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国王ルード3世は苦悩していた。小麦を始めとした農産物が数年おきに不作となる。周辺国との貿易や関係性、国防に。そして自らの健康状態に。
アルファではあったものの、生まれつき体の弱い自分はどれだけ生きられるかわからない。政務に励む国王に、宰相ほか国の重鎮は早く子をなせと迫った。
宛がわれたのはベータである宰相の娘であった。オメガと番いたいという国王の希望など全く考慮されることもなく。
宰相の娘である王妃は家格と気位が高く、性格がきつかった。平凡な茶色の目と髪、口角の片側だけを意地悪く上げる顔貌にもその性格が現れていた。国王は妻を愛する事ができなかった。
法律上許されている側妃を娶ろうとすれば、プライドの塊である王妃が邪魔をする。父である宰相が側妃候補を選定しても、妃があれこれと難癖をつけて認めなかった。
子をなせなければ王家が途絶えてしまう。致し方なく寝室を訪れ何とか男児が誕生した。
宰相や官僚達は大変喜んだが、国王は精神的疲労でさらに体調を悪化させた。お役御免とばかりにその後王妃と王子の元を訪れる事はせず、何とか政務をこなしながら宮殿内の医務室に通っては治療を受けた。
次第に書類を医務室に届けさせ、日中を医務室で過ごしながら仕事をして、夜にやっと自室で休む日も増えた。
自らの治療のため、国王は医務室に若く優秀なアルファの男性医師を迎えた。彼には看護師である女性アルファの妹の他に家族がなく、その妹を帯同しての勤務を望んだ。
医務室には、アルファの兄妹が着任し、献身的に国王を支えるようになった。優しく遠慮深く的確に看護する妹に、いつしか国王は惹かれて行った。
妻のある身、彼女を幸せには出来ないと想いを現さず自らの内に秘めていた国王。一方で国王の自らへの愛を察しており、自分も好意を抱くが身分や状況から、敢えて問わない看護師。二人は秘めた愛に捕らわれていった。
ある日のことであった。熱で苦しみ意識が混濁した夜に、温かい布で体を拭いてくれた彼女の暖かさ。その肌に触れ、焦がれた国王は間違いを起こしてしまった。アルファ同士、かつ一度きりの関係である。通常であれば妊娠確率は低い。ところが暫くして、彼女に妊娠の兆候が現れた。
彼女と国王はその事を大変喜んだが、国王はしかし深く苦悩もしていた。申し訳ないが彼女を妃にはできない。妻に知られたら危ないかも知れない。彼女のほうが達観しており、新しい命の芽生えに運命的なものを感じていた。覚悟を決め、誰にも気付かれないようにしようと考えていた。
しかし妹の妊娠が兄にのみ気付かれてしまった。何があったかを正す兄に対して国王は深く詫び、彼女を愛していること、妻や宰相に知れてしまったら何をされるかわからないことを告げた。
どうにかして二人を安全な所に逃がし、不自由なく暮らして欲しい。願わくば愛の結晶である子にも、無事に産まれどうか幸せに生きて欲しい。
国王は自分の死期を悟り、兄妹の身を旧友である辺境伯に託した。
辺境伯には家族がなかった。表向きは、国王の病状悪化と辺境伯の疾病治療に伴う異動として辺境に派遣される形をとる。あちらに着いたら伯爵の家族として扱って貰い、子が産まれたら伯爵家を継げるように。
どうか、どうか頼みますと国王は、家宝の玉や剣を預け、辺境伯には、ことの次第と子が真に自分の血筋であるとの証明をしたためた。
かくして若い国王は亡くなった。まだ幼い王子の後ろ楯となった宰相が、国政を担うことになった。
ルーベン王子は早くに父を亡くし、父である王の記憶もないまま、母である王妃に甘やかされ放題で育った。
祖父の宰相も自分にあまく、誰も注意したり叱ったりするものはなかった。他に王位を争うライバルもいない。何をしていても時が来れば王位を継げるのだ。
この国では、王家の直系子孫で、アルファであることが優先であるものの、他に候補がいなければどんな性別であっても25歳になれば王位に就けることになっている。
年齢が上がって王位に近付く程に傲慢で怠惰になるのは致仕方が無かったのかもしれない。
ルーベンが大きくなるとともに、その性別が話題にあがった。王家では概ね跡継ぎのアルファが産まれてきたが、過去の王妃はオメガがほとんどであった。
例外的なベータの王妃から産まれたルーベンがアルファであるかどうか。
ルーベンが思春期になると、秘密裏に何度もバース判定検査が行われた。初めはベータ、次はほとんどベータであるが判定不能。ベータよりの微かなアルファ、未成熟などなど。美しい銀髪、碧眼であった国王に似ず、母と同じ茶の髪と目をして意地悪い顔貌であったこともアルファらしからぬ容貌だった。
しかしベータであることをはっきりさせず忖度をする判定ばかりのため、どっち付かずのままであった。
王妃は
「この子はアルファに決まっています。オメガの王子妃を貰えばちゃんとアルファの跡継ぎが産まれますとも」
と言って確かな判定を得ることを拒否した。アルファであると言って譲らなかったので、宰相は家格の高くより強固な後ろ楯となれる貴族からオメガ妃の候補者を探し始めた。
アルファではあったものの、生まれつき体の弱い自分はどれだけ生きられるかわからない。政務に励む国王に、宰相ほか国の重鎮は早く子をなせと迫った。
宛がわれたのはベータである宰相の娘であった。オメガと番いたいという国王の希望など全く考慮されることもなく。
宰相の娘である王妃は家格と気位が高く、性格がきつかった。平凡な茶色の目と髪、口角の片側だけを意地悪く上げる顔貌にもその性格が現れていた。国王は妻を愛する事ができなかった。
法律上許されている側妃を娶ろうとすれば、プライドの塊である王妃が邪魔をする。父である宰相が側妃候補を選定しても、妃があれこれと難癖をつけて認めなかった。
子をなせなければ王家が途絶えてしまう。致し方なく寝室を訪れ何とか男児が誕生した。
宰相や官僚達は大変喜んだが、国王は精神的疲労でさらに体調を悪化させた。お役御免とばかりにその後王妃と王子の元を訪れる事はせず、何とか政務をこなしながら宮殿内の医務室に通っては治療を受けた。
次第に書類を医務室に届けさせ、日中を医務室で過ごしながら仕事をして、夜にやっと自室で休む日も増えた。
自らの治療のため、国王は医務室に若く優秀なアルファの男性医師を迎えた。彼には看護師である女性アルファの妹の他に家族がなく、その妹を帯同しての勤務を望んだ。
医務室には、アルファの兄妹が着任し、献身的に国王を支えるようになった。優しく遠慮深く的確に看護する妹に、いつしか国王は惹かれて行った。
妻のある身、彼女を幸せには出来ないと想いを現さず自らの内に秘めていた国王。一方で国王の自らへの愛を察しており、自分も好意を抱くが身分や状況から、敢えて問わない看護師。二人は秘めた愛に捕らわれていった。
ある日のことであった。熱で苦しみ意識が混濁した夜に、温かい布で体を拭いてくれた彼女の暖かさ。その肌に触れ、焦がれた国王は間違いを起こしてしまった。アルファ同士、かつ一度きりの関係である。通常であれば妊娠確率は低い。ところが暫くして、彼女に妊娠の兆候が現れた。
彼女と国王はその事を大変喜んだが、国王はしかし深く苦悩もしていた。申し訳ないが彼女を妃にはできない。妻に知られたら危ないかも知れない。彼女のほうが達観しており、新しい命の芽生えに運命的なものを感じていた。覚悟を決め、誰にも気付かれないようにしようと考えていた。
しかし妹の妊娠が兄にのみ気付かれてしまった。何があったかを正す兄に対して国王は深く詫び、彼女を愛していること、妻や宰相に知れてしまったら何をされるかわからないことを告げた。
どうにかして二人を安全な所に逃がし、不自由なく暮らして欲しい。願わくば愛の結晶である子にも、無事に産まれどうか幸せに生きて欲しい。
国王は自分の死期を悟り、兄妹の身を旧友である辺境伯に託した。
辺境伯には家族がなかった。表向きは、国王の病状悪化と辺境伯の疾病治療に伴う異動として辺境に派遣される形をとる。あちらに着いたら伯爵の家族として扱って貰い、子が産まれたら伯爵家を継げるように。
どうか、どうか頼みますと国王は、家宝の玉や剣を預け、辺境伯には、ことの次第と子が真に自分の血筋であるとの証明をしたためた。
かくして若い国王は亡くなった。まだ幼い王子の後ろ楯となった宰相が、国政を担うことになった。
ルーベン王子は早くに父を亡くし、父である王の記憶もないまま、母である王妃に甘やかされ放題で育った。
祖父の宰相も自分にあまく、誰も注意したり叱ったりするものはなかった。他に王位を争うライバルもいない。何をしていても時が来れば王位を継げるのだ。
この国では、王家の直系子孫で、アルファであることが優先であるものの、他に候補がいなければどんな性別であっても25歳になれば王位に就けることになっている。
年齢が上がって王位に近付く程に傲慢で怠惰になるのは致仕方が無かったのかもしれない。
ルーベンが大きくなるとともに、その性別が話題にあがった。王家では概ね跡継ぎのアルファが産まれてきたが、過去の王妃はオメガがほとんどであった。
例外的なベータの王妃から産まれたルーベンがアルファであるかどうか。
ルーベンが思春期になると、秘密裏に何度もバース判定検査が行われた。初めはベータ、次はほとんどベータであるが判定不能。ベータよりの微かなアルファ、未成熟などなど。美しい銀髪、碧眼であった国王に似ず、母と同じ茶の髪と目をして意地悪い顔貌であったこともアルファらしからぬ容貌だった。
しかしベータであることをはっきりさせず忖度をする判定ばかりのため、どっち付かずのままであった。
王妃は
「この子はアルファに決まっています。オメガの王子妃を貰えばちゃんとアルファの跡継ぎが産まれますとも」
と言って確かな判定を得ることを拒否した。アルファであると言って譲らなかったので、宰相は家格の高くより強固な後ろ楯となれる貴族からオメガ妃の候補者を探し始めた。
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