これは恋でないので

鈴川真白

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隠せない

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 浴衣を着て、待ち合わせの場所へ向かう。いつもと違う服装なだけで、胸が弾んだ。草履はさすがに圭吾とサイズが違って、ビーサンにしてしまった。ケガもしたくない。

「桑原先輩!」

 人の波をくぐり抜けてやってきた春輝くんを見て「おー」と気の抜けた声が出てしまった。俺からも近づいて、春輝くんの目の前で立ち止まる。

「浴衣いいね。けど、春輝くん何かいつもより身長高くねぇ?」

 普段から俺より身長が高い春輝くんだけど、下駄を履いた今日はさらに目線が上にある。

「あっ、下駄履いたからですかね」

 足を前に出して、黒い下駄を見せる春輝くん。俺は何も考えずにビーサンにしたけど、せめてもう少し厚底にしたらよかった。

「桑原先輩のこと、撫でやすい感じしますね」
「そこまでの差はねぇだろ」

 エアで頭を撫でられて、俺はその手をガシッと捕まえた。

「あれ、てか髪染めた?」

 髪を短く整えた彼を見上げながら、俺は首をかしげた。明るいオリーブ色だった髪が、今は落ち着いた茶色に染め直されている。

 まじまじと見つめると、春輝くんが眉を下げて微笑む。

「染めたし、切りました。Asterのライブ外れたんで」
「それは、つまり? 柊奏多と似たような色にしても意味ねぇからとか?」
「奏多からファンサされたときの髪色だったんで、ライブ行くときはずっと明るくしてます。けど、外れたら意味ないんで」

 はー、と春輝くんは息を吐いた。会って早々、落ち込ませてしまった。

「その浴衣の色、この前柊奏多が着てたのと似てて似合ってるよ」
「……あー、ありがとうございます。落ち込み終えたんで大丈夫ですよ。莉奈と復活にかけようって話もしたし」

 どう見てもまだ落ち込んでいるけど、俺は共有できないことだ。莉奈さんと分かち合えたなら、大丈夫なのかな。

 俺は口の端を上げて「ならよかった」と言った。

「復活できるといいな」
「してくれなきゃ困ります。じゃあ、行きましょうか。あっちですかね」

 春輝くんが指差す方を見て、俺はうん、とうなずく。人の流れに沿って、夏祭りの会場まで歩いていく。

 浴衣の人も多く来ていた。夏祭り会場へ続く道にも屋台がたくさん並んでいる。焼きそばのいい香りがした。

「桑原先輩が着てるその浴衣、すげー似合ってます」
「ありがとう。圭吾が貸してくれたんだ。俺にも似合ってよかった」

 彼女とのデートより先に貸してくれた。いいやつだ。

「だからちょっとサイズ感合ってないんですね」
「うん。圭吾のがガッシリしてるからな」
「桑原先輩は華奢ですよね」

 そっと肩に触れられた。筋肉量を確かめられているんだと気づいて「どうせ筋肉はねぇよ」と笑った。

 春輝くんが「ちゃんとは合ってない浴衣ですね」とムッとした顔をする。何でそんな顔になるんだ。

 俺も春輝くんの肩に触れて「結構鍛えてんだな」と、バシバシ叩いた。

「その顔は何だよ。あっ、焼きそばでも食べる? 俺も焼きそばいいなって思ってんだよ」
「……俺も、もっと桑原先輩と仲良くなりたいです」

 真剣な顔で言われて、どきっとしてしまった。

「もう結構仲良いだろ。何、ゲームでもする? あ、名前で呼び合うとかもありなんじゃねぇ?」

 テンパって口が良く回る。身振りも大きくなって人にぶつかりそうになってしまって、春輝くんから浴衣の裾を引っ張られた。

「名前で呼んでもいいんですか?」

 すぐそばに春輝くんの顔があって、優しい目が俺を見下ろしている。喉の奥からひぇ、と情けない声が漏れそうになるのを何とか堪えた。余計なことを言った。

 これ以上は危険だと、俺の頭が告げている。俺もそれは分かっている。だけど、今更ダメとは言えない。

「い、言ったからな。いいよ別に」
「理玖」

 耳元で囁かされて、顔を動かす。目が合った春輝くんがきょとんとして小首を傾げた。

「――って、さすがに呼び捨ては良くないと思うので、理玖先輩にします」
「わざとだろ。理玖でもいいよ、気にしないから。俺は春輝くんのままにしとくかな」

 呼び捨てにしても違和感はないだろうけど、俺の意識の問題だ。俺からはちゃんと、一定の距離感を保てるように。

 腹減ったなぁと、わざとらしく呟く。

「俺、焼きそば食べるわ。春輝くんいる?」
「食べます。あと、俺ラムネも買いたいです」
「いいね。買おうか」

 並んで歩いて、屋台を巡る。春輝くんは嬉しそうに「理玖先輩」と繰り返して、そのたびに胸の奥がじんわりと熱を帯びる。歩調まで狂いそうだった。
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