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4、かつての友人
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約束だとメアリは信じていた。
斜陽が差し込む寝室にて、メアリは寝台に背を預けている。
視線は自らの左手にある。
胸の前に掲げた左手、その人差し指を見つめている。
そこでは銀色の細い指輪が、赤らんだ視界の中で暗く光っていた。
(……元気にされているのでしょうか?)
ほほ笑みと共にメアリはかつてを思い出していた。
メアリには友人など1人もいない。
悪女であり、常の見張りもある。
出来ようも無ければ、作りようも無い。
だが、かつては違った。
それは10年以上前のこと。
王家からの悪行の押し付けが、今よりもはるかに他愛なかった頃だ。
メアリには大事な友人がいた。
『へぇ、君も相当目つき悪いな』
もう10も前になるはずだった。
メアリが記憶する限りではお茶会の席だ。
そんな妙なことを言って、近づいてきた少年がいたのだ。
言葉通り妙に目つきの悪い少年だったが、彼はキシオンと名乗った。
キシオン・シュラネス。
学者の家系であり、代々法務卿を担ってきたヘルベール公爵家、その嫡男だった。
不思議と仲良くなることになった。
目つきの悪い陰気な少女のどこが良かったのか?
その点はかつてからの謎ではあるが、とにかくキシオンはメアリを気に入ったようだった。
メアリもまた彼を好いていた。
多少繊細さに欠けるところはあっても、彼はその実優しく暖かかった。
この指輪は彼の物だった。
出会いから5年ほど経ったある日だ。
メアリは彼からこれを受け取ることになった。
きっかけは、父親の悪行の押し付けが一線を超えたことにある。
ボタンが外れた。
私的な手紙の返信が遅れた。
メアリが14になるまでは、押し付けられる悪行は精々その程度のものだった。
だが、唐突に一線を超える日がやってきた。
『この件はお前が妨害していたことにしろ』
そう国王に告げられたが、この件とは家臣の領地の境界をめぐるいさかいだった。
よくある話であるが仲裁の難しい話でもあった。
なにせ領地なのだ。
先祖伝来にしろ与えられたものにしろ、たいがいの諸侯にとって命にも代えがたいのが領地というものだ。
よって、仲裁もそう簡単にはいかないのだが、それを国王が面倒臭がったことで悲劇は起きてしまった。
敵対心が膨らんだ結果の武力衝突。
数十人の死傷者を出す結果に至った。
もちろん、国王がその責任を問われることになったのだが、そこで彼は考えたらしかった。
ボタンのように、また手紙のように。
この件も同様に処理出来るのではないか?
彼はメアリに求めてきた。
お前の介入があったことにしろ。
家臣の争い風情でなんで王家がわずらわらされる必要があるのか?
そんな思いがあって、国王にまで話が届かないように細工をしたことにしろ、と。
斜陽が差し込む寝室にて、メアリは寝台に背を預けている。
視線は自らの左手にある。
胸の前に掲げた左手、その人差し指を見つめている。
そこでは銀色の細い指輪が、赤らんだ視界の中で暗く光っていた。
(……元気にされているのでしょうか?)
ほほ笑みと共にメアリはかつてを思い出していた。
メアリには友人など1人もいない。
悪女であり、常の見張りもある。
出来ようも無ければ、作りようも無い。
だが、かつては違った。
それは10年以上前のこと。
王家からの悪行の押し付けが、今よりもはるかに他愛なかった頃だ。
メアリには大事な友人がいた。
『へぇ、君も相当目つき悪いな』
もう10も前になるはずだった。
メアリが記憶する限りではお茶会の席だ。
そんな妙なことを言って、近づいてきた少年がいたのだ。
言葉通り妙に目つきの悪い少年だったが、彼はキシオンと名乗った。
キシオン・シュラネス。
学者の家系であり、代々法務卿を担ってきたヘルベール公爵家、その嫡男だった。
不思議と仲良くなることになった。
目つきの悪い陰気な少女のどこが良かったのか?
その点はかつてからの謎ではあるが、とにかくキシオンはメアリを気に入ったようだった。
メアリもまた彼を好いていた。
多少繊細さに欠けるところはあっても、彼はその実優しく暖かかった。
この指輪は彼の物だった。
出会いから5年ほど経ったある日だ。
メアリは彼からこれを受け取ることになった。
きっかけは、父親の悪行の押し付けが一線を超えたことにある。
ボタンが外れた。
私的な手紙の返信が遅れた。
メアリが14になるまでは、押し付けられる悪行は精々その程度のものだった。
だが、唐突に一線を超える日がやってきた。
『この件はお前が妨害していたことにしろ』
そう国王に告げられたが、この件とは家臣の領地の境界をめぐるいさかいだった。
よくある話であるが仲裁の難しい話でもあった。
なにせ領地なのだ。
先祖伝来にしろ与えられたものにしろ、たいがいの諸侯にとって命にも代えがたいのが領地というものだ。
よって、仲裁もそう簡単にはいかないのだが、それを国王が面倒臭がったことで悲劇は起きてしまった。
敵対心が膨らんだ結果の武力衝突。
数十人の死傷者を出す結果に至った。
もちろん、国王がその責任を問われることになったのだが、そこで彼は考えたらしかった。
ボタンのように、また手紙のように。
この件も同様に処理出来るのではないか?
彼はメアリに求めてきた。
お前の介入があったことにしろ。
家臣の争い風情でなんで王家がわずらわらされる必要があるのか?
そんな思いがあって、国王にまで話が届かないように細工をしたことにしろ、と。
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