冷徹義兄の密やかな熱愛

橋本彩里(Ayari)

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義兄の苛立ちと急変①

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 体勢を立て直し行く手を阻んだ相手を見上げると、今までの比ではないくらい凍えるような瞳で私を見据えてくるクリフォードの姿があった。
 なんとなく磨かれた靴や上質な衣装からそうだろうと予想していたけれど、信じられない思いで義兄を見つめる。
 彼が私の部屋を訪れたことは今までになく、その初めてがよりにもよってなぜ今日なのかと恨みたくもなった。

「フローラ。そんな荷物を持ってどこに行くんだ?」

 驚きと複雑な感情を持て余しただ見上げるだけの私に、今までの感情のこもらない冷ややかな視線はそのまま、クリフォードの瞳の奥はふつふつと煮えるような何かが揺らめいていた。
 怒りとともに責めるような厳しさが見てとれ、いったい何が起こっているのかと混乱する。

 この時間、義兄は仕事で家にいたり外に出ていたりと多忙なはずだ。
 この日に決行と決めたのも、両親がいないこと、義兄は領地視察だと使用人から聞いていたからだ。

 それなのになぜここにクリフォードがいるのか。
 しかも、なぜか徐々に義兄のエメラルドの瞳は揺らめくだけでなく隠しもしない苛烈な怒りが浮かび上がってきて、冷たいだけの視線しか知らなかった私は目を背けられない。

 その瞳に射貫かれて、背中に痺れがぞくりと走っていく。
 冷たさには慣れたけれど怒りをぶつけられることはなかったので、どのようにそれらを受け止めていいのかわからない。

「もう一度聞く。荷物を持ってどこに行くつもりだ?」
「……っ、どうしてクリフォードお義兄様がここに?」

 何か答えなければと思いながら、出た言葉は疑問だった。
 侯爵家に迷惑さえかけなければ私が何をしようがいいと、むしろ視界に入れたくないほど嫌っている私の行動を気にするような発言はクリフォードらしくない。

 一週間前にぷつりと切れた糸が、心の中でふらふらと揺れ存在を主張する。
 揺さぶってくる義兄にむかつきもして、それでも睨むなんてことはできず唇を噛みしめる。
 すると、冷笑とも微笑ともつかぬ笑みをその美しい顔に浮かべ、苛立ちをあらわにクリフォードが睨んできた。

 私は何をしても義兄の苛立ちを煽るらしい。
 時期など見ずとっとと出て行けってことねと乾いた笑みを浮かべながら、私はがばりと頭を下げた。

 タイラーは連絡をしたその日にでもと言ってくれていたので、しようと思えば次の日に出て行けたのだ。
 これでも急いだほうだったけれど名残惜しむ気持ちもあったからああだこうだと一週間も要し、義兄の怒りを買ったのだろう。
 なにしろ、クリフォードにとっては我慢の限界だったのだしと、約束の日までと思っていたけれど成人したのだから両親がとか言わずすぐ出て行くべきだったようだ。

「すみません。すみやかに出て行きます」
「はっ? 許さない」

 クリフォードは長い足で部屋に入ると、私の荷物を簡単に取り上げぽいっとその辺に放り投げた。
 びっくりして投げられた鞄を視線で追ったままでいると、なぜか部屋の鍵を閉めずいっと私との距離を義兄は詰めてきた。

「……クリフォードお義兄様?」

 緊張でこくりと息を呑み黙っているには重すぎる空気に名を呼び見上げると、クリフォードの上半身が近づいてきたかと思えばふわりと抱き上げられベッドの端に座るように下ろされた。
 流れるような動作で、強引なのに乱暴さはなくお姫様のような扱いに戸惑う。

「で、どこに行くって?」

 冷えた怒りを押し殺したような声とともに視線を逸らすなと見つめられ、極度の緊張から唇がわななく。
 最短で会話を切り上げようとしていた義兄のほうからの絡みに混乱し、ただその美しい相貌を見上げることしかできないでいると、クリフォードは苛立たしげに目を眇めた。

 義兄の作り出す空気に支配される。
 そのまま私の身体を挟むように手をつき顔を近づけ寄ってくるクリフォードの息が唇に触れ、このままでは唇が触れてしまいそうだと仰け反るとさらに近づかれ、そこから逃げるようにさらに後ろに下がると私の上半身はそのまま倒れベッドに沈み込んだ。

 この体勢はまずいと私が起き上がろうとするよりも早く、クリフォードは私を覗き込むように身体をかがめ視線を外さないまま私の両手を万歳する形で拘束してくる。
 肩下まである髪が地味に引っ張られて痛いけれど、そんなことを気にしていられないほど目の前の義兄が余所事を考えるなと見つめてくる。

「フローラ。怒らないから言ってごらん?」

 にっこりと笑顔を浮かべ、んっ、と顔を寄せてられてひぇっと心の悲鳴を上げた。

 ――何が、起こっているの?

 ぽかんと混乱で反応できないままの私に、クリフォードは渋面を極めて不機嫌を表しぎらぎらと睨み付けてくる。
 私には冷たい表情ばかりで、愛想笑いさえ浮かべてくれなかった。
 そんな私に向けられた初めての笑顔は怒りのこもったものでとことん嫌われていると感じる現実に悲しくなりながらも、どんな表情でも美しいのだなと場違いなことを考える。

 この距離も、体温も、質問も、行動に関与されることも、部屋に訪れることも、ぶつけられる怒りも、無表情以外の顔も、何もかも初めて。
 そんな相手に急激に距離を詰められて、さよならをするはずだった場所に縫い止められて、あれこれ考えるのが面倒になってくる。

 ――どうせ考えたところで、配慮しようとしたところで、嫌われているのは変わらないのにね。

 不敬でもなんでも、すでに嫌われているのなら私が何かしたところで良くはならない。むしろさらに嫌われる可能性もある。どこで何を嫌ってくるのかは私にはわからない。

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