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王宮内がとても騒がしくなった。討伐隊が帰還した様子である。リンはいてもたってもいられずにクリスの私室内で、必要もなくぐるぐると歩き回っていた。
そこにトントンと扉を叩く音がした。
「リン!入るよ?」
「アーノルド!殿下は?御無事なの?!」
「それが、困ったことになった。殿下は丁度魔物の後ろを向いていた俺の事を庇って魔術を少し浴びてしまったんだ。魔術師とリンの魔道具のお陰でかなり防げたんだが、漏れてきた黒魔術の一部を。殿下…俺の事なんか守りやがって。俺が護らないといけないのに!リン、ごめん」
「殿下らしいよ。他の人はみんな無事なんだね。殿下の浴びてしまった魔術って、どんなの?今、その解除をかけているの?」
「ああ。医師団と所長、それに治癒魔術の得意なマリーさんが治療にあたっている」
「そうか。僕に出来ることはないかな?殿下に会えない?」
「何かあればマリーさんが知らせてくれる筈だ。ここで待つしかないな」
「うん。わかった」
「俺は父の補佐で仕事に戻るが、何かあればまた知らせに来る」
「うん。小さな事でも良いんだ。何かわかったらお願い」
「ああ。本当にごめん。リン、泣くなよ。殿下が心配する」
「え?あ、涙…」
リンが指を頬に持っていくと涙が流れていた。どうりで回りがぼやけて見えたわけだ。一人になると、リンは涙を拭ってソファに深くかけた。
(神様。どうか殿下を御守りください。どうか…)
数刻が過ぎた頃、またドアをノックする音がした。
「はい。どうぞ」
「リンさん。失礼しますね」
「マリーさん」
入室したのは魔術師のマリーだった。マリーは貴族で、伯爵家の当主と結婚もしているが副所長の職に就いておりリンの直属の上司でもある。
治癒魔術を得意として、王宮の医師団と共に治療にあたることが多い。リンの体調も良く気遣い、魔術師達皆にとっても話しやすいお姉さんのような人物だった。
「マリーさん、殿下は?大丈夫なの?」
「そうね。今のところ命には別状は無いのだけれど、魔力暴走を起こしてしまっているの」
「どんな魔術で?どんな暴走をしているの?治せない?」
「医師団も所長も私も、力が及ばないの」
「殿下はどうなってしまうの?何か出来ることない?!」
「詳しく説明するわ」
瀕死の魔獣から放たれたのは、理性で抑えている欲望や欲求を増幅して感情をドロドロとまるでとぐろを巻くように黒く沸き立たせる魔術だった。
「クリス殿下は、魔力がもともと強く理性の確かな人だから。その魔術によって精神も体も本能的欲望を伴う魔力が駆け巡ってとても苦しんでいらっしゃるの」
「殿下は今どこに?」
「医務室の奥の隔離室。医務室には医師や所長はもちろん、陛下と妃殿下に宰相閣下、アーノルドさんもリンのお父上も集まっていらっしゃるわ」
「父上も?!どうしてだろう。それなら僕も行きたい。マリーさん、僕も連れていってくれないかな?」
「そうね。所長と話したんだけど、魔力が強く、多種を操れるリンさんなら、もしかしたら殿下をお救い出来るかもしれない。ただ、とても危険を伴うのよ。皆と話し合いましょう」
「うん。行きたい。出来るなら役に立ちたいんだ」
医務室では、皆が沈痛な面持ちで事の次第を整理していた。そこにマリーとリンが現れた。
「「リンさん」」「「リン」」
「陛下。妃殿下。僕にお手伝いさせてください。僕がお役に立つことがあれば是非!」
「リンさん」
「所長さん」
「殿下のとぐろを巻いた魔力を解きほぐして流せば治ると思います。でも、魔力が強くて年老いた私にはとても力が及ばないんです。もしかしたら、リンさんなら治せるかもしれません。しかし、殿下の欲望が増幅して解放されるということは、リンさんを危険にさらすことになりかねません」
「どうしてですか?僕はどうなっても殿下をお助けしたいです。何とかなるなら、是非とも」
「殿下はリンさんを愛していらっしゃるんですよ。殿下のリンさんを番にしたい、我が物としたいという欲望が勝り、リンさんの意に沿わないで襲って番うという結果となったら。殿下がお苦しみになられるでしょう」
「殿下が?僕を?」
「そうだぞ!本当はこんなふうに告げるべきではなかったが、殿下は幼少のおりからリンが大好きだった。俺達友人にも、リンは自分がいずれ互いに好き合えたら結婚したい、番になりたいから手を出すな、応援して欲しいと言っていたんだ。でも、リンが望まないのに魔術に負けて番になったら殿下自信がきっと辛い思いをする。チクショウ!俺のせいで!ごめん。リン、殿下。ごめんなさい…」
アーノルドが膝から崩れ落ち、床に両手をついた。
「僕も。僕もクリス殿下が好き!殿下が僕を噛みたい、襲いたいと思うならそれで良いんだ。僕も殿下に噛まれたいんだから。一人で待っていて充分にわかった。殿下がいなければ生きてなんていけないよ」
「「「リンさん」」」
「リン。わかった。それなら殿下をお救いできるか、やってみなさい」
「父上」
「私も以前から殿下にリンを妃に迎えたいと頼まれていた。リン本人が良ければと了承していたんだ。陛下。婚約期間の無いまま、番婚になってしまうかも知れませんがよろしいですね?」
「ああ。リンさん。申し訳ない。クリスの気持ちは私達もわかっていた。このような形は望まないだろう。しかし、苦しむクリスを助けたい。どうかお願いする」
陛下と妃殿下がリンの手を握って頭を垂れた。
「ありがとうございます。僕の力の限り、頑張ります」
「「ありがとう」」
「所長さん、どうやったら魔力を流せるのかアドバイスを頂けますか?」
「はい。文献的な事を踏まえますと殿下に触れながら互いの魔力を混ぜ、海や空のような大きいものに溶かして流すイメージです。こんがらがった魔力の線は、そっと解きほぐして、絡みを戻すのです。その過程で、殿下が、その、申し上げにくいのですが精を、精を放つようでしたらお手伝いを…私にもこのような魔術は経験が乏しくこれ以上のことは分かりかねまして...」
「…良くわかりませんが、何とかやってみます」
「殿下のお気持ちを考えますと、ネックガードは、噛みきれないしっかりしたものをつけてから殿下のところへ行かれるのがよろしいかと思います。今お持ちしますね」
「わかりました」
固く厚いネックガードに付け替えて、リンは一つ深呼吸をした。
「では、行って参ります」
そこにトントンと扉を叩く音がした。
「リン!入るよ?」
「アーノルド!殿下は?御無事なの?!」
「それが、困ったことになった。殿下は丁度魔物の後ろを向いていた俺の事を庇って魔術を少し浴びてしまったんだ。魔術師とリンの魔道具のお陰でかなり防げたんだが、漏れてきた黒魔術の一部を。殿下…俺の事なんか守りやがって。俺が護らないといけないのに!リン、ごめん」
「殿下らしいよ。他の人はみんな無事なんだね。殿下の浴びてしまった魔術って、どんなの?今、その解除をかけているの?」
「ああ。医師団と所長、それに治癒魔術の得意なマリーさんが治療にあたっている」
「そうか。僕に出来ることはないかな?殿下に会えない?」
「何かあればマリーさんが知らせてくれる筈だ。ここで待つしかないな」
「うん。わかった」
「俺は父の補佐で仕事に戻るが、何かあればまた知らせに来る」
「うん。小さな事でも良いんだ。何かわかったらお願い」
「ああ。本当にごめん。リン、泣くなよ。殿下が心配する」
「え?あ、涙…」
リンが指を頬に持っていくと涙が流れていた。どうりで回りがぼやけて見えたわけだ。一人になると、リンは涙を拭ってソファに深くかけた。
(神様。どうか殿下を御守りください。どうか…)
数刻が過ぎた頃、またドアをノックする音がした。
「はい。どうぞ」
「リンさん。失礼しますね」
「マリーさん」
入室したのは魔術師のマリーだった。マリーは貴族で、伯爵家の当主と結婚もしているが副所長の職に就いておりリンの直属の上司でもある。
治癒魔術を得意として、王宮の医師団と共に治療にあたることが多い。リンの体調も良く気遣い、魔術師達皆にとっても話しやすいお姉さんのような人物だった。
「マリーさん、殿下は?大丈夫なの?」
「そうね。今のところ命には別状は無いのだけれど、魔力暴走を起こしてしまっているの」
「どんな魔術で?どんな暴走をしているの?治せない?」
「医師団も所長も私も、力が及ばないの」
「殿下はどうなってしまうの?何か出来ることない?!」
「詳しく説明するわ」
瀕死の魔獣から放たれたのは、理性で抑えている欲望や欲求を増幅して感情をドロドロとまるでとぐろを巻くように黒く沸き立たせる魔術だった。
「クリス殿下は、魔力がもともと強く理性の確かな人だから。その魔術によって精神も体も本能的欲望を伴う魔力が駆け巡ってとても苦しんでいらっしゃるの」
「殿下は今どこに?」
「医務室の奥の隔離室。医務室には医師や所長はもちろん、陛下と妃殿下に宰相閣下、アーノルドさんもリンのお父上も集まっていらっしゃるわ」
「父上も?!どうしてだろう。それなら僕も行きたい。マリーさん、僕も連れていってくれないかな?」
「そうね。所長と話したんだけど、魔力が強く、多種を操れるリンさんなら、もしかしたら殿下をお救い出来るかもしれない。ただ、とても危険を伴うのよ。皆と話し合いましょう」
「うん。行きたい。出来るなら役に立ちたいんだ」
医務室では、皆が沈痛な面持ちで事の次第を整理していた。そこにマリーとリンが現れた。
「「リンさん」」「「リン」」
「陛下。妃殿下。僕にお手伝いさせてください。僕がお役に立つことがあれば是非!」
「リンさん」
「所長さん」
「殿下のとぐろを巻いた魔力を解きほぐして流せば治ると思います。でも、魔力が強くて年老いた私にはとても力が及ばないんです。もしかしたら、リンさんなら治せるかもしれません。しかし、殿下の欲望が増幅して解放されるということは、リンさんを危険にさらすことになりかねません」
「どうしてですか?僕はどうなっても殿下をお助けしたいです。何とかなるなら、是非とも」
「殿下はリンさんを愛していらっしゃるんですよ。殿下のリンさんを番にしたい、我が物としたいという欲望が勝り、リンさんの意に沿わないで襲って番うという結果となったら。殿下がお苦しみになられるでしょう」
「殿下が?僕を?」
「そうだぞ!本当はこんなふうに告げるべきではなかったが、殿下は幼少のおりからリンが大好きだった。俺達友人にも、リンは自分がいずれ互いに好き合えたら結婚したい、番になりたいから手を出すな、応援して欲しいと言っていたんだ。でも、リンが望まないのに魔術に負けて番になったら殿下自信がきっと辛い思いをする。チクショウ!俺のせいで!ごめん。リン、殿下。ごめんなさい…」
アーノルドが膝から崩れ落ち、床に両手をついた。
「僕も。僕もクリス殿下が好き!殿下が僕を噛みたい、襲いたいと思うならそれで良いんだ。僕も殿下に噛まれたいんだから。一人で待っていて充分にわかった。殿下がいなければ生きてなんていけないよ」
「「「リンさん」」」
「リン。わかった。それなら殿下をお救いできるか、やってみなさい」
「父上」
「私も以前から殿下にリンを妃に迎えたいと頼まれていた。リン本人が良ければと了承していたんだ。陛下。婚約期間の無いまま、番婚になってしまうかも知れませんがよろしいですね?」
「ああ。リンさん。申し訳ない。クリスの気持ちは私達もわかっていた。このような形は望まないだろう。しかし、苦しむクリスを助けたい。どうかお願いする」
陛下と妃殿下がリンの手を握って頭を垂れた。
「ありがとうございます。僕の力の限り、頑張ります」
「「ありがとう」」
「所長さん、どうやったら魔力を流せるのかアドバイスを頂けますか?」
「はい。文献的な事を踏まえますと殿下に触れながら互いの魔力を混ぜ、海や空のような大きいものに溶かして流すイメージです。こんがらがった魔力の線は、そっと解きほぐして、絡みを戻すのです。その過程で、殿下が、その、申し上げにくいのですが精を、精を放つようでしたらお手伝いを…私にもこのような魔術は経験が乏しくこれ以上のことは分かりかねまして...」
「…良くわかりませんが、何とかやってみます」
「殿下のお気持ちを考えますと、ネックガードは、噛みきれないしっかりしたものをつけてから殿下のところへ行かれるのがよろしいかと思います。今お持ちしますね」
「わかりました」
固く厚いネックガードに付け替えて、リンは一つ深呼吸をした。
「では、行って参ります」
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