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現在、そして
5、予定
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「都合が良い……ですか?」
「やはり、俺はヘルベール公爵ですからねぇ」
「は、はい?」
「親父殿を無理言って隠居させた手前でもありますし、当主をほっぽり出すようなことはどうにも。それに女王陛下に願い出るというのは、うーむ。小心者の俺にはなかなか大変ですからね」
キシオンは腕組みで頷いている。
色々と気になる態度であり、発言だった。
当主をほっぽり出すというのはどういうことなのか?
女王に……自身に願い出るとは、何を願い出るというのか?
不思議の思い出で見上げていると、彼は不意に「ふむ?」などと口にして見つめ返してきた。
メアリの顔を見つめているわけでは無いようだった。
膝に置いている左手だ。
彼の視線はそこにあるようだった。
「……1つお願いしてもよろしいですか?」
相変わらず不思議の思いはあった。
だが、メアリは当然笑みで頷くことになる。
「は、はい。お願いですか? 何でもおっしゃって下さい」
キシオンの願いなのだ。
どんな願いでも2つ返事で応じるつもりだった。
彼はニコリとして手のひらを差し出してくる。
「指輪です。ひとまずお返しいただいても?」
どんな願いでも応じるつもりだった。
しかし、これは予想外かつ、かなりのところ思うところの多い頼みごとであり……メアリは思わず指輪を右手で覆う。
「ゆ、指輪ですか? そ、それはあの……?」
ためらわれたのだ。
もちろん、これはキシオンのものだ。
処刑にあっては、返すのが当然と思えたものだ。
ただ、現状でと考えると非常にためらわれた。
キシオンと自らをつなぐ縁。
それが失われてしまうような気がしたのだ。
その思いは伝わったのかどうか。
彼は「ははは」と愉快そうに笑い声を上げた。
「もしかして、気に入って下さっていましたか? それはありがたいですが、是非お返し下さい。ひとまずのことであれば、是非」
メアリは首をかしげることになる。
そう言えばであるが、彼は最初もそう言っていたのだ。
「ひとまず……ですか?」
「はい。ひとまずです。なのでお願いします」
正直なところ手放したくは無かったが、また渡してもらえるような雰囲気だった。
キシオンの願いでもある。
指から外し、ためらいを挟みつつキシオンへ。
彼は受け取ると、不意に苦笑の声をもらしてきた。
「親父殿は温厚な方なのですがね。いやぁ、あの時は怒られたっけなぁ」
しみじみとしたその言葉に、メアリは喪失感を忘れて問いかけることになる。
「怒られたですか? あの時と申しますと……それを私に渡していただいた後ということで?」
流れからそうとしか思えなかったのだ。
キシオンは「えぇ」と苦笑のままで頷きを見せてきた。
「はい。これはですね、ヘルベール公爵家にとってかなり大事なものなのですよ。後継者の証として、嫡男である俺に与えられたものでして。本当にあの時はもう。親父殿にぶん殴られたのは、後にも先にもあの時だけでしたね」
メアリは唖然とする。
今まで指にはめていたそれは、キシオンにとってそれほど大事なものだったらしい。
「す、すみません。そんな大事のものを今までずっと」
慌てて頭を下げると、キシオンは「いやいや」と首を左右にしてきた。
「謝るのはおかしいでしょうに。俺が勝手に押し付けたのですから」
「そ、そうは言われても、殴られてしまったと聞きますと……しかし、えーと?」
メアリは思わず首をかしげることになる。
「ひとまずなのですか?」
そこが疑問だった。
話をうかがう限りでは、指輪はヘルベール家の大事な家宝だ。
それについて何故、ひとまずという言葉が使われたのかどうか。
何故、再び自分に巡ってくることになるような雰囲気であるのか。
キシオンは笑みで頷いた。
「えぇ、ひとまずです。なにせ、俺には貴女にお願いしたいことがあるのですから」
「お願いでしょうか?」
「はい、お願いです。貴女には是非とも、妻としてヘルベール家の後継者に指輪を渡していただきたいので」
そのさらりとして告げられた言葉に、メアリは大きく首をかしげることになった。
(……えーと?)
果たして、自分は一体何を告げられたのか?
分からないところに、キシオンはほほ笑みかけてくる。
「ま、今は忘れておいて下さい。貴女が女王から退かれた時に、あらためて指輪と共にお願いさせていただきますから」
メアリはとりあえず分からないままに頷き……そして、気づいた。
「……え?」
メアリが呟くと、キシオンは笑みを深めてきた。
「やはり、俺はヘルベール公爵ですからねぇ」
「は、はい?」
「親父殿を無理言って隠居させた手前でもありますし、当主をほっぽり出すようなことはどうにも。それに女王陛下に願い出るというのは、うーむ。小心者の俺にはなかなか大変ですからね」
キシオンは腕組みで頷いている。
色々と気になる態度であり、発言だった。
当主をほっぽり出すというのはどういうことなのか?
女王に……自身に願い出るとは、何を願い出るというのか?
不思議の思い出で見上げていると、彼は不意に「ふむ?」などと口にして見つめ返してきた。
メアリの顔を見つめているわけでは無いようだった。
膝に置いている左手だ。
彼の視線はそこにあるようだった。
「……1つお願いしてもよろしいですか?」
相変わらず不思議の思いはあった。
だが、メアリは当然笑みで頷くことになる。
「は、はい。お願いですか? 何でもおっしゃって下さい」
キシオンの願いなのだ。
どんな願いでも2つ返事で応じるつもりだった。
彼はニコリとして手のひらを差し出してくる。
「指輪です。ひとまずお返しいただいても?」
どんな願いでも応じるつもりだった。
しかし、これは予想外かつ、かなりのところ思うところの多い頼みごとであり……メアリは思わず指輪を右手で覆う。
「ゆ、指輪ですか? そ、それはあの……?」
ためらわれたのだ。
もちろん、これはキシオンのものだ。
処刑にあっては、返すのが当然と思えたものだ。
ただ、現状でと考えると非常にためらわれた。
キシオンと自らをつなぐ縁。
それが失われてしまうような気がしたのだ。
その思いは伝わったのかどうか。
彼は「ははは」と愉快そうに笑い声を上げた。
「もしかして、気に入って下さっていましたか? それはありがたいですが、是非お返し下さい。ひとまずのことであれば、是非」
メアリは首をかしげることになる。
そう言えばであるが、彼は最初もそう言っていたのだ。
「ひとまず……ですか?」
「はい。ひとまずです。なのでお願いします」
正直なところ手放したくは無かったが、また渡してもらえるような雰囲気だった。
キシオンの願いでもある。
指から外し、ためらいを挟みつつキシオンへ。
彼は受け取ると、不意に苦笑の声をもらしてきた。
「親父殿は温厚な方なのですがね。いやぁ、あの時は怒られたっけなぁ」
しみじみとしたその言葉に、メアリは喪失感を忘れて問いかけることになる。
「怒られたですか? あの時と申しますと……それを私に渡していただいた後ということで?」
流れからそうとしか思えなかったのだ。
キシオンは「えぇ」と苦笑のままで頷きを見せてきた。
「はい。これはですね、ヘルベール公爵家にとってかなり大事なものなのですよ。後継者の証として、嫡男である俺に与えられたものでして。本当にあの時はもう。親父殿にぶん殴られたのは、後にも先にもあの時だけでしたね」
メアリは唖然とする。
今まで指にはめていたそれは、キシオンにとってそれほど大事なものだったらしい。
「す、すみません。そんな大事のものを今までずっと」
慌てて頭を下げると、キシオンは「いやいや」と首を左右にしてきた。
「謝るのはおかしいでしょうに。俺が勝手に押し付けたのですから」
「そ、そうは言われても、殴られてしまったと聞きますと……しかし、えーと?」
メアリは思わず首をかしげることになる。
「ひとまずなのですか?」
そこが疑問だった。
話をうかがう限りでは、指輪はヘルベール家の大事な家宝だ。
それについて何故、ひとまずという言葉が使われたのかどうか。
何故、再び自分に巡ってくることになるような雰囲気であるのか。
キシオンは笑みで頷いた。
「えぇ、ひとまずです。なにせ、俺には貴女にお願いしたいことがあるのですから」
「お願いでしょうか?」
「はい、お願いです。貴女には是非とも、妻としてヘルベール家の後継者に指輪を渡していただきたいので」
そのさらりとして告げられた言葉に、メアリは大きく首をかしげることになった。
(……えーと?)
果たして、自分は一体何を告げられたのか?
分からないところに、キシオンはほほ笑みかけてくる。
「ま、今は忘れておいて下さい。貴女が女王から退かれた時に、あらためて指輪と共にお願いさせていただきますから」
メアリはとりあえず分からないままに頷き……そして、気づいた。
「……え?」
メアリが呟くと、キシオンは笑みを深めてきた。
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