二度目の人生は離脱を目指します

橋本彩里(Ayari)

文字の大きさ
19 / 105
白銀と元婚約者

18.スリの少年

しおりを挟む
 
 中心部から外れると、人の動く気配がなくなり旧地区に出た。
 住むところがなく地面に座っている人たちも多く、道一本隔てるだけで整備が進んでいるところとの落差が激しい。

「これ以上は危ないので」
「そう」

 私は視線を投じ、ゆっくりと頷いた。
 全員が満足する生活を送ることは難しいのはわかっているが、現実を目の当たりにするとなかなか感情を割り切れないものだ。

 様々な地からそれぞれ事情を抱えてやってきて、ここに流れ着くのは善良な者だけとは限らない。
 罪を犯した者、闇奴隷商のようにここで悪事を企てている者、楽をしようとして働かない者もいるだろう。
 そんな人たちにまで平等に施していたら、この領地のために汗水たらして働いてくれている人たちにとって不公平が生じる。

 いずれはここも整備されるのだろうけれど、しばらくはこういったことは混在する。
 どうしても時間もかかるし、人員や金銭的にもできることは限られている。

 子爵としての父も、私個人としても大事にしたいものの優先順位があるため、少しでも早く環境が整うように進めていくしかない。
 ふぅっと息をつき、踵を返す。
 仕方がない部分でもあるのだけれど、どうしても気分が重くなった。

「エレナ様」
「大丈夫。皆、それぞれできることをやってくれている。まずは頑張ってくれている人たちの生活が安定することが大事だから」

 後ろ髪を引かれる思いで一歩を踏み出すと、どこから現れたのか走ってきた子供が私にぶつかりながら駆けていった。
 汚れていて色はわからないが、耳としっぽがあるので獣人の子供だ。

「お嬢様、スリです」

 インドラが声を上げ私を守るように抱え上げると同時に、ベアティがすぐに少年を追いかけた。すぐに追いついたベアティは、スリの子供の腕を難なく引っ張ってくる。
 財布の所在を確認する間もなく、あっという間だった。

「離せよ」

 少年は身体をねじり、ベアティの腕を解こうとしているが微塵も体勢は変わらない。
 ベアティは暴れる少年に歯牙にもかけず、ずっと私を見ている。
 蹴り上げ抵抗しながら、「この野郎」「痛いな」「弱い者いじめして嬉しいかよ」と少年は叫んでいるが、まるで何も聞こえていないかのようにベアティはすべて無視だ。

「エレナ様どうします?」

 この場合、こういった場所で警戒せずに立っていたほうも悪い。 
 せっかくなので、帰りに市場調査を兼ねて食べ歩きをしようと、少しだけ入れてきたので大した金額は入っていないし、小さな子供だし無罪放免にしても別に構わない。
 だけど、それだと何も解決しない。

「そうねえ。その子にも事情があるのでしょうけど、人の物を盗むのは悪いことだし」
「たまにいるんですよ。新天地を求めてきたはいいものの、次に移動するのに捨てられた子供とか。そういう子供を利用する大人とか。僕たちも気にはかけているんですが、とにかく今は忙しくて入れ替わりも激しいし、すべてに目が行き届かなくて」

 ヒューは悲しそうにスリの子供を見る。
 ずっとお風呂にはいれていないようで薄汚れている。好戦的に睨みつけてくる青の瞳はくりくりで迫力はない。

 瞳の色は私と同じ青系でも、私が昼の空のような水色に対しもう少し濃い青で月の光に照らされた夜空のようだ。
 睫毛なんかは羨むやむくらい長くカールし、汚れていても素地の可愛さはわかる。そういった趣味の大人に目をつけられないか心配になるくらいだ。

「うーん。女の子?」
「僕は男だ」
「そう。男の子ね」

 ただ、やたらと元気で足癖も悪い。ベアティにげしげしと蹴りを入れるのをやめないし、なんとか逃げ出そうとあがいている。
 容赦ない蹴りは痛そうだが、もともと丈夫で鍛えたベアティからすれば全く問題ないようだ。何をされても、ぴくとも動かない。
 ベアティが無視とともに平然としているため、次第に少年は蹴るのをやめ恐怖の顔を浮かべた。

「このバケモノめ!」
「人に向かってそのようなことを言ってはダメよ。ベアティの強さはベアティが頑張って得たものなのだから」

 確かにベアティの身体能力は驚くほどだが、これまでのことを考えるとそのような言葉を投げつけていいものではない。
 痛みやどこか感覚が鈍っているベアティに代わって、私が少年を怒る。

 厳しめに告げた言葉に、少年が気まずそうに顔を伏せた。
 言葉は届くようなのを確認し、私はベアティに視線を移した。

「ベアティの努力は私が知っているもの。私はベアティたちが強いから、こうして自由に動けて好きなことができている。私にとっては最高の存在よ」
「はい! これからもエレナ様のために頑張ります」

 嬉しそうに笑うベアティに、私はよしと頷いた。
 私のためを掲げなくてもいいのだが、まだまだベアティには目標があったほうがよさそうなのでこれでいい。
 少しでも早く自分の居場所を見つけるためにも、強くなるのは悪いことではない。

「ひっ」

 ベアティの無表情からの急変に、今度は怖いものを見るように少年が小さな悲鳴を上げた。
 ベアティから離れようとお尻を後ろに突き出し距離を取ろうとしているが、にこにこと微笑むベアティには敵わないようだった。
 さてどうしたものかと奪い返した財布をインドラから受け取り、一人暴れる少年を眺める。

「やっぱり、悪いことは悪いから罰は受けてもらわないと」

 一時的な施しでは変わらない。
 悪い大人に利用されないよう、お金を稼ぐ術を持たない子供たちだけでも働ける場所を作ればいいのだ。

「そうね。ひとまず実験台になってもらおうかしら」

 私はふふふっと、できるだけ悪い笑みを浮かべた。
 やっぱりベアティに対しての暴言は許せなかったので怖がらせようと思ってだが、少年は首を捻り、ベアティたちは生暖かい視線を私に向けた。

しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

婚約者チェンジ? 義理の妹は公爵令嬢の地位もチェンジされました』 ~三日で破談、家ごと褫奪の末路です~

ふわふわ
恋愛
「お姉様の婚約者、私がいただきますわ。だって“公爵令嬢”ですもの」 義理の妹コンキュはそう言って、王太子との婚約を奪いました。 父はそれを容認し、私は静かに受け入れます。 けれど―― 公爵令嬢とは“地位”ではなく、“責任”の継承者。 王宮で礼儀も実務も拒み、「未来の王太子妃」を名乗った義妹は、わずか三日で婚約破棄。 さらに王家への不敬と統治能力の欠如が問題視され、父の監督責任が問われます。 そして下されたのは――家ごとの褫奪。 一方で私は、領地を守り、帳簿を整え、静かに家を支え続ける。 欲しがったのは肩書。 継いだのは責任。 正統は叫びません。 ただ、残るだけ。 これは、婚約を奪われた公爵令嬢が “本当に継がれるべきもの”を証明する物語。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

初恋を諦めたあなたが、幸せでありますように

ぽんちゃん
恋愛
『あなたのヒーローをお返しします。末永くお幸せに』  運命の日。  ルキナは婚約者候補のロミオに、早く帰ってきてほしいとお願いしていた。 (私がどんなに足掻いても、この先の未来はわかってる。でも……)  今頃、ロミオは思い出の小屋で、初恋の人と偶然の再会を果たしているだろう。  ロミオが夕刻までに帰ってくれば、サプライズでルキナとの婚約発表をする。  もし帰ってこなければ、ある程度のお金と文を渡し、お別れするつもりだ。  そしてルキナは、両親が決めた相手と婚姻することになる。  ただ、ルキナとロミオは、友人以上、恋人未満のような関係。  ルキナは、ロミオの言葉を信じて帰りを待っていた。  でも、帰ってきたのは護衛のみ。  その後に知らされたのは、ロミオは初恋の相手であるブリトニーと、一夜を共にしたという報告だった――。 《登場人物》  ☆ルキナ(16) 公爵令嬢。  ☆ジークレイン(24) ルキナの兄。  ☆ロミオ(18) 男爵子息、公爵家で保護中。  ★ブリトニー(18) パン屋の娘。

幼馴染を溺愛する旦那様の前からは、もう消えてあげることにします

睡蓮
恋愛
「旦那様、もう幼馴染だけを愛されればいいじゃありませんか。私はいらない存在らしいので、静かにいなくなってあげます」

満場一致で削除されましたが、世界は問題なく回っております』

鷹 綾
恋愛
王太子アルベルトは、ある日、貴族全会の満場一致によって廃嫡された。 断罪もなければ、処刑もない。 血も流れず、罪状も曖昧。 ただ「順序を飛ばした」という一点だけで、彼は王位継承の座から静かに削除される。 婚約者だった公爵令嬢エリシアは、婚約破棄の時点で王都の構造から距離を取り、隣国との長期協定を進めていく。 彼女の世界は合理で動き、感情に振り回されることはない。 一方、王太子が選んだ“新たな聖女”は、どこまでも従順で、どこまでも寄り添う存在だった。 「殿下に従わない者は、私が処理しておきます」 その甘い囁きの裏で、王都では“偶然”が重なり始める。 だが真実は語られない。 急病も、辞任も、転任も、すべては記録上の出来事。 証拠はない。 ただ王太子だけが、血に濡れた笑顔の悪夢を見る。 そして気づく。 自分のざまあは、罰ではない。 「中心ではなくなること」だと。 王都は安定し、新王は即位し、歴史は何事もなかったかのように進む。 旧王太子の名は、ただ一行の記録として残るのみ。 婚約破棄のその後に始まる、静かな因果応報。 激情ではなく“構造”が裁く、最強レベルの心理ざまあ。 これは―― 満場一致で削除された男と、最初から無関係な位置に立っていた令嬢の物語。

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

三年の想いは小瓶の中に

月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。 ※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。

知らぬはヒロインだけ

ネコフク
恋愛
「クエス様好きです!」婚約者が隣にいるのに告白する令嬢に唖然とするシスティアとクエスフィール。 告白してきた令嬢アリサは見目の良い高位貴族の子息ばかり粉をかけて回っていると有名な人物だった。 しかも「イベント」「システム」など訳が分からない事を言っているらしい。 そう、アリサは転生者。ここが乙女ゲームの世界で自分はヒロインだと思っている。 しかし彼女は知らない。他にも転生者がいることを。 ※不定期連載です。毎日投稿する時もあれば日が開く事もあります。

処理中です...