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令嬢と恋人の結婚式があるらしい
しおりを挟むウォーレンを信じて待つと決めてから二週間後。
それは相変わらず騎士団では呼び出されることが多く、一緒に帰れない日の方が多くなってきた頃だった。
「来週の週末、アーバント家のセリーヌ嬢と我が第一騎士団のウォーレン・コークが急遽結婚式を挙げることとなった」
敬礼を取る騎士団員の前でそう声高らかに放った騎士団長の言葉に、団員たちはざわつく。僕は隣に立つウォーレンの気配を右肩で感じながら、カーティス様の言う通りになるんだなと落胆する気持ちを隠せなかった。
しかしすぐにこれは大切な任務なのだろうと思い直し、真っ直ぐ前を向く。僕はウォーレンを信じる。だから、大丈夫。
「挙式を挙げる場所は聖セントレス教会だ。これから参列者として内部から警備するメンバーと参列せず外側から警備するメンバーに分けるため名前を呼んでいく」
まずは、と参列者メンバーから名前が呼ばれていく。僕は当然ここで呼ばれると思っていたが、僕の名前が騎士団長から告げられることはなかった。
もしかしたら、例え任務だとしても恋人の結婚式なんて見たくないだろうと僕とウォーレンの関係に気付いている団長の配慮かもしれないし、ウォーレンが言い出したことかもしれない。
どちらにせよ、ウォーレンと一番仲が良いと周知されている僕が参列者ではないということに、団員の間からは困惑の雰囲気が滲み出ていた。
残りのメンバーが騎士団として正式な警備を任されるのかと思いきや、またしても僕の名前が呼ばれることはなかった。ずっと堂々としていた表情が崩れそうになるのを必死におさえながら、団長の説明を待つ。
「今、どちらにも名前を呼ばれなかった者はその日、別の任務についてもらう。この後、団長室に集まるように。みなお祝い事だからと言って気を緩めず自分の仕事を全うするように!」
人を従えまとめる、覇気のある声。その声に応えるように騎士団内に「ハッ!」と厚い壁のような声が響き渡った。
解散を言い渡され、団員たちがウォーレンの元へとやって来て肩を叩いていく。結婚が事実なのか任務なのか口にはしないものの、激励によるものなのは確かだった。
僕は言われた通りに早速団長室へ向かおうとしたら、隣のウォーレンに手首を掴まれてつんのめる。真剣な面持ちで見下ろす彼を、僕は無表情で見上げた。
「ロナ……帰ったら、ゆっくり話そう」
「うん、もちろん。団長室に行ってくるね」
笑おうとしたが上手く笑えなくて張り付けたような笑みになってしまったかもしれない。ウォーレンの反応を見たくなくてサッと背を向け歩き出した。
団長室の前まで来ると、さっき名前を呼ばれていないのは僕を含めて三人だけだと分かった。なぜか一人一人呼ばれたら室内に入るよう団長から言われ、廊下で待つ。僕は一番最後だった。
無駄のない整頓された団長室に入ると、椅子に座らず後ろに手を組んで執務机の前に立っていた団長と対面する。
熊のように血色のいい大柄ながっしりとした体つきの団長と二人きりでこの部屋にいると、圧迫感を感じて無意識に呼吸が浅くなった。
「ロナ・バイアット」
「ハッ!」
「ウォーレンとセリーヌ嬢の結婚式当日のお前の任務を伝える」
「ハッ!」
一体どんな難問を突きつけられるのか、と後ろで組んでいた手に汗を滲ませながら団長の続きの言葉に耳を集中させ、聞こえてきたのは。
「寮の部屋で、一日待機を言い渡す。その日、寮から一歩も出ないように」
「……え?」
膨らませていた風船が突如空気が抜けたように、室内に気の抜けた僕の声が落ちる。そんなことを言われるとは夢にも思わず、困惑の色を隠せなかった。
「返事は!」
「は、ハッ!」
「一見、なんだそれはと思うかもしれん。だが一番大切な任務だ。いいか、お前は何があってもその日、寮の部屋から一歩も外に出るな。これは団長命令だ」
「か、かしこまりました!」
理由を聞きたかったがそんな空気も隙間も少しもなく、問答無用といった雰囲気の団長に一礼をして部屋を出た。
他の二人も僕と同じように待機を命じられたのか確認しようと思ったが、すでにその二人の姿はなく、拍子抜けした気持ちと何か不吉な予感の板挟みになる。廊下を歩きながら思考を巡らせた。
何かしらの任務で恋人であるはずのウォーレンがご令嬢と婚約し、結婚式を挙げること。
その結婚式を僕は内側からも外側からも関与せず、待機を命じられたこと。
カーティス様からウォーレンとなるべく早く離れるべきだと忠告されたこと。
僕の知らないところで何が起こっていて、ウォーレンや団長は何をしようとしているのか。少しも理由を聞かされないのは、僕が知る必要がないからなのか。それとも。
僕だけには、必死に隠さなければいけない理由があるのか。
「ロナ、帰ろう」
気付けば階段の前まで来ていたらしい僕を待っていた、恋人のウォーレン。僕は返事をせず無言で彼を見上げて、その新緑の瞳の奥を探るように見つめる。僕の気持ちを、察してくれないかと願いを込めて。
「…こんな場所でそんな目で見たらダメだよ。押し倒したくなる」
頬を赤らめるウォーレンに我慢が出来ず、僕は彼に向かって勢いよく抱きつき、珍しく狼狽えたウォーレンの襟を掴んで引き寄せ、強引にキスをした。
波のように押し寄せる不安を振り払うように。問い詰めたくなる口を塞ぐ自戒のために。ここが騎士団の建物内だということも忘れ、押し付けるような拙いキスをした。
「……ごめん、帰ろっか」
ウォーレンが僕を引き離そうとした雰囲気を手の動きから感じ取り、その前に自分から身体を離す。ここで彼に拒まれたら、必死に保っている自尊心が崩れそうだったから。
明らかに様子のおかしい僕に気付きながらも何も言わない恋人と並んで階段を下りる。部屋に帰ったらきっと何かしら説明してくれるはずだと、期待していた。
***
心がどんどん冷えていく感覚に苛まれるのは、短い秋が終わり、夕暮が灰色に侘しくなる冬に入ったからだろうか。寂しさを感じて心に隙間風が吹いているからだろうか。
「…ロナ」
何度もただいまとおかえりのハグをした玄関に入ると幾分か冷えていた心と身体が本来の動きを取り戻す。恋人に名前を呼ばれながらその横を通りすぎ、早く温まりたくて暖炉に火をつけた。
「ロナ」
暖炉の低い焔が、ひらひら燃え上って、あたりをぼんやり赤く照らす。その動きを無心で見つめていたい、そんな気分だった。
「ロナ……」
身体を包んだ温かさは暖炉の火の陽炎のおかげか、背後から抱き締められた腕のせいか。
「寂しい思いをさせてしまってごめんね…心から申し訳ないと思ってる」
僕が聞きたいのは、そんな言葉じゃない。
「でも俺たちがずっと一緒にいるために必要なことだから。ロナが安心して過ごせる日々を必ず得るために、すべて終わらせるから」
僕との未来のために、あなたはご令嬢と結婚式まで挙げなくてはいけないの?
「だから、この部屋で、俺の帰りを待っていて」
僕には帰りを待つことしか出来ないの?僕の知らないところで、僕の見えないところで、何をしようとしているの?
「狂おしいほどに君を愛しているよ」
本当に信じて待っているだけで、いいの?
「ロナだけを愛してる」
その愛は……僕と同じ形をしている?
何一つ、言葉に出来やしない僕のちっぽけな不安。心の中だけで彼に問いかけて、返ってこない返答にまた空しさが募る。
心の隙間は、広がっていくばかりだった。
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