25 / 51
白銀と元婚約者
22.売り込み
しおりを挟むシリルは肩を落としたが、諦めきれないと必死の形相で訴えてくる。
「なんなら、エレナ様の奴隷になっても」
「そういうのはいらないわ。二度と言わないで」
身を売るような発言に、なんのために今の活動をしているのかと思うと情けなくなる。すっと表情が自分でも消えていくのがわかった。
それを見てさすがにマズイと思ったシリルは、大きな瞳に見る見る涙を溜めた。
「ご、ごめんなさい」
私は無言でシリルを見つめる。
焦るのはわかるし、出会って間もないので互いに信用する材料も少ないため、そういった提案をしたくなったのだろう。
それでも、彼が家族と離れる理由になった原因を考えるとそれだけは言ってほしくなかった。
「さっきの言葉は本当に聞きたくなかった」
「すみません。本心ではないです」
安易な発言だったとシリルもわかったようで、私はふぅっと息を吐いた。
「もう二度と言わないで。逃がしてくれたご両親も悲しむわ」
「……そうですね」
ずぅんと落ち込んだシリルは、今度こそわかったのかぎゅっと唇を噛み締めた。
小さな身でできることを考えているのだろうけれど、そういったことがすぐに選択肢に入るのは悲しすぎる。
私は考えを伝えるべく言葉を重ねた。
「奴隷の中に、生計が立てられず借金奴隷として自ら売る人たちはいる。買う側も労働力が必要だからで、奴隷だと裏切らないし、奴隷のほうも条件を最初に提示するから契約するときは双方利点があることも私も知っているわ」
正規に扱われている奴隷は、重い犯罪奴隷でなければ人権は保障されている。そのため、貧しい人たちが自ら身を落とすこともある。
本当はそういう制度自体なくなればいいのだけれど、それで助かる命も確かにある。社会が成り立っている部分もあるので、一概に奴隷イコール悪ではない。
だけど、好んでそういった環境に身を落とす人なんていないのだ。
さらに涙を溜めてこっちを見るシリルに続ける。
「シリルが焦っていることもわかるけれど、仕事を与えると言っているのだから、わざわざ身を落とす必要はないでしょう? それともそうしないと私たちを信じられない?」
「違います。エレナ様が僕を信じられないかと」
「どうして?」
訊ねても口を噛み締め黙ったままなので、「シリル」と名を呼び手招きする。
シリルはおずおずとやってきたが、視線を彷徨わせて落ち着かない様子だ。
「シリル、理由を話して」
促すと、ゆっくりと口を開く。
「エレナ様の物を盗もうとしたし、最初に汚いことばたくさん投げつけて可愛くないのを知っているから。それに僕がここにいられるのは、ベアティたちを信用しているからって。僕自身が信用されているわけではない」
「ああ~、でも、シリルも私たちを信用しているわけではないでしょう? 信用できるって、互いにあのような出会いでしかもたった数日で言い切れるほうが怖くない?」
確かに言ったし、信用する時間が足りないのでそのあたりはどうも言えない。
「そうだけど。正直、ベアティが羨ましい」
本当に正直だ。
「ベアティは半年いるから。それに彼も努力して今の居場所を確保し、周囲からの信頼を得ている」
「わかっています。わかってはいるんです」
シリルはそこでベアティを見た。
それから私へと視線を向ける。深い青色の瞳を涙に濡らしながら、一心に私へと訴える。
「でも、どうしても比べてしまって焦るんです。僕、常に綺麗な状態で綺麗な服を着せてもらって、たくさんの人にこんなに優しくされるのは初めてで。女の子に勘違いされ変な人に狙われやすいけど、この目立つ髪を見ても誰も目の色を変えずここの人たちは綺麗だねって褒めるだけで。これらはエレナ様のおかげなんです」
本当によく見ている。
最悪の場合、可愛がってもらえるところに自分を売り込もうと思っていたと言っていたので、シリルは自分の容姿が人からどう見られるかわかっている。
「うーん。それはわりと普通のことだよ。シリルを苦しめるような悪いことをする人間もいるのも現実だけど、大半の人はシリルの髪は綺麗で可愛いなって感想だけだと思う。そこに私はあまり関係ないんじゃないかな」
「違う。エレナ様が僕を許してくれたから、拾ってくれたから、周囲の人たちも最初から不審な目で見ないし優しい」
シリルにはそう見えるのか。
「だから、僕も信用を勝ち取りたいなって。そのために成果を上げる場が欲しいんです」
「……」
「すぐに信用してほしいなんて言いません。とにかく、役に立つと証明したい」
揺るぎない眼差しとともに告げられる。
シリルの意思は強く、主張を変える気がないようだ。
――売り込みがすごい。
明日に元婚約者が来るのにそれだけに集中できない新たな課題が出てきたなと、窓へと視線を向けた。
窓の前に飾られた花瓶には、私の瞳と一緒で綺麗だとベアティが摘んできてくれた水色の花が穏やかな風に揺れていた。
315
あなたにおすすめの小説
国王一家は堅実です
satomi
恋愛
オスメーモ王国…そこは国王一家は麗しくいつも輝かんばかりのドレスなどを身につけている。
その実態は、国王一家は国民と共に畑を耕したり、国民(子供)に読み書きを教えたり庶民的な生活をしている。
国王には現在愛する妻と双子の男女の子に恵まれ、幸せに生活している。
外部に行くときは着飾るが、領地に戻れば庶民的で非常に無駄遣いをしない王族である。
国庫は大事に。何故か、厨房担当のワーグが王家の子どもたちからの支持を得ている。
【完結】婚約破棄される未来見えてるので最初から婚約しないルートを選びます
22時完結
恋愛
レイリーナ・フォン・アーデルバルトは、美しく品格高い公爵令嬢。しかし、彼女はこの世界が乙女ゲームの世界であり、自分がその悪役令嬢であることを知っている。ある日、夢で見た記憶が現実となり、レイリーナとしての人生が始まる。彼女の使命は、悲惨な結末を避けて幸せを掴むこと。
エドウィン王子との婚約を避けるため、レイリーナは彼との接触を避けようとするが、彼の深い愛情に次第に心を開いていく。エドウィン王子から婚約を申し込まれるも、レイリーナは即答を避け、未来を築くために時間を求める。
悪役令嬢としての運命を変えるため、レイリーナはエドウィンとの関係を慎重に築きながら、新しい道を模索する。運命を超えて真実の愛を掴むため、彼女は一人の女性として成長し、幸せな未来を目指して歩み続ける。
初恋の人と再会したら、妹の取り巻きになっていました
山科ひさき
恋愛
物心ついた頃から美しい双子の妹の陰に隠れ、実の両親にすら愛されることのなかったエミリー。彼女は妹のみの誕生日会を開いている最中の家から抜け出し、その先で出会った少年に恋をする。
だが再会した彼は美しい妹の言葉を信じ、エミリーを「妹を執拗にいじめる最低な姉」だと思い込んでいた。
なろうにも投稿しています。
【完結】忌み子と呼ばれた公爵令嬢
美原風香
恋愛
「ティアフレア・ローズ・フィーン嬢に使節団への同行を命じる」
かつて、忌み子と呼ばれた公爵令嬢がいた。
誰からも嫌われ、疎まれ、生まれてきたことすら祝福されなかった1人の令嬢が、王国から追放され帝国に行った。
そこで彼女はある1人の人物と出会う。
彼のおかげで冷え切った心は温められて、彼女は生まれて初めて心の底から笑みを浮かべた。
ーー蜂蜜みたい。
これは金色の瞳に魅せられた令嬢が幸せになる、そんなお話。
【完結】ずっとやっていれば良いわ。※暗い復讐、注意。
BBやっこ
恋愛
幼い頃は、誰かに守られたかった。
後妻の連れ子。家も食事も教育も与えられたけど。
新しい兄は最悪だった。
事あるごとにちょっかいをかけ、物を壊し嫌がらせ。
それくらい社交界でよくあるとは、家であって良い事なのか?
本当に嫌。だけどもう我慢しなくて良い
逆行令嬢は聖女を辞退します
仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。
死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって?
聖女なんてお断りです!
私の妹…ではなく弟がいいんですか?!
しがついつか
恋愛
スアマシティで一番の大富豪であるマックス・ローズクラウンには娘が2人と息子が1人いる。
長女のラランナ・ローズクラウンは、ある日婚約者のロミオ・シーサイドから婚約解消についての相談を受けた。
何年も相手にしてくれなかったのに…今更迫られても困ります
Karamimi
恋愛
侯爵令嬢のアンジュは、子供の頃から大好きだった幼馴染のデイビッドに5度目の婚約を申し込むものの、断られてしまう。さすがに5度目という事もあり、父親からも諦める様言われてしまった。
自分でも分かっている、もう潮時なのだと。そんな中父親から、留学の話を持ち掛けられた。環境を変えれば、気持ちも落ち着くのではないかと。
彼のいない場所に行けば、彼を忘れられるかもしれない。でも、王都から出た事のない自分が、誰も知らない異国でうまくやっていけるのか…そんな不安から、返事をする事が出来なかった。
そんな中、侯爵令嬢のラミネスから、自分とデイビッドは愛し合っている。彼が騎士団長になる事が決まった暁には、自分と婚約をする事が決まっていると聞かされたのだ。
大きなショックを受けたアンジュは、ついに留学をする事を決意。専属メイドのカリアを連れ、1人留学の先のミラージュ王国に向かったのだが…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる