボス戦の方針について兄妹で話し合う。
Aランクに上がる為に倒さねばらない六十階ボスの条件は、Bランクメンバーのみで挑む場合は十二人まで、ヘルプを入れる場合はAランク三名、Bランク三名の六名までで挑むこととなっている。
「まぁそうなんだが。…日程が決まったら、早めにメンバー募集の掲示をしておいた方がいいかもしれないな。選別したい」
「うん。私もボスの情報集めておかないと」
「そうだな。…ああ、週末はクラスメートのヘルプに行くんだっけ?」
兄にはいつもダンジョン攻略を手伝ってもらっている為、ここ最近の予定は全て共有することになっていた。
「あ、そうなの。二十階のボスを倒しに行くんだけど、見守りに行こうかなって」
「うん?実力に不安があるメンバーなのか?」
「違う違う。実はね」
グレゴリー侯爵令嬢が試験の為にやっていた方法を兄に話すと、兄はなるほどと頷いた。
「その話は俺も聞いてる」
「そっか。ボスに集中して欲しいから、十九階までは私が先頭で走ろうかな、と思ってるの」
「十九階?」
「信じてるけど、それでも彼らの実力がわからないから、十九階は彼らに戦ってもらって力を見せてもらえれば、アドバイスもしやすいかなって」
「そうだな。じゃぁ俺も一緒に行こう」
「えっ?でもお兄様にメリット何もないよ?」
見守りにまでついて来てもらうのは申し訳ない。サラはそう言ったのだが、兄は気にするなと笑う。
「そういうのはいいよ。おまえの友達なんだろう?挨拶くらいはさせてくれ」
「うん、わかった。ありがとう」
今までサラには友人らしい友人がいなかったので、心配してくれているのだろうと思えば断るのも気が引けた。
週末共にダンジョン攻略を行うようになってから、兄は今まで以上にサラのことを気にかけてくれるようになったと思う。
王太子パーティーでの攻略が休止しているからなのだろうが、それでもサラは嬉しいと思うのだった。
学園に着き馬車を降りて、エントランスで兄と別れる。
授業を受けランチを済ませた午後、選択科目の騎士科の授業が臨時で休講になったことを移動先の教室の張り紙で知ったサラは、思わぬ空き時間に戸惑った。
今日に限ってエントランスの掲示板の確認を怠っており、休講の案内に気づかなかったのだ。
同じ講義を取っているクラスメートはおらず、午前の付呪の講義でもジョナス以外に親しく話すような知り合いはいない。
人に教えてもらえるタイミングもなかった。
本日の講義は座学の予定で、着替えの必要がなかったことだけは救いであった。
着替えた後で気づいたら、脱力感がすごかったことだろう。
サラと同じように張り紙を見てため息をついている生徒が数名いて、自分だけでなくて良かった、と救いにもならない安堵の気持ちを抱いたのも束の間、さてどうしようかと考える。
窓の外は真夏の薄い青空に白い雲が浮いており、いい天気である。
外を出歩くのは暑そうだな、と思えば、行ける所は限られていた。
サラは踵を返して歩き出す。
目的地は、図書室だった。
授業は目一杯入れているし、ランチはだいたい誰かと共にすることが多く、一人になることは滅多にない。授業位だ。
休憩時間は移動に費やしているし、授業が終われば生徒会、生徒会が終われば兄と共に帰宅する毎日であるので、実のところ校内を自由に歩き回った経験がほとんどなかった。
サラと同じようにあまり出歩くことなく迷子になる生徒もいるのだろう、階段の踊り場には必ず校内地図が掲示されており、現在地を確認することができるので親切だった。
図書室の場所を確認して、移動する。
図書室は空間が広く取ってあり、座席数も多くテーブルも大きい。
ずらりと並んだ書棚の蔵書は、そこそこ、と言った印象であった。
本好きである母が集めた自宅の蔵書よりは当然多いしジャンルも多岐に渡っているが、一つ一つのジャンルの専門書の質はそれほどでもない、と感じる。
王宮図書館の方が専門書の品揃えは豊富だった。
学園の図書室はあくまでも一般書をメインに取り扱っているのだろう。
生徒の試験対応や論文対応ができるレベルの物を置いているといった印象であり、冒険者に必要な魔法書は、Cランクまでのものしか置いていなかった。
残念な気持ちになりながら、書棚を見て回る。
授業中ということもあり、図書室にいる生徒は数名で閑散としており、静かで過ごしやすかった。
各国の歴史書の棚を見つけ、タイトルを確認する。
我が国の歴史だけでなく、他国の物も色々あった。
だいたいは自宅の書庫で読んだことのある本である。
サラの名づけの元になった東国の剣姫の戦記もあり、懐かしくなった。
幼い頃、誕生日に剣姫サーラを題材とした絵本をもらったのだ。
強く、美しく、前向きで諦めない。
精霊の力を借りて東国随一の剣姫となり、亜人族と同盟を結びスタンピードで共に戦った、サラの憧れの存在でもある。
過去東国の人族は亜人族と敵対していたこともある。同盟の申し出も何度も断られ、邪険に扱われ、殺されそうになっても剣姫は諦めなかった。
貿易を始め、外交を始めた。全て剣姫が指揮を取り、やがて信頼を勝ち取った。
剣姫サーラの物語はたくさん出版されていて、一時期夢中になって読み耽ったものだった。
学者による、サーラ女王の功績についての考察や研究も読んだことがあるが、物語のような純粋な成功物語ではないことも知ったのだった。
称賛があれば批判もある。
今でこそ亜人族との同盟は東国の歴史として当たり前のように我が国では受け入れているが、東国イストファガスにおいては今でも反対派はいるらしい。
美しく一つにまとまる、ということの難しさ、多様性というものの複雑さを学んだのである。
手に取ったのは、誕生日で買ってもらった最初の絵本であった。
ボロボロになってしまったサラの絵本は今、テントの書庫に置いてある。
懐かしさの余り表紙を撫で、微笑んだ。
この絵本はサーラが精霊と契約を結ぶ所から始まり、剣姫となり、亜人族と手を取り合ってスタンピードに立ち向かい、見事打ち破って最後は笑顔で王位に就く、と言う所で終わっている。
信じて努力をすれば夢は叶う、というシンプルな内容で、絵も美しく読みやすい。
時間を潰すにはちょうどいいかと手に持って、テーブル席へと向かった。
「…サラ嬢?」
声をかけられ顔を上げ、サラは驚きに目を瞬いた。
そしてすぐに礼をし、笑いながら近づいてくる相手の反応を待つ。
「王太子殿下、ご機嫌うるわしく」
サラが頭を下げれば、数人いた生徒達も慌てて立ち上がって頭を下げた。
王太子は周囲に手を振りながら、鷹揚に頷く。
「ああ、頭を上げて欲しい。どうぞ続けて。…こんな所で会うなんて、奇遇だね」
背後に侍従を従え、さらに離れた所には護衛騎士が周囲を見渡していた。
「講義が休講になりましたので、こちらに」
「私は公務が半端に終わってね。時間潰しさ」
「そうなのですか」
静かな図書室では声が響く。
自然音量を抑え囁くような声になるが、王太子もまた同じように小声で囁く。
「それ、古い絵本だね」
サラが持つ絵本に視線を向け、王太子が笑顔を向けた。
サラもまた笑顔になり、絵本を見る。
「両親に買ってもらった最初の絵本なんです。懐かしくて、つい」
「そう。やっぱりサーラ女王は好きなの?」
「はい。私の名前の由来になった方ですから」
「ああ、やっぱりそうなんだ。クリスが一時期、君がサーラ女王関連の本を探していると言っていたことがある」
「今でも興味はありますが…数年前までは書店を回ったり、王宮図書館でも探していました」
「そうなんだね。そういえば最近、精霊王国で出版されたサーラ女王についての本のことは知っている?」
「それは…どんな本でしょう?」
王太子に窓際の席を勧められて座れば、隣に王太子もまた着席した。
後ろには侍従が控え、少し離れて護衛騎士が立つ。
隣に座っていいのだろうか、と侍従を見上げるが、侍従は穏やかに頷いたのだった。
反対されないのならいいか、とサラは思い、王太子に向き直る。
「サーラ女王は元々、精霊王国に嫁いだ東国の王女が王太子に離縁され、連れ帰って来た娘だ。それが精霊と契約を交わし、剣姫と呼ばれる程の存在になり、やがてはスタンピードを収束させて女王となった。王国としては面白くない話題だ。そんな王国人が書いたサーラ女王の考察本…という名の、精霊王国万歳、東国は精霊を奪った盗賊、という酷い内容だよ」
「…そんな内容でよく出版が許されましたね…」
唖然とするサラに肩を竦めて見せ、王太子もまた頷く。
「他国に流通させる予定のない、国内向けの本だからね。…まぁ私は立場上手に入れることが適ったけれど。読みたいかい?」
「読みたいですが…私が読んでいいのですか?」
「構わないよ。ただ読み終わったら返却してもらわないといけないんだけど」
「もちろんです」
「じゃぁせっかくの機会だし、今渡そう。興味があるか聞いてみようと思っていたんだ。ちょうど良かった」
そう言って、マジックバッグから取り出した書籍は立派な装丁の、分厚い本だった。
受け取るとずしりと重みがある。
サラは礼を言い、表紙を撫でた。
「貴族向け、といった感じですね」
「まさにそう。王国の学園に置かれるんだそうだよ」
「…そうなんですか」
「偏った教育をしていそうで、ちょっと不安になるね」
「違った見方をした研究書も置いてあるんですよ…ね?」
「そう思いたいね」
苦笑交じりの王太子は、内実を知っているのか窺い知ることはできなかった。
それから少し東国や精霊王国の話をし、授業終了の鐘が鳴った。
サラは自分のマジックバッグに借りた本を収納し、もう一度王太子に頭を下げた。
「貴重な本をお貸し頂き、ありがとうございます。早めにお返しできるようにします」
「急がないからゆっくりで構わないよ。君がAランクになれば、パーティーメンバーとして共に行動するようになることだし」
「よろしいのですか?」
「うん、私はもう読んだからね。後はクリスが読みたいと言えば貸してやらんこともない、って所かな」
その言い方に、サラは笑う。
王太子もまた軽く笑い、共に図書室を出て、各々の講義がある為そこで別れた。
持つべきものは王太子の友人でいてくれる兄である。
こんなに貴重な本を借りられるとは。
サラは内心スキップしたい気持ちを抑え、次の講義の教室へと向かうのだった。
その後は特に何もなく、生徒会で仕事をこなして、兄と共に帰宅する為馬車に乗る。
図書室で王太子殿下に会って少し話をしたこと、本を借りたことを話せば、兄はやれやれと肩を竦めながら「サラが読み終わったら貸してくれって、言っておく」と苦笑した。
帰宅し、自室に戻る。制服から部屋着に着替えている間に、ユナはサラの茶を入れ、一礼してそのまま部屋を出ていった。
…普通のメイドは主の許しがあるまで部屋の端に控えているものでは?と思ったが、メリッサとユナにその意識はないようだった。
サラもいちいち注意するのも面倒で期待もしていないので、最低限のことをやってくれればそれで良い、と思っている。
勉強机に向かうと、引き出しを確認するのは日課となっていた。
見られて困るものは入っていないが、引き出しを開けたとき、明らかに物色した跡があると気味が悪い。
魔力の痕跡で、メリッサとユナだということはわかっている。
引き出しだけでなく、クローゼットや宝飾品入れも毎日確認するようにしていた。
メイドの仕事というよりもはや、泥棒のような所業に信用ならないのだが、家族が何も言わないということは、彼女達を泳がせているのだろうと察していた。
宝飾品入れを確認し、魔力の乱れを感じる。
定期的に手入れをする宝飾品には、手入れをするメイドの魔力が残るものなのだが、その魔力が乱れていた。
箱を開けると、いつもと変わらない宝飾品が入っており安堵するが、魔力の乱れの原因は、他の魔力の干渉によるものだった。
サラは何事もなかったように箱を戻し、部屋へと戻る。
魔力の痕跡を知ることが出来る能力は、母から継いだものである。
父も兄も、他にも使えるという者には会ったことがなく、これが特別な能力であることを知ったのだった。
母は公言しておらず、サラもまた他人に言うことはない。
いらぬ面倒に巻き込まれたくないからだ。
この能力は派手な効果は発揮しないが、こういう時には役に立つのだ。
それ以後メリッサの姿が消えたが、誰も何も言わなかった。
夏期休暇まであと一月、サラは六十階まで行けるようになっていた。
とはいえ、まだ一泊しても帰宅時間ギリギリに到達できるくらいであったので、ボス討伐にかかる時間を考慮すると、まだまだ修行が必要であった。
王太子は八月半ばから休暇が取れるといい、サラがAランクに上がったら、残りの日数は六十一階からの攻略に当てよう、という話になっていた。
「カイルさん達も参加できそうなの?」
「ああ、二人とも休暇を取るらしい」
「そっか。カイルさんとリディアさん、久しぶりに会えるね」
「攻略に合流することになってる。ボス戦は殿下と俺と、リアムさんがAランクで規定人数。サラと残りBランク二名…どうするかな。必要か?」
「六名いた方がいいんでしょう?」
「そうとも言い切れない」
「そうなの?でも同ランクメンバーで組むなら、十二人までのパーティーが必要だよね。強いんでしょう?」
学園へと登校途中の馬車の中で、ボス戦の方針について兄妹で話し合う。
Aランクに上がる為に倒さねばらない六十階ボスの条件は、Bランクメンバーのみで挑む場合は十二人まで、ヘルプを入れる場合はAランク三名、Bランク三名の六名までで挑むこととなっている。
「まぁそうなんだが。…日程が決まったら、早めにメンバー募集の掲示をしておいた方がいいかもしれないな。選別したい」
「うん。私もボスの情報集めておかないと」
「そうだな。…ああ、週末はクラスメートのヘルプに行くんだっけ?」
兄にはいつもダンジョン攻略を手伝ってもらっている為、ここ最近の予定は全て共有することになっていた。
「あ、そうなの。二十階のボスを倒しに行くんだけど、見守りに行こうかなって」
「うん?実力に不安があるメンバーなのか?」
「違う違う。実はね」
グレゴリー侯爵令嬢が試験の為にやっていた方法を兄に話すと、兄はなるほどと頷いた。
「その話は俺も聞いてる」
「そっか。ボスに集中して欲しいから、十九階までは私が先頭で走ろうかな、と思ってるの」
「十九階?」
「信じてるけど、それでも彼らの実力がわからないから、十九階は彼らに戦ってもらって力を見せてもらえれば、アドバイスもしやすいかなって」
「そうだな。じゃぁ俺も一緒に行こう」
「えっ?でもお兄様にメリット何もないよ?」
見守りにまでついて来てもらうのは申し訳ない。サラはそう言ったのだが、兄は気にするなと笑う。
「そういうのはいいよ。おまえの友達なんだろう?挨拶くらいはさせてくれ」
「うん、わかった。ありがとう」
今までサラには友人らしい友人がいなかったので、心配してくれているのだろうと思えば断るのも気が引けた。
週末共にダンジョン攻略を行うようになってから、兄は今まで以上にサラのことを気にかけてくれるようになったと思う。
王太子パーティーでの攻略が休止しているからなのだろうが、それでもサラは嬉しいと思うのだった。
学園に着き馬車を降りて、エントランスで兄と別れる。
授業を受けランチを済ませた午後、選択科目の騎士科の授業が臨時で休講になったことを移動先の教室の張り紙で知ったサラは、思わぬ空き時間に戸惑った。
今日に限ってエントランスの掲示板の確認を怠っており、休講の案内に気づかなかったのだ。
同じ講義を取っているクラスメートはおらず、午前の付呪の講義でもジョナス以外に親しく話すような知り合いはいない。
人に教えてもらえるタイミングもなかった。
本日の講義は座学の予定で、着替えの必要がなかったことだけは救いであった。
着替えた後で気づいたら、脱力感がすごかったことだろう。
サラと同じように張り紙を見てため息をついている生徒が数名いて、自分だけでなくて良かった、と救いにもならない安堵の気持ちを抱いたのも束の間、さてどうしようかと考える。
窓の外は真夏の薄い青空に白い雲が浮いており、いい天気である。
外を出歩くのは暑そうだな、と思えば、行ける所は限られていた。
サラは踵を返して歩き出す。
目的地は、図書室だった。
授業は目一杯入れているし、ランチはだいたい誰かと共にすることが多く、一人になることは滅多にない。授業位だ。
休憩時間は移動に費やしているし、授業が終われば生徒会、生徒会が終われば兄と共に帰宅する毎日であるので、実のところ校内を自由に歩き回った経験がほとんどなかった。
サラと同じようにあまり出歩くことなく迷子になる生徒もいるのだろう、階段の踊り場には必ず校内地図が掲示されており、現在地を確認することができるので親切だった。
図書室の場所を確認して、移動する。
図書室は空間が広く取ってあり、座席数も多くテーブルも大きい。
ずらりと並んだ書棚の蔵書は、そこそこ、と言った印象であった。
本好きである母が集めた自宅の蔵書よりは当然多いしジャンルも多岐に渡っているが、一つ一つのジャンルの専門書の質はそれほどでもない、と感じる。
王宮図書館の方が専門書の品揃えは豊富だった。
学園の図書室はあくまでも一般書をメインに取り扱っているのだろう。
生徒の試験対応や論文対応ができるレベルの物を置いているといった印象であり、冒険者に必要な魔法書は、Cランクまでのものしか置いていなかった。
残念な気持ちになりながら、書棚を見て回る。
授業中ということもあり、図書室にいる生徒は数名で閑散としており、静かで過ごしやすかった。
各国の歴史書の棚を見つけ、タイトルを確認する。
我が国の歴史だけでなく、他国の物も色々あった。
だいたいは自宅の書庫で読んだことのある本である。
サラの名づけの元になった東国の剣姫の戦記もあり、懐かしくなった。
幼い頃、誕生日に剣姫サーラを題材とした絵本をもらったのだ。
強く、美しく、前向きで諦めない。
精霊の力を借りて東国随一の剣姫となり、亜人族と同盟を結びスタンピードで共に戦った、サラの憧れの存在でもある。
過去東国の人族は亜人族と敵対していたこともある。同盟の申し出も何度も断られ、邪険に扱われ、殺されそうになっても剣姫は諦めなかった。
貿易を始め、外交を始めた。全て剣姫が指揮を取り、やがて信頼を勝ち取った。
剣姫サーラの物語はたくさん出版されていて、一時期夢中になって読み耽ったものだった。
学者による、サーラ女王の功績についての考察や研究も読んだことがあるが、物語のような純粋な成功物語ではないことも知ったのだった。
称賛があれば批判もある。
今でこそ亜人族との同盟は東国の歴史として当たり前のように我が国では受け入れているが、東国イストファガスにおいては今でも反対派はいるらしい。
美しく一つにまとまる、ということの難しさ、多様性というものの複雑さを学んだのである。
手に取ったのは、誕生日で買ってもらった最初の絵本であった。
ボロボロになってしまったサラの絵本は今、テントの書庫に置いてある。
懐かしさの余り表紙を撫で、微笑んだ。
この絵本はサーラが精霊と契約を結ぶ所から始まり、剣姫となり、亜人族と手を取り合ってスタンピードに立ち向かい、見事打ち破って最後は笑顔で王位に就く、と言う所で終わっている。
信じて努力をすれば夢は叶う、というシンプルな内容で、絵も美しく読みやすい。
時間を潰すにはちょうどいいかと手に持って、テーブル席へと向かった。
「…サラ嬢?」
声をかけられ顔を上げ、サラは驚きに目を瞬いた。
そしてすぐに礼をし、笑いながら近づいてくる相手の反応を待つ。
「王太子殿下、ご機嫌うるわしく」
サラが頭を下げれば、数人いた生徒達も慌てて立ち上がって頭を下げた。
王太子は周囲に手を振りながら、鷹揚に頷く。
「ああ、頭を上げて欲しい。どうぞ続けて。…こんな所で会うなんて、奇遇だね」
背後に侍従を従え、さらに離れた所には護衛騎士が周囲を見渡していた。
「講義が休講になりましたので、こちらに」
「私は公務が半端に終わってね。時間潰しさ」
「そうなのですか」
静かな図書室では声が響く。
自然音量を抑え囁くような声になるが、王太子もまた同じように小声で囁く。
「それ、古い絵本だね」
サラが持つ絵本に視線を向け、王太子が笑顔を向けた。
サラもまた笑顔になり、絵本を見る。
「両親に買ってもらった最初の絵本なんです。懐かしくて、つい」
「そう。やっぱりサーラ女王は好きなの?」
「はい。私の名前の由来になった方ですから」
「ああ、やっぱりそうなんだ。クリスが一時期、君がサーラ女王関連の本を探していると言っていたことがある」
「今でも興味はありますが…数年前までは書店を回ったり、王宮図書館でも探していました」
「そうなんだね。そういえば最近、精霊王国で出版されたサーラ女王についての本のことは知っている?」
「それは…どんな本でしょう?」
王太子に窓際の席を勧められて座れば、隣に王太子もまた着席した。
後ろには侍従が控え、少し離れて護衛騎士が立つ。
隣に座っていいのだろうか、と侍従を見上げるが、侍従は穏やかに頷いたのだった。
反対されないのならいいか、とサラは思い、王太子に向き直る。
「サーラ女王は元々、精霊王国に嫁いだ東国の王女が王太子に離縁され、連れ帰って来た娘だ。それが精霊と契約を交わし、剣姫と呼ばれる程の存在になり、やがてはスタンピードを収束させて女王となった。王国としては面白くない話題だ。そんな王国人が書いたサーラ女王の考察本…という名の、精霊王国万歳、東国は精霊を奪った盗賊、という酷い内容だよ」
「…そんな内容でよく出版が許されましたね…」
唖然とするサラに肩を竦めて見せ、王太子もまた頷く。
「他国に流通させる予定のない、国内向けの本だからね。…まぁ私は立場上手に入れることが適ったけれど。読みたいかい?」
「読みたいですが…私が読んでいいのですか?」
「構わないよ。ただ読み終わったら返却してもらわないといけないんだけど」
「もちろんです」
「じゃぁせっかくの機会だし、今渡そう。興味があるか聞いてみようと思っていたんだ。ちょうど良かった」
そう言って、マジックバッグから取り出した書籍は立派な装丁の、分厚い本だった。
受け取るとずしりと重みがある。
サラは礼を言い、表紙を撫でた。
「貴族向け、といった感じですね」
「まさにそう。王国の学園に置かれるんだそうだよ」
「…そうなんですか」
「偏った教育をしていそうで、ちょっと不安になるね」
「違った見方をした研究書も置いてあるんですよ…ね?」
「そう思いたいね」
苦笑交じりの王太子は、内実を知っているのか窺い知ることはできなかった。
それから少し東国や精霊王国の話をし、授業終了の鐘が鳴った。
サラは自分のマジックバッグに借りた本を収納し、もう一度王太子に頭を下げた。
「貴重な本をお貸し頂き、ありがとうございます。早めにお返しできるようにします」
「急がないからゆっくりで構わないよ。君がAランクになれば、パーティーメンバーとして共に行動するようになることだし」
「よろしいのですか?」
「うん、私はもう読んだからね。後はクリスが読みたいと言えば貸してやらんこともない、って所かな」
その言い方に、サラは笑う。
王太子もまた軽く笑い、共に図書室を出て、各々の講義がある為そこで別れた。
持つべきものは王太子の友人でいてくれる兄である。
こんなに貴重な本を借りられるとは。
サラは内心スキップしたい気持ちを抑え、次の講義の教室へと向かうのだった。
その後は特に何もなく、生徒会で仕事をこなして、兄と共に帰宅する為馬車に乗る。
図書室で王太子殿下に会って少し話をしたこと、本を借りたことを話せば、兄はやれやれと肩を竦めながら「サラが読み終わったら貸してくれって、言っておく」と苦笑した。
帰宅し、自室に戻る。制服から部屋着に着替えている間に、ユナはサラの茶を入れ、一礼してそのまま部屋を出ていった。
…普通のメイドは主の許しがあるまで部屋の端に控えているものでは?と思ったが、メリッサとユナにその意識はないようだった。
サラもいちいち注意するのも面倒で期待もしていないので、最低限のことをやってくれればそれで良い、と思っている。
勉強机に向かうと、引き出しを確認するのは日課となっていた。
見られて困るものは入っていないが、引き出しを開けたとき、明らかに物色した跡があると気味が悪い。
魔力の痕跡で、メリッサとユナだということはわかっている。
引き出しだけでなく、クローゼットや宝飾品入れも毎日確認するようにしていた。
メイドの仕事というよりもはや、泥棒のような所業に信用ならないのだが、家族が何も言わないということは、彼女達を泳がせているのだろうと察していた。
宝飾品入れを確認し、魔力の乱れを感じる。
定期的に手入れをする宝飾品には、手入れをするメイドの魔力が残るものなのだが、その魔力が乱れていた。
箱を開けると、いつもと変わらない宝飾品が入っており安堵するが、魔力の乱れの原因は、他の魔力の干渉によるものだった。
サラは何事もなかったように箱を戻し、部屋へと戻る。
魔力の痕跡を知ることが出来る能力は、母から継いだものである。
父も兄も、他にも使えるという者には会ったことがなく、これが特別な能力であることを知ったのだった。
母は公言しておらず、サラもまた他人に言うことはない。
いらぬ面倒に巻き込まれたくないからだ。
この能力は派手な効果は発揮しないが、こういう時には役に立つのだ。
それ以後メリッサの姿が消えたが、誰も何も言わなかった。
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