これは恋でないので

鈴川真白

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知らない

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「女子からはモテたくねぇ」
「ははっ、すごい発言だな。無理だろ」

 圭吾の苦笑いを見て、俺はため息をついた。男女どちらからも、友達として好かれていたいだけなのに。

 告白を断るのって重労働だ。なんて、気持ちを伝える側に比べたらちっぽけなものなんだろうけど。

「あ、そのまんま前髪伸ばして顔隠す方向性でいけば? 髪染めるとか」
「あー、やっぱ髪でイメージ変わんのかな。染めるの面倒だし、前髪このままでいくか」

 隣の圭吾が顎に手を当てて唸る。真面目に考えてくれているらしい。

「俺みたいにメガネかけるとか。マスクだと曇るけど」
「曇るのはちょっとめんどいから、とりあえず前髪でいこうかな」

 次の俺の髪型をどうしたら今の状況から変わるかを話していると、通りかかった教室から「はあ⁉」と俺の肩が跳ねるほどの大きな声が響く。

 びっくりした。少しだけ気になって教室の中を一瞥してから通り過ぎた。カップルの喧嘩だろうか。

「奏多に似てる人なんかいるわけねーだろ!」

 男子の声が荒々しく響いた。

「もー、そんなおっきな声出さないでよぉ」と、呆れたような女子の声が続く。

「いたんだよぉ。桑原先輩の目元が奏多っぽかったの」
「奏多は唯一無二って話してたばっかじゃん。誰だよ桑原先輩って」

 あれ、俺のことか。ごめん、俺だ。

 思わず、足を止める。カップルの痴話喧嘩ではなく、俺に対する怒りの叫びらしい。久しぶりに似てると言われているのを聞いて、一瞬反応が遅れてしまった。

 圭吾を振り返れば、表情がいきいきしている。面白そうだとその顔が言っていた。

 俺はこれ以上聞くのが怖いけど、気になるのは一緒だ。

 言葉を発さなくても圭吾が次に何をしたいのかわかって、無言でうなずいた。夕日が差し込む廊下の壁に背中をつけて、教室から聞こえる声に耳を澄ませた。

「そういうのムカつく。莉奈りなだってユウマに似てるって言われる人にキレてたくせに」
「まあ、そうなんだけど。この前中庭で見かけたとき、ほんとにちょっと似てるって思っちゃったんだもん。ほら、今度やるドラマの髪型も似てるしさぁ」

 莉奈と呼ばれた女子の声に俺は天井を仰いだ。まじかよ、これは似せようとしてたわけじゃねぇのに。

 彼のものであろう、大きなため息が聞こえた。恐らく彼が柊奏多のファンなんだろう。

 気になって、いくつか柊奏多が出るドラマやバラエティ番組を見たことがある。

 普段から真面目な人間を演じているとしても、いい人が滲み出ているような柔らかい表情や努力をしてきた重みのある言葉。

 似てるどころか憧れを持つことすらおこがましいような、雲の上の人だった。

 過去に調子に乗っただけの俺のことは許してほしい。

「は? また真似してるってこと? ほんとそういうのやだ」

 心底嫌そうな声。謝りたい。だけど、ひとつだけ弁解もさせてほしい。

「圭吾」と名前を呼べば「行ってくる?」と察していたかのように返された。

「うん、ちょっと待ってて」
「いいよ。いってら」

 隣の圭吾が背中を押してくれて、俺はうなずいた。教室を覗き込んで「話が聞こえちゃったんだけど」と会話に割り込む。

「ほんとごめん。俺、今は柊奏多を真似しようなんて微塵も考えてないよって。最近の髪型のことも全然知らなかった」

 2人の視線がばっちりこちらを向いて、早口になってしまう。俺はじわじわと頬が熱くなるのを感じた。

 恥ず、何語ってんだろ。弁解なんて、求められてない。

「でも、柊奏多の真似してるって勘違いさせるようなことになって、ごめん」

 頭を下げると、机に置かれたスマホの背面に柊奏多の写真が見えた。写真といえど華やかな彼と目が合ってしまうような気がして、床に視線を落とす。

「今はとか何それ」と低く、彼がぼそっと呟くのが耳に入った。ほんと、俺もそう思う。

「中学の頃に似てるって言われたことあって、勝手に意識しちゃってて。もちろん、そんなわけないってのは、わかってるから」

 こちらを睨みつける目にちょっとだけ怯んでしまった。

 高校では似てると聞くことがなかったから、大丈夫だって油断していた。

 似せてるつもりすらないのに似てるって言われたら、それはもうどうしたらいいんだよ。初対面の後輩にぶつけるわけにもいかず、唇を噛んだ。

「ちょっと春輝はるき! 何て顔してんの!?」

 焦った様子の莉奈さんは、目の前の男子――春輝くんを叩いた。わりと痛そう。

 春輝くんはふてくされたように唇を尖らせて「もとからこの顔だよ」と言った。オリーブ色っぽい髪をがしがし掻いて、うんざりした様子で俺を見てくる。

 頬が赤みを帯びていた。怒りで興奮しているのかもしれない。

「別に俺は気にしてないので、桑原先輩? も気にしないでください」

 言葉とは裏腹に表情は微塵もそんなことを思っていなさそうな顔だ。

「……そっか。ありがとう」

 指先が震えてくるのを感じながら、ぎゅっと力を込める。口の中が乾く。

「桑原先輩、ごめんなさい。ってか、あたしが勝手に騒いでたのが悪いんで、ほんっとに気にしないでください!」
「ううん、俺が割り込んで変な空気にしちゃってごめんね」

 春輝くんにも、申し訳ないと頭を下げて、踵を返した。これ以上いても、彼の怒りを増幅させてしまうだけだろう。

「言い過ぎてたら、謝ります」

 去り際に聞こえた言葉。涙腺が緩みそうになってぐっと堪えた。

 廊下へ出て圭吾の姿が見えると、ほっとしてしゃがみ込んでしまった。深く息を吐いてから顔を上げる。

「無理すんなよ」と、圭吾がクスクス笑う。

「だよな。見て、手震えてんの。ほんとダサすぎ」

 カタカタと震える手をもう片方の手で押さえて、うつむく。冷たい視線を浴びて、体が勝手に強張ってしまった。

「いいやつだよ、お前は。スルーしときゃいいのに行くんだから」
「勝手に真似してるとか言われたのが嫌だっただけだよ」

 いいやつじゃねぇんだよ。目を伏せると「ん」と、圭吾の手が差し出された。その手を掴んで立ち上がる。

 指先の感覚が徐々に戻ってきた。圭吾の手が離れて、俺は自分の両手を擦り合わせる。

「お疲れ。理玖の労いも兼ねてどっか寄って帰るか」
「じゃあ、ポテト食って帰ろうよ。それか、圭吾の好きそうな感じの店できてたから、コッペパンってのはどう?」
「……コッペパンは気になるな。理玖はポテトだろ? 両方買えばいいじゃん」

 圭吾のメガネの奥の瞳がきらめいたのがわかって、俺は小さく笑った。気持ちが少し軽くなった。
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