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第一章 占星術師
しおりを挟む王宮の卜部には、窓がない。
占いを生業とする者は昼の光を必要としない、とかつての設計者は考えたのか。あるいは単純に、予算と優先順位の問題だったのか。リュシア・アストレアは赴任して半年が経った今も、その理由を誰にも聞けずにいた。聞けるような相手が、この部署にはいなかった。
卜部に所属するのはリュシアひとりだ。
かつては多くの術師が在籍していたと古い台帳には記してあったが、占星術師の地位が「時代錯誤の迷信使い」として宮廷内で形骸化するにつれ、人は減り、部屋だけが残った。広すぎる執務室に、大きすぎる星図台。壁一面を覆う書棚には先代たちの記録が並んでいるが、それらを参照する者も、リュシアの仕事を必要とする者も、今の宮廷にはほとんどいない。
それでも、母が病で倒れたとき、リュシアは迷わずここへ来た。
アストレア家は代々王宮の占星術師を務めてきた。リュシアも幼いころから星を読むことを当然のこととして育てられた。占星術師になることを、誰かに強いられた記憶はない。ただ、それ以外の未来を想像したことがなかった。
だから、自分の占いが外れ始めたとき、リュシアは誰にも言えなかった。
最初に気づいたのは一年ほど前のことだ。母の診察を請け負っていた医師の病状について占ったとき、星盤は「恵みと回復」の予兆を示した。しかし医師は翌月に亡くなった。次は、近隣の国との交渉の行方について占ったとき。星盤は「難航」を告げていたのに、交渉は驚くほどあっさりまとまった。
偶然かもしれない、とリュシアは思った。占星術とて百発百中ではない。母も言っていた——星は可能性を示すが、決定するのは人間だ、と。
しかし、外れが続いた。
宮廷の者たちがリュシアの占いを「迷信」と呼ぶとき、彼女の口からは反論の言葉が出てこなかった。なぜなら、自分自身がその「迷信」という言葉に、どこかで頷いてしまっていたから。
占星術を信じられない占星術師。
それが、今のリュシア・アストレアだった。
十七歳で王宮の卜部に着任したリュシアは、今朝も星図台に向かい、天球儀を回転させた。水晶を磨いて、羽根ペンを整えて、先代の記録を読み返した。それは仕事の準備であるとともに、自分が占星術師であることを確認する儀式でもあった。
扉を叩く音がしたのは、昼前のことだった。
「失礼します」
入ってきたのは、見習いの小姓だった。まだ十五にもならない少年で、リュシアに用事を持ってくるのはたいていこの子だ。それ自体が、卜部の序列を物語っていた。重要な用件は重要な使者が運ぶ。見習い小姓が来るということは——
「宮内府より伝言です。明朝、王太子殿下の婚儀に関する占いをご依頼したいとのことです」
リュシアは手を止めた。
「……詳細は?」
「妃候補のロゼリア侯爵令嬢について、婚儀の吉凶をお伺いしたいとのことです。明朝九時、謁見室にてお待ちとのこと」
小姓は丁寧にお辞儀をして、去っていった。
リュシアは天球儀から手を離し、椅子に深く腰を落とした。
ロゼリア侯爵令嬢。王太子の妃候補として最有力とされる女性だ。侯爵家は宮廷内でも随一の権力を持ち、この婚姻はほぼ既定事項として宮廷内に広まっている。吉と出れば全員が満足する。
この占いは形だけのものだ。
占星術で王家の婚姻や政治的判断を決めてきた時代も確かにあった。
しかし、それは遥か昔のこと。
今は形式だけが残っているだけ。
リュシアは目を閉じた。
どう出るかは、星が決める。自分が決めるのではない。
そう言い聞かせながら、彼女は今夜の星図を広げ始めた。
窓のない部屋で、ひとり、ペンを走らせた。
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