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29.

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 二人と護衛騎士を連れて王太子が中に入れば、三人は眠そうな顔でソファに腰掛けていた。
「やぁおはよう諸君」
 王太子が声をかけると、第二王子以外の二人が立ち上がって姿勢を正し、礼をした。
「兄上、こんなに朝早く、何用です?しかもずいぶんと待たされました」
 不満そうな第二王子に答えることなく、王太子は正面のソファに腰掛けた。
 クリスとギルドマスターは背後に控え、立ち上がった侯爵令息と魔術師団長の次男に席を勧めることはしない。
 仕方なく、二人も第二王子の背後に回って、控えた。
「今すぐダンジョンの二十階へ行く。用意せよ」
 王太子は一切の反論を許さぬ口調で言い切るが、第二王子だけは不満そうに唇を尖らせた。
「二十階?もう用はありませんが」
「用はある。おまえ達三人が不正にランクを手に入れたと報告が上がっている」
「…な、なんですって?」
 動揺したように、第二王子は侯爵令息を見上げた。
 侯爵令息は一見冷静に、王太子に話しかける。
「お待ち下さい、王太子殿下」
 だが王太子は見もしない。
「私はそなたに話して良いと許可した覚えはない」
「っ!も、申し訳ございません!発言してもよろしいでしょうか」
「私はロバートに話をしている。…一時間後にダンジョン前広場で会おう。一度ボスを倒しているのだ、楽勝だろう?」
「あ、兄上?…何かの間違いです」
 動揺を見せる第二王子に、王太子が向ける視線はどこまでも冷たい。
「間違いならばそれで良い。クリアして見せてくれれば良いだけだ。安心しろ。私自らついて行って見届けてやる」
「そ、そんな、兄上について来て頂くような階層ではありませんし」
「陛下もぜひ見届けて来てくれと仰せだ。文句はないな」
 有無を言わさぬ口調と、王にも知られているという事実に、第二王子も口を閉ざした。
「…わかりました」
「逃げるなどという恥を晒すことはなかろうが、一時間後広場にいなければおまえ達に冒険者の資格なしと判断する。良いな」
 冒険者資格を剥奪する、と言っているのだった。
 我が国の貴族は学園へ行く。
 男子生徒の卒業資格の一つは、Eランク冒険者になることであった。
 剥奪されては卒業できない。
 つまり、入学すらできないということで、我が国の貴族子息として失格の烙印を押される。
 将来は閉ざされたも同然だった。
「では一時間後に」
 王太子が三名に退室を促した。同時に、第二王子が声を上げた。
「あ、兄上!その、メンバーを募ってもよろしいですか?このメンバーだとボスを倒すのはちょっと難しいので」
「好きにせよ」
「あ、ありがとうございます」
 三人は顔色を悪くしたまま、礼をして退室していった。
「よくぞ我慢されました」
 クリスが褒めれば、王太子はソファの背に身体を預けてため息を付いた。
「…可愛い弟だ。だが、許せぬ。王族として、冒険者として、やってはならぬことをした」
「はい」
「…私は王太子として動かねばならぬ。おまえならどうする?」
「想像すら困難ですが、もし万が一サラがそんなことをしていたなら泣きますね」
「…そ、そうか」
「私もランクを返上し、サラと二人で出直します」
 躊躇うことなく断言するクリスを見上げ、王太子は眉尻を下げた。
「…私にはできないな」
「当然です。王太子殿下は裁く側であり、寄り添う立場にありませんから」
「……」
「寄り添われる立場にはなれるんですから、しっかり立っていて頂かないと」
「手厳しいな」
「…サラは、寄り添ってくれると思いますけどね」
 どこか遠くを見ながら呟くクリスの気遣いに、王太子は苦笑した。
「…そうか」
「では俺はここで着替えます。殿下は自室へどうぞ。ギルドマスター、お疲れ様でした」
「いえ、私は立っていただけで」
「それが大事なことだ。…馬車留めまで案内させよう。朝早くから申し訳なかった」
「とんでもございません。即応して頂き、感謝しております」
「後程報告に伺おう」
「かしこまりました」
 そして一時間後、ダンジョン前広場には、王太子一行と第二王子一行がいて、皆が遠巻きに見守っていた。
 我が国は王家が強い。
 王太子はAランク冒険者で、先王も現王も賢王として名高い。
 誰もが王太子の顔を知っていて、第二王子の顔も知っていた。
 王子二人が揃って広場にいるのだ。何事かと誰もが興味を持ち、だが近づけもせず遠巻きにしているのだった。
 王太子一行は、クリスとカイルの三名だった。
 リディアは東国イストファガスの王女と共に観劇に行く約束をしており、一月も前から決まっていた為変更できなかったとカイルは言った。
「突然の呼び出しに応じてくれてありがとう、カイル。事情は聞いたか?」
 王太子に問われ、カイルは眠そうに頷く。
「そっちの宰相閣下直々に説明されたよ。まぁ、一大事だわな。親父殿に報告したら、しっかり見届けて来いと言われたぞ」
「そうか。助かる」
「なに、構わん。どうせ今日は暇を持て余していたからな」
 カイルは狼獣人だった。
 体術に優れ、その拳はどんなものでも砕くという。
 身長も体格も、王太子より一回りは大きい。
 金髪碧瞳、金の耳と尻尾を持つ、金狼の一族であった。
「クリスも久しいな。来月からか?サラと一緒に攻略できるんだろ?」
「ああ、その予定だ」
 肩を強めに叩かれ、クリスは苦笑する。
 この獣人はざっくばらんで細かいことは気にしない性質であった。
「サラともずいぶん会ってないな。リディアが寂しがっている。来月が待ち遠しいとな」
「サラもだよ。早くこんな厄介事から解放されて、攻略に集中したい」
「ははは、そりゃそうだ」
 クリスとカイルが話している間に、第二王子側では後衛を一人、入れたようだった。
 後衛は貴族の子息といった体で、身なりはランク相応だが、メンツを見て慄いている様子が見て取れた。
「メンバーは揃ったのか?」
 王太子が声をかけると、第二王子以外の者が頭を垂れる。
「良い。頭を上げよ。それで?」
 皆が頭を上げ、周囲は静まり返る。
「はい。揃いました」
 答える第二王子に、王太子は首を傾げた。
「そうか。具体的にどんな作戦を考えているのか、教えてくれないか」
「…えっと」
 第二王子は侯爵令息を見た。
 侯爵令息が発言の許可を求めてきたので王太子は許すと、令息は笑みを浮かべた。
「最初は私、マーク、そちらの後衛の三名で戦闘します。ボスが瀕死になったらそちらの彼が外に出て、外で待っているロバート殿下と交代して中に入り、とどめをさして終了です」
「…は?」
 と、言ったのは入ったばかりの後衛だった。
「構わぬ。思ったことを発言せよ」
 王太子が許すと、後衛は戸惑いながら侯爵令息に向き直った。
「は、はい。あの、それでは俺にクリアフラグが立たないのでは?」
「そうだね」
「えっ…?でも、クリアメンバーを募集されていましたよね?」
「うん。僕達がクリアするのに手助けしてくれるメンバーをね」
「は…?」
「だから条件に入ってるだろ?クリアできたら金を払うって」
「えっ金って、そういう意味だったのか!?戦利品の分配のことだと思っていたのに!そんな条件で入るわけないだろ!?ふざけるな!」
「ふざけてるのはおまえだ。おまえ、誰に向かって口をきいている?偉そうに、何様だおまえ。貧乏男爵家のくせに!」
「なっ…!」
 王太子と第二王子の前だというのに、目に入らないのか侯爵令息は暴言を吐いた。
 第二王子と魔術師団長の次男は止めるどころか、平然と頷いている。
 わなわなと震え出した後衛は、王太子の前だということも忘れて怒鳴り返した。
「なら最初から傭兵募集、って書いておけ!自分がクリアできないなら、参加する意味がない。抜けさせてもらう!」
「ハァ!?」
「条件を受け入れてくれる人を雇えばいい!俺じゃない。だまし討ちも同然じゃないか!」
「男爵家風情が、生意気なんだよ!」
 蹴りを入れようと令息が足を出したが、後衛に当たる前に払われ、その反動でよろめいた。
「うわ…っ」
 ワンテンポ遅れて慌てた後衛が後ろに仰け反り、バランスを崩して背中から倒れかけたが、クリスが背後から支えたおかげで倒れることは免れた。
 よろめいた令息が体勢を立て直し、見上げた先には王太子が無表情で立っていた。
 手には剣が納められたままの鞘があり、足を払ったのはこれだと知れた。
「な、なにを…?」
 動揺する令息を真っ直ぐ見下ろし、王太子は問いかける。
「おまえ、誰の前で口をきいている?偉そうに、何様だおまえ。侯爵家のくせに」
「…なっ…!?」
 先程の己の言葉を揶揄するように言われ、令息は赤面した。
「侯爵家風情が、生意気なんだよ」
「……ッ!!」
 何も言えず、拳を震わせながら令息は俯いた。
 他の二人も、何も言えずに口を閉ざす。
 この場で一番偉いのは、王太子であった。
 第二王子ですら、私的な場以外では口答えなど許されない。
「さて、全く時間を無駄にした」
 王太子はそう言って背後を振り返り、後衛に笑顔を向けた。
「愚弟一行が迷惑をかけたね。君はきちんとクリアできるパーティーに入り直してくれたまえ。お疲れ様」
「あ、は、はい!し、失礼致します!」
 勢い良く王太子に礼をし、そして助けてくれた背後のクリスにも礼をして、後衛は走り去った。
 王太子は再度第二王子達に向き直り、ため息混じりに助言する。
「クリアしたいと言うのなら、後衛を三名入れて二パーティーにし、一パーティーずつ討伐すれば良いのではないかな」
 ひどく真っ当な助言だったが、第二王子達は不満そうだった。
 特に侯爵令息は苦々しげに顔を歪めている。
「不満かね」
「姉は、先程のやり方で楽にランクを上げたのですよ。何故僕達がいらぬ苦労をせねばならないのでしょうか?」
「…ほう?」
 王太子がクリスを見、クリスは頷く。
 後で調べる、と応えたのだった。
 カイルは面白い物を見るような視線で傍観者に徹していた。
「これをいらぬ苦労と思うなら、冒険者には向いていない。王太子の立場としては、廃業を勧めるしかないな。好きに選べ」
 第二王子に迫れば、蒼白になった。
 魔術師団長の次男も、令息も、唖然としている。
 何が悪いのか、理解していない。
 だが説明するのも馬鹿らしい程に、冒険者という存在は我が国にとってなくてはならないもののはずだった。
 それすらも理解していない。
 王太子は呆れを通り越し、悲しくなる。
「ではおまえ達三人でボスに挑め。私は今、時間を浪費している。理解しているか?私達の時間を、おまえ達が不当に奪っている。迅速に行動せよ。これ以上ここに止まる必要を認めぬ」
「あ、兄上…」
 第二王子の弱々しい言葉は、黙殺された。
 今度は魔術師団長の次男が声を振り絞り、王太子に言葉をかける。
「殿下、発言をお許し下さい」
「許す」
「魔術師団から連れて来た魔術師を、メンバーとして入れることをお許し下さい。彼らはEランクですが、共に攻略を行ってきました」
「具体的な構成は?」
「先程殿下がおっしゃられたとおり、前衛一、後衛二になるパーティーを二つ、作ります。…いかがでしょうか」
「広間に入るのは一パーティーずつ。異論は認めぬ」
「は、はい。かしこまりました」
 動揺を隠せない魔術師団の魔術師達だった。団長の次男の頼みだから仕方なく参加していたのと、魔術師としての実力を高める為の修行の一環だ、とも言われて参加していた。
 だが自分達は受験資格を持つ冒険者ではない。
 なのに参加させられようとしている。
 冗談ではない、と思ったが、王太子が許可した以上、嫌とは言えない。
 ちょうど三名。逃げ場はない。
 もう二度と参加しない、と心に誓うのだった。
「では出発」
 第二王子達に先導させ、王太子一行は悠々と後ろに続く。
 遠目に見守る人だかりは、口々に今見たことを話し出す。
 明日にはおそらく、噂は国中に届いていることだろう。
 
 
 
 
 
 グレゴリー侯爵は王宮へと来ていた。
 我が子が突然早朝に叩き起こされ、王の御名の元王宮へと連行されたからだった。
 謁見を申し出て、控え室でずっと待っているのだが、一向に呼ばれる気配はない。
 筆頭侯爵家である自分は、国賓やそれに準じる相手、大臣級以外には、優先されるべき存在である。
 それが二時間経過してもまだ呼ばれず、苛立ちが募る。
 息子は何をやったのか。
 全く見当がつかなかった。
 ようやく呼ばれたのは三時間が経過した頃だった。
 謁見の間に入り、陛下を待つ。
 入室した陛下は名誉騎士を従え、跪く侯爵を一瞥して玉座に座る。
「さて侯爵、何用かな」
「陛下…我が息子は何を」
「我が国の根幹を揺るがしかねないことをな」
「は…!?」
「だがまぁ、愚者は愚者なりに役に立つ。候の息子にも礼を言っておこう」
「なにを…?陛下…?」
「余が言えることは何もない。息子の帰宅を家にて待つがいい」
 王は立ち上がり、名誉騎士を伴って退室しようとする。
「陛下、お待ち下さい、陛下!!」
「余は暇ではないのだ。王太子の書類仕事をやらねばならぬのでな」
「…は…?」
 意味の分からぬ冗談を残し、わずか数分で王は退室していった。
 息子が何かとんでもないことをしでかしたようだ、ということはわかったが、具体的に何をしたのかは不明なままだ。
 帰宅を待てというからには、帰って来るのだろう。
 何の収穫も得られないまま、侯爵は帰路へと着くのだった。 
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