24 / 51
白銀と元婚約者
居場所 sideシリル
しおりを挟むぞわぞわと鳥肌が立った。
未然に防ぐことはできたのにわざと財布を盗るところまでは見逃されたのかと、その表情で理解した。
「お前の観察通り、エレナ様は甘いところがあるからな。お前みたいなヤツがいると身を持って体験するほうが、考え方も身も引き締まるだろ?」
なぜわざわざ敬愛するお嬢様を危険な目に遭わせたのかと思ったが、それさえも計算の内。シリルの目的もわかった上で、難なく抑制できると踏んだのだ。
当てこするのにちょうどいい教材として選ばれた。端から自分は彼らの手のひらの上の存在だったのだ。
だが、不思議と怒りはわからなかった。むしろ、そういうものかと自分の無力さを受け入れた。
それから、なぜベアティが自分の世話をしてこのような話をするのかを考えた。
――機会を与えられている?
その根底にあるのは、エレナのためであることは間違いない。
ベアティ+インドラ < バケモノを平然と飼うエレナ という図式が出来上がる。
改めて、ベアティもインドラという女も怒らせてはならないのだと理解し、彼らの行動原理となるエレナの存在を意識する。
どうやら自分がここを無事に出ていくためには、エレナの要望を聞くことが一番のようだ。
「理解したようだな。俺たちはエレナ様が心を曇らせることがないよう守ることが使命だ。そのためには何でも利用する。再度言おう。エレナ様がお前に役割を与えようとしている。それを拒絶するのは勝手だが、その時は容赦なく切り捨てる」
徹底的に今後視界にさえ入らないように、ということだろう。
「僕は、何をしたら?」
スリで生計なんて人の顔色をうかがいながらせこせこと生きていくなんて、本当は嫌だ。
お天道様の下で堂々と生きたい。何もできないまま、無意味な時間を過ごすのが苦痛で仕方がかった。
逃げても、見逃される。だが、それっきりこの領内で過ごすことさえ許されないのだろう。
シリルはずっと力が欲しかった。いつ狙われるのかとびくびくするのもうんざりだし、両親との再会、取り戻せるくらい強くなりたかった。
ここならそれができるのではと、見本のような男が目の前にいる現状に希望を見る。役に立てば守ってもらえるという打算もあった。
今の自分は弱い。それを思い知らされたが、近くにいれば学ぶこともきっとある。
ゴミを漁り、人の物を盗んで生きていくことに比べたらバケモノなんて怖くない。
「なら、エレナ様の望むように動き役に立つことだな。それができれば悪いようにはならない」
「わかった。そうする」
シリルは言う通りしようと心に誓った。
それから数日、バケモノとそのバケモノたちが慕うエレナの要求に応えるように精一杯頑張った。
怖いから、守ってもらえそうだから、強くなりたいから、ほかに居場所がないから。
様々な理由はあるが、ただ、シリル自身もエレナに感じたものはあった。
かわいそうだから施してやろうではなく、かわいそうだけど自分のことは自分でやるなら働ける場所は提供しようとエレナには言われた。
その言葉に最後は傾いた。
偽善はいらない。
両親たちを害した人族の自己満足の施しなんて、バカにしているとしか思えなかった。
それは誰かに向けたパフォーマンスであり、結局飽きたら終わりなのだ。振り回されるほうはたまったものではない。
だけど、エレナの場合、きっかけは与えるからあなた次第よと強制はしなかった。
だから、シリルは自分のために頑張ろうと真面目に取り組んだ。すると、意外とできることも多かったし、周囲も優しかった。
やればやる分だけ認められ、稼ぎを得られる。
目立つ白銀の髪も綺麗だねと愛でられるだけで、売り払おうと邪な目で見てくる者もいない。ここで求められるのは仕事をこなすことだけ。
食べていける、両親たちに近づけると思える確かな一歩は心地よかった。
信頼しているからいろいろ任せているのと告げるエレナに、ベアティが放つ空気が変わる。
普段感情が読めない淡々とした声を出すベアティが、これでもかというほど熱っぽい口調になる。
――うっ、やっぱこわっ。
エレナの前だけで見せる笑顔は、ある意味脅しだとシリルは思っていた。
なまじ顔が綺麗すぎるから、エレナだけに向けられた一点集中の笑顔は迫力がありすぎた。
見惚れるどころか、「俺のお気に入りに手を出すなよ」と周囲には威嚇しているようにしか見えない。
向けられた本人は好かれていることはわかっていても、その本気度を理解していないし、見ているほうは心臓に悪いのだ。
あまり本気で相手にされていないとわかってからは、多少それらを見る余裕はできてきたけれど、どう転ぶかわからないので毎回どきどきする。
それにベアティがそわそわとして見せたが、あれが計算なのか本気なのかシリルには区別がつかない。
言葉が欲しくてやっているのだろうなとも思わなくもないし、小さなことでも反応し落ち込みそうだとも思う。
ベアティの考えていることはわからないけれど、彼がエレナしか見えていないのは疑いようがない。
どちらにしろ、ちょろいエレナは、出し惜しみなくベアティたちを褒める。
だが、聞いていて泣きたくなった。
正直、そこまで思われて羨ましかった。たった数日だが、彼らが互いに信頼しているのは伝わってくる。
自分と彼らの違いはなんだろうか。
それだけ必要とされるのはなぜだろうか。
利用してやるつもりでいるのに、盲目的に彼らが信頼を寄せる姿とそれを甘やかすエレナを見ていると、羨ましいと思う気持ちが抑えられない。
何をするにも、エレナが中心。
ここの家族もそうだ。
彼女から弾かれるとここでは終わり。仕事は与えられても、このままでは彼らの中から弾かれてしまう。それは嫌だ。
ここは踏ん張りどころだとシリルは、声を張り上げた。
301
あなたにおすすめの小説
国王一家は堅実です
satomi
恋愛
オスメーモ王国…そこは国王一家は麗しくいつも輝かんばかりのドレスなどを身につけている。
その実態は、国王一家は国民と共に畑を耕したり、国民(子供)に読み書きを教えたり庶民的な生活をしている。
国王には現在愛する妻と双子の男女の子に恵まれ、幸せに生活している。
外部に行くときは着飾るが、領地に戻れば庶民的で非常に無駄遣いをしない王族である。
国庫は大事に。何故か、厨房担当のワーグが王家の子どもたちからの支持を得ている。
【完結】婚約破棄される未来見えてるので最初から婚約しないルートを選びます
22時完結
恋愛
レイリーナ・フォン・アーデルバルトは、美しく品格高い公爵令嬢。しかし、彼女はこの世界が乙女ゲームの世界であり、自分がその悪役令嬢であることを知っている。ある日、夢で見た記憶が現実となり、レイリーナとしての人生が始まる。彼女の使命は、悲惨な結末を避けて幸せを掴むこと。
エドウィン王子との婚約を避けるため、レイリーナは彼との接触を避けようとするが、彼の深い愛情に次第に心を開いていく。エドウィン王子から婚約を申し込まれるも、レイリーナは即答を避け、未来を築くために時間を求める。
悪役令嬢としての運命を変えるため、レイリーナはエドウィンとの関係を慎重に築きながら、新しい道を模索する。運命を超えて真実の愛を掴むため、彼女は一人の女性として成長し、幸せな未来を目指して歩み続ける。
初恋の人と再会したら、妹の取り巻きになっていました
山科ひさき
恋愛
物心ついた頃から美しい双子の妹の陰に隠れ、実の両親にすら愛されることのなかったエミリー。彼女は妹のみの誕生日会を開いている最中の家から抜け出し、その先で出会った少年に恋をする。
だが再会した彼は美しい妹の言葉を信じ、エミリーを「妹を執拗にいじめる最低な姉」だと思い込んでいた。
なろうにも投稿しています。
【完結】忌み子と呼ばれた公爵令嬢
美原風香
恋愛
「ティアフレア・ローズ・フィーン嬢に使節団への同行を命じる」
かつて、忌み子と呼ばれた公爵令嬢がいた。
誰からも嫌われ、疎まれ、生まれてきたことすら祝福されなかった1人の令嬢が、王国から追放され帝国に行った。
そこで彼女はある1人の人物と出会う。
彼のおかげで冷え切った心は温められて、彼女は生まれて初めて心の底から笑みを浮かべた。
ーー蜂蜜みたい。
これは金色の瞳に魅せられた令嬢が幸せになる、そんなお話。
【完結】ずっとやっていれば良いわ。※暗い復讐、注意。
BBやっこ
恋愛
幼い頃は、誰かに守られたかった。
後妻の連れ子。家も食事も教育も与えられたけど。
新しい兄は最悪だった。
事あるごとにちょっかいをかけ、物を壊し嫌がらせ。
それくらい社交界でよくあるとは、家であって良い事なのか?
本当に嫌。だけどもう我慢しなくて良い
逆行令嬢は聖女を辞退します
仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。
死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって?
聖女なんてお断りです!
私の妹…ではなく弟がいいんですか?!
しがついつか
恋愛
スアマシティで一番の大富豪であるマックス・ローズクラウンには娘が2人と息子が1人いる。
長女のラランナ・ローズクラウンは、ある日婚約者のロミオ・シーサイドから婚約解消についての相談を受けた。
何年も相手にしてくれなかったのに…今更迫られても困ります
Karamimi
恋愛
侯爵令嬢のアンジュは、子供の頃から大好きだった幼馴染のデイビッドに5度目の婚約を申し込むものの、断られてしまう。さすがに5度目という事もあり、父親からも諦める様言われてしまった。
自分でも分かっている、もう潮時なのだと。そんな中父親から、留学の話を持ち掛けられた。環境を変えれば、気持ちも落ち着くのではないかと。
彼のいない場所に行けば、彼を忘れられるかもしれない。でも、王都から出た事のない自分が、誰も知らない異国でうまくやっていけるのか…そんな不安から、返事をする事が出来なかった。
そんな中、侯爵令嬢のラミネスから、自分とデイビッドは愛し合っている。彼が騎士団長になる事が決まった暁には、自分と婚約をする事が決まっていると聞かされたのだ。
大きなショックを受けたアンジュは、ついに留学をする事を決意。専属メイドのカリアを連れ、1人留学の先のミラージュ王国に向かったのだが…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる