これは恋でないので

鈴川真白

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 知識は半端でも、映画は面白かった。続編を匂わせるような終わり方で、続きが気になって仕方ない。周りから聞こえてくる感想も俺と同じような人が多かった。

 その勢いのまま、原作小説で読めると聞いて、一緒に映画館と同じビルにある本屋へ向かうことにした。エスカレーターで下っていく。

「本買ったら夕飯でも食べま――あー、その」

 春輝くんが振り向きざまに言いかけて、詰まったかと思えば「帰りますか?」と、訊ねてきた。

 居心地が悪そうに天を仰ぐ春輝くん。大幅な路線変更でごまかしきれなかったらしい。思いっきり夕飯って聞こえた。

 もしかしてだけど、俺のため?

 考え過ぎかと思いつつも、俺は口を開く。

「夕飯、食べて帰らねぇの? 帰ってからだとちょっと遅いだろ」
「いや、今日はコンビニで買って帰ります」

 答えを聞いても春輝くんを凝視していると、観念したように「中途端なことしてすいません」と眉を下げた。

「マスク外したくねーってことは、食べるのも嫌かなって思ってたのにうっかりしました」

 やっぱそうか。俺のこれで、気を遣わせてしまった。マスクの位置を直して、あれ、と思いついた。

「今日映画に変えてくれたのも、それでだった?」
「……はい。個室あればいけるかなと思ったんですけど、電話したら4名からって言われたんでやめました」
「ごめん。俺が行くって言ったくせに」
「俺は桑原先輩と出かけられたらどこでもよかったんで、いいんです」

 そんなわけねぇだろ。優しい言葉をくれる春輝くんに、胸の奥がぎゅっとつねられたように痛かった。

 せっかく行きたいと思ってる場所に行けるかもって期待させるだけさせて、裏切ってしまった。

 エスカレーターを降りて、本屋まで真っ直ぐ進む。

「けど、ほんとは映画じゃなくても良かっただろ」

 春輝くんから話を聞く中で公式サイトを見たとき、公開日が先週だった。柊奏多ファンの春輝くんなら、とっくに見ていただろう。

「また見たかったのはほんとですよ。奏多が出てたら、いつも何回も来るんで」
「そっか。じゃあ、他に行きたいとこねぇの?」

 えっ、と声を上げた春輝くんが口元を両手で覆う。腕から提げている袋が揺れた。映画館で買ったグッズが入っている。

「動画いっぱいあるので、行きたい場所もいっぱいあります! 桑原先輩が付き合ってくれるんですか?」

 やった。小さく、嬉しそうな声が春輝くんの手の隙間から響く。俺は「大げさだなぁ」と苦笑した。

「俺が行ける範囲なら、付き合うよ」
「せっかくなんで夕飯食べながら、どこ行くか決めません?」

 いいね、とうなずく。

「春輝くんが食べたいほうで」は強がったけど、言ってしまったものは仕方ない。壁際の席を選べたら、少しはマシだろう。

「寿司は仕切られてる席があるのと、焼肉は個室があります。個室にしますか?」
「……うん、ありがとう」

 声が少し震えてしまった。春輝くんの優しさがじんわりと胸に染みて、マスクの下で息を吐く。

 本屋にたどり着くと、映像化コーナーの目立つところでポスターが貼ってあったおかげですぐに見つけられた。その隣に柊奏多が主演らしい別の映画ポスターも貼ってある。小さな画面だったが、予告編も流れていた。

 前にいた人が小説を取ってレジのほうへ歩いていく。同じ映画を見てきた人かもしれない。

「映画また出るんだ」
「冬にやる映画のやつです。これ、この前来たときはなかったです」

 スマホで写真を撮りながら、やっぱかっこいいなとしみじみする春輝くん。

 俺は小説を手に取って、帯の柊奏多を見つめる。長髪の彼は、全然違う人に思えた。

「一緒に撮ろうか?」
「えっ、桑原先輩とってことですか? 撮ります。けど別の場所のが嬉しいです」

 そうじゃねぇよ、と笑いかける。

「せっかく柊奏多のポスターこんだけあるし、春輝くんも並んで撮るかなって思ったんだよ」
「それはいいです。それより、夕飯食べながら一緒に撮りません?」

 予想外の言葉が返ってきて、俺は目を瞬かせる。大好きな柊奏多を前にして、それよりも俺と写真を撮りたい意味がわからなかった。

「俺とツーショット撮ってどうすんだよ」
「楽しかった日の記録です。あ、絶対ネット上に出すとかしないので。もったいねーし」
「もったいねぇの?」

 思わず訊き返すと、しまったというように春輝くんは唇を噛んだ。みるみるうちに耳たぶまで赤く染まっていく。

「言葉の綾です。お腹空いたんで、早く小説買ってきてくださいっ」

 ほらほら、と背中を押されて仕方なくレジまで歩いていく。

 レジで小説を出すとき、帯の柊奏多と目が合った。頭が追いつかない。

 え、もったいねぇって何? つまりこれって、どういうこと?
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