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白銀と元婚約者
18.スリの少年
しおりを挟む中心部から外れると、人の動く気配がなくなり旧地区に出た。
住むところがなく地面に座っている人たちも多く、道一本隔てるだけで整備が進んでいるところとの落差が激しい。
「これ以上は危ないので」
「そう」
私は視線を投じ、ゆっくりと頷いた。
全員が満足する生活を送ることは難しいのはわかっているが、現実を目の当たりにするとなかなか感情を割り切れないものだ。
様々な地からそれぞれ事情を抱えてやってきて、ここに流れ着くのは善良な者だけとは限らない。
罪を犯した者、闇奴隷商のようにここで悪事を企てている者、楽をしようとして働かない者もいるだろう。
そんな人たちにまで平等に施していたら、この領地のために汗水たらして働いてくれている人たちにとって不公平が生じる。
いずれはここも整備されるのだろうけれど、しばらくはこういったことは混在する。
どうしても時間もかかるし、人員や金銭的にもできることは限られている。
子爵としての父も、私個人としても大事にしたいものの優先順位があるため、少しでも早く環境が整うように進めていくしかない。
ふぅっと息をつき、踵を返す。
仕方がない部分でもあるのだけれど、どうしても気分が重くなった。
「エレナ様」
「大丈夫。皆、それぞれできることをやってくれている。まずは頑張ってくれている人たちの生活が安定することが大事だから」
後ろ髪を引かれる思いで一歩を踏み出すと、どこから現れたのか走ってきた子供が私にぶつかりながら駆けていった。
汚れていて色はわからないが、耳としっぽがあるので獣人の子供だ。
「お嬢様、スリです」
インドラが声を上げ私を守るように抱え上げると同時に、ベアティがすぐに少年を追いかけた。すぐに追いついたベアティは、スリの子供の腕を難なく引っ張ってくる。
財布の所在を確認する間もなく、あっという間だった。
「離せよ」
少年は身体をねじり、ベアティの腕を解こうとしているが微塵も体勢は変わらない。
ベアティは暴れる少年に歯牙にもかけず、ずっと私を見ている。
蹴り上げ抵抗しながら、「この野郎」「痛いな」「弱い者いじめして嬉しいかよ」と少年は叫んでいるが、まるで何も聞こえていないかのようにベアティはすべて無視だ。
「エレナ様どうします?」
この場合、こういった場所で警戒せずに立っていたほうも悪い。
せっかくなので、帰りに市場調査を兼ねて食べ歩きをしようと、少しだけ入れてきたので大した金額は入っていないし、小さな子供だし無罪放免にしても別に構わない。
だけど、それだと何も解決しない。
「そうねえ。その子にも事情があるのでしょうけど、人の物を盗むのは悪いことだし」
「たまにいるんですよ。新天地を求めてきたはいいものの、次に移動するのに捨てられた子供とか。そういう子供を利用する大人とか。僕たちも気にはかけているんですが、とにかく今は忙しくて入れ替わりも激しいし、すべてに目が行き届かなくて」
ヒューは悲しそうにスリの子供を見る。
ずっとお風呂にはいれていないようで薄汚れている。好戦的に睨みつけてくる青の瞳はくりくりで迫力はない。
瞳の色は私と同じ青系でも、私が昼の空のような水色に対しもう少し濃い青で月の光に照らされた夜空のようだ。
睫毛なんかは羨むやむくらい長くカールし、汚れていても素地の可愛さはわかる。そういった趣味の大人に目をつけられないか心配になるくらいだ。
「うーん。女の子?」
「僕は男だ」
「そう。男の子ね」
ただ、やたらと元気で足癖も悪い。ベアティにげしげしと蹴りを入れるのをやめないし、なんとか逃げ出そうとあがいている。
容赦ない蹴りは痛そうだが、もともと丈夫で鍛えたベアティからすれば全く問題ないようだ。何をされても、ぴくとも動かない。
ベアティが無視とともに平然としているため、次第に少年は蹴るのをやめ恐怖の顔を浮かべた。
「このバケモノめ!」
「人に向かってそのようなことを言ってはダメよ。ベアティの強さはベアティが頑張って得たものなのだから」
確かにベアティの身体能力は驚くほどだが、これまでのことを考えるとそのような言葉を投げつけていいものではない。
痛みやどこか感覚が鈍っているベアティに代わって、私が少年を怒る。
厳しめに告げた言葉に、少年が気まずそうに顔を伏せた。
言葉は届くようなのを確認し、私はベアティに視線を移した。
「ベアティの努力は私が知っているもの。私はベアティたちが強いから、こうして自由に動けて好きなことができている。私にとっては最高の存在よ」
「はい! これからもエレナ様のために頑張ります」
嬉しそうに笑うベアティに、私はよしと頷いた。
私のためを掲げなくてもいいのだが、まだまだベアティには目標があったほうがよさそうなのでこれでいい。
少しでも早く自分の居場所を見つけるためにも、強くなるのは悪いことではない。
「ひっ」
ベアティの無表情からの急変に、今度は怖いものを見るように少年が小さな悲鳴を上げた。
ベアティから離れようとお尻を後ろに突き出し距離を取ろうとしているが、にこにこと微笑むベアティには敵わないようだった。
さてどうしたものかと奪い返した財布をインドラから受け取り、一人暴れる少年を眺める。
「やっぱり、悪いことは悪いから罰は受けてもらわないと」
一時的な施しでは変わらない。
悪い大人に利用されないよう、お金を稼ぐ術を持たない子供たちだけでも働ける場所を作ればいいのだ。
「そうね。ひとまず実験台になってもらおうかしら」
私はふふふっと、できるだけ悪い笑みを浮かべた。
やっぱりベアティに対しての暴言は許せなかったので怖がらせようと思ってだが、少年は首を捻り、ベアティたちは生暖かい視線を私に向けた。
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