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白銀と元婚約者
居場所 sideシリル
しおりを挟むぞわぞわと鳥肌が立った。
未然に防ぐことはできたのにわざと財布を盗るところまでは見逃されたのかと、その表情で理解した。
「お前の観察通り、エレナ様は甘いところがあるからな。お前みたいなヤツがいると身を持って体験するほうが、考え方も身も引き締まるだろ?」
なぜわざわざ敬愛するお嬢様を危険な目に遭わせたのかと思ったが、それさえも計算の内。シリルの目的もわかった上で、難なく抑制できると踏んだのだ。
当てこするのにちょうどいい教材として選ばれた。端から自分は彼らの手のひらの上の存在だったのだ。
だが、不思議と怒りはわからなかった。むしろ、そういうものかと自分の無力さを受け入れた。
それから、なぜベアティが自分の世話をしてこのような話をするのかを考えた。
――機会を与えられている?
その根底にあるのは、エレナのためであることは間違いない。
ベアティ+インドラ < バケモノを平然と飼うエレナ という図式が出来上がる。
改めて、ベアティもインドラという女も怒らせてはならないのだと理解し、彼らの行動原理となるエレナの存在を意識する。
どうやら自分がここを無事に出ていくためには、エレナの要望を聞くことが一番のようだ。
「理解したようだな。俺たちはエレナ様が心を曇らせることがないよう守ることが使命だ。そのためには何でも利用する。再度言おう。エレナ様がお前に役割を与えようとしている。それを拒絶するのは勝手だが、その時は容赦なく切り捨てる」
徹底的に今後視界にさえ入らないように、ということだろう。
「僕は、何をしたら?」
スリで生計なんて人の顔色をうかがいながらせこせこと生きていくなんて、本当は嫌だ。
お天道様の下で堂々と生きたい。何もできないまま、無意味な時間を過ごすのが苦痛で仕方がかった。
逃げても、見逃される。だが、それっきりこの領内で過ごすことさえ許されないのだろう。
シリルはずっと力が欲しかった。いつ狙われるのかとびくびくするのもうんざりだし、両親との再会、取り戻せるくらい強くなりたかった。
ここならそれができるのではと、見本のような男が目の前にいる現状に希望を見る。役に立てば守ってもらえるという打算もあった。
今の自分は弱い。それを思い知らされたが、近くにいれば学ぶこともきっとある。
ゴミを漁り、人の物を盗んで生きていくことに比べたらバケモノなんて怖くない。
「なら、エレナ様の望むように動き役に立つことだな。それができれば悪いようにはならない」
「わかった。そうする」
シリルは言う通りしようと心に誓った。
それから数日、バケモノとそのバケモノたちが慕うエレナの要求に応えるように精一杯頑張った。
怖いから、守ってもらえそうだから、強くなりたいから、ほかに居場所がないから。
様々な理由はあるが、ただ、シリル自身もエレナに感じたものはあった。
かわいそうだから施してやろうではなく、かわいそうだけど自分のことは自分でやるなら働ける場所は提供しようとエレナには言われた。
その言葉に最後は傾いた。
偽善はいらない。
両親たちを害した人族の自己満足の施しなんて、バカにしているとしか思えなかった。
それは誰かに向けたパフォーマンスであり、結局飽きたら終わりなのだ。振り回されるほうはたまったものではない。
だけど、エレナの場合、きっかけは与えるからあなた次第よと強制はしなかった。
だから、シリルは自分のために頑張ろうと真面目に取り組んだ。すると、意外とできることも多かったし、周囲も優しかった。
やればやる分だけ認められ、稼ぎを得られる。
目立つ白銀の髪も綺麗だねと愛でられるだけで、売り払おうと邪な目で見てくる者もいない。ここで求められるのは仕事をこなすことだけ。
食べていける、両親たちに近づけると思える確かな一歩は心地よかった。
信頼しているからいろいろ任せているのと告げるエレナに、ベアティが放つ空気が変わる。
普段感情が読めない淡々とした声を出すベアティが、これでもかというほど熱っぽい口調になる。
――うっ、やっぱこわっ。
エレナの前だけで見せる笑顔は、ある意味脅しだとシリルは思っていた。
なまじ顔が綺麗すぎるから、エレナだけに向けられた一点集中の笑顔は迫力がありすぎた。
見惚れるどころか、「俺のお気に入りに手を出すなよ」と周囲には威嚇しているようにしか見えない。
向けられた本人は好かれていることはわかっていても、その本気度を理解していないし、見ているほうは心臓に悪いのだ。
あまり本気で相手にされていないとわかってからは、多少それらを見る余裕はできてきたけれど、どう転ぶかわからないので毎回どきどきする。
それにベアティがそわそわとして見せたが、あれが計算なのか本気なのかシリルには区別がつかない。
言葉が欲しくてやっているのだろうなとも思わなくもないし、小さなことでも反応し落ち込みそうだとも思う。
ベアティの考えていることはわからないけれど、彼がエレナしか見えていないのは疑いようがない。
どちらにしろ、ちょろいエレナは、出し惜しみなくベアティたちを褒める。
だが、聞いていて泣きたくなった。
正直、そこまで思われて羨ましかった。たった数日だが、彼らが互いに信頼しているのは伝わってくる。
自分と彼らの違いはなんだろうか。
それだけ必要とされるのはなぜだろうか。
利用してやるつもりでいるのに、盲目的に彼らが信頼を寄せる姿とそれを甘やかすエレナを見ていると、羨ましいと思う気持ちが抑えられない。
何をするにも、エレナが中心。
ここの家族もそうだ。
彼女から弾かれるとここでは終わり。仕事は与えられても、このままでは彼らの中から弾かれてしまう。それは嫌だ。
ここは踏ん張りどころだとシリルは、声を張り上げた。
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