ショコラとレモネード

鈴川真白

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甘酸っぱい煌き

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 俺もたまには買ってみようかな。バイトの帰り道、コンビニへ寄ると普段より高そうなチョコがいまだ売れずにそこにあった。

 中学生の頃から、貴臣が作るお菓子や料理の味見役になった。中でも俺が好きなのはガトーショコラ。そう話したら、何かと作ってくれるようになった。

 毎年バレンタインに貴臣が俺と俺の家族にもと作ってくれるのが恒例だ。今日もこの後、貴臣の家に寄って受け取りに行く。

 一応ホワイトデーにはお返しとして、貴臣が気に入った文房具を買ってみたり出かけた先でお土産を買ったりとしていたけど、バレンタインは貴臣からもらう側だった。

 家族にも買って行こう。カップ麺を片手にチョコレートの棚を眺める。あんまり高すぎても本気っぽいし、安すぎてもおふざけ感が否めない。しばらく悩んだ結果、家族と同じチョコレートを2箱持って、レジへ向かった。デパートでも見たことはあるけど、値段が手頃なものを選んだ。

 義理で渡せるっていいな、と思ったのは初めてだった。好きな人に渡すだけのものじゃないから、安心して渡せるし受け取ってもらえる。世の中には色んな理由で渡す人がいてくれて助かる。おかげで、俺もそれに乗っかれる。

 毎年、どこからともなくやって来る貴臣に渡す女の子たちによくやるよなと横目に見ていたけど、今ならあの気持ちが少しわかる。

 いつもお世話になってるから。もらうばっかりじゃ悪いから。普段の感謝も兼ねて。どんな理由でもいい、受け取ってくれるなら。

 そういえば、あの子たちはそれすらも断られていたけど、断られた悲しみも想像ができる。あのときは、かわいそうだなあと他人事として思う位置にしかいなかった。渡す側になった今、少し不安が募る。

 貴臣は気軽にもらってくれるんだろうか。

 さすがに俺からは本気っぽくもないし大丈夫だよな。……当然、本命ってわけでもねぇし。

 ビニール袋の中をちらっと見て、ため息をつく。自分の吐いた白い息が藍色の空に消えていった。

 こんなこと考えたこともなかったのに。バレンタインのとくべつ感を出さなければ、たぶん大丈夫だろう。

 家の手前で足を止めて、貴臣の家のインターホンを押した。

「バイトお疲れ。夕飯食ってく? 雪斗の分も作ったよっておばさんには言っといた」
「わー、それ助かる。すげぇ腹減ってた。これはお前にやるよ」

 自分用に買ったカップ麺を貴臣に押しつける。

「ありがとう。部屋行ってていいよ、俺が持ってく」
「え、そこで食ってくよ。悪いだろ?」
「夫婦で仲良くテレビ見てるから、俺らは上行こ」

 そっか、とうなずいた。リビングでテレビを見ているおじさんとおばさんに挨拶だけを済ませて、貴臣の部屋へ向かう。

 外は手がかじかむほど寒かった。貴臣の家は暖かくてホッとする。

 手の感覚がすっかり戻ってきた頃、貴臣が夕飯とデザートを持ってきてくれた。ハヤシライスとサラダをありがたくごちそうになる。

「うまー! これも貴臣担当?」
「今日のは父さん」
「貴臣のお父さんも料理めっちゃうまいよな。最高」

 なぜか不満げな貴臣。すぐにその意味に気づいて、ハヤシライスをもぐもぐ咀嚼しながらふっと笑ってしまった。

「俺の目当ては貴臣のガトーショコラだけどな」

 機嫌を直す言葉はこれでどうだ。貴臣の顔を覗き込むと「当たり前なんだけど」と、まだふてくされた調子だった。これはわざとだなとわかったものの、仕方ないので合わせてやる。

「これだけは貴臣が作ったのじゃないとな。前に貴臣のお父さん作ってくれたのも美味かったけど、ちょっと違ったもんなー」
「それわざとらしくない?」
「おい、お前は何を望んでんだよ。わかりづらっ」

 貴臣はクスクス笑って「こんなわかりやすいのに」とこぼした。いや、どこがだよ。

「俺のが一番好き?」

 ストレートに訊ねられて、ああ、と納得する。一番だって言われたかったのか。

「貴臣のが一番好きだよ」

 言ってから、唇を噛む。告白したわけでもないのに、むずがゆい気持ちになってぱくぱくガトーショコラを口に運んだ。甘さが口いっぱいに広がる。

 何を言わすんだよお前。八つ当たりの思考を言葉にしようか一瞬だけ悩んでやめた。俺が貴臣が作ったのが、の前置きを省略して勝手に伝え方を間違えただけだ。

「よかった。ちょっとオーブンの調子怪しくなってきてたけど、今回はどうにか上手くいったんだ」

 ホッとしたように息をついた貴臣がテーブルになだれ込んで、俺を見上げる。

「お疲れ、ありがとう」

 その頭をポンポンと叩くと「いーえ」と微笑む貴臣が目を閉じた。眠くなってきたのかな。俺の前だと相変わらずよく寝る。

 手を離すタイミングを失って、小さな子どもをあやすようにそっと叩き続ける。自由なもう片方の手でガトーショコラにフォークを入れた。

 ほんのり苦くて甘い。胸の奥が締めつけられるように感じるのは、たぶん気のせいだ。

「――あ、そうだ。雪斗」

 いきなり起き上がった貴臣。俺はビクッと肩が跳ねてしまい、慌てて手を離す。俺はごくんとおかしなタイミングで飲み込んでしまった。喉の違和感に眉を寄せつつ「何?」と返す。

 何の反応もないあたり、俺のしたことは気づかれていなかったのかもしれない。

「チョコもらったんだ。これもいる? チョコだらけになっちゃうけど」
「あ、うん。いる」

 咳払いをして、俺は近くのマグカップに手を伸ばした。少し冷めた紅茶はちょうどよくて、ごくごくと飲み干す。

 貴臣がくれたのは、俺も知る高級チョコレートだった。

「もらったって誰に?」と、思わず疑問をそのままぶつける。うちの家族からなら納得だけど、それ以外に浮かばない。

「何か……バイト先の人」

 含みのある言い方だった。

「へぇ。受け取ったんだ、珍しい」
「うん。せっかくだからもらってきちゃった」

 俺は近くに置いていたビニール袋を一瞥して、貴臣の手元に視線を戻す。俺のはコンビニで買った手頃なもの。対して、高級チョコレート。

 義理でも何でも、気持ちがどうでも、これを見て渡そうとは思えなかった。貴臣が受け取った事実も突き刺さる。

「これね。バイト先みんなでってもらったんだけど、ラスト2つだから箱ごといいよってもらった。雪斗にもおすそわけ」
「え、1箱じゃねぇの?」
「うん。俺にじゃないからね」

 はい、と貴臣が箱を開けて出てきたのは正方形のチョコレート1枚。俺が想像しているものとは少し違っていた。

 拍子抜けしてしまって、吹き出した。何だよ、紛らわしいこと言うなよ。

 数秒前までの渡せない気持ちは消え去って、俺はビニール袋からチョコレートの箱を出す。

「俺も、貴臣にチョコあるよ。コンビニで見かけたから買ったやつ」
「雪斗が買ってきてくれたの?」
「そう。そんな大したものじゃねぇけど。いつもこうやって作ってくれてるし、たまには……俺からもって」

 目をきらきらさせて、大切なものみたいに優しく受け取る貴臣。さっとスマホを出して、写真を撮っている。

 そんな大げさに喜ばれるといたたまれない。もっとちゃんとしたの買えばよかった。

「コンビニのだから。そんな高いのでもねぇんだよ」
「重要なのは金額じゃないよ、雪斗がくれたってこと。ありがとう。大事に食べる」
「いいって。これくらいまた買うから、さっさと食えよ」

 暖房が利きすぎたのか、俺の頬が火照ってきた。手の甲で温度を確かめると、熱を持っている。

 はにかむ貴臣は箱を開けて、さっそく1粒を口に放り込む。噛み締めて「おいしい」とうなずいた。

 悩んだ俺が全て報われた気がした。

「来年はどんなのがいいか教えて」

 今度はちゃんと、選んで買おう。もっと貴臣が喜びそうなものを考えて、チョコレートじゃなくてもいいかもしれない。

 いつものお礼で、そこに他意はないから。受け取ってくれるのは幼なじみの特権だとしても構わない。

「一緒に買いにいっても楽しそうだよね」
「それだと何買うかわかってつまんねぇだろ」
「雪斗が選んでくれたら、何でもいいよ」

 そういうもんなのか。わかんねぇな。

 ガトーショコラを食べきって、その甘さの余韻がしばらく続いていた。
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