これは恋でないので

鈴川真白

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 すんなり焼肉にありつけたものの、春輝くんはわざとらしいほどにさっきのことを何も言わない。個室のテーブル越しに見つめてみても、集中して肉を焼いている。

「なぁ、写真撮るんじゃねぇの? 撮るなら、俺マスクしたままでもいい?」

 肉とにらめっこする春輝くんからトングを奪い取って、ちょうどいい焼き加減の肉を皿に乗せる。空になった網には新しい肉をまだ追加しなかった。

 春輝くんのまつげが小刻みに上下した。

「……え、あっ、撮ります。いいんですか?」

 肉もありがとうございます、と言いつつ、スマホを出す春輝くん。

「いいよ。どこにも出さねぇって言ってくれたし」

 楽しかった記録だけなら、悪くない。春輝くんがスマホカメラを掲げて位置を探る横から顔を出して、俺はピースを向けた。

 写真を撮られるのに慣れてなさすぎる。圭吾とも他の友達とも、あんまり頻繁に撮ることもなかった。

 体育祭で何枚か撮ったくらいだ。しかも、ふざけて動いたり圭吾に隠れたりしていて、俺がまともに写ってるのは少ないだろう。

「3枚くらい、いいですか?」
「いいよ。ポーズとか変えたほうがいい?」
「そのままで3枚撮らせてください」

 ポーズについて自分から訊いたくせに、他に浮かばないから助かった。画面に映る自分からつい目をそらしそうになって、シャッター音が聞こえるまでぐっと耐える。

 撮り終えると、すぐに確認して俺のスマホに送ってくれた。3枚ともちゃんと目は閉じていなかった。お礼を言われると、マスクしたままでいることに少し気が引けた。

「……もったいねぇって何のことか、聞いてもいい?」

 春輝くんの眉がぴくっと動いた。

「せっかく一緒に撮れるのに、ネット上でみんなに見せるようなことしませんってことです。俺だけ持ってるほうが特別感あるじゃないですか」
「俺そんなにレア扱いされる存在じゃねぇけどな。春輝くんだけで持っててくれると助かるわ」

 繋がりは断ってるけど、中学のときの同級生に見つかりたくない。

「柊奏多に似てるって言われて、勝手にネットにあげられたことあったんですか?」

 スマホ画面を見つめたまま、春輝くんが訊ねた。

 俺は新しい肉を焼きながら、うんとうなずく。じゅうじゅうと音がして香ばしい匂いが広がる。

 脂が跳ねてびくっとしてしまうと、春輝くんがさっと代わってくれた。

「たぶん、あげた人はそんなに何人もいなかったんだろうけど。いつ撮られたのかわかんねぇのもあったりして怖かった」
「ほんと、俺がぶん殴りましょうか。最初に桑原先輩のこと似てるって言った人。あと撮った人も」

 そういや、そんなことさっきも言ってたな。物騒なこと言うなよ、と苦笑して俺は目を伏せる。

「そのとき好きな人から言われたから、舞い上がったんだよ。俺はぶん殴りたいのは自分のほうだよ」

 似てると言った人に罪はないし、俺がやったことの結果だ。責任はすべて俺にある。

 息を吐いて、マスクの紐に指をかける。一瞬目が合った春輝くんが見ないよう気を遣ってくれていると気づいて、ふっと口元が緩んだ。

 そこまでしてくれなくてもいいのに。だけどおかげで、外すときの変な緊張感がどこかへ消えてくれた。

 友達とご飯を食べに行くことはあまりないし、圭吾とも焼肉は滅多に行ったことがない。久しぶりの焼肉を噛みしめた。

「春輝くん、肉食べねぇの?」
「いや、食べます。これ全部焼いたら」
「冷めるだろ。俺がやっとくよ」
「せっかくなんで、桑原先輩は食べててください」

 俺が肉を何枚か食べ終えても、春輝くんは顔を上げない。てきぱきと肉をひたすら焼いてくれている。

「さすがにそこまでしてくれなくても、大丈夫だよ。俺はマスク外したとこを見られたら困るってわけじゃねぇから」
「これは気を遣ってとかじゃないんですよ。ただ……俺が、緊張してます」

 肉を焼き終えて、春輝くんがトングを置く。ゆっくりとまぶたを上げたかと思えば、ようやく目線が合わさった。

 アーモンド型の瞳がこちらをまっすぐ捉える。じわじわと彼の頬が赤くなっていく。

 何でその反応? 俺の顔でも、柊奏多を思い起こすものくらいはあるんだろうか。

「何で春輝くんが照れてんの。俺まで恥ずかしくなってきた」
「や、だって、何か。その、かっこいいなって、思います」
「柊奏多に似てねぇのに?」
「桑原先輩はかっこいいです。似てるとか関係ないですよ」

 春輝くんの赤さが伝染したのか、俺の心臓も変な鼓動を刻んだ。胸のあたりがちくちく痛む。肉を食べすぎたせいかな。

 何と返すのが正解かわからなくて「そっか」とだけ答える。逃げるようにナムルを口に運んだ。

「あ~、緊張で変なこと言ってますよね。俺、テンパるとほんとにだめで」
「うん、正直ちょっと反応に困った」
「ですよね。でも、思ったのはほんとですよ」

 かわいいのもあるし、と春輝くんが当然のように付け加える。

 俺は箸を持つ手が止まってしまった。水を飲んで喉を潤す。

 からかわれてんのかとも思うけど、春輝くん瞳がそれはないと物語っている。真面目に言われてんのも、それはそれでどうしていいかわかんねぇな。

「あ、褒められても奢ってやんねぇよ」
「えー、そこ狙ってないですよ」

 にっこり微笑みかけられて、俺はやっぱり反応に困ってしまった。

「褒めてもいいことないだろ」
「……そんなことないです。ほら、これから色々付き合ってもらいます」

 今閃いたと言わんばかりに春輝くんが手をぽんと叩いた。

「持ち上げねぇでも、ちゃんと付き合うよ。どこ行きたいんだっけ?」
「例えばなんですけど、お化け屋敷とかだったら行けそうですか? あと神社とか」
「色んなとこ行ってんだな。そのあたりなら余裕」

 お化け屋敷は調べると期間限定のもので、今はもう終わっているらしかった。同じ場所で別のお化け屋敷があるらしく、とりあえずそっちに行ってみることになった。

「桑原先輩、お化け屋敷平気な人ですか?」
「全然得意じゃねぇから、絶対俺を守ってほしい」
「そこまで無理しないでくださいよ」

 春輝くんがふっと吹き出した。お化け屋敷が苦手と言っても、俺はお化けが怖いわけじゃない。

「驚かされるのが苦手なだけだから、春輝くんが先頭歩いてくれればいいよ」
「わかりました。守るので安心しててください。俺笑っちゃうかもしれないですけど」

 両手をぎゅっと握りしめて「頑張ります」と言う春輝くん。それはそれで怖そうだなぁと思ったのは言わないでおいた。
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