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白銀と元婚約者
15.忠誠心
しおりを挟む記憶を思い出してから一年以上が経ち、私は八歳になっていた。
お茶会の誘いを断って以降、マリアンヌが接触してくる様子はない。
やはり、あの時さっさととんずらしたのが正解だったようだ。
彼女の取り巻きの一人だった黒と呼んでいたベアティと出会う予想外なことはあったが、それ以外は順調だ。
違法奴隷商は摘発し、父が子爵領での違法奴隷の禁止を徹底し追い出した。獣人たちとの関係も良好。
公に立場を示したことで、今後、簡単に濡れ衣を着せられることはないだろう。
ベアティたちをあんな目に遭わせた人物はわからないままだが、捜査を国全体に広げるとなるとそう簡単なことではない。
あまり深追いすると厄介な者に目をつけられかねないし、今のところこの子爵領で問題はないのでこれでいい。
私の目標は、あくまで自分と自分に関わる人たちの平穏である。
死に戻り前のように、身動きできなくて失うことは絶対にしたくない。
「思わぬ形で時間が空いちゃった。どうしようかな」
人生二度目となると勉強はそこまで苦労することはなく、むしろ八歳の勉強は私には簡単すぎた。
そのため本来の予定より授業が早く終ってしまった。
私の学力が予想をはるかに上回っていたと講師はびっくりして、「次回はエレナ様に見合う課題を作ってきます」とやけに意気込んで帰ってしまった。
ほどほどでいいのだが、得られる知識は得ておきたいのでやる気があるならお任せする所存だ。
晴れやかな日にこのまま部屋にこもるのはもったいなくて、私はぷらぷらと廊下を歩いていた。
窓の外を眺めていると、訓練場がふと目に入る。
「そうだ! ベアティたちの鍛錬を見に行こう!」
私が勉強の時間は鍛錬に当てている。そのため、意外とその場を見たことがないのに気づき、私は嬉々として訓練場へと向かった。
「あれからもう半年経つのね」
ベアティは本人が行くところもなく私に非常に恩義を感じていることから、正式に私の従者として子爵家で働くことになった。
すっかり元気になったベアティは、私を守るのだと身体を鍛え、従者としての勉強にも精力的に取り組んでいる。
ベアティは護衛騎士から特訓と執事から指導を受けており、彼らが言うにはものすごく優秀なのだそうだ。
何より、インドラ同様、私への忠誠心が高く、日に日に私の従者としての信頼を周囲から獲得している。
「うわぁ、圧巻」
空中で激しいぶつかり合いをしているベアティとインドラの姿を見て、ひょいっと訓練場に顔を出した私は思わず声を上げた。
二人とも能力があることは知っているが、その滞空時間とスピードに圧倒される。
「インドラったら、わりと本気じゃない」
グレーの耳としっぽを出したインドラの姿に、私は目を見開く。
身体能力の高い獣人族、その彼女が獣化を解く必要があるほど、ベアティが強い相手だということだ。
ベアティの能力がすごいことは報告を受け知っていたが、ここまでとは思っていなかった。聞くのと見るのではまったく印象が変わる。
嬉々として手合わせしている二人の様子に、私は頬を引きつらせた。
おかしいな。インドラは頼りになる姉的な存在で、そこまで戦闘狂ではなかったはずだ。
ベアティは同じ人間なのに、インドラに劣らずの身体能力で訓練している。やっぱりおかしいなと、次元が違う戦い方に言葉を失う。
――本当に人間だよね?
ちょっと不安になるが、今更種族を気にしても仕方がない。捕まっていた時にされた実験が影響を及ぼしている可能性もある。
人間でも、また違った種族でもベアティはベアティだ。
私にとって、一度懐に入れた者はなんであれ裏切らない限り守るべき対象である。
「何にせよ、ベアティも馴染んだよね」
私には、身の回りの世話と護衛となる心強い人物が二人になった。
まさかこんなことになるとは考えなかったけれど、皆楽しそうなので問題ない。
とにかく元気になってよかったと彼らを眺めていると、私が名を口にしたからか、ベアティがものすごい勢いでぐいんとこちらに顔を向けた。
「エレナ様!」
「エレナお嬢様!」
私が来たことに気づいた二人が、ぱん、と上空で拳を交えて衝撃を受け流すようにそれぞれ後方に飛ぶと、すぐさま私のもとへと駆けてくる。
「ごめん。邪魔した?」
「いえ。エレナ様に会える以上の喜びはありませんから」
この半年健康な生活をし、肉付きも顔色もよくなりぐんと背が伸びたベアティは、そこでにこっと微笑んだ。
――うーん。花が飛んでそう……
普段のベアティは、受け答えも端的。雑談することもなくやることだけやったら、私のそばにいようとするのでかなりクール。
一度覚えた仕事は完璧で、私に忠実であろうとするベアティに周囲も文句をつけようがない。
周囲とのそういったやり取りを見ている分、ふと浮かべる笑顔は破壊力がすごい。
しかもこの笑顔、私限定というところが気持ちをくすぐる。
家族や世話になっている使用人たちには愛想程度はあるが、ここまで笑顔を浮かべるのは私だけ。
懐かれている自覚はあり、私に対する健気さに情が移ってしまった。
「私たちはエレナ様の護衛兼世話係です。エレナ様が最優先ですから」
ベアティに続き、インドラが眩しい笑顔で告げる。
気づけば、インドラとの出会いを含め、死に戻り前では縁のなかったやたらと強い人物が私の周囲に一人増えていた。
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