俺の好きな人は誰にでも優しい。

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焼き芋のような恋

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 俺の横髪を攫い、頰を強張らせる風は鋭く尖って冷たいのに、彼の声を聞いた俺の耳は急激に熱を上げた。
 ゆっくりと上げた視界の先に、柔和な笑みを浮かべながらこちらを見下ろす彼。冬の日差しを翼のように背負い、いま空から降り立ったと言われても信じてしまうほど輝いて見えた。

「君は不器用なんだね。私がやってあげよう」
「えっ、あ、の…」
「大丈夫。早く終わらせないとまた授業に遅れてしまうよ」

 驚きと恥ずかしさと嬉しさがない交ぜになって言葉が喉に引っ掛かる俺を、フィリオン様はサッと俺と同じ目線の高さになると紐を魔法のように縛り上げてしまう。
 さっきまで俺が格闘していた紐とは全くの別物のように紐は彼の指に忠実だった。無機物にまで好かれるなんてどこまで人生勝ち組族なのだろうと惚ける。
 潰れた箱たちが再びまとまり、フィリオン様は優雅な動作で立ち上がるとそれをゴミ捨て場に無駄のない手付きで捨てる。ものの数十秒の出来事だった。

「はい、終わり」
「…ぁ、ありがとう、ございました!」

 しばらく呆然と彼の行動を縫い付けられた目で追っていたが、くるりと振り返ったフィリオン様を見て慌てて立ち上がり頭を下げる。また彼の優しさをお裾分けしてもらえた事実を前に、心臓はずっと跳ねていた。

「ははっ。また君の美しいお辞儀が見れて嬉しいよ。ロラン、だったね。こんなに手を冷たくして…冷え性かい?」
「ひゃっ!?ぇ、えと…そ、そうかもしれませんっ」
「君の手は赤子のように小さくてふわふわしてる。可愛いね」
「ぅ、ぁ…」
「おや、顔が真っ赤だ。もしかしたら寒さに冷えて熱を出したのかもしれない。医務室に行くかい?」
「だだだ、大丈夫です!そろそろ行かないと遅刻してしまうのでこのへんで!本当にありがとうございました!またこのお礼は次回させて頂きます!失礼します!」

 この辺のことはあまりよく覚えていない。
 唐突に、さりげなく触れられた手が自分のものではなくなったかのような錯覚を覚え、頭がパニックになったから。
 早く彼から離れなければ頭から火を噴いて倒れると思った俺は早口で捲し立て、彼の前から逃げ出した。実際、授業開始時刻が迫っていたのも事実だったのでギリギリ失礼のない範囲だったと思う。

 その日の授業は全く頭に入ってこなかった。予習していたからよかったものの、恋というものが持つ恐ろしい力を実感する。
 あんなにももう一度会いたいと思っていた片思い相手に会ったのに、会ってしまったら彼のことばかりを考えてしまって何も手につかなくなる。
 恋と勉強を両立するなんて、夏と冬を同時に経験するようなことくらい不可能なのではないかと真剣に思った。

 二度目ましての彼も、相変わらずとんでもなく優しかった。彼の優しさはただ優しいだけではなく、俺を窮地から救ってくれる、引っ張りあげてくれる優しさがある。
 たった2歳しか違わないのに、あの心の余裕はどこから来ているのだろう。人間は心に余裕があるとき、心が豊かなときでなければ人に優しく出来ないと聞く。
 この学園に入学してから、俺には余裕なんてものはない。毎日勉強に食らい付くので必死だし、良い家柄の家令になれるだろうかと将来の心配も尽きない。周りを気にする暇なんてないし、視界はずっと狭い。

 俺には気付かずフィリオン様の話をしながら通りすぎていった女子生徒たちとは違い、彼は端のゴミ捨て場付近でしゃがみこんでいた俺に気付いてくれた。
 何度やっても上手く結べなかった紐をくるくると手際よく結んで俺のかわりに捨ててくれた。それだけでなく、俺の体調の心配までしてくれた。

 どこまでも優しさの塊で出来た素敵なお方、フィリオン・ポーマント様。
 道端の隅に転がっている石ころのような、地味で平凡な俺の存在にまで目をかけてくれる神様のような素晴らしいお方。

 もし、もしも……彼の家令になることができたら、どんなに幸せだろうか。

 そう思ってしまってから、俺の夢はただ家令になることではなく、フィリオン様の家令になることになった。目標とまでは呼べない、淡い夢。
 もちろん伯爵家の家令に商人家の息子がなるには相当な努力がいるし、勉強だけではなく臨機応変に動ける対応力や先を読む力、細かなところまで目が届く人間にならなければいけない。
 たとえそれらすべてが出来るようになったとしても、フィリオン様に気に入られなければ側には置いてもらえない。きっと彼の周りには優秀な方たちがたくさんいるだろうから、今の俺なんて埋もれるだけだ。

 それでも、こんな優しさを下さり救って下さったフィリオン様に、俺は恩返しがしたい。彼の役に立ちたい。彼のために目となり耳となり手となり足となりたい。どんな形でもいいから、彼に俺を使ってもらいたい。
 片思いを成就させたいなんて、そんな大それたことは思わない。ただ、彼への思いを胸に抱いたまま、彼のそばで彼の力になれたなら。
 そんな人生を歩めるなら、俺はきっと、どんなことでも頑張れる。そんなことを、寮へ向かう外廊下を歩きながら決意する。

 これまでぼんやりとしていた将来の夢の輪郭がハッキリすると、俺は心が晴れわたり生まれ変わったような感覚を味わった。
 これまで、生まれてからずっと俺を包んでいた半透明の膜がべろりと剝がれたような、そんな剝き出しの新鮮さを味わっていた。
 肌に触れる木枯らし、焼き芋の匂いの混じった冬の空気、人が出入りするたびに聞こえてくる学園内の騒音──それらはすべて俺の愛と生の証明に思えた。

 恋を経験したことがなかった俺は、恋というものはキラキラと輝き、美しいものなのだと思っていたしそう感じていた。
 だってこの時の俺はまだ"好き"という感情だけしかなく、その"好き"に付随してくる様々な感情の落とし穴を知らなかったから。

 恋は楽しいもの。心を弾ませてくれるもの。人生を明るく照らしてくれるもの。

 普段なら素通りする、寮の前で売っている焼き芋を買ってしまうほどに俺は浮かれていた。
 焼き芋はほくほくしてて水がたっぷり真っ黄色。なんかまるで宝石のように光って見えて、俺の恋のようだと思った。

 かぶりついた焼き芋のように甘いだけが恋ではないのだと、俺は時間をかけて知ることになる。


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