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義兄の苛立ちと急変③
しおりを挟む「そんな嘘を言って何が楽しいのですか?」
クリフォードがこういう冗談を言うようには思えないけれど、今までの態度を好意的に見てもまったく信じられない。
信じないぞと気持ちを固めたところで、どこか諦めたようにふっと笑んだクリフォードが私の額に触れるだけのキスを落とした。
「……えっ?」
柔らかな感触に意表を突かれ、鎧のように固めようとしたものが崩され間抜けな声とともにただクリフォードを見つめた。
すると、愛おしくてたまらないとばかりにまたするりと頬を撫でられ、何よりその瞳はどこに隠していたんだと思うほどの熱っぽさを持って私を見てくる。
その上、さらにもう一度キスを落とされ、今度こそ私の思考は停止した。
ふいを突かれて緩んだところのそれは破壊力が凄かった。
何より、続く言葉がいただけない。
「フローラを見ていると触れたくなる。好きすぎて襲ってしまいそうだったからね」
「……おそって?」
理解が追いつかない。
おそってって襲う? 冷徹だと思っていた義兄が襲う? 誰を? 私を?
「フローラが好きだ。出て行くことは許さない」
「……今までの態度から好かれているなんて信じられません。それが本当なら、なぜ今まで冷たい態度を?」
「俺は俺からフローラを守っていたつもりだった」
いやいやいや。本当に襲いそうだったから視線もろくに合わせず、会話もろくにせず、冷たくしていたと? えっ? 酷すぎない?
普通、好きな人には優しくするよね? あっ、襲ってしまいそうだったからって言っていたか。
でも、もういい年だし現在進行形でモテており経験豊富そうな人が好きなだけで女性を襲う? やはり信じられない。
「その、恋愛の経験がないわけではないですよね?」
つい失礼なことを尋ねてしまった。それくらいあり得ない理由だ。
あくまで私の想像だけれど、クリフォードは恋人にスマートにエスコートするタイプだろう。実際、私以外の女性には甘いわけではないけれど紳士的な行動を取っていて、義兄に優しくされた相手は目がとろんとしていた。
そういう姿も見て、私はとことん義兄に嵌まらないタイプなのだろうといちいち落ち込んでいたのだ。
「この年齢だし一通り経験してきたが、これほど気持ちがコントロールできないほど焦がれたのは初めてだ。俺にとっての初恋なのだろう」
「なのだろうって……」
もうよくわからない。嫌われていたと思っていた態度が、実は逆なんだと言われてもしっくりこない。
それでもその先が知りたくて、本当にクリフォードが私のことを好きなのか確かめたくなって質問してしまう。
「ならどうして急にこんなことを?」
「フローラが出て行くというなら我慢しても仕方がない。それに先日フローラは成人した」
「確かに成人しましたが」
それが態度の急変にどう繋がるのかわからない。
何に対しても冷徹な対応しかしてこなかった義兄の中身が変わってしまったのかと疑うレベルだ。
私の混乱をよそに、クリフォードはさも当然とばかりに考えを述べる。
「六つも離れているのだから、せめて十八までは待つのは大人の義務だ」
「コミュニケーションというものをご存じですか?」
なんだか義兄がぽんこつに見えてきた。
相変わらずの美形であり、仕事もものすごくできる人だと知っているから余計に残念に映る。
「ああ。だが、フローラを前にすると感情の制御ができそうになかったから、せめて成人するまで、約束の二年までは家族としてと思っていた。誕生日を迎え一か月後には二年。フローラにとって二年が大事なのならそれまでは我慢するつもりでいた」
「家族として成り立っていたとは思えませんが」
「すまない。感情をコントロールするので精一杯だったんだ」
すんなり謝られて拍子抜けする。
襲わないことを自制するのに精一杯だったと言われれば、傷ついてきたけれど彼なりの気遣いも感じていたし、大事にされていたからこそなのだと思うと悪い気分ではなくなった。
それでもなとは思わないでもないけれど、なんでも華麗にこなす人のこの不器用さがなんだか愛しく感じてしまって、すっかり心は許してしまう。
だって、どれだけ冷たくされてもずっと仲良くなりたかった人なのだ。
あまりにもクリフォードの態度が冷たすぎてこの気持ちが恋愛からくるものかまでは考えたこともなかったけれど、確かに心は喜んでいる。
出会った当初から冷徹で気持ちの変化があったとは思えないほど徹底していたからこそ、いつから好意を持っていてくれたのかと知りたくなった。
「……その、私のことはいつから?」
「二年半前」
「ここに来る前に会っていたんですか?」
あっさりと答えられたこともそうだけれど、その時期に驚く。
「ああ。せっかく会える、近くにいることができると思ったのに、フローラは顔合わせで『初めまして』と挨拶してくるし、『二年だけ』なんて言うから腹も立って」
「ああ~」
言葉が続かない。六つも上のできる大人が、私のそれに拗ねていたということ?
拗らせすぎじゃない? 不器用すぎじゃない?
今までのクリフォードのイメージががらがらと崩れていく。
話している間もずっと愛おしげに頬を撫でられて、これまでの冷えたものを溶かす勢いで熱心に見つめてくる相手が気になって、私は改めて義兄を観察した。
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