冷徹義兄の密やかな熱愛

橋本彩里(Ayari)

文字の大きさ
5 / 14

義兄の苛立ちと急変②

しおりを挟む
 
 私はふっと息をついて、もういいやと投げやりにな気分で思ったことをそのまま伝える。

「二年経てば出て行く約束でし」
「まだ二年経っていないよね? 約束の日まであと三週間はある。それに家族に無断で出て行くのは感心しない」

 言い終わる前に被せるように告げられる。

 ――それをあなたが言うのだろうか。

 本来ならしっかり話し合ってからが望ましいとは自分でもわかっている。
 だけど、少しでも早くと思わせた原因、誰よりも私に出て行ってもらいたがっていた義兄に問い詰められるのは納得いかない。

 この二年間、ずっと冷たい態度だったのに今更引き留めるようなことを言うなんて残酷だ。
 悔しいのと腹立たしいのとで唇を噛み黙り込むと、底光りする瞳が理由を告げるまで離さないとじっと見つめてくる。

 もう訳がわからなくて、手の拘束を解こうと抵抗してみるけれどびくともしなくて。
 私は、きっ、と義兄を睨み付けた。

「クリフォードお義兄様は私と顔を合わせるのも苦痛に感じるほど私のことが嫌いなのでしょう? なのに、どうしてこんなことをするのですか?」

 なぜか今までの冷徹で無関心な行動がなかったかのように干渉しようとしてくるけれど、この二年間のことは決して忘れられるものではない。
 誕生日に聞いた言葉は胸にぐさりと突き刺さったままだ。

「誰がそのようなことを?」
「クリフォードお義兄様です。一週間前にザック様とお話になっているところを偶然聞きました」

 そう告げると、クリフォードは私の手を掴んだまま考えるように視線を伏せる。
 それからはっと目を見開き睨み付ける私の表情をまじまじと見つめ、わずかに怒りを引っ込めた。

「……もしかして、ザックとの話を聞いていた?」
「はい。聞くつもりはなかったのですが、不本意ながらしっかりとこの耳に届きました」

 本人から話していたことを認められるとやっぱりへこむ。
 私はどれだけ冷たくされても、今もこのように理不尽に拘束されても義兄を嫌いになれなくて、怒りが薄らいだことにほっとしてしまっていて、いつまでもクリフォードの反応を気にすること自体嫌になる。

「あれは違うんだ」
「どう違うのですか?」

 焦ったような声に、自分でも冷ややかな声が出た。あの日のことを思い出すと、今もずきずきと胸が痛む。
 親しくなりたいと思っていた人に決定的に嫌われていたと知ったショックは、今まで培ってきたものをすべて否定されたようにも感じて気持ちがふさいだ。

 義兄を視界に映したくなくて視線を逸らすと、掴んでいた腕が緩みそのまま引っ張るように上半身を起こされる。
 クリフォードは床に膝をつくと私と視線を合わせ、そっと私の両頬を挟んできた。

 びくっと身体を揺らし今度は何をされるのかと目を瞑ったが、大きく骨張った手がわずかに震えていることに気づき私はゆっくりと目を見開いた。
 ふぅっと息を吐くとともに、伏せられた瞼がゆっくりと上がっていく。

 髪と同じく金の睫毛が縁取られた瞼の奥から現れた瞳に捕われて、息が止まる。
 計算された角度から光を取り込んだ宝石のような瞳がとろりと熱を含み私を見た。すべて開けられた瞳に私をしっかりと捉えると、愛おしげに細められる。

 時間が静止し、私も、クリフォードも全ての感覚がお互いにだけ向けられる。
 見つめ合い、互いの息遣いが耳に届くだけの静寂に包まれる。

「……俺は、フローラが好きだ」
「…………」

 全神経を傾けていたなかでの発言の内容の真意がわからず眉根を寄せると、クリフォードは悲しげに瞳を伏せた。
 信じられず首を振ると、「フローラ」と名を呼び熱い吐息とともに顔を近づけられ熱っぽく見つめられる。頬も愛しくて仕方がないとばかりに優しく撫でられ、私は嫌だとさらに首を振り拒絶した。

 悔しかった。たくさん傷ついてさよならを決めてから好きだと告げてくる勝手さの憤りもあるのに、『好き』の言葉に喜んでいることが。
 もう期待したくないのに、最後の最後で期待する。

「フローラ。好きだ」

 ぽつっと掠れた声で告げられ、どきりと胸が跳ね上がる。
 超絶美形の美声はせこい。冷たいのに気遣われていた数々にすがりつきたくなってしまう。信じてしまいたくなる。

 でも、もうこれ以上期待して傷つきたくない。
 あの日の言葉は、耳に、心にこびりついて忘れることなんてできない。

しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

五人姉妹の上から四番目でいつも空気だった私は少々出遅れていましたが……? ~ハッピーエンドへ走りたい~

四季
恋愛
五人姉妹の上から四番目でいつも空気だった私は少々出遅れていましたが……?

旦那様の愛が重い

おきょう
恋愛
マリーナの旦那様は愛情表現がはげしい。 毎朝毎晩「愛してる」と耳元でささやき、隣にいれば腰を抱き寄せてくる。 他人は大切にされていて羨ましいと言うけれど、マリーナには怖いばかり。 甘いばかりの言葉も、優しい視線も、どうにも嘘くさいと思ってしまう。 本心の分からない人の心を、一体どうやって信じればいいのだろう。

【完結】堅物な婚約者には子どもがいました……人は見かけによらないらしいです。

大森 樹
恋愛
【短編】 公爵家の一人娘、アメリアはある日誘拐された。 「アメリア様、ご無事ですか!」 真面目で堅物な騎士フィンに助けられ、アメリアは彼に恋をした。 助けたお礼として『結婚』することになった二人。フィンにとっては公爵家の爵位目当ての愛のない結婚だったはずだが……真面目で誠実な彼は、アメリアと不器用ながらも徐々に距離を縮めていく。 穏やかで幸せな結婚ができると思っていたのに、フィンの前の彼女が現れて『あの人の子どもがいます』と言ってきた。嘘だと思いきや、その子は本当に彼そっくりで…… あの堅物婚約者に、まさか子どもがいるなんて。人は見かけによらないらしい。 ★アメリアとフィンは結婚するのか、しないのか……二人の恋の行方をお楽しみください。

本を返すため婚約者の部屋へ向かったところ、女性を連れ込んでよく分からないことをしているところを目撃してしまいました。

四季
恋愛
本を返すため婚約者の部屋へ向かったところ、女性を連れ込んでよく分からないことをしているところを目撃してしまいました。

お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして

みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。 きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。 私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。 だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。 なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて? 全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです! ※「小説家になろう」様にも掲載しています。

【完結】大好きな彼が妹と結婚する……と思ったら?

江崎美彩
恋愛
誰にでも愛される可愛い妹としっかり者の姉である私。 大好きな従兄弟と人気のカフェに並んでいたら、いつも通り気ままに振る舞う妹の後ろ姿を見ながら彼が「結婚したいと思ってる」って呟いて…… さっくり読める短編です。 異世界もののつもりで書いてますが、あまり異世界感はありません。

三度裏切られたので堪忍袋の緒が切れました

蒼黒せい
恋愛
ユーニスはブチ切れていた。外で婚外子ばかり作る夫に呆れ、怒り、もうその顔も見たくないと離縁状を突き付ける。泣いてすがる夫に三行半を付け、晴れて自由の身となったユーニスは、酒場で思いっきり羽目を外した。そこに、婚約解消をして落ちこむ紫の瞳の男が。ユーニスは、その辛気臭い男に絡み、酔っぱらい、勢いのままその男と宿で一晩を明かしてしまった。 互いにそれを無かったことにして宿を出るが、ユーニスはその見知らぬ男の子どもを宿してしまう… ※なろう・カクヨムにて同名アカウントで投稿しています

悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。

香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。 皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。 さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。 しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。 それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?

処理中です...