ショコラとレモネード

鈴川真白

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甘酸っぱい煌き

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 離れたクラスのほうが、適切な距離感でいられるのかもしれない。そんなことを思って迎えた2年の春。

 どうしてか、今度は同じクラスだった。喜びと戸惑いが交錯する中で、素直に嬉しいと言えない自分がいる。

「やったね、今年は一緒に過ごせる!」

 貴臣が珍しく興奮気味に声を弾ませた。

 唇の端を大きく上げて、子供のようにはしゃぐ貴臣を見ていたら、それだけで全部どうでもいい気がしてきた。自分が単純すぎて嫌になる。

 もらったクラス表を畳んで教室へ向かう。今年のクラスは、去年よりずっと足取りが軽かった。

「大げさなやつだな」
「大事なことでしょ。雪斗だって去年クラス離れて落ち込んでたくせに」

 俺の気持ちは俺がどうにかすればいいだけか。いや、さすがにこのまま進むのはよくはねぇってわかるけど。

「そうだけど……結局、一緒にいたのは変わんねぇだろ」
「えー、何かとイベントごとで時間合わないことあったでしょ。それに、俺だって宇野に負けないくらい一緒にいたいよ」
「勝ち負けじゃねぇけど、ダントツ貴臣の勝ちだろ」

 唇を噛む貴臣。並んで廊下を歩きながら、1年をざっと思い返した。

「貴臣、何かと忙しかったよな」
「違う、いつでも暇だって言った雪斗が忙しかったからだよ」
「俺が忙しいわけねぇじゃん。学校以外では家行ったり来たりしたし、あとほら、今年だってすでに初詣とか行っただろ」
「行きたいって話してて、行けてないとこたくさんあるじゃん」

 うん、それは確かに。2人で行ったら俺だけ意識しそうな気がして、遠出は避けてた部分もある。お互いのためにも、今くらいの距離を保っておくのが正解だろう。

「今年は一緒に行こう」

 3人で、と俺は無声で付け加える。タツもいれば、たぶん何とかなる。友達として遊びに行く分には問題もない。

「楽しみにしてるね」

 満足気に微笑む貴臣が俺の背中をポンポン叩いた。自然と口の端が上がっていることに気づいて、俺は唇をきゅっと結んだ。

 留まって引き返せる場所にいるうちは、たぶんまだ大丈夫だ。大丈夫なうちに膨れ上がりそうな気持ちを抑えて、なかったことにできる。

「貴臣、近いから。廊下くらいちゃんと歩――」
「おはよー」

 背中に衝撃を受けて、不意打ちにやられてげほっとむせる。振り向かなくても誰だかわかった。一応確認するとやっぱりタツだ。

 挨拶を返して、貴臣との間にタツが入れるスペースを空けてやる。

「同じクラスじゃん。おれ、またお前の後ろだろうなー」
「そうだろうな。貴臣は芹澤だから、ちょっと離れるか?」

 横を見ると貴臣がなぜかタツの髪の毛を触って「ワックス何使ってんの?」と訊ねる。貴臣は俺と席が離れることよりもタツの髪のが重要らしい。え、今それ気になる?

「こいつには教えてあるから、こっちに訊いといて。おれに振るなよ」
「やだよ。宇野が最初にやってきたんじゃん」
「絡んで悪かったってば。ちゃんとほら、どいてやるから。な?」

 タツが一歩後ろに下がって、貴臣はきょとんとして立ち止まる。俺も合わせて足を止めた。

「いいよ、別に」
「わかったから、嫌がらせで興味ないこと訊いてくんなよ。地味に髪も引っ張んな痛い」

 再び歩き始めたタツは、貴臣と俺の間に並んだ。ちょっと気まずそうに顔をしかめている。

「宇野は何にしても“ひとまずやめとこう”がないよね」
「まあ、面白いが先にガンって来るからな」
「面白がらないでほしいんだけど」
「それは無理なお願いだわ。芹澤かなり面白いから」

 意味のわからない会話に入って行けず、俺は2人を置いて先に教室に入ることにした。あの2人って、仲良しって感じでもないわりにお互いのことをわかっている感じが

 ざわつく教室も1年も過ごせば新しいクラスでもさほど新鮮さはなかった。見知った顔から挨拶をされて、きちんと返す。2年にもなれば、ちょっとした交流は慣れたものだ。

 黒板に書かれた自分の席を探すと、俺の席は誰かが座っていた。前の席の人と楽しそうにしていて、話しかけられる雰囲気にない。

 教室内のざわめきが耳にまとわりつく。俺は踵を返そうとして、足を止めた。

 2人を待てば簡単だ。きっと貴臣が俺の代わりに声をかけてくれるだろう。だけど、去年の俺ならできなかったことが今はできる。

「おはよう、そこリュック置いてもいい?」

 挨拶を返されたら次の言葉を言うつもりが、口を開いたら流れるように全部出てきてしまった。しかも、どいてほしいとは言えなかった。

 貴臣とタツなら普通に話しかけられるんだろうな。俺には難易度が高すぎて、まだこれが精一杯だった。

「あー、おはよ。リュックだけでいいのか。座るっしょ? 俺自分の席戻るよ」
「あ、うん。ありがとう」

 気が利くいいやつだ。立ち上がってくれたその人に「話の途中でお邪魔してごめん」と続ける。

 俺の顔を見つめたその人は、何か閃いたように肩を組んできた。まったくもってそんなに親しい間柄ではない。見覚えもないのに誰だよ、誰か助けて。

「そういや貴臣の幼なじみだったよな。何か知ってんの?」
「え、何を?」

 何だ貴臣の知り合いか。安堵して、相手の力が抜けたところをそっと距離を取った。あまりの馴れ馴れしさに俺の残念な心臓が一時的に縮こまってしまっている。俺は貴臣じゃないから、こういうことにはいちいち対応できない。

 いいやつは撤回したい。距離感の詰め方がおかしいやつ。

「貴臣が最近連絡取り合ってる子いるじゃん。もう付き合ったか知ってる?」
「……あー、それなら付き合ってない、と思うよ」

 どうにか平静を装って、適当に話を合わせる。

「何だよ、ほんとにまだなのか」
「そうみたい」
「貴臣、意外と秘密主義だから彼女できても言わねぇだけかと思った。そんなことなかったか」

 その前に誰なんだよ、その連絡取り合ってるって子。俺はそれすら知らないのになんでお前が知ってるんだ。なんて口には出せずに曖昧に笑った。

「どうしたの?」

 貴臣の声がして、振り向こうとすると後ろから両肩を持たれた。労うように叩かれて、肩の力が抜ける。

「ごめん、雪斗。座ってていいよ」

 貴臣が俺の状況を察してくれたのだとわかった。俺はありがとうとうなずいて、自分の席に腰を下ろす。

 タツが「芹澤こっわ」と小声で呟いたのは気にしないことにした。あんまり笑ってないだけで、あれは別に怒ってるわけじゃないだろう。

「貴臣があまりに教えてくれねぇから、彼女できたか聞いてた」
「はいはい。また今度話すから」

 じゃあね、と追い払うように話を切る貴臣。俺だけが知らないことなのか。

「雪斗、どうしたの?」
「お前、かの――」

 彼女いんの? そう言いかけて「何でもない」と、俺は貴臣に笑いかける。貴臣からはそういった話を一度も聞いたことがなかった。

 さっきは勝手に答えてしまったけど、もしかしたらすでに付き合ってる可能性だってある。

「そっか。思ってたより席近くて良かった」

 じわりと黒いインクが染みて塗りつぶされていくような感覚。俺は望んでない、こんな感情は。消し方もわからずに、見ないふりをするしかなかった。

「近いからって、授業中話しかけんなよ」

 ここで訊ねる勇気もなく、詳しい話はわからないまま。視線がぶつかると、貴臣がふっと柔らかく微笑む。

 左後ろの貴臣は、少し距離はあるものの振り向けばそこだった。思ったよりも近くで、苦しい。

「雪斗こそ、先生に当てられて助け求められても助けないからね」
「何で俺が助けてもらう前提なんだよ。そんな心配いらねぇっつの」

 タツから哀れんだ目を向けられ、視線に気づかないふりをした。

「お前、芹澤いないと生きてくの大変そうだな」
「えっ、俺そんなやばいの?」
「まあ、芹澤も同じくらいやばいから、その点は気にしなくていいんじゃね?」

 貴臣は「何それ」と眉を下げる。俺と同じと言われたのが嫌なのか、俺が言われたのが気に食わないのか。どちらにしても不服そうだ。

「貴臣は俺がいなくても生きてけるだろ。俺だって別にそうだよ」

 言ってみたものの、俺はまだその状況になれてないんだろうか。だから貴臣から好きな人の話もされないのかな。

 俺に相談したところでって感じだし、幼なじみにわざわざ話したくないっていうのもあるか。

 他の人から聞くのも微妙だ。せめて、連絡を取り合っている子がいることくらいは教えてくれてもよかったのに。

 引き返せるうちに、線を引きたい。貴臣の足を引っ張ることのないように。彼女の話をされても、笑っていられるように。

「お前ってたまにそうだよな」

 タツは「巻き込み事故はやめて」と言いつつ苦笑した。

「ちょっと待て、何で勝手に事故らせてんだよ。今のどこが? あ、俺は貴臣がいないとダメだろってこと?」
「それもあるけど、お前が突っ走って事故起こしたんだよ。煽った俺も悪いけど、お前のその言い方は良くないだろ」

 盛大にため息をついたタツが左横に視線を向ける。

「芹澤、おれわりと寛容だと思うんだけど、今こいつにいらっとした。芹澤もいらっと来ねーの?」

 大変だな、となぜか貴臣を労うタツ。明らかに貴臣に同意を求めている。俺は何が何やらさっぱりわからない。

「全然。だからどういらっとくるか、わかんないかなぁ」

 皮肉めいた爽やかな笑みを見せて、貴臣はさらっと受け流した。タツは「わーそう来るかー」と棒読みで呟く。

 何なのこいつら? どういうことなんだよ。

「どっちも仲良さそうで何より」
「宇野のそういうのは、ちょっといらってくるかも」
「何でおれなんだよ!?」

 俺はさっきから2人だけで盛り上がっているのが腹立たしいのに、どちらも教えてくれる気配が一ミリもなかった。俺だけが蚊帳の外。それを理解した上で楽しんでいる感じが気に入らない。

 貴臣は俺がいなくても生きていけるし、俺だって貴臣がいなくても生きていけるって、そんなに嫌な言い方でもないだろ。俺ができてないのに言ってるから良くないんだとすれば、もう少しがんばれってことかな。

 タツの机に肘を置いて交互に2人を睨むと「雪斗はそのままでいてよ」と、貴臣からは何だかバカにされたような言葉をもらった。
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