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26.

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 週末、午前八時にダンジョン前広場に行くと、すでにクラスメート四名が揃っていた。
 それぞれが冒険者の装いで、ランク相応の物だった。
「おはようございます」
 サラが声をかければ、気づいた四人が振り向いた。
「おはよう、サラ嬢。…そちらはお兄様では?」
 ジャンがサラの後ろにいる兄に気づき、ぽかんと口を開けた。
 兄は穏やかに微笑みながら、皆を見る。
「やぁ、おはよう。今日はサラの友達の昇級試験だというからね。見届けようと思って付き添いだよ。俺のことは気にしないで」
「まぁ…!光栄ですわ…!」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「受験方法は、事前に説明した通りです。それでよろしいですか?」
 サラが言えば、四人の表情が真剣味を帯びた物へと変わった。
「もちろんですわ」
「僕達、サラ嬢とクラスメートになれて本当に良かったよ」
「ありがたい」
「俺もそんな方法があるなんて、思っても見なかったぜ」
「手間がかかってしまうので、人数が半端な時にしか使えませんが、皆一緒に昇級する為には有効ですよね」
「そうだね」
「これも経験ですわ」
「うんうん」
 エリザベスは、両親を説得してみせる、と豪語しただけあって、本当に説得してしまったのだった。
 当初は渋っていた両親も、護衛付きで、時間通りに帰宅する娘を見て、何も言わなくなったらしい。
 四人は順調にレベル上げをこなして、ついに今日、試験を受ける。
「今日はボス戦に集中してもらう為に、十一階から十八階は、私が引率しますね。十九階は、皆様の戦力を見る場とさせて下さい」
「ああ、僕達の成長を見て欲しい」
 ジャンが胸を張って言うが、リチャードが隣で首を傾げた。
「…ていうか、サラ嬢は俺らの強さ全く知らないんじゃ?」
「あっ…」
「わたくし達もちゃんと戦えるという所を、見て頂きましょう」
「そうだな」
「では行きましょうか」
 いい雰囲気でやれているようで安堵しながらサラが声をかけると、ジャンに呼び止められた。
「あ、待ってくれサラ嬢。途中の戦利品は、全部君が持って帰ってくれないか?」
「…はい?」
「世話になるのにそれだけでは申し訳ないんだが、可能であればボスのドロップ品も持って帰って欲しい。これは皆の総意なんだ」
「…え…でも」
 兄と顔を見合わせれば、兄は優しく笑って見せた。
「ありがたく持って帰るといい。回収は俺がやろう。おまえは倒すことだけに集中しろ」
「うん、ありがとう。…では遠慮なく、頂きますね。でも十九階とボスは皆様が倒すのですから、皆様で持って帰って下さいね」
「じゃぁそうさせてもらおう」
 和やかな雰囲気の中、十一階へと飛んだ。
 兄は本当に後ろからついて来る気らしく、前に出ようとしない。
 サラはパーティー戦では使うことのない、片手剣を抜いた。
「サラ様、前衛なのですか?わたくしてっきり後衛なのかと思っておりました」
 エリザベスが感動したように言うのを、申し訳なさそうにサラは返す。
「いえ、パーティー戦では後衛です。ソロの場合は剣をメインに使うことが多いです」
「まぁ、そうなのですね」
「サラ嬢が剣を振るう姿は貴重、ということかな」
「楽しみだ」
「では足を止めることなく駆け抜けたいと思います。もし休憩したい場合には、声をかけて下さいね」
「はい」
「了解」
「では、行きます」
 サラは一度目を閉じ深呼吸をした。
 ゆっくりと目を開き、走り出す。
 左手に杖を持った。
 前方、複数敵が固まっている場所に範囲魔法を撃ち込む。
 範囲から漏れた敵がこちらに向かって来るので、剣で一閃して打ち倒す。
 バラバラとやって来る敵は、走り抜け様魔法を放ち刃を振るって切り捨てる。
 進行方向で絡みそうな敵のみ排除し、それ以外は無視して走り抜けた。
 後ろから皆がついて来る気配に安堵し、階段を下りさらに先へ。
 複数いる場所には範囲魔法をどんどん撃ち込んで数を減らし、向かってくる敵が固まっている所にまた魔法を撃つ。横から来る敵を斬る。やはり魔法の方が無意識で使っているな、と実感しながら先へと進む。
 大型の熊と、周囲に狼の群れがいる場所には、先に狼と熊の中心に範囲魔法を打ち、熊に足止め魔法を入れながら、向かって来る狼を薙ぎ払う。
 範囲魔法で瀕死になっている熊の動きは鈍い為、一撃加えればすぐに倒せた。
 十八階までノンストップで駆け抜けて、十九階に辿り着く。
 後ろを振り返れば、満足げな笑みを浮かべる兄と、呆然とした様子のクラスメートが対照的だった。
「…どうしました?」
 声をかけると、リチャードが大きくため息をついた。
「サラ嬢は…前衛としてもやって行けそうだな…」
「そうでしょうか?」
「サラ様、素晴らしかったです。まるで演武のような…戦闘がこれほど美しいだなんて、わたくし感動致しました」
「あ、ありがとうございます…?」
「驚いた。本当にサラ嬢はBランク冒険者なんだな…いや、知っていたとも。知っていたが、外見とのギャップに驚いている」
「…そうですか?剣は毎日、父と兄と稽古しているので、そこそこ戦えるんですよ」
「そこそこというレベルじゃない」
 四人に突っ込まれ、サラは戸惑う。
 今まで戦闘で他人に褒められた記憶といえば、兄とリアムくらいであった。
 気心知れたメンバーであるから、褒めてくれることもあるだろう、と思っていたのだが、今回四人に褒められて、サラは嬉しかった。
「嬉しいです。ありがとうございます。…十九階に到達しましたので、ここからは皆様、お願いしますね」
「おう」
「任せてくれ」
「見ていて下さいましね、サラ様!」
「頑張る」
 四人の戦闘は連携が取れており、役割分担もしっかりしていて安定感があった。
 レベルも申し分なく、危なくなる場面もなかった。
 兄を見れば、兄も頷いた。
 これなら、問題なく倒せそうである。
 二十階に到着し、扉前でサラは皆に向き直る。
「最初はバーナード様、エリザベス様、ジャックの三人で挑戦して頂きますね。バーナード様は経験があるので、戦い方は理解されています。エリザベス様とジャックは、回復役と攻撃役を随時交代しながら、間断なく削っていって下さい。…いざという時の薬品はお持ちですか?」
「もちろん」
「持っていますわ」
 頷く三人に、サラは笑いかける。
「では大丈夫です。もし、ピンチになることがあれば、この入口まで走って来て下さいね。戦闘は何があるかわかりません。思わぬ事故が起こることもあります」
「はい」
「了解しましたわ」
「戦闘が終わりましたら、ドロップ品の分配をして、出口側の扉を開けてから、この扉を開けて下さい。そして私と三人は、転移装置から一階へ降り、また十一階へ飛んで、駆け足で戻って来ますね。ランドルフ様にはここで待っていてもらうことになりますが、よろしくお願いします」
「むしろ何度も行き来させて申し訳ない」
 ジャンが申し訳なさそうに言うが、サラは首を振った。
「とんでもありません。いい運動になります。皆さんも、ボスの戦闘経験は何度あってもいいので、頑張りましょうね」
「もちろん」
「絶対勝って扉を開けるからな」
「しばしお待ち下さいね」
 そう言って、三人は中に入っていった。
「サラ嬢」
「はい」
 声をかけられ振り返る。ジャンが扉を見つめ、顎に手を当てながら呟いた。
「この方法で、メンバーを入れ替えてもう一回戦闘して、クリアになるのかい?」
「もちろんです。討伐条件は満たしています。重要なのは、ギルドに報告をする前でないといけない、ということだけですね」
「なるほど…確かに、エリザベス嬢とジャック君は二度手間になってしまうが、僕も皆も実際に戦闘して倒すことに変わりはないか」
「そうです」
 話しているうちに、兄は端の方でテーブルとイスを出していた。
「そこの二人と、ホーキング侯爵家の護衛さん達、座って待ったらどうだ?」
「お兄様、ありがとう。飲み物淹れましょうね」
「えっ?」
 マジックバッグからポットとティーカップ、シュガーポットやミルクポットを取り出してテーブルに置き、とりあえず三人分と護衛の二人分、紅茶を淹れた。
 護衛は座ることは遠慮して、ティーカップだけ受け取った。
「…えっ…これ、どこから…?」
 ジャンは驚いてきょろきょろしている。
 兄妹は悠然と座って、笑顔を見せた。
「マジックバッグと言って、自分専用のバッグがあるんです。不可視にできるので、手ぶらに見えますよね」
「…マジックバッグ…そんなものが…あ、いや、そういえば魔獣の死骸がいつの間にかなくなっていた。そういうことだったのか」
「そうだよ。あるととても便利だ」
「いろいろな物があるんですね…」
 いずれ野営もしなければならなくなる日が来るだろうし、少しずつ、冒険者に便利な道具も調べていくといい、という話を兄とジャンは熱心にしていた。
 三十分ほど経った頃、扉が開いた。
 サラは立ち上がり、扉へ走る。
 中から笑顔の三人が出てきて、安堵した。
「終わりましたわ、サラ様!」
「嘘みたいに、あっさり勝てたよ!」
「やったぜ!勝った!」
「おめでとうございます!」
「ありがとう!」
 三人が一斉に礼をして、サラは驚くが、笑顔になった。
 すぐ後ろに兄とジャンがおり、二人も揃って祝福していた。
「ではさっそくですが、エリザベス様とジャックはこの魔力ポーションを飲んで下さい」
 二人に魔力ポーションを手渡せば、二人は戸惑ったように受け取った。
「え、これ、頂いていいんですの…?」
「もう一戦控えていますから、お手持ちのポーションは残しておいて下さい」
「ありがたく、頂きますわ」
「ありがとう、サラ嬢」
「バーナード様は残られますか?お疲れでしょう」
「いや、大丈夫。しっかり回復してくれたから元気だよ。俺も一緒に行かせてくれ」
「わかりました。ではランドルフ様はしばらく、お茶を飲みながら待っていて下さいね」
「一人で寂しいが、待っているよ」
「ではダッシュで、もう一度ここまで戻ってきましょう」
「おう!」
「はい!」
「了解」
 兄も一緒について来て、転移装置から一階へ戻り、また十一階へと飛んだ。
 ボスの出口扉は、一度閉めて外に出てしまうと戻ることはできない。
 加えて一度倒したメンバーはダンジョンを出て、リセットしないといけないのだった。
 面倒ではあるが、良くできたシステムだとサラは思う。
 今度は二十階までノンストップで、サラは走る。
 一度ボスを倒し終わった三人は疲れも見せず、自信の片鱗が窺えた。
 仲間と共に先を目指すって、素敵だな、とサラは思う。
 二十階の試験、サラは掲示板を見て応募した。
 前衛と後衛の二人パーティーだという男女は、恋人同士だった。
 二十階までは問題なく進んだが、ボス戦で女の回復が追いつかずに男が瀕死になり、サラが回復補助に回って立て直したが、女の魔力量は少なかった。
 女の魔力が尽き、魔力ポーションも持っておらず、サラが一人で回復と攻撃をしなければならなくなった。隙を見て魔法攻撃しようと詠唱している間に、男が集中力を切らして一撃を食らった。
 回復詠唱が間に合わず、体力ポーションを男に投げたが、見ているだけだった女が入口へ逃げ出した。
 それを見て男もまた戦闘を放棄して逃げ出したのだった。
 スライムは男を追って這っていき、後ろから魔法攻撃を入れ、倒せるから戦ってくれと頼んでもダメだった。
 男は自分の手持ちのポーションを使いながら一目散に入口へ向かい、スライムはそれを追う。
 もうすぐ倒せる。スライムは瀕死であった。あと一撃で倒せるのに。
 サラは焦った。
 引き留められない。
 男はやがて入口に辿り着き、扉を開けて逃げ出していった。
 瀕死のスライムがこちらを向くが動作は緩慢であり、サラは冷静に攻撃魔法を撃ち込んだ。
 スライムは倒れたが、空しさだけが残ったのだった。
 逃げ出した二人と顔を合わせるのも気まずく、さっさと戦利品を回収して、出口から転移装置を起動した。
 その後二人がどうなったかは知らない。
 信頼できる仲間の大切さを、サラは知っていた。
 羨ましいと思い、もしそんな仲間が出来たら大事にしたい、と思っていた。
 二十階まで戻って来た時、ジャンは優雅にティータイムを楽しんでおり、思わず皆で笑ってしまった。
「おかえり、皆。約束通り、一人寂しく待っていたよ」
「ただいま。一人優雅に、の間違いだろう?」
 ジャックが茶化し、皆が笑う。
「すぐに行けますか?」
 サラが問えば、三人が頷いた。
「行けますわ」
「無論」
「頑張って来るよ」
 少し緊張気味のジャンに、リチャードが肩を叩いて励ました。
「スライムの攻撃はパターン化されているから、それがわかれば大丈夫。二人はちゃんと回復してくれるから、信じろ。ポーションを使うのは、本当にピンチになった時だけでいい。ターゲットが動きやすいから、常に動きに注意するんだぞ」
「わかった。ありがとう。行って来る」
 いい関係が築けているようで、サラは羨ましかった。
「行ってらっしゃい。お気をつけて」
「はい」
「行って来ますわ」
「頑張るぞ」
 テーブルの上のカップとポットを浄化魔法で綺麗にし、一端片づけてから、新しいコップと冷たいジュースを取り出した。
「走って来たから、冷たい物にしましょうか」
「ありがとう、サラ嬢。噂に聞くマジックバッグというやつかな。俺もいつか手に入れたいんだ」
 リチャードが目を輝かせるので、サラと兄は微笑んだ。
「はい。あると便利ですよ」
 兄と三人で腰掛け、護衛はまた、コップだけを受け取って、テーブルのそばで立っていた。
「戦闘してみてどうでしたか?」
 サラが問えば、興奮冷めやらぬ様子でリチャードは頷いた。
「信じられないよ。前回のあれは一体何だったんだ、とね。とても戦いやすかった。削りは順調だし、回復も欲しいタイミングで飛ばしてくれる。ヘイトを取り過ぎることもなく、きちんと交代して二人は動いていた。初めてとは思えなかったし、俺も全力を出して戦うことができたよ」
「良かったです。ずっと一緒に戦ってきた仲間って、信頼があるから思い切った戦い方ができたりします」
「ああ、確かにそうだ。前回のような不安は全くなかったな。緊張はあったが。…本当にサラ嬢には感謝している。ありがとう」
 リチャードが頭を下げ、サラは笑顔で首を振る。
「いいえ。クリアできたのは、皆様の努力の賜物ですわ」
「うん。…それが、嬉しいんだ。努力が報われるって、嬉しいものだね」
「そうですね、本当に。…私は扉前で待機しますね!」
 サラは立ち上がり、扉へと歩いて行った。女性の護衛は、さすがに男性二人のそばに控えることはせず、サラの後を追って行く。
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