俺の好きな人は誰にでも優しい。

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寒さは涙を誘う

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 11/30と12/1は同じ気温だというのに、なぜか昨日よりも今日の方が寒く感じるのは12月という響きのせいだろうか。用心してマントの下に着なれたチュニックではなくセーターを着込んできたのに、寒気が毛糸の編み目の隙間から忍び入ってくる。
 山奥の、しかも標高が高めな場所に学園は位置しており、海からの北風もやってくるここは想定していた以上に寒く、実家のある街の暖かさが恋しくなってしまう。

 学園に入学してから初めて暦的には本格的な冬へと入った今日、俺はいつもよりも足取り重く朝の授業へと戦士の気分を携えながら向かっていた。頭の中では今朝のことを思い出しながら。

 寮の同室者であり友人のピートは、楕円形の顔に細いたれ目を八の字形にくっつけ、口元には笑みを浮かべながら俺をベッドの上に置き去りにして一足先に部屋を出ていった。「部屋、今日中に片付けろよ」と言い残して。
 ピートは俺と同じく平民だが、修道士を目指しているようで朝のお祈り時間が決まっている。学園の端の端にある簡易的な小さな教会で、毎日聖女だか神様だかに祈りを捧げるため、俺よりも早く部屋を出ていってそのまま教室へと向かうのだ。

 俺は目覚めるなり机の上にあった暦に目を向け、12月だと認識した瞬間から寒くて布団の中から出られないという攻防を数十分繰り返す。
 ようやくそろそろ時間に追われるぞというところで布団を断腸の思いで蹴飛ばした。起きて早々、室内を見てげんなりとする。
 もともと小さな寮部屋は、四方の壁際に積み上げられた箱のせいで余計狭苦しくなっていた。机と椅子が左右に1つずつあり、俺の机は参考書の山の重みに耐えている。
 箱の中にはつい昨夜、兄たちから送られてきた冬服がぎゅうぎゅうに詰まっている。とても有り難いのだが、多すぎるとは考えなかったのだろうか。
 箱を1つ開けて中を確認すると手紙が入っており、今季の新作を送ったから着心地の感想を教えてくれと書いてあった。商売魂がこもっているがゆえのこの量なのかと納得しつつも、片付けの大変さを想像すると辟易してくる。

 いつもならばまだ温かい布団の中でぬくぬくとしている時間を削ってまで起きたのは、ピートの言葉に胸ぐらを掴まれたからだ。
 細いたれ目で眼球がほとんど見えないピートは温厚そうに見えて怒らせるとかなり厄介であり、粘着質な一面をのぞかせる。
 一度彼のお気に入りの靴下を間違えて履いてしまったときには、怒鳴ることはせず、ねちねちと俺の目が悪すぎるだの靴下が伸びた気がするだの、1週間毎日お小言を言われ続けたのには参った。
 ピートを"やや好き"の箱に分別していた俺にとって、初めて彼を期間限定で"普通よりの嫌い"に分別した出来事であった。

 あのピートに再会したくはないので、俺は彼が"今日中に片付けろ"と言った言葉を厳守しなければならない。
 帰ってからは机の参考書と戦うため、やるなら今しかないのである。これでも服飾雑貨商を営む商人家の三男として、多くの服に触れてきた。服を片付けるのは好きではないが得意な方である。
 ものの15分ですべての箱から服を取り出し、クローゼットな箪笥の中に閉まい終えると服が敷き詰められていた箱をぺたんこに潰す作業に移る。これをゴミ捨て場まで持っていくまでが俺の今朝の重要任務だ。

 そして今、俺は任務を遂行中である。いつもより足取りが重いのは潰した燃やせる箱を紐でまとめて抱えながら歩いているためである。
 これをゴミ捨て場に捨てて走れば余裕で最初の授業に間に合う時間だ。歩いても間に合うだろうが、外通路は寒いので少しでも早く辿り着いて温かい教室に入りたい。

 紐を持つ指先が寒さで悴んで痛みを感じ始めた俺は歩く速度を上げる。右腕の筋肉はぷるぷると震えていて自分の筋力の無さを痛感する。
 ゴミ捨て場が目と鼻の先まで来たところで、持っていた紐がブチッと嫌な音を立てた。音がしてからは早かった。あっという間にまとまっていた潰れた箱が地面にドサドサッと落ち、茶色い地面の上に散らばる。
 俺はあちゃーと思いながらも散らばった潰れた箱をもう一度重ね、契れた紐と紐を結び直し、何とか元に戻そうとした。そんな俺の後ろから誰かの楽しそうな会話が近付いてくる。

「ねぇ!さっきのフィリオン様だよね!?」
「うん、絶対そうだった!」
「すっごいキラキラしてなかった?かっこよすぎて絵画から飛び出してきたのかと思った!」
「私も私も!この国の王子様より王子様って感じ!」
「しっ!不敬罪になるよ!」

 愛しのフィリオン様の名前が聞こえてきて、どくんと心臓がひとつ大きく高鳴る。
 早く紐を結び直さないといけないのに、寒さのせいか高鳴る心臓のせいか、指が震えてなかなかうまく結べない。

「この前聞いたけど、3組の勘違いデブ子が重いものを持っていたらフィリオン様が全部持ってくれたんだって!」
「あのデブが?えー、あんな地味でデブな女子にすら優しいなんて!ってか私たちがまだ話したこともないのにデブ子が自慢するなんて癪なんですけどー」
「だよねぇ!調子に乗りそうだったらきちんと教えてあげないと!また勘違いすんなよって」

 女子って怖い、と身を震わせながらもまたしても不可抗力でフィリオン様の優しさの恩恵に預かれた人の話を耳にしてしまった。
    いいなぁという羨ましさと、痩せていようが太っていようがフィリオン様には関係ないんだなと感心する気持ちが、寒さと女子の怖さで震えていた心が温かくなる。
 そんな心とは反比例して、俺の手元は全く定まらず、紐をうまく結べずにごたついていると予鈴の鐘が聞こえてきてしまった。まずい、時間がない!
 焦れば焦るほどさらに上手くいかず、泣きたくなってくる。空気は冷え込むし、しゃがみ続けている足の爪先は痛いし、手は固まってきて思うように動かない。いいことがひとつもなくてずび、と鼻をすすりながら本格的に視界が滲んできたとき。

「やぁ、また会ったね」

 二度目の恋に落ちる音が、耳の奥で聞こえた。


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