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 二人がテーブルに残されたが、クリスはリチャードに微笑みかけた。
「サラと仲良くしてくれてありがとう」
「い、いえ、こちらこそ、本当にお世話になって」
「サラはずっと、一人で冒険者をやっていたんだ」
「え…?」
「俺は二つ年上だから、冒険者になるのも早かったし、王太子殿下と一緒にパーティーを組んでいたから、ランクが上がるのも早かった」
「……」
「サラがBランクへの昇級試験を受ける、となった時に、初めてボス戦を手伝った。…それまでサラは、一人でどこかのパーティーに入ってクリアしていた」
「え…」
 リチャードが驚いたように目を瞠った。クリスは自嘲するようにため息をつき、唇を歪めた。
「ダンジョン攻略も、レベル上げも、一人で参加していた。あいつが剣を振るうのは、無論稽古しているから、というのもあるが、ソロでできる所までやろう、と努力した結果でもある」
「それは…大変だったのでは…?」
「俺なんかの想像を絶するほどに大変だったと思う。一部聞いたことがあるが、ひどい扱いを受けたこともあったようだ。…俺は自分のことで精一杯で、サラのことまで頭が回らなかった。後悔している」
「……」
「サラには冒険者仲間はできなかった。これからは俺達が仲間として一緒にいたいと思っているが、君達のことは大切な友人だと思っているだろう?…これからも、サラのことをよろしく頼む」
 クリスはリチャードに頭を下げた。
「そんな、頭を上げて下さい。俺達の方こそ、サラ嬢とクラスメートになれて本当に幸運だったと思っています。感謝しています。友人だと思ってくれているのなら、俺達だってそうです」
「良かった」
 クリスは頭を上げ、嬉しそうに笑う。
 この兄は本当に、妹のことを大切に思っているのだと、リチャードは思った。
 扉が開き、三人が再び笑顔で出てきたのを、サラが迎える。
「勝ったよ、サラ嬢」
「おめでとうございます!」
「ありがとう。最初緊張してしまって、戸惑ってしまったんだが、二人に助けられた。本当に助かったよ、二人とも。ありがとう」
 ジャンがエリザベスとジャックに礼を言い、二人は照れたように笑っていた。
「とんでもございませんわ。勝てて良かった」
「ああ、俺達仲間だろ。助け合うのは当然だ」
「良かったです!さぁ、転移装置から一階へ戻り、冒険者ギルドに報告ですね!」
「ついにCランクか」
「おめでとう、皆」
 リチャードとクリスはテーブルやイスを片づけ、こちらへと歩いて来た。
「ありがとうございます」
「今日は本当にサラ様、バートン様、お付き合い頂きまして、ありがとうございました」
「ありがとうございました!」
「いいえ。Cランク、おめでとうございます」
 兄妹は笑顔で頷いた。
 皆で転移装置へ歩いていき、一階へ飛ぶ。
 外に出た所で四人と兄妹は別れた。
 四人はさっそくギルドへ報告に行くという。
 微笑ましい気持ちで見送って、空を見上げればちょうど昼時だった。
「お兄様、お腹空かない?」
「実はさっきから鳴っている」
「食べて帰ろっか」
「そうするか。…今日は引率お疲れ。お兄様が奢ってやろう」
 軽く背中を叩かれ、サラは笑う。
「えっやった!実は道を一本入ったところに、住民に人気のピザ屋さんがあるらしいんだけど、知ってる?」
「いや、知らないな。…行くか」
「行こう行こう」
 兄の腕を取って、歩き出す。
 とても晴れやかな気分だった。
 値段の割にボリュームがあり、サラダやデザート、飲み物までついて満足した二人は、通りの店を冷やかしながら帰宅した。
 着替えを済ませた所で兄がサラの部屋にやって来て、床に敷物を敷き、戦利品をマジックバッグから取り出し始める。
「大した値段にはならない物ばかりだな」
「まぁ十一階から十九階の物だからね」
 部屋の端には兄の従者と、珍しくユナが控えていた。
「お兄様も半分持って行っていいよ?」
「俺はついて行って回収しただけだろ。見てただけで何もしてないんだから、これはおまえの物だよ」
「うーん、じゃぁありがたく。今日は久しぶりに剣を振れて楽しかった」
「前衛に転向するか?別に構わないぞ」
「えっ?いえいえ、そんなことは考えてないよ。どうしたの?」
「今日のおまえ楽しそうだったからな」
 言われて、サラは笑った。
「ああ…それはあれだよ、弱い敵の階層を無双しながら駆け抜けて行くの、楽しいなって」
「ああ、それはわかる」
「ふふっ、魔法だけだとなかなかできないでしょう?どうしても詠唱があるものね。剣も使えて良かったって。…後、皆の役に立てて嬉しいなって」
「サラ」
「今までお兄様に教えてもらうばっかりだった私が、誰かに教えたり、ありがとうって感謝してもらえるようになるなんて、成長したなって」
「…そうか」
「後はやっぱり仲間って、いいなって」
「…サラ」
 床に敷いた布の上に広げた戦利品を片づけながら笑うサラの頭を、兄は撫でた。
「これからは、少なくとも俺は仲間だからな」
「…お兄様?」
 顔を上げるサラに、クリスは笑いかける。
「Aランクに上がったらパーティー組んで攻略しような。カイル達も乗り気だ。五人パーティーな」
「…本当に?」
「本当だ。今まで一人にして悪かった」
「…そんな、お兄様が謝ることじゃないよ」
「うん。…それでもな、一人だと苦労も多かったよな」
「……」
「母上も一人で苦労した、と言っていた。父上に出会うまで、いい仲間に巡り会えなかったと」
「うん。でもそういう経験も、今となってはいい思い出だよ」
「そうか。これからは一緒に冒険しような」
 クリスの誘いが、サラは嬉しかった。
 やっと一緒に、冒険が出来る。
 自然、笑顔になった。
「うん!嬉しい、お兄様!」
 戦利品を片づけ終え、ソファに座って茶を飲んだ。
「Aランクに上がった時のお祝いを、考えないとな」
「え?そんなのいいよ。Bランクに上がった時、すごく素敵な杖をもらったし」
「じゃぁ剣にしよう。俺や殿下とお揃いのホワイトワイバーンの牙で作ろう。今おまえが持ってるブルーワイバーンの牙より、魔力の通りが良くてよく切れる」
「えっ高いよ?」
「心配するな。殿下に半分出させるから」
「えっそんな、畏れ多い」
「気にするな。殿下は下手したら全額出すって言いかねない」
「えっ…」
「出させておけばいいよ。殿下もおまえの為に何かしたいんだ。気持ち、汲んでやれよな」
「…ありがとう」
 何故だか呆れたように言いながらも、兄の視線は優しい。
 その気持ちは、素直に受け取ることにした。
「その為にも、ちゃんとランク上げないとな。来週からまたダンジョン攻略だ」
「はい」
「クリストファー様」
 突然従者が会話に割って入った。
 急用かとそちらを見れば、従者は首を傾げながら兄の方へ歩み寄る。
「何?」
 兄の返答はそっけない。
 感情を消し、他人に向ける瞳をしていた。
「先程からずっと疑問だったのですが」
「何が?」
「床いっぱいにあった品、どこから現れてどこへ消えたんでしょうか?」
「は?」
 兄妹は揃って間抜けな声を上げた。
「私も気になっておりました」
 ユナまでそう声を上げて会話に加わってくるので、絶句しかない。
「そうだよな。不思議で仕方なかったんだよ」
 無礼な振る舞いを許した覚えはなかったし、親しくなった覚えもない。
 何なのだろう、この二人は。
 兄を見ると、無表情になっていた。
 ティーカップの茶を飲み干し、足を組む。
 ソファの端に肘を置き、頬杖をついてしばし考えているようだった。
 兄の背後に控えた従者は、返答を待ちながらサラを見て、ウィンクをしてきた。
 サラは引きつりそうになる口元をごまかすため、ティーカップに口を付ける。
「…サラ、明日の予定は?」
 何事もなかったかのように、兄はサラへと問う。
「戦利品の売却に行こうかと」
「俺も一緒に行こう。午後から魔術師団に行くが、サラもどうだ?」
「いいの?」
「もちろん。魔法書を頼んでてな。受け取りに行こうと思ってた」
「そうなんだ。でも魔術師団にお願いする程の魔法書だと、Aランクの?」
「ああ。母上がかつてスタンピードの魔獣を倒した時にドロップした書を、写した物だよ。当時の仲間だった精霊王国の魔法省長官と、ウェスローの魔術省長官と仲良く分け合って、写しあって、国宝として納められている」
「すごい…写しでもすごく貴重でしょう?」
「貴重だし、ものすごく高い。手に入れるには審査が必要だし、申請料だってすごく高い。Aランク以上で金を持っていないと申請すらできない…でもやっと許可が出たんだ」
「お兄様…」
 サラの顔を見て、兄はにやりと笑う。
「読みたいだろ?」
「も、もちろん読みたい!」
「よし、じゃぁ明日な」
「はい!」
 兄は立ち上がり、従者の質問には答えないまま部屋を出た。
 慌てて従者は後を追い、ユナは頭を下げて勝手に出て行った。
 メイドは何人もいるのだが、新しくメイドが入ってきては、いつの間にかいなくなっている。
 サラはもはや、気にしないようになっていた。
 迷惑をかけられないよう、自衛だけはしておこうと決意するのだった。

 翌日、王宮から至急の呼び出しがあり、兄は父と共に出かけて行った。

 魔法書を受け取りに行くという約束だったがなしになり、サラは一人で戦利品の売却に向かい、午後はジョナスの商会に顔を出してお茶をごちそうになりながら、付呪具について話を聞いたりした。
 ユナはついて来なかった。
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