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28.

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 朝早くに王の御名で呼び出されたヨシュアとクリスは、朝食もそこそこに馬に乗り、王宮へと向かった。
 ヨシュアは呼ばれた理由を知っており、「冒険者の今後に関わる重要なことだ」とだけ言った。
 呼び出したのは国王陛下であったが、場所は謁見の間ではなく会議室であった。
 馬から降り、父は名誉騎士としての職務の為陛下の私室へと向かい、クリスは会議室へと案内された。
 会議室には冒険者ギルドのギルドマスターがいて、クリスを見て立ち上がって礼をした。
 クリスもまた礼を返し、隣に座る。
 机の上には書類があり、ギルドマスターは深刻な顔をしていた。
 次いで王太子と第一王女が現れ、そして国王と宰相、魔術師団長に名誉騎士が現れた。
 名誉騎士は国王の背後に控えるべきはずが、国王の隣に座り、宰相は逆側の国王の隣へ、魔術師団長は宰相の隣に腰掛けた。
 国王が重々しく口を開く。
「まずは皆、このような時間からご苦労であった。重大な案件が発生した為、まずはここにいる者達の意見を聞きたい」
「陛下、重大な案件とは?」
 王太子が問えば、宰相が口を開く。
「昨日夕方、冒険者ギルドのギルドマスターから名誉騎士殿へ、至急面会したいとの届けがありました。名誉騎士殿は国王陛下の護衛騎士である為、通常であればすぐに面会が認められることはありません」
「それは理解している」
「その時たまたま余は休憩時間でな。ギルドマスターがわざわざ王宮まで訪ねたということは、緊急事態に違いない。余の執務室で話をすれば良いと言ったのだ。気まぐれであったが、結果としては良かった。…いや、良くはないな」
 深くため息をつく王の表情は、様々な感情が交じっており、容易に判別は不可能だった。
「まずは、ギルドマスターが持ってきた話の裏付けはすでに取れております、と申し上げておきます。ギルドマスター、昨日の話を、王太子殿下方にもお願いします」
「は、はい」
 ギルドマスターは立ち上がり、礼をした。
「先日、Dランク冒険者より訴えがございました。二週間前、Cランクへの昇級条件である、ダンジョン地下二十階のボスを倒すという試験に参加を募る募集があり、後衛二名、前衛一名が応募致しました」
「…それで?」
 王太子が先を促す。王女とクリスは、静かに話を聞いていた。
「二十階に到達し、ボスに挑戦する流れになった時、応募した三名が中に入ろうとすると、募集をかけた三名も一緒に中に入って来たそうです」
「…六名での戦闘だと、条件に当たらないだろう」
「いえ。その三名は「戦闘を見学させて欲しい」と言ったそうです。手は出さないから、どのように戦うのかを見たいのだと」
「なるほど。…パーティーを組まず、三人パーティーが二組で入り、一組は手出しをしなければ条件には抵触しないと言うことか?」
「はい。ボスへの敵対行為、戦闘メンバーへの支援行為をするとヘイトリストに乗りますが、離れて見ているだけならば問題はありません」
「知らなかったな。…それで?」
 王太子は的確に聞きたいことを聞き、先を促すのでギルドマスターはスムーズに話をすることが出来た。
「三名は戦闘を開始し、三名は見学をしていたと。…ボスが瀕死になり、あと少しで倒せる段階になった時、見学していた後衛が動き出し、攻撃役になっていた後衛を背後から攻撃、昏倒させて場所を入れ替わったと」
「…は?」
 王太子はらしくなく唖然と呟いたが、ギルドマスターは気づかなかった振りをした。
「次に見学していた前衛の一人が動き出し、回復役をしていた後衛を背後から攻撃、昏倒させ、倒れた二人を引きずって、入口付近へと連れて行った」
「…待て、なんだそれは」
「最後に残った見学者の前衛が、盾役をしていた前衛を昏倒させて場所を交代して盾役を始め、最後の一人も入口へと引きずって行き、入口の扉を開けて三人を追い出した」
「……」
「戦闘中、外に出てしまえばリタイア扱いとなります。瀕死にまで追いつめたボスを奪われ、クリアフラグを奪われ、自分達は回復はされていたものの、広間前の隅に転がされ放置されたと」
「ありえないだろう…何の為の試験だと思っているんだ…?」
 王太子は呆然と呟いたし、王女もクリスも言葉もなく唖然とした。
 冒険者のランクとは、強さの証明である。
 基準に達した強者であるから信用と信頼が得られるのだ。
 それが、根幹から揺らごうとしている。由々しき事態であった。
「元々、逃亡は可能となっている。入口の外に出てしまえばボス…というよりも、その階層の敵は追って来ない。これはダンジョンの仕様である」
 名誉騎士が語り始め、誰もが名誉騎士へと視線を向けた。
「ゆえに何度でも試験に挑戦できるし、逃亡も可能だ。一度戦闘が始まってしまえば、戦闘を終了するか中から扉を開けない限り外からは入れない。だが最初から中にいた者なら、外へ追い出すことは可能だ。今回の件は、仕様と考えれば問題とは言えない」
「…父上、ランク制を取り入れ、ダンジョンの敵を試験内容としている以上、ダンジョンの問題ではなく、冒険者ギルドの問題です」
 クリスの反論に、名誉騎士は頷く。
「そう、その通り。ダンジョンのボスも試験対象とした時点で、ダンジョンの仕様についてもっと考慮すべきであった。これは私と仲間と、冒険者ギルドの落ち度でもある」
 自らの罪を認めるような発言に、その場の誰もが言葉を呑んだ。
「名誉騎士よ、それは違う」
 だが否定したのは、王だった。
「そのようにしたい、と提案があり、承認したのは王である。転移装置の設置や国を挙げてのダンジョン攻略を始めたのは先の王だ。であれば、責任の所在は王にあろう」
「…陛下」
「だが今話し合うべきはそれではない。そうだろう?余の名誉騎士よ」
「御意」
 名誉騎士が頭を下げ、王は場を見渡した。
「王太子よ。今回の件、最大の問題は何か」
 王太子は瞳を細め、忌々しげに口を開く。
「品性下劣な輩が、自らの野心の為に容易に他者を陥れることのできる環境が、ダンジョンにあるということです」
「どうすれば良いと思うか」
「広間に入る扉に、術式を書き込むことは可能でしょうか。試験内容の判別機能を付ける」
「具体的には」
「受験資格のある者が中に入った時にだけ、昇級試験のクリアフラグが立つようにする。人数が多かったり、パーティー外の者が入った時点でクリア条件を失うようにする。…加えて傭兵。金を積まれて戦闘要員として参加し、頃合いを見て外のメンバーと入れ替わる、ということも不可能にできる」
「なるほど。魔術師団長、可能か?」
 魔術師団長を見れば、頷いた。
「…術式書き込みの可否につきましては検討致しました。可能でございます。他に打てる手と致しましては冒険者ギルドのタグ管理システムと連動し、試験対象のボスとの戦闘だけは記録するようにできれば、不正のチェックもしやすいかもしれませぬ」
「いつできるか」
「顧問がすでに、付呪具の作成に取りかかって下さっております。大枠が出来次第、魔術師団総力を挙げ、一ヶ月以内には。冒険者ギルドのシステム対応につきましても、同様に。扉に赴いての術式の書き込みは、わたくしが責任を持って致します。ただ…」
 憂いに気づいた名誉騎士が、口を開く。
「転移装置から十階層分は走らねばならんな。それは私が致したく思います、陛下。ご許可を頂けませんか」
「…そなたの仲間は他国でも重鎮であろう。年に一度のダンジョン攻略ならともかく、そう簡単に来てもらえるだろうか」
「八十階までなら私一人で対応可能です。それ以降は試験とは無関係ですので、問題はないかと」
「そうか。では準備が出来次第、任せよう。それまでの対応はどうする?王太子よ」
 再び王から問われ、王太子は考えを述べる。
「対応していることについては伏せ、不当な扱いを受けた者は名乗り出よ、とギルド名義で触れを出します。同時に、不正を働いた者は、昇級に見合った実力があるかどうかを監視の元確認し、ボスを倒せればランクはそのまま、無理であれば昇級を取り消す。その旨周知してはどうでしょう。抑止力としての効果が期待できます」
「周知の範囲はどうするか」
「名前まで晒す必要はございません。ただ昇級を取り消された者がいる、不正はまかり通らない、ということが認識されることこそ重要だと考えます」
 どうせ、誰が不正を働いたかは、噂ですぐに出回る。
 監視側が手を出す必要もなく、爪弾きになることは明白であった。
 王はしばらく考え、額に手を当てため息をついた。
「…宰相、そなたはどう思う」
「…陛下。これは王家の威信に関わるだけでなく、冒険者ギルドの信頼をも揺るがしかねない案件です。殿下の案以上の案はございますまい。隠蔽こそ、最も忌むべき事態であると、わたくしは愚考致します」
「そうか…ではギルドマスターよ、そのようにしてもらえるだろうか。他に案があれば、聞こう」
「いえ、王太子殿下のお考えに賛同致します。扉とタグに対応が施されれば、不正もおのずと消えましょう」
「うむ。…では皆、このことはくれぐれも内密に」
「御意」
 国王と名誉騎士、魔術師団長が退出するが、宰相は残っていた。
 王太子と王女は難しい顔をして黙り込んでしまい、空気が重い。
 宰相も口を開かずじっと黙って座っているし、ギルドマスターも、そわそわと落ち着かない様子であった。
 クリスは誰も口を開かないので仕方なく、宰相へと質問の許可を求めた。
「宰相閣下、質問をよろしいでしょうか」
「どうぞ」
「この場に私が呼ばれた理由はなんでしょうか?」
 問えば、宰相は大きなため息をついた。
「…どんな理由で呼ばれたと思うかね?」
「はい。王太子殿下と共に、監視役をしろということかと」
「…そう、その通りだ」
「王女殿下も同席していらっしゃるということは、不正を働いた者は王族なのですね」
「…それだけの理由で、そう思ったのかね」
「それが一番の理由ですが、不当な扱いを受けたと訴え出るのに時間がかかっています。何故か?…それは相手が訴えるのを躊躇う程に、高貴な身分であられるからでは?」
 宰相はしばらくクリスを見つめた後、王太子を見つめた。
「…王太子殿下、素晴らしい腹心をお持ちでいらっしゃる」
「ああ、ありがとう。私は今とても誇らしいと同時に、情けなく悲しくなっているところだ」
「…宰相、本当に?何かの間違いではなくて…?」
 王女の声は、弱々しい。
「間違いはございません。誠に遺憾なことながら」
「そう…そうなの…」
「愚弟はパーティーを組んでいたはずだな?全員か」
 王太子が問えば、宰相は頷いた。
「はい。三名です」
「…愚かな…」
「確か魔術師団長の次男と、」
「グレゴリー侯爵家の子息でございます」
「…あー…」
 クリスは苦い思いと共に納得してしまった。
 あの姉にして、この弟ありなのだな、と。
 王女は両手で顔を覆って、俯いてしまった。
 ギルドマスターは痛ましげな表情で、王女を見守る。
 王太子は表面上は平静に、宰相に問う。
「で、この時間に呼び出したということは、私の公務は今日は休みということでいいのか?」
「はい。三名は東宮の応接室にて待機させております」
「…クリス。すまないが今日の予定が決まってしまったようだ」
「着替えさせて頂けるなら、いつでも行けますよ」
「頼もしいことだ。…私があいつらをぶん殴らないよう、見張っていてくれ」
「御意」
 王太子は立ち上がり、ギルドマスターへ顔を向けた。
「ギルドマスターも共に」
「はい」
 再び宰相へ顔を向け、指示を出す。
「至急カイル達にも連絡を。無理なら構わぬ。私とクリスの立ち会いに文句は言わせないが、人数がいた方が私が暴れた時に取り押さえやすかろう」
「殿下」
「私の護衛騎士は必要最低限で良い。むしろ不要だが」
「かしこまりました。では今日ついている二名で」
 淡々と答える宰相は、慣れたものだった。
 俯いたままの王女の肩に手を置き、王太子は優しく声をかける。
「イーディス。王族が愚者では許されない。…わかるな?」
「ええ…」
「私は兄で、おまえは姉だ。…取るべき態度は、わかっているね」
「ええ…大丈夫よレイお兄様。わたくし、許せないの。お兄様の努力、クリスの努力、サラの努力を土足で踏みにじって嘲笑する行為だわ。…許せないの。怒っているのよ。…大丈夫、お兄様が殴らないなら、わたくしが殴るわ」
「…程々にね」
 王太子は安堵したように息を付きながら、苦笑した。
 クリスは内心、舌を巻く。
 王太子殿下に似て、強く、聡明だった。
 我が国は安泰だな、と、心底思える兄妹だった。
 ギルドマスターも目を白黒させて、王女殿下を見ている。
 悲しみで泣き伏しているのだと思っていたら、怒っていたのだった。
 もちろん悲しみも空しさも、家族であるのだからあって当然だ。
 けれどそれを見せない王族の気高さに、驚くのだった。
「顔を合わせたら真っ先に殴りかかってしまいそうだから、わたくしはお先に失礼致しますわね。どうしてそんなに愚かに育ってしまったのかしら?やはり末っ子だからと皆が甘やかしたから…?」
 とぶつぶつ呟きながら、王女が部屋を出て行った。
 宰相も立ち上がり、「ではカイル殿に至急連絡を致します」と去って行った。
 王太子とクリス、ギルドマスターは王太子の居宮である東宮へ赴き、応接室へ向かう。
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