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すべてを愛せなくてごめんなさい
しおりを挟む教会中に響き渡る拍手と歓声が空中をこだましながら揺れ動くように耳に届く。お似合いの夫婦となった二人を、誰もが笑顔で祝う。
見たくなかった。
たとえ任務の一環だとしても、恋人が女性と愛を誓い合い、誓いのキスまでするところなんて、見たくなかった。
今すぐ目も耳も塞いでしまいたい衝動に駆られ、僕は気付いたらすぐ隣の入ってきた横扉から外に出て走り出していた。
母上が小さく僕の名前を呼んだ気もするし、遠くから騎士団長の声で名前を呼ばれているような気もする。しかし今の僕の耳にははっきりと聞こえず、がむしゃらに走って走って、走った。
気付けば教会の敷地から出ていて、当てもなく足を動かし続けた。しかしそれもしばらくして、緩慢とした動きになり、次第に止まった。
なぜか、意識していないと呼吸がうまくできない。吸ったり吐いたりすることに集中しなければならない。
膝に手をついて地面に顔を向けながら、肩で息をする。肺が胸壁に張り付いたみたいに息苦しい。ぽたぽたと地面にシミを作るのは、汗か、それとも涙か。
「うっ…」
ぽた、ぽた。意識したら、次から次へと黒い点点がコンクリートの上に増えていく。
膝ががくがくと震え始め、立っていることもやっとな有り様の自分があまりに惨めで、滑稽で。信じて待つと決めたのに、それすらも果たせない弱い自分の心が酷く愚かで。
「うあ…ッ、ぁ」
今にも、消えてしまいたかった。
さっき見た光景も、さっき聞いた言葉も、彼を想うこの気持ちも、全て僕の中から消してしまいたかった。
「な、んで…なんで…」
今さら気付くなんて、遅かった。
どんな任務なのか知らないが、あんな風に大勢の前で結婚式を挙げ、祝福され、神の前で愛を誓い合い真の夫婦となったのならば。
死が二人を別つまで、離れられない。
それが、この国の常識であり、法律で定められていることだった。
ウォーレンは、信じて待っていてと言った。
じゃあ、その"待つ"って、どのくらい待てばいいのだろうか。
国の官僚や伯爵家、公爵家、侯爵家まで揃っていたあの結婚式を、やっぱり嘘でしたなんて一言ではどう考えてもすまないだろう。
偽りの結婚式は途中で終わると思っていた。誰もが知る法律が成立する誓いの言葉の前に、騎士団の動きがあるんだと思っていた。とんだ思い違いだった。
結婚式が最後まで終わったなら、これから二人は伯爵家で共に過ごすことになるのだろう。ウォーレンはアーバント家から騎士団に通うことになるのだろう。
その間も僕は、あの部屋で一人、いつになるかも分からない彼の帰りを待たなければいけないの?
ウォーレンが言っていた"待っていて"は、数日でも数週間でも数ヵ月でもなく、数年の話だったの?
それほどの大掛かりな任務を、何一つ僕に相談や説明のないまま、実行したの?
本当に、任務だったの?本当は、本物の結婚式だったんじゃないの?
僕を影の愛人とするために、僕にだけ嘘をついていたんじゃないの?
落ちていく涙と共に感情が堰を切って漏れ出す。ウォーレンを信じたいのに、信じられなくなってしまった。次から次へと疑問がわいてきて、僕たちの愛に溢れていたはずの日々を黒く塗り潰していく。
「ぁ、ぐ…ぅ」
もう自力で立っていることが出来ず、石壁に身体を擦り付けるようにしてしゃがみ込む。
母上に、せっかく誂えて下さった装束なのにごめんなさいと懺悔したい。今頃僕を心配して探しているだろうか。そう頭では分かっているものの、心と身体が追い付かない。動いてくれない。
僕はまた、立ち止まってしまった。
試し行動をされているときもどうしたらいいのか分からず立ち止まっていたが、泣くことはなかった。泣かないように踏ん張っていた。
もし今回のこれも、試し行動の一つなのだとしたら、僕はもう降参だ。
ウォーレンのすべてを愛せなくてごめんなさい。僕のウォーレンへの愛は、その程度のものだったということだ。
悲しかった。自分の愛が、こんなことで揺らいでしまうなんて。
何があってももう大丈夫だと思ったときが間違いなくあったはずなのに、こんなことで崩れてしまう愛だったなんて。
自分に、失望した。
「はは…ッ…ばかだなぁ…ぅ、あ」
乾いた笑いを漏らしながら瞬きをすると、糸が切れて離れた首飾りの玉のように、涙が散らばる。絶対に切れない糸で、ウォーレンと結ばれていたかった。
神の御前でウォーレンと愛を誓い合うのは、たとえ法律上は認められないとしても、最初で最後、僕だけがよかった。
確かに僕へのウォーレンの愛は本物だったと思う。だけど、きっとこれから先、彼と共にいる未來を選んだとしても。
一生、今日の光景が僕の愛の輪郭にへばりついて、こべりついて、放れないだろう。
「…ロナ」
頭上から降ってきた、僕の名前を呼ぶ声。自分の名前はこんなにも哀しい響きだっただろうか。
「ロナ、おいで」
上質な毛皮のコートに身体を包まれて初めて、全身が冷えきっていたことを知る。
「俺がロナを、幸せにするから」
暖かな木漏れ日のような、太陽の匂いがするような、はちみつ色の彼。
「ロナをこんな寒い場所で、こんなに泣かせるようなことは絶対にしないと約束するから」
すべてを優しく包み込むように抱き締められながら、頬に彼の高めの体温が触れる。唇で、涙を吸われている。
「ロナがずっと、笑顔で過ごせるようにするから」
はちみつ色の瞳が、すぐ目の前にある。
「だから、俺と結婚しよう、ロナ」
落とされたのは、慰めのキスだったのか。同情のキスだったのか。それとも。
―――誓いのキス、だったのか。
宝物に触れるようにそっと抱き上げられ、馬車に乗りこむ。それが動き出してから、僕は張り詰めていた糸がプツリと切れたように、意識を失った。
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