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10年後

メアリ・シュラネス

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 ヘルベール公爵家の庭である。

 そこでメアリは、常に無く目つきを鋭くすることになっていた。

「……いいですか? しっかりと私の目を見て答えなさい」

 見上げてくる両目があった。

 自身に似て、しかし彼にも似た両目。
 一言で言ってしまえば、悪い目つきだった。
 それは少年のものだ。
 6歳の少年がメアリを見上げにらみつけてきて、しかしプイっと視線を反らしてきた。

「ユリウスっ!!」

 怒鳴りつけると途端にだ。
 少年──ユリウスは不満の表情で叫び返してきた。

「ち、ちがいます! 私はぜったいにわるいことはしていません!」

「どこがですかっ! 侍女の背中にカエルをつけて、それのどこが悪くはありませんかっ!」

「だ、だって、それはおもしろいと……」

「面白いのは貴方だけでしょうにっ! どうです、違いますかっ!」

 これでやっとだった。
 ユリウスは躊躇ためらいがちにだが、メアリに頭を下げてきた。

「……もうしわけありませんでした」

「そうですね、悪いことをしたと認めることは大事です。しかし、相手はそれで合っていますか?」

「…………」

 沈黙をはさみ、ユリウスは黙って首を左右にした。
 そして、

「……あの、いってきます」

 そう告げてきた。
 メアリは笑みになって頷く。

「分かりました。早く謝りに行ってきなさい」

 あとは躊躇いなどなかった。
 頷きを返してきたユリウスはまたたく間に走り去っていった。
 その後ろ姿を目で追いながら、メアリは腰に手を当てて「ふーむ」と呟く。

「やんちゃですねぇ……」

 思い返せば2歳を過ぎた頃からだった。
 とにかくいたずら好きで口も達者。
 一体誰に似たのやらと思わされるのだが、そんな相手は自分でなければ一人しかいない。

「おや? もう行ったのか」

 その当人が現れたのだった。
 首をかたむけつつのキシオンだ。
 歩み寄ってくる彼に、メアリは首をかたむけ返すことになった。

「どうされました? あの子をお探しで?」

「あぁ。まーたいたずらに手を染めたと聞いてな。今度はカエルだっけか?」

 メアリは「まったく」と呆れの表情を見せることになる。

「はい。今度はカエルを侍女の背中に引っ付けてくれました。本当にろくでもないことを」

「ははは、そうか。まぁ、カエルはな。人が嫌がるものだし手軽でな。気持ちは分からないでもないなぁ」

 その納得の頷きを見て、メアリの呆れの対象はキシオンに移るのだった。

「やはりと申しますか貴方譲りでしたか。まさか、いたずらの手ほどきをされてなどは?」

「まさかまさか。血は争えないってだけの話だと思うよ?」

「……はぁ。私の血も入っているのですから、もう少し大人しくても良いのですが」

 思わず嘆くと、キシオンは「くくく」と愉快そうに含み笑いをもらしてきた。

「本当にまぁ、そうだね。しかし、不思議なもんだ」

「はい? 何がでしょうか?」

「いや? 君と俺が、人並みに自らの子供について語り合えているってのがさ? 不思議やら感慨深いやらで」

 確かにだった。
 そう言われると、メアリもまた感慨深い心地にさせられた。

 色々あったのだ。

 悪女であったこともあった。
 女王であったこともあった。
 不安定な政情の中で、政変未遂の憂き目にもあった。
 女王を退位するとなって、そこでもまた他国を巻き込んでのひと悶着もあった。
 結果、実の家族に死を命ずることを迫られることにもなった。

 そう、色々あった。
 ユリウス──自身の息子について思い悩んでいられるのが不思議なほどに色々とあった。

 ただ、あまり過去について思いを馳せる気にはなれなかった。
 きっと母であるということが大きかった。
 自らよりも、彼の将来の方がよほど気にかかってくる。

「しかし、あの年頃というのはあのようなものでしょうか? いたずらばかりしていて飽きないもので?」

 メアリが尋ねかけると、キシオンは苦笑を浮かべてきた。

「飽きないものなんだよなぁ。そこはまぁ、あの年頃の宿命と言うか」

「とんだ宿命を背負っていただいているものですが……いつ頃には落ち着くものと?」

「俺の場合だけど、15ぐらいまでははしゃいでいたかな?」

 ユリウスは現在6歳である。
 思わず15までの年数を指折り数え、メアリはうんざりとため息をつく。

「はぁ。あまり聞きたくはなかった事実ですね」

「ははは、でも血筋の半分は君なんだ。やんちゃな時期も半分ぐらいですむんじゃないか?」

「現状のあの子は9割ぐらい貴方なのですよ? 楽観などさっぱりで……まったく。いつになったらコレを渡せることなのやら」

 メアリは自身の左手を見つめることになる。
 そこでは瀟洒しょうしゃな指輪が光っていた。
 ヘルベール家の次代に託されるはずの銀の指輪だ。

 だが、現状だった。
 さっぱり託す気にはなれないユリウスの幼さなのだ。
 教育の責任の一旦を担うヘルベール夫人として、何とも憂鬱な気分にさせられるのだった。

「ま、いいんじゃないか? 別に、もう渡したってさ」

 しかし、そんなヘルベール公爵の言葉だった。
 メアリは首をかしげることになる。

「あの、良いのですか?」

「別にいいだろうさ。俺が受け取ったのも同じ年頃だった。親父殿は、当主の責任を感じ大人しくなるのを期待したって言ってたっけか」

「へぇ、お義父様はそのような。しかし……大人しくはなられたので?」

「早速、指輪をいたずらの小道具にして怒られた記憶がある」

「…………」

 ますます渡したくなくなったのだった。
 これはメアリにとっては思い出の指輪でもあるのだ。
 いたずらの相棒に使われるのは勘弁願いたいところだった。

「……まぁ、はい。私は前例を踏襲とうしゅうしないこととさせていただきます」

 彼がこの指輪の重みを理解し、大事に扱うようになれるまで。
 それまでは自身の指輪にはめておくことにした。
 キシオンは笑みで頷いてくる。

「ま、君の好きなようにしてくれればいいさ。そして、我が家のきかん坊殿だが……お? 戻ってきたか?」

 彼の言葉通りだった。
 広大な庭の向こうから、転がるように走り寄ってくる小さな姿がある。
 ユリウスだ。
 彼は距離があっても分かるほどに満面の笑みをしており、

「……褒められる気でいますね。調子の良いことです」

 メアリは呆れて呟くことになった。
 どうにも、謝ったことをもって褒めてもらおうという魂胆に違いなかった。
 いたずらをしてこれは虫が良いと言わざるを得なかったが、

「そこら辺が、子育ての難しいところだよなぁ」

 腕組みでキシオンだったが、まったくその通りだった。
 虫が良いなどと責めたところで、彼にはまだ分からないのだ。
 ここは良く謝ったと褒めてやるべきに違いなかった。

 やれやれ、とメアリは彼を迎えるために歩を進める。
 キシオンもまた並んでくる。
 果たして、あの子はどちらを選ぶのか?
 不意にそんな考えがよぎったが、ユリウスはなかなかに強欲だった。
 間に割って入り、メアリ、キシオンのそれぞれの手をつかんできたのだ。

 こうなると、なかなか呆れてはいられなかった。

(まったく、この子は)

 思わず手が伸びる。
 小さな頭を撫でてやると、ユリウスは気持ちよさそうに目を細めてきた。
 隣ではキシオンもまた微笑ましげに目を細めている。
 
(……これが私の人生ですか)

 不意に湧いたそんな感慨。
 メアリはキシオンと笑みを交わし、ユリウスの頭を撫で続けた。

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みんなの感想(152件)

2021.11.01 ユーザー名の登録がありません

退会済ユーザのコメントです

甘海そら
2021.11.01 甘海そら

感想ありがとうございます!

ちょっと小狡いところもある子というメアリの認識もあっての感じでしょうかね。
あと、公爵家の息子なので。
けっこう理想は高い感じかもです。

解除
tk
2021.10.29 tk
ネタバレ含む
甘海そら
2021.10.29 甘海そら

感想ありがとうございます。

能力に見合わないものを書こうとして、どうしようもなくなってしまいました。
本当に申し訳ないです。

解除
2021.10.28 ユーザー名の登録がありません

退会済ユーザのコメントです

甘海そら
2021.10.29 甘海そら

感想ありがとうございます。

無茶苦茶なことをしてしまいましたが、そう言っていただけ本当にありがたいです。

解除
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