これは恋でないので

鈴川真白

文字の大きさ
11 / 16
隠せない

しおりを挟む
 あ、そうか。2人きりになる想定をまったくしていなかった。
 
 春輝くんの部屋に入って、促されるまま座布団に腰を下ろす。春輝くんが「飲み物持ってくるので待っててください」とドアを閉めると、急に静けさが襲ってきた。

 やばい、緊張する。春輝くんの家なんだ。きちっと整理された本棚や勉強机。部屋の一角には柊奏多コーナーと思われる場所があった。雑誌やアクスタ、Asterのグッズのようなものが並んでいる。本棚も、よく見ると柊奏多の名前がある雑誌のようだ。

 俺の部屋と違って整頓されているなぁと思った。俺の部屋はゲームのコントローラーがそこらに転がっていたり、洋服がそのままになっていたりする。

 深呼吸して落ち着こうとして、呼吸が震えた。1人で思わず笑ってしまう。意識するとダメだから、動いていよう。慣れない浴衣の袖を気にしながら、目の前の袋をがさがさと確認する。色々買ったなぁ。

 ミニテーブルの上に買ったものを出して並べていく。袋を1つ1つ丁寧に畳む作業も、あっという間に終わってしまった。

 開かないドアを見つめて、そわそわしてしまう。遠くで春輝くんがお母さんと話しているのがわかった。

「理玖せんぱーい、うちの母がこれも持ってけって。食べますか?」

 部屋着になった春輝くんが戻ってきた。動きやすそうなリラックスした姿は新鮮だった。

 春輝くんは食べやすいサイズに切ってあるスイカや皿、コップなどをおぼんに乗せて、両脇にペットボトルを抱えている。

「食べる。ありがとうございます!」

 廊下の先にあるリビングまで届く声が出せたか自信がなかったが、できる限り大声で叫んだ。春輝くんのお母さんの「どういたしまして」が聞こえたので、俺の声が届いたらしい。

 春輝くんが抱えるペットボトルを受け取って、ミニテーブルの近くに置く。

「助かりました。服貸すんで着替えますか?」

 ミニテーブルに乗り切らないほどの食べ物がそろって、春輝くんが向かいに座った。ミニテーブルを挟んだ距離だと春輝くんが近い。

「あー、うん。しわになりそうだし、借りようかな」

 ありがたく、Tシャツとパンツを貸してもらった。俺がその場で着替えようとすると「ちょっ、何やってるんですか!」と春輝くんが両手で目元を覆いだした。

「裸じゃねぇんだから。心配しなくていいよ」
「そういう問題じゃないです」

 念のため浴衣の下からパンツを履いて、Tシャツも注意してかぶった。さっさと着替えをすませて、目元を隠している春輝くんをのぞき込む。

 そのままじっと待ってくれている春輝くんに、耐え切れず笑い声が漏れてしまった。

「終わったなら言ってくださいよ」

 手を取った春輝くんは悔しそうに唇を噛む。けらけら笑いながら、俺はまた腰を下ろした。

「面白かったから見てた。着替え助かったよ、ありがとう」
「理玖先輩、マスクに糸くずつけて言ってもからかい効果半減ですよ」

 手を伸ばした春輝くんの指先が、頬をなぞるようにマスクの上を滑る。

 触れられた場所から熱があっというまに全身へ広がったみたいだった。ゆっくりと春輝くんの手が離れていく。

 俺は息を忘れていたことに気づいて、小さく息を吸う。

「……そうだな」

 掠れた声しか出なくて、咳払いをする。春輝くんを見上げると、彼も俺を見つめ返していた。

 さっきまで笑っていたのに、突然空気が張り詰めた気がした。春輝くんの瞳がこちらをじっと捉えている。

 何か言わなきゃと思うのに、言葉が出てこない。マスクの下で唇が乾いているのがわかった。

 春輝くんが「理玖先輩」と小さく呼ぶ。いつもより低い声だった。

「俺ーー」

 春輝くんが距離を詰めようと近づいてきたそのとき、トントンとドアをノックする音が響いた。

「買ってきたもの、温めなくて大丈夫だった?」
「うん、大丈夫大丈夫。好きに食うから気にしないで」

 春輝くんは早口で答えて、焼きそばのパックを開ける。俺もイカ焼きのパックを開けながら「お気遣いありがとうございます」と答えた。

「理玖先輩、これ箸と皿です」
「うん、ありがとう。いただきます」

 マスクを外して、焼きそばを大口で頬張る。

「あ、ラジオでも聞きますか?」
「へぇ、聞いてみたい」

 この気まずさから逃れるにはもってこいだった。春輝くんがスマホを操作すると、元気なタイトルコールが聞こえてきた。

「Asterのラジオなんです。これは先週のなんで、奏多はいないですけど」
「春輝くんはよく聞いてるの?」
「毎週聞いてます。放送から一週間は聞けるんで、面白かったのとかは電車の中で何回も聞いたりします」

 しばらく聞いていると、リスナーからのメールを読み始めた。中学生の恋のお悩み相談だった。

「好きな人にどうアタックするか、こんな真面目に答えてくれるんだ」
「そうなんですよ。俺も恋愛相談送ってみようかなー」
「読まれたら教えてよ」

 胸の高鳴りが続いている。俺は何を期待していたのか、春輝くんは何を言おうとしていたのか、もう訊ける雰囲気じゃなかった。

 これはまずい。絶対、このままじゃだめだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

恵方巻を食べてオメガになるはずが、氷の騎士団長様に胃袋を掴まれ溺愛されています

水凪しおん
BL
「俺はベータだ。けれど、クラウス様の隣に立ちたい」 王城の厨房で働く地味な料理人ルエンは、近衛騎士団長のクラウスに叶わぬ恋をしていた。身分も属性も違う自分には、彼との未来などない。そう諦めかけていたある日、ルエンは「伝説の恵方巻を食べればオメガになれる」という噂を耳にする。 一縷の望みをかけ、ルエンは危険な食材探しの旅へ! しかし、なぜかその旅先にはいつもクラウスの姿があって……? 勘違いから始まる、ベータ料理人×氷の騎士団長の胃袋攻略ラブファンタジー!

諦めた初恋と新しい恋の辿り着く先~両片思いは交差する~【全年齢版】

カヅキハルカ
BL
片岡智明は高校生の頃、幼馴染みであり同性の町田和志を、好きになってしまった。 逃げるように地元を離れ、大学に進学して二年。 幼馴染みを忘れようと様々な出会いを求めた結果、ここ最近は女性からのストーカー行為に悩まされていた。 友人の話をきっかけに、智明はストーカー対策として「レンタル彼氏」に恋人役を依頼することにする。 まだ幼馴染みへの恋心を忘れられずにいる智明の前に、和志にそっくりな顔をしたシマと名乗る「レンタル彼氏」が現れた。 恋人役を依頼した智明にシマは快諾し、プロの彼氏として完璧に甘やかしてくれる。 ストーカーに見せつけるという名目の元で親密度が増し、戸惑いながらも次第にシマに惹かれていく智明。 だがシマとは契約で繋がっているだけであり、新たな恋に踏み出すことは出来ないと自身を律していた、ある日のこと。 煽られたストーカーが、とうとう動き出して――――。 レンタル彼氏×幼馴染を忘れられない大学生 両片思いBL 《pixiv開催》KADOKAWA×pixivノベル大賞2024【タテスクコミック賞】受賞作 ※商業化予定なし(出版権は作者に帰属) この作品は『KADOKAWA×pixiv ノベル大賞2024』の「BL部門」お題イラストから着想し、創作したものです。 https://www.pixiv.net/novel/contest/kadokawapixivnovel24

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

楽な片恋

藍川 東
BL
 蓮見早良(はすみ さわら)は恋をしていた。  ひとつ下の幼馴染、片桐優一朗(かたぎり ゆういちろう)に。  それは一方的で、実ることを望んでいないがゆえに、『楽な片恋』のはずだった……  早良と優一朗は、母親同士が親友ということもあり、幼馴染として育った。  ひとつ年上ということは、高校生までならばアドバンテージになる。  平々凡々な自分でも、年上の幼馴染、ということですべてに優秀な優一朗に対して兄貴ぶった優しさで接することができる。  高校三年生になった早良は、今年が最後になる『年上の幼馴染』としての立ち位置をかみしめて、その後は手の届かない存在になるであろう優一朗を、遠くから片恋していくつもりだった。  優一朗のひとことさえなければ…………

あなたのいちばんすきなひと

名衛 澄
BL
亜食有誠(あじきゆうせい)は幼なじみの与木実晴(よぎみはる)に好意を寄せている。 ある日、有誠が冗談のつもりで実晴に付き合おうかと提案したところ、まさかのOKをもらってしまった。 有誠が混乱している間にお付き合いが始まってしまうが、実晴の態度はいつもと変わらない。 俺のことを好きでもないくせに、なぜ付き合う気になったんだ。 実晴の考えていることがわからず、不安に苛まれる有誠。 そんなとき、実晴の元カノから実晴との復縁に協力してほしいと相談を受ける。 また友人に、幼なじみに戻ったとしても、実晴のとなりにいたい。 自分の気持ちを隠して実晴との"恋人ごっこ"の関係を続ける有誠は―― 隠れ執着攻め×不器用一生懸命受けの、学園青春ストーリー。

全速力の君と

yoyo
BL
親友への恋心に蓋をするために、離れることを決めたはずなのに

宮本くんと事故チューした結果

たっぷりチョコ
BL
 女子に人気の宮本くんと事故チューしてしまった主人公の話。  読み切り。

まさか「好き」とは思うまい

和泉臨音
BL
仕事に忙殺され思考を停止した俺の心は何故かコンビニ店員の悪態に癒やされてしまった。彼が接客してくれる一時のおかげで激務を乗り切ることもできて、なんだかんだと気づけばお付き合いすることになり…… 態度の悪いコンビニ店員大学生(ツンギレ)×お人好しのリーマン(マイペース)の牛歩な恋の物語 *2023/11/01 本編(全44話)完結しました。以降は番外編を投稿予定です。

処理中です...