ショコラとレモネード

鈴川真白

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甘さに揺らめく

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 昼休み、ぼんやりしているとタツが目の前で手を振った。俺はその手を払って、大きくため息をつく。

「タツ、ちゃんとって何だと思う?」
「いきなり何だよ。焼きそばパン人から奪っといて」
「やー、なんかさ、ちゃんとしようと思ったんだよ。俺」

 騒がしい昼休みの教室の片隅。タツから譲ってもらった(じゃんけんで俺が勝っただけ)食べかけの焼きそばパンを差し出すと、全力で拒否された。

 こういうの、貴臣は普通に食べると思う。そんでうまいねとか笑って、笑って、――俺の重症度が増している気がした。悪化する一方だ。

 どうしたって、貴臣をはっきり好きだと自覚する前の自分が思い出せない。顔を見れば、好きだって思ってしまう。

 考えるのをやめて、パンにかじりつく。貴臣は朝から色んな人に声をかけられて、昼休みも席に戻ってきそうにない。おかげで今日はあんまり話せていない。正確には今日も、だけど。

 気まずくて、とても長い時間一緒にいられない。

「お前って同じようなことで悩んでるよなー」
「え、そう?」
「うん。で、いっつも俺を巻き込む」

 前にもこんなこと思ったっけ。言われてみればそうなのかもしれない。貴臣が絡むと、ずっと同じところで行ったり来たり。

 それなのに、たどり着く先が1つしかない。どうあがいても、わかっていて引き返そうとしても、結局ここにいる。心当たりしかなくて「ごめん」と謝ると「別に慣れてるけど」とタツは笑った。

「あれ、芹澤は誰と話してんの?」
「たぶん調理部の人。お昼はその人たちと食べるって言ってた」

 教室の扉の辺りで調理部の人と楽しげに話す貴臣の横顔。ああやって、貴臣は俺以外もたくさんの友達がいる。いくら俺だけだと言ってくれても、それが事実。

 タツと貴臣だけとつるむ俺とは違う。広い世界で生きている人。

「へー。そもそもお前にちゃんとを求めるやつとかいんの? あ、芹澤はお前がちゃんとしてなくて愛想つかしたってわけか」

 保護者かよ。タツからにやりと小突かれて、俺は「うるせぇよ」と笑い返した。

「貴臣からちゃんとしろって言われたことねぇよ。ただ、俺が自分でちゃんとしたかっただけ」
「なるほど、よくわからん。ちゃんとしたら何なわけ」
「言ってて俺もわかんなくなってきた。ちゃんとしようと思いすぎて、逆に忘れられないっつーか、目が追いかけるっつーか……そんな感じ」
「何の話? 恋バナ? 相談なら乗ってやるよ」

 全部わかってますみたいな顔で目を輝かせるタツ。ドヤ顔がムカつく。こいつは何で俺の恋愛話をしたがるんだ。

「俺がダメすぎる話なんだけど」
「はー? 気になる人は誰かって話は?」
「……言ったら叶わない気がするから言わない」

 言わなくても叶わない気がするのに、言えるわけもない。さすがにタツであっても、幼なじみを好きになってしまったなんて言えなかった。

「ふーん。心境の変化じゃん。ついこの前まで好きとか嫌いとかわからんて言ってたのに」

 良かったな、とタツの言葉を聞きながら、貴臣が行ってしまった場所を見つめた。

「そうなのかな。認めたくなくて、困ってるとこ。もうほぼ認めてるようなもんだけど、どうにか逃げ切りたい」

 全容を話すわけにはいかなくて、たとえ話も浮かばないものだからそのまま抽象的な話になってしまう。こんなんで伝わるのかな。

 タツは「困ることあるかよ」と、呆れたように言った。

「そこは認めて、楽になったらいいじゃん。認めたくないって思ってる時点でもう認めてんだよ」

 何を認めるとも言ってないのに、理解した上で答えてくれているみたいだった。本当に全部わかっているのかもしれない。そう思っても、貴臣のことは言えない。

「楽になれんのかな……」

 この1週間を思い返すと、絶望しかない。うまくやろうとして空回った挙句、避けている本人に悟られて、逆に貴臣から避けられている。最悪だ。

 貴臣がうちに来なくなって、学校でも距離ができた。俺の感情が落ち着くまではこのほうがいいと思いつつ、ぽっかり開いた穴が埋められずにいた。

「早いとこ、芹澤に謝っとけよ。どうせ雪斗が何かやらかしたんだろ。何したんだよお前。言ってみ?」
「何でわかんの?」

 ぱっと顔を上げると、タツはうーんと唸りながらおにぎりを口に運んだ。そんなにわかりやすいのか。

 タツが飲み込むのをそわそわして待った。心臓が嫌な感じで脈打っている。まさか傍から見ても貴臣が好きだってわかるほどじゃないよな。

 さすがにそれが本人にバレて避けられてるんだとしたら、もうどうしようもない。

「雪斗が何か言いたそうに芹澤のこと見てるくせに声かけないから、何なんだこいつって思ってた。わかりやすくアピールしてねーで、さっさと何とかしたほうがいいだろ」
「タツにもわかるくらい俺、貴臣のこと見てる?」
「雪斗は無意識なんだろうけど、すっげー見てる。おれが芹澤でも確実に気づくな」
「それはもっと早く教えてくれよ……」

 俺は焼きそばパンのごみを手の中でぐしゃぐしゃに丸めて、机に雪崩れ込む。そんな態度で1週間過ごしてたのか。全然気づかなかった。それでも貴臣から話しかけようとしてくれないってことは、俺から何とかするしかないんだろう。

「まあ、芹澤とは話したけどな。わざとほっといてるって言うから、おれも合わせてほっといた」
「は? え、あ、貴臣と話したの。俺にじゃなくて?」

 眉を寄せてタツの顔を見る。何で?

「本人に聞いたほうが面白いじゃん。そしたら、芹澤はお前がそんな様子なのけっこー嬉しそうだったし、悪そうな顔してたからいいかーって。今教えてやったから、あとはお前らで話して」

 まったく、とタツがため息を吐く。

「人のこと仲介役に使うなっての。わかった?」と、問答無用と言った笑顔を見せられ、俺はうなずく他なかった。

 嬉しそうって、悪そうな顔って何だよ。貴臣の表情は想像がつくけど、その理由がわからない。

「え。タツ、どういうこと? 何で俺から避けられてそうなんの?」
「おれが知るわけねーだろ。黒髪スーツで反省しに来るの待ってるってことじゃね」
「いくら何でも雑すぎてひどい」
「最近見た動画でそうだったから、言ってみた。ほんとにやったら面白そうだから動画回しといて」

 高校生になってから変わらずレッドブラウンの毛先を触って、首を傾げる。形から入る反省って大事かな。そもそも何の反省かわかんねぇけど。

「……俺が黒髪とか似合うと思う?」
「ばか、そこ本気にすんな。素直に本人と話せばいいだろ」

 食べ終えたタツが俺の手からごみを取る。席を立ったかと思えば「頑張れよ」と言って、行ってしまった。

 今の俺の頭上にはたぶん、はてなが3つくらい並んでいる。がんばるって何を?

 俺ががんばってどうにかなることなんだろうか。それなら、少しはがんばるべきなのかもしれない。どうせこのままじゃ、しんどさが募り続けるだけだ。

 ひとまず、放課後になったら貴臣に声をかけてみようと決めた。このままにしたくはない。せっかく、元に戻れそうだったのに。俺が好きだなんて思ったせいで壊してしまった。

 俺が幼なじみじゃなければ、きっと関わることすらなかった人だ。

 幼なじみだから、そばにいられるだけ。だから予防線を張っていた。近づきすぎないよう気をつけていた。

 俺が貴臣を好きだと知ったら、距離を置かれるかもしれない。自分から貴臣を遠ざけようとしたくせに、貴臣から離れていくのは怖かった。
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