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赤と青の遊戯
失態 sideアベラルド
しおりを挟むマリアンヌの笑いを含んだささやき声が妙に耳につく。
「いいのよ。彼らも慣れていないだけだもの。これくらいのこと怒るほどのことではないわ」
「さすがマリアンヌ嬢ですね。感服します」
いつもの流れで賛辞を送るが、気持ちが乗らない。
どうせ気づかないだろうと、アベラルドはすっと視線を逸らした。
「ええ。私、普段からたくさんの怪我人や病人を見てるでしょ? だから、心細くて攻撃的になる人の気持ちや、私たちと交流したことがない者の戸惑いはわかるつもりよ」
「そうですね」
ここでその成果を言わなければならないのか。
怪我人や病人とは、ベアティたちを今は状態が悪いと言っているようなものだ。そして、自分は上であるというスタンスは変わらない。
これまでちょこちょここういった発言はあったが、そこまで気になることはなかった。
アベラルドは嘆息する。
――今まで、こんなことはなかったのだけどな……
怖いのが、その発言に何の感情も揺らさず無表情で聞いている二人だ。
短時間でマリアンヌに向ける感情が変わったことに、驚きとともにどこか納得するものもありつつ、それよりもベアティが放つ空気が鋭くなっていることが気にかかった。
マリアンヌが何か告げるほど、エレナと離れる時間が経つほど、その空気は荒んでいくのがはっきりとわかる。
アベラルドは、徐々に苛立ちよりも不安が強くなった。
「ここにいても仕方がないので、俺たちはエレナ様のもとに行ってもいいでしょうか?」
言葉こそ丁寧であるが、ベアティから静かに放たれる怒気が尋常ではない。
調べた情報では冒険者稼業も担っているといい、その実力はギルド長も無視できないほどとのことだった。
その時はすごいねくらいの気持ちで受け止めていたが、漏れ出る怒気に当てられ、初めてギルド長が無視できない実力というのを理解した。
がたがたと足が震え、立っているだけでやっとだ。
マリアンヌが無言でアベラルドの腕を掴んだ。
鈍感なのか首を傾げながらだが、さすがの彼女もなんとなくこの空気の悪さは感じているらしい。
「ベアティ!」
「……」
さすがに見かねたシリルが窘めるように彼の名を呼んだが、ベアティはわずかに怒気を抑えただけで苛立つ様子を隠しもせずにアベラルドへと視線を向けた。
マリアンヌでは話にならないと、少しでも彼女が動けば容赦なくそれらが振り撒かれる気配に、アベラルドはごくりと息を呑んだ。
「この大雨だし、どこにいるかわからないけれど」
慎重に言葉を発し、マリアンヌが動かないように彼女の視界から彼らを隠す。
「問題ありません。俺とシリルならエレナ様の居場所はすぐにわかります」
「そうだね。僕たちなら可能だよね」
すっと目を眇め、だからいいよなと今度は殺気をこめて伝えてくる。
シリルもにこりと微笑みながら、断ることはないだろうとこちらを見た。
この二人が、エレナが大事だということは水をかけた時の庇う行動からもわかっていた。
これまでのやり取りでエレナ主義だということは理解していたが、彼女と彼らを離す行為がここまで危険なものだとは思いもしなかった。
身分は重んじられるが、この国は強者が尊ばれる。種族の違いによる差別はあったとしても、個々の力が強い者には迎合する風潮があった。
平民出身の冒険者が爵位を得ることや、貴族の伴侶となった者はこれまでにおり、力こそすべてなところはある。
――これほど狂暴なものを内側に飼っているなら、最初から示しくれていれば僕たちも間違えなかったのに……
正直、彼らを舐めていたし下に見ていた。
先ほどまではさりげなく邪魔をしてきたが侍従の域を出ておらず、最初の水かけも怒ってはいたがここまでのものではなかった。
だから、見誤った。
彼らの取り巻く空気が一変し、アベラルドは重苦しい空気に圧されるように頷いた。
「そうだね。君たちの判断でそうするなら僕は止めないよ」
むしろ、止めることはできない。
せいぜい、これ以上マリアンヌに邪魔をさせないよう彼女を制御するくらいだろう。当初と正反対のことをしている。
「なら、もう僕たち行くね。これ以上、ベアティをエレナお嬢様から離しておくと、僕でも制御できなくなりそうだし」
その言葉に視線をやると、ベアティは感情を一切削いだような顔でこちらを冷ややかに据えていた。
そのベアティの腕を何食わぬ顔をしてシリルが掴んでいるが、その手にはかなり力が入っており、彼らの足元は地面に沈み込んでいた。
そこでシリルがマリアンヌへと声をかけた。
「お声かけいただいたのに、ごめんなさい。僕たち、エレナお嬢様以外、気安く触ってほしくない。昔、いろいろあって救ってくれたのはエレナお嬢様だから。お嬢様がいなければ、僕たちここにいる意味がない。このことで立場だとかでエレナお嬢様に危害がいくのなら、僕たちは僕たちの全力を持ってしてエレナお嬢様を守る」
アベラルドの忠告を耳にしてなのだろうが、フォローしているようでしっかりと警告がなされる。
ぱっちりとした瞳は優しそうで笑顔を浮かべているのに、先ほどもだがかなり辛辣だ。
「もちろん。害するようなことはしませんわ。私も彼女と仲良くしたいと思っていますもの」
マリアンヌは青ざめながらも、小さく頷いた。
エレナを軽んじた態度を取っていたマリアンヌはにこりと笑みを浮かべたが、わずかに口端が引きつっている。
果たして彼女がこのことをどう理解し、今後どうでるのかアベラルドにはわからない。
かなりベアティたちのことを気に入ったようだし、自分の都合のいいようにしか解釈しない彼女がそう簡単に諦めるだろうか。
――これ、やばいんじゃない?
アベラルドは一人では手に負えないと、今すぐにでもミイルズに会いたくなった。
視線を向けると彼女の侍従が傘を持ってやってくるのが見え、これ幸いと侍従に彼女を任せる。
マリアンヌには今日のところは先に帰ってもらうことで話がつき、なんとかその場を収め、今、アベラルドは彼らを追っていた。
先ほどの殺気が身体に張り付いて離れていかず、それを紛らわすようにわざと水溜まりを思いっきり踏んだ。
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