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第三王子の覚悟
しおりを挟むカーティスは、寝息をたて始めたあどけない表情で眠るロナを見つめる。閉じた長いまつげが柔らかい影を涙のあとが残る頬に落としている。そっと掌で小さな輪郭を包み込み、親指でその柔らかさを確かめるように撫でる。涙でしっとりとした頬を、世界一愛おしいと思った。
「ロナ…」
名前を口にするだけで、狂おしいほどに愛おしさと切なさを同時に感じる。子供の頃から彼の隣で幸せになることを夢見た。彼を幸せにすることを夢見た。
だが今、自分自身のせいで彼は利用され、清らかな心を傷付けられている。努力家でひたむきで健気なその心を、これ以上誰にも傷付けさせたくない。誰にも利用させてはならない。
優しい彼は、本当に愛する人を選んで自分だけ幸せになる選択肢を選べない。何よりも重い人間の命を、カーティスの命を見捨てる選択肢など選べない。そうだと分かっているなら、その気持ちを利用して結婚を迫ることも出来るのだろう。
しかしカーティスは、自分の欲しいものは自分の力で手に入れなければ意味がないとラディス国で学んだ。人や金を利用して得た愛など本物の愛ではなく、決して長続きなどしない。そのことを、カーティスはよく知っていた。
「俺の方が、どう見ても…いい男だろ…?」
静寂に包まれている室内に、自分のものとは思えないほど弱々しい声が落ちる。
カーティスは、自分に自信があった。自分らしさを全面に、自分の魅力をロナにぶつければ自分を選んでくれるという大きな自信を持ってラディス国から帰国した。
だが彼にはすでに、深く愛する恋人がいた。
ロナの愛を確かめるために試し行動をするようなろくでもない奴なのに。ロナの帰りを待たず一人寂しい想いをさせるような奴なのに。寒空の下、道端でしゃがみこむほど泣かせるような奴なのに。
それならカーティスが、試し行動をしたら彼は許してくれるのだろうか。一人寂しい想いをさせても待ち続けてくれるのだろうか。あんなに顔をくしゃくしゃにしてロナを泣かせることが、カーティスには出来るのだろうか。
きっと、否だ。
愛しているから、傷付く。愛している人からの行動や言葉が、一番彼を傷付ける。
―――俺では、ウォーレンほど、ロナを傷付けられない。
カーティスは認めたくない事実を真正面から受け止めるべきが来たのだと、悟っていた。ロナの涙の一部の原因、しかし大きな原因を、自分が作ってしまっているのが許せなかった。
もし、ウォーレンが本当にろくでもないやつならどんな手を使ってでもロナに自分を選ばせ、彼の手が届かないところまで拐っていた。
しかし、彼も自分と同じように狂おしいほどロナを愛しているのは分かる。冷静になれば気付くはずなのに、ロナを愛するがあまり盲目になり、選択肢をことごとく間違え、はめられてしまうほどに。
何よりも、ロナの涙からは、ウォーレンを愛する気持ちが痛いほどに伝わってきた。
どんなに言葉を尽くしても、行動で示しても、彼らにはカーティスの知らない共に過ごした五年半という時間がある。ロナが何度傷つけられても許してしまうほど、盲目に愛してしまうほどの理由が、その五年半にある。
もう、自分のすべきことが何なのか、カーティスは痛いほどよく分かっていた。
これ以上、王族の諍いに愛する人を巻き込まないようにするためにも。
愛する人が、愛する人と、幸せになるためにも。
「ラディス国に行かず、ずっとそばにいれていたら…違ったんだろうな」
この世には、運命というものがある。運命力というものがある。人の手には及ばない、神のみぞ知る運命というものが。
しかしカーティスは、運命は自分の手で掴むものだと、自分の手で変えられるものだと信じていた。神が決めた運命なんてくそくらえ。運命は自分の行動の後ろに着いてくるものだと、そう信じていたしそれは今も変わらない。
だが、自分の運命はともかく、愛する人の運命までは、変えられない。
彼の運命は、彼の意思によるものだから。
もし、子供の時に想いを伝えられていたなら。
もし、ラディス国に行く前に求婚をして、帰りを待っていてくれと伝えられていたなら。
もし、ラディス国に行かず、ずっとそばにいれたなら。
そんな"もし"がないのが、カーティスの運命だったのだ。
胸に苦しい波が打ち寄せ、切なさに心が締め付けられるのを、カーティスは深い息を吐き出すことによって緩和させた。一筋の涙が頬を滑り落ちることすら、許さなかった。もう、自分のすべきことは、決まっていた。
「ロナ……心からお前だけを、愛している」
最後の未練を、愛するロナの唇に残して、そっと立ち上がる。
彼の匂いを、彼の涙を、彼の体温をすべて、自分の大切な大切な宝箱に封じ込める。
覚悟を決めた目で、未来を見据える。
「ホッジ、今すぐ馬車を用意しろ。王宮に向かう」
愛する人を部屋に残し、扉を閉めた先で待っていた執事に淡々と告げる。
幼い頃からカーティスを見守り、彼の帰国を心から待ち望んでいた執事は、これまでにない様子のカーティスに何か重大なことがこれから起こるのだと察知しながら、表情は一切変えずに頭を垂れた。
「仰せのままに」
ビリンガム王国第三王子、カーティス・ビリンガムは、愛する人のために動き出す。
彼の後ろ姿は、猛々しく凛々しく、まさにこの国の未来の王にふさわしい風格だったと後に執事ホッジは語った。
まだ何も知らないロナ・バイアットは、深い眠りの中にいた。
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