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30.

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 十一階からスタートした第二王子一行は、護衛騎士や魔術師団員、令息の護衛も総出で魔獣と戦い、進路を切り開いて行く。
 戦闘人数が多い為場所を取り、引っ掛けなくてもいい敵まで感知して近づいて来る。
 本人達も戦ってはいるのだが、護衛達と実力はたいして変わらないように見えた。
 後ろをついて行きながら、カイルは欠伸を噛み殺しているし、王太子は眉間に皺を寄せている。
 クリスはやれやれと思いながら、気分転換にと王太子に話しかけた。
「サラのAランクの昇級祝いを考えているのですが。前回の杖、すごく喜んで大事に使っているから、今回は剣にしようと思うんですが、どうですか?」
 王太子はすぐに話題に乗ってきた。
「それはいいな。彼女は何か希望を言っていたか?」
「いえ。俺達とお揃いの、ホワイトワイバーンの牙で作ろうと言ったら喜んでました」
「お、そういやサラ用にって、確保してたの、あっただろ。おまえまだ持ってるか?」
 カイルが会話に加わって、クリスは頷く。
「当然だろう。俺達で分けて、さらにサラの分として預けてもらったんだ。大事に置いてある」
「なら後は装飾か。そういうのはレイが得意だろ」
「ああ、任せて欲しい。鞘や柄の希望は何か言っていたか?」
「いいえ。もらえるならどんなものでも嬉しいって」
「そうか…どうしようか」
 考え始める王太子を置いて、カイルは楽しそうに尻尾を振り始めた。
「刀身に付呪は無理だが、鞘やら柄やらに魔石の埋め込みはできるよな。なんかいい魔石あったかな。…リディアにも聞くから、すぐに決めるなよ。あいつも絶対何かしたいって言うからな」
「ではデザインや素材を考えるから、使いたい魔石があれば教えてくれ」
「おう」
「実際の作成にかかる費用は請求して下さいね。ちゃんと払うんで」
 クリスが言えば、王太子は再び眉間に皺を寄せた。
「私が作るって言ってるんだから、金など請求するわけないだろう?」
「いやしかし」
「おまえは牙を提供し、カイルとリディアは魔石を提供する。後は私が作る。それでいいじゃないか」
「…殿下がそれでいいならいいですけど」
「彼女が持つに相応しい、美しい剣にしよう」
「お、おう…」
 やはりそうなったか、とクリスは思うが、王太子がそうしたいというのなら、拒否する理由もないのだった。
 ここ最近の出来事を報告し合いながら、のんびりと歩く。
 第二王子一行は全員総出で戦って、一階層当たり二十分程かかっていた。
 無論、メイドや荷物持ちをしている下男などは戦闘員に含まれない。
 それらの後をついて歩いていると、十五階を超えた所で彼らが止まった。
「昼にします」
 第二王子自らがやってきて、王太子に報告をした。
 王太子は「そうか」と一言頷いて、第二王子達から離れた所に休憩場所を設定する。
 クリスがテーブルとイスを出し、出がけに侍従長が持たせてくれた昼食を出す。
 王太子が野営込みの攻略に出る時には料理人がついて来るのだが、今日は日帰りの予定である為連れて来なかった。
 王太子とカイルは優雅に腰掛け、クリスが出す料理と飲み物を一つずつ評価する。
「おっこれ、俺が好きなバッファローサンドじゃねぇか。気が利くな!」
「いつも私について来てくれる彼が作ったのだろう。ちゃんと各々の好みを理解しているな」
「ありがてぇ」
 クリスはもう一つ、テーブルとイスを出し、王太子の護衛騎士に勧めた。
「皆さんの分も用意してもらってますから。召し上がって下さい」
 声をかければ、恐縮しきりで遠慮する。
「かまわぬ。長丁場になるだろうから、ゆっくり座って食べてくれ。出発まで休憩だ。今日は攻略ではなく、付き添いだからな」
 王太子が言えば、一礼してすぐに腰掛けた。
 地下十五階程度で王太子一行を傷つけられる者など存在しないし、他にも数組、休憩中のパーティーはいるが、遠巻きにしていて近づいて来ない。
 仮に不審者がいても、カイルとクリス以上の強者など、そうそう存在しないのだった。
 王太子一行が昼食を始めた頃、第二王子一行はテントを張り、たき火を熾し、料理人が調理器具を運び、下男が食材を手渡して、ようやくこれから調理しようとしているところだった。
 王太子一行は料理人連れでの攻略時には、一つ前の階層で料理人を置いて準備をさせている間、先の階層の攻略を進め、調理が済んだ頃合いを見計らって戻っていた。道の把握と、少しでも経験値を稼ぐ為だ。
 だがそれも、野営が必要な夜のみである。朝は起床時間に合わせて提供されるし、昼は少しでも先へと進む必要があるので、すぐに食べられるものを用意してもらっておくのである。
 必要ない、と何度言っても、「王族たる者、威厳を見せることも必要です」と言われて聞いてもらえないらしい。さすがに戦力外である侍女や侍従を連れ歩くことはないが、護衛騎士が十名にはなる為、三名は護衛に、残りは荷物持ちとして、少しでも無駄を減らそうと努力していた。
 王太子自身はマジックバッグを持っており、自らの生活用品は全てそこに入っている。彼らが持つテントは彼ら自身のものだった。
 騎士は日頃から訓練しているので、それらを持っていてもびくともしない。
 料理人も、攻略を始めるようになってから体力を付けるべく鍛錬を始めたらしく、今ではへばることなくついて来れるようになっていた。
 一方第二王子一行を見ると、料理人の手際はいいとは言えず、第二王子付きの侍女と侯爵令息付きのメイド間にも確執がありそうだし、護衛騎士と護衛の間にもあまりいい雰囲気は漂っていなかった。
 入口を開けた大きなテントの下にテーブルとイスを置き、第二王子と侯爵令息、魔術師団長の次男は三人寛いでいる。
 メイドと侍女が控え、護衛が控え、たき火の周りで料理人が忙しなく動く。
「二時間コースだな」
 カイルがつまらなさそうに呟き、王太子は頷いた。
「なぁあれ、おまえの弟なんだろ?なんであんなのが弟なんだ?」
 カイルの素朴な質問に、思わず口に含んだ紅茶を噴出しかける。
 咳き込みながら睨みつけるが、純粋に疑問に思う碧の瞳に見つめられ、王太子はため息を付いた。
「素直でいい子だったんだ…小さい頃はな。幸い年齢も離れているし、私は王太子として優秀だしで、派閥ができることもなく、ロバートは比較的自由に将来を選べる立場を得た」
「自分で優秀とか言うかね」
「事実だからな。…まぁそれはさておき、第一王女までは王族とはこうあるべき、我が国を支える柱となる者は優秀でなければならぬ、と育てられた。…彼女も幸いとても優秀だった。だから他国へ嫁がせるのではなく、どこかへ降嫁し、国を支えることを期待された。…彼女もそれを受け入れた」
「確かにおまえの妹、王向きだよな」
 思い出すように頷くカイルに、王太子もまた頷く。
「私もそう思う。私がいなければ、彼女が女王で良かったと思う。第二王女は帝王学を学んでいない。王女教育のみだったんだが、サラ嬢に出会った」
「同い年だっけ?」
「そう。彼女は幼い頃から本当に優秀でね。そこのクリスと同じで本当に良くできた子供だった」
「それはどうもありがとうございます」
 素直に頭を下げるクリスに、胡散臭い物を見るような視線を投げつつ、王太子はため息をつく。
「マーガレットは引っ込み思案で人見知りをする気質だったのが、彼女に出会って変わった。明るく前向きになり、勉強に興味を示すようになった」
「ほう」
「イーディスとサラ嬢と共によく遊ぶようになり、よく学ぶようになり、転移装置を見て西国ウェスローに興味を持った。自分もあんな魔道具を作れるようになりたいと」
「それを王は許したんだな」
「第二王女だからな。向こうで相手を見つけるも良し、こちらに戻って来るも良し。好きにして良い、と父上が認めた」
「王太子殿下と、第一王女殿下が優秀だからですねぇ」
 クリスの呟きに、当然だと王太子は頷く。
「その通り」
「ほうほう。それで第二王子は?」
「ロバートも王子教育しか受けていない。母上が、最後の子として生んだからと言って手元から離さなくてな。すでに優秀な兄姉がいるのだから、自分で育てたいと、父上に願い、許された」
「なんとなく見えてきたな」
「母から溺愛されて育った弟は、幼い頃はそれは可愛らしかったよ」
「過去形なのな」
「…あいつが友人として選んだのは、アレだからな」
「あぁ…」
 カイルは納得したように、頷いた。
「アレ、自分で選んだんか」
「そうだ。私が五歳でクリスや他の貴族子息達と交流を持つことになったのと同様にな」
「…なるほど、五歳で出会って、第二王子はアレを気に入ったってことなんだな」
「そう。側近候補として、友人として、爵位も問題なかった。そのまま十歳になり、冒険者になると言い出した時も、私という前例があるから反対はされなかった」
「ご愁傷様」
「…私達がAランクになった頃から、彼らは「最年少Aランクを目指す」と言い始めた」
「ほ~う。それで、この有様か」
「嘆かわしいことだ」
「ご愁傷様」
「二度言うな。…彼らは十三歳。まだ子供だと言えるが、これは許してはならない行為だ」
 低く怒りを抑えながら呟けば、カイルは頷いた。
「そうだな。特に王家が率先してズルしてるってんじゃ、ダンジョンと冒険者ギルドへの信頼が揺らぐ」
「そうだ。何故そんな当たり前のことにすら気づかないのか…」
 ため息を付く向こうでは、ようやく料理人が料理を皿に盛り、侍女とメイドが運ぼうとしている所だった。
「お前が何でも楽々こなしちまうから、自分達にもできるだろう、って思っちまうんだろうなぁ」
「楽々に見えるなら、王太子の印象としては成功なのだろうな」
「王太子殿下は必死で努力してる所なんて見せられねぇもんな」
「……」
 弟はそれを察することができない人間なのである。
 王太子は無表情にあちらの様子を見ていた。
「私は祖父…先王陛下の名誉騎士に憧れて、十歳になったら冒険者になろうと決めていた。それはもう反対されたさ。将来の王太子にもしものことがあったら、とね」
「そりゃそうだろうとも」
「十歳になる頃には、クリスをパーティーメンバーにする事を決めていたし、将来私の名誉騎士になるのはこいつしかいないと思った。名誉騎士殿に冒険者になりたいと相談したら、反対された。自分の息子も失いたくないが、私を失うことになったらと」
「それもわかる」
「それで、カイル達を紹介された。お互いに気に入らなければそれまで、冒険者は諦めろと名誉騎士殿にも父にも言われた。が、幸い、パーティーとしてやっていくことができるようになった」
「生意気なクソガキだと思ってたら、実は滅茶苦茶努力家だったと知った時の衝撃な」
「やめたまえ、私は優秀な王太子殿下で通っているんだからね」
 露骨に顔を顰める王太子だったが、カイルはにやにやと笑う。
 クリスは二人の様子を見守りつつ、飲み物を入れ替えた。
「まぁあいつら、三人揃って馬鹿ならしょうがねぇわ。誰が何を言ったって、聞く耳持たねぇんだろうよ」
「痛い目見ないとわからないんでしょうねぇ」
 クリスが呟くと、カイルと王太子は揃って肩を竦めた。
「死なない程度で気づきゃいいけどな」
「…ボス戦が不安だな」
 王太子が憂鬱そうにため息をつき、クリスもまた視線をカップの中の紅茶へと落とす。
「王太子殿下の監視下で死んだってなると外聞が悪い。いざという時には飛び込めるよう、扉前待機ですかね」
「ああ…そうだな」
「今後を考えると、死んでおいた方が良さそうな気がせんでもないが…まぁ、今日じゃなくていいな」
 カイルもずいぶんと冷めている。
「こらこら、仮にも我が弟だぞ」
 王太子が茶化すように言うが、カイルとクリスは首を振った。
「目を醒まさせる努力は大事だけどな…」
「ボス戦後の彼らの態度次第じゃないですかね」
「……」
 三人揃って向こうを見る。
 楽しげに談笑しながら食事をしているようだった。
 危機感の欠片もない。
 二時間近く休憩を取った後、出発した彼らが二十階に到達したのは、四時間後だった。
「…何でこんなに時間かかんだ…?」
 カイルが首を捻るが、理由は明白だった。
 彼らの実力が足りていない。
 十七階当たりから足が鈍り始め、殲滅に時間がかかり始めた。
 メイドや下男にまで敵が襲いかかり、メイドや下男が逃げ惑う。
 それを追いかけてさらに敵が追加され…なんとも格好の付かない展開が繰り広げられていた。
 それでも王太子一行は手を出さない。距離を置いて、傍観していた。
 何度か第二王子の助けを求める視線を感じたが黙殺した。
 二十階まで到達できない者が、何故Cランクになっているのか、という話である。
 二十階に到達した頃には、第二王子一行は満身創痍であった。
 対する王太子一行はすでに飽き、カイルは欠伸を隠しもしなかった。
 隅の方でまたテントを組立て始めるのを横目に見ながら、王太子は第二王子へと近づいた。
「それで、最初に入るパーティーは誰か?」
 問えば、床にしゃがみ込んでいた第二王子が驚いたように立ち上がる。
「ま、待って下さい。少し休憩させて下さい」
「少しとは?」
「一時間程…こちらはずっと戦闘しっぱなしで、疲れているのです。ご覧頂ければわかるでしょう!?」
 食ってかかる第二王子を冷めた目で見下ろして、王太子は頷いた。
「そうか。では一時間後に入るパーティーは誰か?」
「えっ…」
 第二王子は侯爵令息を呼んだ。
 令息は礼をして、第二王子と相談をし始める。
 ややあって、第二王子が顔を上げた。
「セシルと、魔術師団員二名が入ります」
「そうか」
 それだけ言って、王太子はクリス達の元へと戻った。
「一時間休憩するそうだ」
「はー…ここに来てさらに休憩かー…俺、寝てていい?」
 呆れ果てた様子のカイルは、クリスが用意したイスにふんぞり返って欠伸をしていた。
「構わない。一時間したら起こそう」
「おーよろしくぅ~。おまえらも寝れば?」
「…そうもいかぬ。だがクリスは寝ていいぞ」
「寝れるもんなら寝たいですけど。…殿下、寝るならテント出したらどうです?俺が起こしますよ」
「本末転倒だ」
「ですよねぇ。は~、本当だったら今日、魔術師団で魔法書を受け取る予定だったんですよ。今頃読書に勤しんでるはずだったのになあ」
 イスに座り、ジュースを用意するクリスに礼を言って、王太子はグラスを手に取った。
 カイルは腕を組み、長い脚も投げ出すように組んで、イスの背に凭れかかって器用に寝ていた。
 今にもずり落ちそうであるが、絶妙なバランスで引っ掛かっているような状態だった。
「申請していたやつか」
「そうです。サラも楽しみにしてたのに」
「…彼女は今日は?」
「昨日、クラスメートの昇級試験に付き合ったんで、今日はその戦利品を売りに。午後に魔術師団へ一緒に行こうって言ってたんですよ」
「そうか。クラスメートの昇級試験というのは?」
「侯爵令息、伯爵令息、ギルドマスターの息子、侯爵令嬢の四名で、ちょうどここ。二十階のボスを倒しに」
「ほう。…四名だと半端だな?」
「二周しました。俺は戦利品回収要員として付き添いだったんですが、全く問題なく、余裕で倒してましたよ」
「倒した後十一階からまた走ったということか」
「そうです。サラが楽しそうに剣を振り回して引率してました」
「…なんだ、見たかったな」
 ぽつりと呟く王太子を横目で見やって、クリスはふふん、と鼻を鳴らした。
「王太子殿下に声かけるわけないでしょ」
「…身分が理不尽だ」
「意味がわかりません」
「…彼女は私のことを何か言っているか?」
「何か、とは?」
 首を傾げるクリスに、王太子は眉間に皺を寄せた。
「わかっているだろう、私のことをどう思っているんだ?」
「それ、俺に聞いちゃいます?」
「え、他に誰に聞くんだ…?」
 冷静に問うて来るクリスに、驚いて聞き返す王太子であった。
 クリスはため息をつき、明後日の方へと視線を飛ばす。
「…普通に王太子殿下だと思ってますよ」
「は!?まさかの、ただの、殿下扱い!?」
「……うるせーぞ」
 カイルが文句を言うが、王太子は聞こえていないようだった。
「いやいやいやいや、いやいやいやいやいや」
「殿下、落ち着いて」
「だって今まで贈り物とかしているだろう…?」
「殿下と俺からってことになってますけど」
「は!?」
「うるせぇっつの」
「いやいやいや、何で!」
「冷静に考えて下さい殿下」
「…何を」
「婚約者でも何でもない男が、貴族家の娘に贈り物、します?しかもとっても高価なお品物。もらった方は、もらう理由がないからお断りしますって、なると思いません?」
「……」
 王太子は両手を組み合わせ、額を落として項垂れた。
「イーディスの茶会の時、アクセサリーを身につけて来てくれたじゃないか」
「あれ俺からって言ってあります」
「マジかー!!」
「うるせぇぞ!」
 音を立ててイスから立ち上がる王太子に、カイルが怒鳴る。
「動揺せずにいられるか!」
「冷静に考えて下さい殿下」
「…もういい、言わずともわかっている」
 脱力してイスへと戻り、テーブルに突っ伏した王太子の後頭部を見下ろしながら、クリスは頬杖をついて囁く。
「普通に考えて、サラは頭のいい子なんですよ」
「…それは知っている」
「うちの家族、誰もサファイア色持ってないんですよね」
「……!」
「でもあのアクセサリー、サファイア入ってましたね」
「……」
 ちら、と顔を上げた王太子に、優しく微笑みかけた。
「サラ、あのアクセサリーとっても気に入ってます。宝物だって大事にしてますよ」
「…そ、そうなのか…?」
「俺からって言った身としては、嬉しいですね」
「盗人猛々しいぞ!!」
 がばりと身を起こして叫ぶ王太子を見て、クリスは肩を震わせて笑った。
「うるさくて寝られねぇー!!」
 カイルが叫んで飛び起きる。
「だーもう、さっさと言え。婚約して結婚しちまえ。もう面倒くせぇぞてめぇ」
「それができたら苦労はしてない!きっかけが大事なんだ!」
 テーブルに手を打ち付けて駄々をこねる王太子に、二人は呆れた。
「きっかけてなんだ。どうするんだ。どうしたいんだ」
「やめろ真顔で私を追い詰めるんじゃない。そもそも彼女と二人になれるタイミングも存在しないんだぞ!」
「しらねぇー」
「王太子殿下が一人になれるはずもないですよねぇ」
「おまえら…」
 カイルが後頭部をがしがしとかきながら、思いついたように呟いた。
「あ、あんじゃん」
「…何が?」
「タイミング。サラがAランクになったら、攻略するんだろ。俺らと一緒に」
「…はっ!」
 王太子の瞳が輝いた。
「俺らみんな知ってんだから、協力すりゃいい。めんどくせぇけど。リディアとか絶対協力してあげてって言うぜ。とりあえず二人で話ができるようにしてやりゃいいんだろ?」
「カイル…!おまえがそんなに優しいとは…!」
「きめぇ。つかめんどくせぇし早くケリつけろ。クリスもそれでいいだろ」
「兄としてはとても複雑な気持ちなんですけど…」
「おまえがそれじゃダメだろ」
「親友と妹の恋路を温かく見守ってくれたまえ」
 胸に手を当て、訴えかけて来る王太子を見てクリスはそっと視線を外した。
「うわぁめちゃくちゃ邪魔してぇ…」
「クリス…」
「…まぁ、妹は殿下のこと嫌いじゃないですよ。尊敬もしてます。好きは好きでもそっちの好きじゃないですけどね」
「何故今言った私の決意を挫く気か貴様」
「妹が未来の王妃とかやだー!大変じゃないですかー!」
 両手を上げて嘆くクリスに、今度は王太子が呆れた。
「おい」
「…でも妹が望むなら、応援します。殿下、頑張って下さい」
「わかった。好きになってもらえるよう、努力しよう」
「はー…殿下のかっこ悪いとこ、吹き込んでおかないと」
「おい貴様、やはり邪魔する気満々じゃないか!」
「嫌だなぁ殿下。空耳ですよ」
「彼女はおまえのこと大好きじゃないか。…私が嫉妬する程に」
 王太子が歯ぎしりせんばかりの表情で言えば、クリスは平然と頷いた。
「あ、そうですよ。サラは俺のこと大好きですから。俺もサラのこと大好きですし」
「いかん、首を絞めたくなってきた」
「ほら、そろそろ一時間ですよ。殿下、気持ちを引き締めて」
「…チッ」
 王太子の舌打ちは、誰も聞かなかったことにした。
「さっさとコレ、終わらせようや。そんでサラがAランクに上がってからのこと考えようぜ」
 カイルの言葉に、王太子もクリスも頷いた。
 王宮で初めて会った時から、王太子はサラ・バートンの事を気に入っていた。
 当時はまだ騎士爵の娘であった彼女は、五歳にして完璧なカーテシーにて挨拶をして見せたのである。
 兄のクリストファーと揃ってなんと出来た子供なのだと、自分もまだ子供であったにもかかわらず感心した。
 上位貴族の子女と遜色のない礼儀作法に教養。
 頭の回転が速く、妹王女達の中にあっても気後れすることなく、中々人の輪に入れず一歩離れた所でもじもじしていたマーガレットにも、気遣いが出来る子供だった。
 王族として完璧を要求されて育ったレイノルドやイーディスの心を、年齢相応の自然な笑顔と、年齢不相応な気遣いと機知によって一瞬で溶かしてみせた。
 マーガレットに至っては、家族にすら一歩下がっておどおどする様子を見せていたのに、サラに対してはまるで仲の良い姉妹のように接するのだった。
 王族の兄妹間にあった距離が、サラとクリスによって一気に縮まり、兄妹らしく振る舞えるようになったことを感謝している。
 クリスとサラの在り様を見て、兄妹とはなんたるかを学んだのだった。
 バートン兄妹は、王族兄妹にとって大切な存在だ。
 本来であれば末端の貴族子女である彼らが、王宮に出入りを許されることはない。だが、許されていた。
 王子王女の友人として認められる程に優秀で、両親が英雄であったからこそ適ったことだ。
 どちらか片方だけならば不可能だったろう。
 レイノルドもイーディスも、マーガレットも、彼らと知り合えた事は幸運だったと思っている。
 そして、手離すつもりもないのだった。 
 王太子は再度立ち上がり、第二王子の元へと歩み寄る。
 侯爵令息と魔術師団員二名が扉の前におり、第二王子と次男はそばに立っていた。
「準備は良いか。討伐を完了したら戦利品の分配をし、出口側の扉を先に開けるように。こちらの扉を開けるのは、その後だ」
「はい」
「…もし、討伐が無理であるようならば逃げて来るがいい。こちらの扉が開いたら戦闘放棄と見なす。救出に向かう」
「…はい」
 クリスとカイルもテーブルを片づけて、すぐ背後に控えていた。
「次に入るメンバーは下がって待て。我々より扉に近づくことは許さぬ」
「…はい」
 第二王子達が下がる。
 それを確認してから、王太子は令息へと向き直った。
「では健闘を祈る」
「い、行って参ります」
 一礼して、三名が中へと入って行くのだった。
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